闇鍋VRMMOのお話   作:塩谷あれる

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続いた


闇鍋狩り② 勃発する戦線

「対闇鍋()()……!?ちょっと待て、アンタら徒党組んで私等のこと襲いにきてるのか!?」

『如何ァにも!!そして私が、私達が!!貴様の討伐を任された戦車開発ギルド《戦車愛好開発連盟》である!!!!!』

 

 耳が遠くなるような爆音で、高らかに目の前の大戦車の乗り手───《砲兵長》が名乗りを上げる。《戦車愛好開発連盟》。確か、このファンタジー世界で現実に存在した戦車を1から開発、作成しようとしている変態メカニック集団のはずだ。塩宮も蒼星からその存在を聞いた覚えがある。

 

「その戦車乗りがなんで闇鍋を…!?」

『簡単な話!狙いは貴様だ!!闇鍋の盾!!!』

 

 《砲兵長》の乗る《ティーガーII》の主砲が、まるで指差すかのようにピシリと塩宮の方を向く。その様子に塩宮は一瞬たじろぐも、未だ降り注ぐ砲弾の雨に、再度盾を構え直す。

 

「私ィ!?」

『左様!!貴様は言わば、夜行きっての 最硬生物の一つ!!先の人魔大戦においても、貴様の防御の腕は度々耳にした!貴様ほどの盾を討ったとなれば、我らの戦車も名が上がる!!よって貴様を討たせてもらう!!』

「知るかァ!PvPは専門外だし、何より人魔大戦は他PLの協力があったからで───」

『そんなことは我々の知った話ではない!!!』

 

 駄目だ。話が通じない。塩宮はもう、彼らとの会話を諦めるという選択肢しか残されてはいないようだった。

 

『さぁ闇鍋の盾よ!!!存分に死合おう!!!そして我らが砲弾の下に、出来るだけ華々しく散ってくれ給え!!』

「お断りだ!!てかうるっせェよ!さっさとその拡声器しまえ!!」

『この声は自前である!!!!』

「じゃあもうどうしようもないなァこの野郎!!」

 

 普通に戦闘するより億倍疲れる…!と漏れそうになった言葉を口の中で噛み砕きつつ、塩宮は開きっぱなしのチャットログを確認する。未だ通知は一通も来ていない。

 

(まずいな…私以上にPvPに向かない人もいるのに……!他の人は大丈夫なのか…!?)

 

 思い浮かぶは一部の非戦闘員と、一発屋の魚類。迫りくる砲弾を耐えながら、塩宮は彼らの身を案じた。

 


 

「ぎゃあああああああああああああああ!!!!」 

 

 一方その頃、一発屋の魚類はと言うと。サーバーマップ西南西にある、広大な砂漠地帯の広がる大陸の中央部、その上空にて、およそ女性の出すものではない絶叫を奏でながら一直線に自由落下していた。

 

「水場!!水場何処!?ない!!?ない!!!!終わったァあああああああああ!!!」

 

 砂漠ならせめてオアシスの一つでもあれば、と周囲を見渡す魚類こと渚紗夏渓だったが、そんなものが都合良くあるわけもなく。というか、上空からそんなものを探した所で、そうそう肉眼で見つけられるわけも無く。自由落下していく渚紗はどうにか柔らかい地面(?)を探すが、ふいに何かを思いついたのか、頭のアホ毛がピコーン!と跳ねる。

 

「あっ…!そ、そうだ!《泡ノ浮輪》ッ!!」

 

 その瞬間、渚紗の腰の周りに半透明の泡でできた浮き輪が展開され、彼女の落下速度が急激に低下する。

 

「ほっ…なんとか生き延びた…」

「ホントにそうかな?」

「へ?」

 

 九死に一生を得、一息つくことができたのも束の間。彼女の着地点の周囲に円を書くように、砂煙が巻き起こる。

 

