闇鍋VRMMOのお話 作:塩谷あれる
「いやー、いいですねいいですねぇ!どこもかしこも始まってるみたいですよォ!!おっ、こっちは闇鍋陣営優勢か?こっちは互角みたいですねぇ…!いいよいいよー!どんどん盛り上げていきまっしょーう!!」
そこは、極めて異質な空間だった。基本的にはファンタジーの世界であるはずのこの【百鬼夜行】においては、不似合い極まる無数のサイバーチックなスクリーン。そして、それらに向かって一喜一憂しつつ、べらべらと喋り続ける細身の男。
「しかし、思ったよりも更に盛り上がってますねぇ、今回の『企画』!ほらほら、折角の
───否。一人では、ない。彼の声があまりにも大きいからか、はたまた対するもう一人が沈黙を貫いていたからか。そこにいるのが一人と誤認してしまいそうだったが、確かに、そこにもう一人いる。道化師はハットの位置を直しながら画面から目を逸らし、後ろにいるもう一人を振り返る。スクリーンから溢れる光に反射して、男の黄色い瞳がギラリ、と輝き、その人物をじっと見据えた。
「ねェ、闇鍋の
そこには、大人しく座ったままの体勢で、どうやら動きを拘束されているらしい隠岐の姿があった。
「……こんなふうに拘束されて、テンション上げるも何もないだろ」
「ツれませんねェ…そんなんじゃ数字取れませんよォ?…とは言っても、アナタの対策なんて、『何もさせない』が一番楽って話でしょ?もう一人、お宅にはそういう手合いますけど、そっちには
そう言いながら再度男は画面を見る。よく見れば、画面の右端には某赤色のアイコンがトレードマークの動画投稿・配信ソフトでよく見る、コメント欄のような物がひっきりなしに流れていた。
「コメント欄……?まさか、今回の戦いを生配信してるのか!?」
「おや、案外気づくのが早かったですね。えぇ、折角の撮れ高、配信しなきゃ嘘でしょう?」
そう言うと道化師は、服を正し、隠岐の方に向き直る。
「改めまして自己紹介を。新聞、ニュースを始めとした、様々なメディアを運営、放送するスクープギルド《Yakou Everybody's Scoops》、通称《YES》から参りました。配信者として日々のプレイをお届けしつつ、サーバー内ではニュースを作成!モットーは、『清く、正しく、面白可笑しく』!!ァ新聞記者系配信者のォ!
最後にとびきりの笑顔でウインクをキメつつ、道化師は高らかに笑う。彼にとってはそれがいつも通りの挨拶なのか、その様子にコメント欄も特に波風が立つようなことは起きていない。今も戦っている《闇鍋》の面々に対する野次はひっきりなしに飛んでいるようだが。
「ま、私の役目は見ての通り…各地で行われている戦いを中継して、《夜行》のプレイヤーの皆様にお届けすること、ってワケですよ。ついでにアナタのお相手もね」
やけに気障ったい動きでそう言いつつ、でもねぇ、と道化師は続け、一度画面に視線を移した後、再度隠岐の方へと視線を向けた。
「折角のチャンスですし、どうせならもっと
「何言って……って、え?」
道化師は、これまたニッコリと微笑んだあとに、手元のスイッチを押す。すると、隠岐の体を縛っていた魔法が解ける。
「…なんのつもりだ?」
「何ってそりゃ、決まってるでしょう。勝負、ですよ」
にんまり、と胡散臭い笑みを浮かべた道化師は言う。
「あっちこっちがみーんな派手なことしてるんです。私もデカいことやんなきゃ嘘でしょう?ほら、立って立って!さっさと準備始めますよ!」
「い…いや、そんなんいきなり言われたってすぐにバトル始められないよ!?」
「ンも〜〜〜〜ホンットにノリの重い人ですねアナタ!何も真正面の実力勝負なんてしませんよ!お宅が非戦闘員枠だなんてのはこっちだって百も承知なんですから!!」
そう言って道化師は再び手元のスイッチを押す。すると、周囲の空間が光とともに解けていき、サイバーパンクなモニター室から、たちまち殺風景な荒野へと姿を変える。