「うわァ────ッ!?何ッ!?何ィッ!?」

「ここで会ったが百年目!!ようやく相見えたな渚紗夏渓!!」

 

 砂埃が晴れ、そこに立っていたのは、背の丈ほどもある大きな杖を構え、金縁のメガネをかけた魔宝獣(カーバンクル)の青年だった。青年と渚紗を囲うのは、巨大な避雷針にも似た大きな剣のようなもの。その数にして十八本が、ぐるりと円を描くように設置されている。

 

「あ、貴方は……?」

「知らないだろうな、渚紗夏渓。いや、闇鍋一の問題児、《殲滅ノ海砲》!」

 

 渚紗を睨みつけながら、青年は杖を彼女の方に向ける。その先端の宝玉から、ばちり、と金色の火花が走った。

 

「私はレクタ!お前を倒す者だ、渚紗夏渓!!」

「わ、私を…!?私が、一体何をしたっていうんですか!」

「色々やりすぎてるだろうがお前はァ!!!!」

 

 カーバンクルの青年──レクタは、声を荒げながら渚紗に向けて杖を振りかざす。宝玉が再び光り、渚紗の頭上から雷光が降り注いだ。

 

「うわぁっ!?か、雷ッ!?」

「いいかよく聞け渚紗夏渓!!!私はなァ!!お前の魔法の被害者だ!!何度も何度もバカスカ高火力の多段ヒット魔法かましやがって!」

「ええっ!?た、確かに…レベリングと火力調整のために定期的に魔法は撃ってたけど…でも、できるだけプレイヤーを巻き込まないようにはしてましたよ!?」

「そうか…そうならお前の目はとんだ節穴だ渚紗夏渓!!毎日のように私の研究拠点に魔法ブチかましやがって!お陰で研究費用も材料も全てがパアだぞ!経験値もアイテムも諸共消し飛ばしてくれやがって!!!何だお前は、私に何の恨みがある!!!!」

 

 バリバリバリィイ!!!と頭上で鳴り響く雷の音が一層強く、激しくなる。まるで彼の怒りをそのまま体現するかのように。

 

「いや、別に何もないですけど……!ご、ごめんなさい…私、そんなの知らなくて……!」

「問答は無用だ渚紗夏渓!お前への怒りは、お前へ直接ぶつけることでしか精算できん!!」

 

マグネットエリア

 

 そう言ってレクタは指を弾き、スキルを発動する。周囲の避雷針がバチバチと雷を帯び、地に根ざしていたそれが浮かび上がって雷光と共に回転を始める。と同時。避雷針を起点に薄黄色の電磁波の膜が周囲に展開され、渚紗とレクタ、二人のおよそ半径1キロ前後をすっぽりと覆うドームが作り出された。

 

「え…?え……!?何これ!?」

「この空間はマグネットエリア。領域外の影響を無効化し、領域内の魔法攻撃力を大幅に上昇させる」

「え…?それじゃあ」

「あぁ。お前にとっては願ってもない空間だ。勿論───私にとってもな」

 

 レクタは金縁のメガネの位置を直しながら、ニヤリと笑みを浮かべる。その笑みによってか、この場を覆う強力な魔法空間の存在故か、渚紗もそれを理解したかのように叫ぶ。

 

「貴方にとっても…!?それって、まさか!」

「あぁ、私もお前と同じ、INTカンストだ。お前を倒すため、お前に対抗するため!構成を1から練り直した!」

 

 語るレクタの表情は、誇らしげであると同時に苛立たし気だ。自分にとって憎き怨敵に勝つためとはいえ、今まで積み上げたその全てを崩し、全く新しい物を作り上げるというのは、そう簡単なものではない。それが本人の意志によって為されたものであるとはいえ、多くの苦労と時間を要したことだろう。

 

「私の目的はお前を倒すこと!ただし、それはお前を完封すればいいという話ではない!!全力のお前を、真正面から叩き潰すということだ!!そうして初めて!私の悲願は、お前への復讐は果たされる!こい渚紗夏渓!!私とお前、それぞれの魔法で勝負だ!!!」

「全力の…私を……!!いいでしょう!そうまで言われれば、答えないわけには行きません!!」

 

 レクタの言葉ににやり、と笑った渚紗は、それまで傍らに伴っていた青色の魔導石に触れる。水魔ノ青玉。彼女の魔法を極大まで進化させる、彼女にとっての「杖」たるモノであるそれは、渚紗の意思に応えるように、波濤のような青い光を放ち始める。

 対するレクタもまた、懐から金色の魔導石を取り出し、自らの杖に嵌め込む。すると大杖はバチバチと強い稲光を帯び、その先端に貯まる力がより強く、大きなものへと変化する。

 

「勝負は一瞬……より強く、速く、魔法を当て方の勝ちだ!」

「えぇ!負けませんよ!」

 

 2種類の詠唱。雷撃と瀑布、杖と宝玉。双方の魔法が、双方の魔道具に練り上げられ、領域内にエネルギーが充満していく。迸る閃光は周囲の全てを照らし、溢れ出る水流は周囲の物体の状態を変化させる。ただの魔法職の、ただの属性魔法であれば、およそこうはならないだろう。魔法の粋を極め、只管に智慧(INT)を磨き続けた者にのみ許される、魔法の一つの完成形。それが今、放たれる。

 

「《黒天ノ雷霆》!!!!」

「《大海ノ波動》!!!!」

 

 空間が揺れる。空気が震える。二つの膨大なエネルギーの衝突は、周囲に大きな影響を与え、彼らを取り囲む強力な電磁波のドームにヒビが入り、マグネットエリアが瓦解する。しかし、既に魔法を放ち、その維持と交戦に意識を注いでいる二人には、そんなことは目にはいらず、お互いを倒す事にのみ力を注いでいた。

 

「うおおおおおおおおお!!!!」

「やあああああああああ!!!!」

 

 衝突する2つの波動。そしてその後には、ただ光だけが残った。

 


 

「ここは…」

 

 闇鍋の知恵袋、シジミーは、すんなりと転移の対処を済ませ周囲を見渡した。見ればそこは室内。そのほとんどが木でできた構造物であり、どうやらそこはよくあるギルドホールの様相を呈しているようだった。

 そしてシジミーは、自分がこの場所に見覚えがある。というか、おそらくは来たことがある、ということに気づいた。はて、一体いつの話だろうか。闇鍋の抗争で来たあのギルドがこんな感じだったろうか。いやいやだとしたら調度品やレアドロの類が無くなっていないのはおかしい筈。

 そんな事を考えているが故か、シジミーは自分の背後に迫るダガーナイフの襲来に気づかずに、その凶刃はシジミーの項に深く、鋭く突き刺さ──────

 

カィ、イン

「……あぶない、あぶない」

 

 る、ということはなく。普通にその攻撃は瞬時に展開された浮遊砲の弾丸に弾き飛ばされ、シジミーは無傷なまま背後を振り返った。

 

「最初から人がいるのは気づいてたんですが、一応出方を伺ってみようかと。位置はわかってるんで、さっさと出てきた方がお互い楽だと思いますよ」

「フン、厄介なスキルを持ってやがるな。一丁前にレベルは上げてるらしい」

 

 そういいながら、シジミーを攻撃した《影》が、蠢き人の姿を為す。真っ黒だった人影に、次第に色と質感が生まれ、それが一般的な成人男性の姿へと変貌した。

 

「久し振りだな、シジミー」

「……えーっと」

 

 どうしよう。ぱっと名前が出てこない。種族…一見すれば人間のようだ。いや、影から出てきたあたり影人形(ドッペルゲンガー)か。様相は…一般的な高レベル帯のシーフ系アタッカー職のそれ。強いて言うなら、両手につけた籠手がきになるところではあるが…と、シジミーが目の前の男を観察していると、彼の胸元に見覚えのあるギルドマークが目に入る。