「え……!?えぇ!?いきなり、場所が変わった!?」
「厳密には外に出た、んですよ。いやぁ〜、ようやっと良いリアクションしてくれて助かります!」
道化師は満面の笑みを浮かべながらクルクルと辺りを舞いつつ説明を始める。と同時に、彼の立っていた場所に、大きな黄色と黒のツーカラーで彩色されたフォーミュラカーがそこにあった。
「勝負は簡単、ただの速さ比べです。恒丸さんは自分の足で、私はこの自慢のマイカーちゃん。どっちが速く目的地までたどり着けるか…お宅が勝ったら、今回の経緯、まるっとお話いたしましょう。如何です?」
「…ゴールは?」
「そうですねェ…それじゃ、距離にして凡そ500km。ここから見えるあの塔は如何でしょう」
「乗った。じゃあ、さっさと始めようか」
そう言うと隠岐は、靴のズレを直すように、履いていたブーツのつま先で2回、地面を叩く。既に準備は万端、とでも言わんばかりに、彼の周りに妖気のようなものが集まっていく。
「ンフフ…いやぁ、段々ノリが良くなってきてくれてるようで何よりですよ。そうでなくては、
道化師が軽快な動きで車に乗り込み、エンジンを入れると同時に、突如空に信号のような光の玉と、二桁のセグメント数字が現れる。
「さて…では、準備はよろしいですか?」
「あぁ、いつでも始めてくれ」
「んふふ…了解です!それでは、畏まってカウントダウン参りましょう!!」
大地を蹴る音と、強烈なアクセル音。2つがシンクロし、スタートを知らせる警笛が掻き消える。闇鍋の運び屋と、拙速を尊ぶ新聞記者。二人の高機動プレイヤーによるガチレースが今、幕を開けた。
「さぁ〜てと…急遽始まったレースですが、勿論他戦局の実況も引き続きやっていきますよー!!おっと…早速、他の現場にも動きがあったみたいですねぇ…」
「ここって…、教会?」
白い光に包まれて数秒。るなが転移したのは、清廉な空気に包まれた、静かな教会の礼拝堂だった。挿し込む陽の光は、ステンドグラスによって虹のように彩られ、彼女の立つ位置を照らしている。その光に気を取られてか、それとも別に要因があってか。るなは気づかなかった。彼女の他に、この礼拝堂にもう一つ、人影があるということに。
「成る程────私の下に来たのは君でしたか、【吸血姫】」
「!?」
その声が聞こえた瞬間、るなは瞬時に戦闘態勢を取った。それは、敵が現れたからではない。彼女の《第六感》に、その存在が察知されなかったためである。《第六感》の本質はあくまで感覚の補強。しかし、上位スキルということもあってかその性能は極めて異質。本来の感覚としての在り方を超越した、ある種、VRMMOであるが故に為し得る、直感にも似た特殊な感覚を生み出す力へと進化していた。そうでなくとも、この小さな礼拝堂の中にいる人の気配を察知できない、ということはまず考えられない。その程度には、感覚は強化されているはずなのだ。
「……誰?」
「ヨハン・スティグマ。この教会で神父をしている者です」
尤も貴方は、名前の方はさして興味はないでしょうが。漆黒のカソックに身を包んだ、背の高い男はにこやかな笑みを浮かべたままそう語り上げる。
「詰まる所は、君の敵、ということですよ。私を倒せば、君は元いた場所に帰れます」
「へぇ…それ話していいの?」
「えぇ、勿論。何せ────」
眼の前の神父が言い終えるよりも早く、るなは瞬間的に加速する。指輪から展開された大鎌【紅月】が、文字通り三日月のような弧を描いて神父に迫り、その白い首を刈り飛ばす────
「───帰すつもりもありませんから」
「ッ────!?」
────かに思われたその時。神父は振り抜かれた大鎌の刃の側面を、首の近くに添えた二指でつまむ事で防いでいた。まるで、自分の周りを舞っていた羽虫を捕えるかのように。そして神父はただ笑う。それがまるで、何事でもないと心から思っているかのように。