 

「……あー、お久し振りです。元ギルドマスター」

「手前、今の今まで面忘れてやがったな」

 

 目の前の男。シジミーがかつて殆ど名義登録のみの目的で在籍していたギルドのギルドマスターは、シジミーの発言に苛立ちを隠さず返す。成る程。最後は結局顔も合わせずに脱退した*1し、何よりそんなにギルドの活動にも参加してなかったし。そら思い出せんわ。成る程、ここも当時のギルドホールか。道理で見覚えがあると。

 

「で、何の用ですか?転移させられた先が前のギルドで、しかも相手が元ギルマス。仕組んだのは貴方でしょ」

「まァな。シジミー、お前、《灰砂の庭(ウチ)》に戻って来る気はねェか?」

「………はぁ」

 

 思った通り、と言わんばかりにシジミーはため息を吐く。

 

「何でもお前、《闇鍋の宴(ソッチ)》に行ってから随分活躍してるって噂じゃねぇか。闇鍋の名エンチャンター、だったか?バケモノ共を随分飼いならしてるらしいな」

「飼いならしてるって、あの人達をなんだと」

「あ?常識の通じねぇイカれたバケモン共だろ」

「…………」

 

 どうしよう、否定できる要素がそんなにない。

 

「ともかくだ。ウチの活動に殆ど参加してなかった頃ならいざ知らず、お前が有能だってんならこっちとしちゃお前を歓迎しねぇ理由もねェ。元闇鍋と言えば箔も着くだろうしな。何が理由でウチを辞めたか知らねェが、勝手に抜けられても、こっちとしちゃあ困る話。さっさと帰ってこい」

「……そう言えば、ちゃんと説明してなかったですね。自分がココを辞めた理由」

 

 そう言ってシジミーは周囲を見渡す。他の敵影は…なし。ただし、目の前の男はドッペルゲンガーだ。なにをしてきても不思議はない。少なくともシジミー自身の探知には引っかからないということは、少なくとも、戦闘開始と敵の増員の間に、多少の時間は要するハズ。ならば……そこまで考え、シジミーはゆっくりと口を開いた。

 

「貴方達とはプレイスタイルと戦闘方法が合わないんですよ。自分の戦い方を最も活かせるギルドが《闇鍋》で、《灰砂》はそうじゃなかった。だから辞めた。それだけです。だから、何を言われようが、自分が戻ることはないですよ」

 

 淡々と。しかして率直に。シジミーは述べる。それが真実であり、そこに何の言い訳もないと言わんばかりに。それを受けた元ギルドマスターは、含み笑いをしつつ、蛇のような両眼でシジミーのことを睨みつけた。

 

「成る程なァ…ま、駄目で元々、これで言う事聞くようならボロ儲け程度に思っちゃいたが…いいさ。そういうことなら容赦はしねぇ」

 

 そう言いながら、目の前の男───《灰砂の庭》ギルドマスター、通称《影鬼》は、ぱちり、と一つ指を鳴らす。すると、彼の足元の影が大きく広がり、一つの大きな沼のような形に変わっていく。そしてその中から、シジミーにとってのかつての同胞、《灰砂の庭》のギルドメンバーが現れた。

 

「お前はエンチャンター…一対多は苦手だったよなァ?」

「最初からそういうつもりだった訳か…」

 

 味方はおらず、連絡も望めない。となればシジミーは、いよいよ孤軍で戦わなければいけないということになる。《影鬼》の言う通り、確かに支援職であるシジミーにとって、この状況は苦手とする局面だった。

 

「ま、やるしかないか」

 

 それでも尚、いつも通りどこか機械的にシジミーは呟く。ともすれば本人にとっても初となる、エンチャンターによる完全な単騎戦が、今始まった。

 


 

 《硝煙荒野》。【百鬼夜行】において、日夜行われている【戦争】の、主な舞台となっている広大な平野。常に硝煙が燻り、焼け焦げた鉄の匂いが立ち込めるその場所に、蒼星乙女は転移させられた。彼女にとって見れば、ギルドホールよりも遥かに馴染んだその場所は、今日も今日とて傭兵RPをするプレイヤー達でごった返しており、彼女の顔なじみも数々見られた。しかし今日の、彼らの目的は、この場で起こる大規模戦ではなかった。

 

「「「戦争屋(ウォーモンガー)ァァァァァァァァァ!!!!!!!」」」

「あら、今日は随分人気ね」

 

 握られた銃火器も、飛来する魔法も、その全てが蒼星一人に向けられている。そう、彼らの目的は彼女だった。

 

「悪いなァ戦争屋(ウォーモンガー)、お前を殺せば大量の金が転がり込んでくるんだ」

「戦場での仕事でお前に恨みはないが…潔く死んでくれ!!」

「成る程…ここの人たちまで雇ってるなんて、中々規模が大きいのね。今回の敵は」

 

 蒼星を追う敵は一人、また一人とねずみ算式に増えていく。

 

「ここらが良い所…かしらね」

 

 一頻り戦場を駆け巡り、自分を狙うプレイヤー達を全員集めた所で、蒼星は握る鎌にMPを込めた。

 

射影聖断

 

 ぐるり。円を描くように振るわれた蒼星の鎌は、死色の閃光を放ち周囲に群がるプレイヤー達に向かってその斬撃を届かせる。《幻影魔法》の影によって射程を伸ばし、《鎌魔》によってその首を刈り取る。《死糸》の空間魔法も利用して放たれたその一撃は、【Critical!】という陳腐なエフェクトと共にプレイヤー達の急所に突き刺さり、確かに彼らに「死」を与えた。

 

「悪いわね。流石に今日は余裕がないから」

 

 一振り、二振り。ついてもいない返り血を払うかのような動作をした後に、蒼星は自身に気配遮断などの隠密スキルを展開させる。

 

(ま、さっきまでは、使わない方が楽に戦えたから使わなかっただけだしね…)

 

 大量の敵を隠密して一人ずつ殺すのには、時間もMPもかかり過ぎる。一度全員集めて纏めて狩り殺してしまったほうが楽だ、と蒼星は考え、先程まで隠密を使用していなかったのである。

 

(……とはいえ、あの人達も戦場の常連の中じゃ割と上位層だし…まぁこれ以上の苦労はなさそうだけどね)

 

 しばらくは問題なさそうだ。そんなことを考え、青星が他のギルドメンバーの様子を確認しようとした───その時。

 戦場の各地に、ボウリングの玉ほどもある大きな、人の眼球のようなモノが十個ほど、音もなく現れた。眼球は忙しなく動き回り、何かを探すように辺りを巡回している。

 

(傭兵の次は眼球の群れ……ってことかしら)

 

 岩陰に身を潜め、隠密状態を維持する蒼星。あの眼が一体どんな力を持っているかは知らないが、およそロクなモノでないのは確か。であれば、捕捉されないほうが身のためなのは間違いない。蒼星は《天眼》を使い、近くを浮遊する眼球が何であるかを確認する。

 

(急所はあるのか。…ってことは、生物、そうじゃなくても、少なくともアイテムとかの類じゃない訳ね)

 

 そう理解した蒼星は懐から投げナイフを取り出し、眼球に向けて投げる。グサリ。じゅぶり。刃が根本まで深く突き刺さった眼球は、その傷口から大量の血飛沫を上げ、どさりと地面にこぼれ落ちた。

 

(あっけない…まさかこれだけってことはないでしょうけど、一体何が)

 

 蒼星は、不審に思いもう一度眼球を目で追う。蒼星のナイフが突き刺さり、大量の血を吹き続けながら地に落ちたそれが、今も尚そこに存在している。それ以外の眼球達も以前変わりなく、もう動くことのない仲間をまるで気にする素振りもなく、ただ悠然と巡回を続けるだけである。

 本当になにもないのか、そう考えた蒼星が眼球から視線をそらした、その瞬間だった。

 

み い つ け た

 

「──────ッ!?」

 

 蒼星の脳内に、古錆びた楽器から出た不協和音を無理やり言葉に変えたかのような、生理的嫌悪を呼び起こす声が響く。

 

『えぇ、みえていますよ。蒼星乙女さん』

 

 再度、蒼星の脳内に声が響く。この声は、一体何処から。周囲を見渡すが、やはり人の姿はなく、あるのは宙を舞う眼球達だけ。

 

(……まさか)

 

『あはは、気づきました?ちょっとだけ、遅かったかな?』

 

 蒼星は再度、自分が仕留めた眼球を見る。こちらを、見ている。気配遮断、認識阻害、それらを行使しているはずなのに。何より、蒼星の放った刃と、彼女のスキルによって与えられた【即死】効果によって、確かにその機能は停止しているはずなのに。その眼球は、まるで恨みを訴えるかのように、こちらを、蒼星の姿を捉えていた。

 

(こちらの攻撃を条件にした特殊ギミック…やってくれるわね)

 

 蒼星はそのまま自分のステータスを確認する。すると、状態異常の欄に見知らぬおぞましい色をした瞳のアイコンがついていた。名前は【邪眼】。その効果は……黒塗で隠されていて見ることができない。成る程、徹底した初見殺しのためのデバフらしい。

 

『同じ暗殺者として、光栄ですよ。蒼星さん。貴方を殺すことができるなんて』

「……暗殺者?」

 

 脳に響く声に、思わず蒼星はオウム返しをする。

 

『あ、やっと喋ってくれましたね。それでは、自己紹介を』

 

 声は語る。どこまでも慇懃に。どこまでも丁寧に。しかして、どこまでも悪辣に、蒼星を嘲笑う感情を隠さぬままに。

 

『暗殺ギルド【ミズチ】から参りました。“呪殺”のウィロと申します』

 

 死ぬまでの間、せいぜいどうか良きお付き合いを。姿も見えぬ何者かの声に、蒼星はごくり、と一つ唾を飲み下した。

 

(……久々に厄介な標的になりそうね)

 

 何者かもわからない呪殺者を相手に、死神の戦いが始まる。

 


 

「ッはッハァ!!オラどうしたァ!!もっと来いよ!!!」

 

 場所はサーバーマップの東側。《ヤマト》と呼ばれる和風チックなエリアの山間部にて。椒朔月は、無数のプレイヤー達を一人、また一人と斬り伏せながら哄笑していた。迫る敵の数は、目視しただけでも百を優に超える。保有するユニークスキル《修羅》の影響も相まって既に椒も全身に傷を負っているが、それでも尚。この数を相手に未だ拮抗した勝負ができているというのは、本来信じられないことだった。

 

「オラ次ィ!さっきから威勢だけのアンチばっかで張り合いねェぞ!!」

 

 また一人。右手に持った大太刀によって斬り捨てられ、同時に椒が全身に纏う火の勢いが強くなる。彼の被る鬼の面や血に濡れた甲冑も相まって、その様相はまさしく修羅。この世のものとは思えない程の、恐ろしさと荒々しさを纏っていた。

 

「く……ッ!バケモンが……!」

「どうやったら殺せんだよコイツ……!」

「オイオイ、ただ数で攻めりゃ俺を殺せると思ってたのかァ?そらちっとばかし考えが甘ェだろ」

 

 攻撃の勢いが弱まったのを見て、椒は敵兵達を嘲るように笑う。

 

「俺を殺したかったら、この数の倍は連れてこい。そうじゃなきゃ、闇鍋(ウチ)のメンバーにでも尻尾振るんだな」

「くッ…言いたいだけ言いやがって……!関係ねぇ!!まだ数の有利は俺達の方にあるんだ、お前らやっちま───」

「あらら、こら酷いことになってはりますなぁ」

 

 その時、人混みの中からゆらりと人影が一つ現れる。黒い番傘。随分と豪奢な、色鮮やかな着物。そして、何よりよく目に付くのは顔を覆う真っ白な能面と、その隙間から見える鬼の角。性別の区別がつけづらい中性的な声だけに、その正体は探りづらいが、印象的なその姿は、この人の山からでもよく見分けられた。

 

「お前…!遅いぞ!!指定時間からどれだけ経ってると…」

「いやぁ、こらすんません。ちぃっと前の勝負が長引いてしまって」

「……誰だお前、強ェな?」

 

 突如現れた能面を興味深く思ったのか、椒はニヤリと笑う。それに対し、能面はあはは、と軽く笑って応える。

 

「あら、こら失礼致しました。ワタシはホオズキ。《Argonautai》からアンタさん対策に呼ばれた、ただのエンジョイ勢ですわ」

「ホオズキ…?聞いた覚えがあるな。確か…鬼の高レベルプレイヤーを殺して回ってる、同族殺しのPKか」

 

 椒の目がすぅ、と薄まり、その口が歪む。《鬼狩りのホオズキ》。最近名前がよく出回るようになったPKで、その対象に鬼か、それに類する種族のプレイヤーしか狙わないのだという。しかも高レベルのプレイヤーであればある程狙われる確率が高くなる、という変わり種のPKだ。

 

「こら嬉しいわぁ。《闇鍋》の切り込み隊長さんに知ってもらえるとは、なんとも光栄なもんや」

「与太話は良い。で、戦るんだろ?張り合いが無くて困ってた所だ」

「血気盛んなお人やなぁ。勿論やりますけどその前に。───あんさん、もうちょっと周り見たほうがええと思いますよ?」

「あ?何言っ────ッ!」

 

 その瞬間。椒の全身を、見えないナニカが切り裂く。鎧の隙間、面の裏。その他多くの箇所が、まるで鋭利なナイフでずたずたにされたかのように、鮮血を伴って切り開かれた。

 

「……ッ成る程…!鋼線か…!面白いことするじゃねぇか」

「あら、もう気づきはりました?流石やねぇ」

「舐めんな、この程度なら力で払えるんだ…よッ!」

 

 まさしく鎧袖一触。椒がその腕を力強く振ると、全身に絡みついていた、見えないほどに薄く細く……しかしどこまでも鋭利な鋼の糸が、ブチブチと音を立てて引き千切れる。

 

「あらお見事」

「舐めんなって言ったろ。…まさか、これだけがお前の芸な訳じゃねぇよな?」

「いややわぁ、敵やのにわざわざ手の内晒す思います?…と言いたいところやけど、ま、お察しの通りやわ」

 

 そういうとホオズキは、手に持った番傘を閉じ、ふるり、と纏った着物の袖を揺らす。その瞬間。薙刀、大太刀、鉞、火筒。数え切れないほどの武器が、その袖口から顔を出した。

 

「どうやらアンタも、沢山の武器を使うのが得意なようやけど……実はワタシもそうなんよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()───どうぞ、楽しんでおくれやす」

「いいねェ…!上等だァ」

 

 修羅と鬼狩り、二人の鬼。その大一番の大戦が、今、このヤマトにて幕を開けた。

*1
シジミーは《闇鍋の宴》に入る際、白金からの「ギルドに入っているなら抜けてもらわないと加入は認められない」という言葉に対して「じゃあ今辞めます」と言ってその場で今まで所属していたギルドから退会処理をしたという前科があるぞ!

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