その異常を察したるなは即座に再び鎌を指輪に戻し、神父から距離を取る。この男は、ヤバい。《第六感》が掻き鳴らす警鐘に従うべく、るなは自分の後ろにある扉から退散しようとノブに手をかける。
「──痛ッ…!?結界…!?………聖属性!!」
「
そういいながら、神父はかつ、かつと靴音を鳴らしながらるなの方へと近づく。その両手には、刃渡りのやけに長い、片刃の直刀がそれぞれ一本ずつ携えられていた。あんなにも晴れていた空は、既に鈍色に染まり、雨が降り始めている。丁寧に研がれた刀身も反射する光を失い、その刃面には、昏く鈍い鉄の無機質な銀色だけが映し出される。
「私の目的はただ一つ。この場において、我らが
「は…?何言って…」
「御存じない!!結構!ならば語りましょう!この《百鬼夜行》の世界にまつわる、人の歴史と、我らが神の御意志の総てを!!」
一閃。昏く染まった曇天の空に、眩い稲光が奔る。照らし出されるは、教会の中心に立つ神父の姿と、ギラリと輝く一対の直刀。平凡、しかして異様。ヒトの形を成し、ヒトの在り方を呈しているのに、どこからか感じ取れる異様さは、るなの《第六感》に何度も警告を鳴らし続ける。このままでは、確実にマズい。しかしそんなるなの様子など一切気にせず、神父は大きく口を開き、言葉を紡ぎ始める。
「我らが神はその昔!大地を創り海を創り空を創り、その支配者たる存在として我ら人間を造り給うた!!しかし時は経ち、今やこの世界は、人ならざる紛い物達で溢れ返っている!!なんという悲劇、なんという惨状!!この汚れた世界を清めるため、我ら信徒は救わねばならない!!人を!大地を!その全てを!!」
神父は語る。まるでそれがれっきとした正史であるかのように。その気迫、その狂気に、るなは思わず言葉を忘れ、呆然とその様子を窺うことしかできない。まず何よりも、今切り込んだとしても、恐らくは先程同様にすんなりと受け止められ弾かれるのがオチだろうが。
「故に!故に!!我らは剣を取り立ち上がるのです。君達を───いや、貴様ら
神父は構える。両の剣を十字に番え、まるで罪人の贖いの御印とするように。
「我らは神の代理人、神罰の地上代行者。我らが使命は我らが神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅すること────」
神父は唱える。聖歌のように。祝詞のように。迷える子羊に、裁くべき罪人に、進むべき道を指し示すように。
その瞬間、神父の立っていた床が爆ぜる。そしてその直後。るなに急接近した神父によって、るなの左腕は斬り飛ばされていた。
「さぁ、聖務執行だ。神の御心の前に、その首を差し出せ、邪悪なる一座《闇鍋の宴》が一人、【吸血姫】────ッ!!」
斬り飛ばされた腕を目端に、るなは舌打ちをして鎌を取る。彼女にとっても、遭遇したことのない未知の敵。人であるが故の怪物との戦いが、今始まろうとしていた。
雷鳴平原。雨のように雷が降り注ぐ、《百鬼夜行》でも屈指の危険地の一つ。降り注ぐ雷の特徴も、その日の『天候』によって変わるためか、高レベルの古参プレイヤー達であってもめったに近づくことのない危険区域であるその場所は、エリアが開放されてから長らくの間、立ち入るものの居ない禁忌の地とされてきた。
「よっ……と、おや。馴染みのあるところに落ちてきたね」
無数の雷霆が降り注ぐその場所に、他と同じように《闇鍋》のメンバーが現れる。黄色い法被、特徴的な錫杖と額の左についた三本の角。闇鍋が誇る神出鬼没のデバッファー、松林檎である。松林はしゃん、と一度錫杖を鳴らし、ついでとばかりにサラッと落雷を避けながら、周囲を見渡す。
「さて…鬼が出るか、蛇が出るか……」
ま、鬼は私なんだけど。と続けながら、松林は雷を避けつつ散策を開始する。人の気配はなし。先程入った塩宮からの連絡によれば、転移させられたメンバーそれぞれに刺客が差し向けられていることは間違いない。一体何が自分には来るのか…。
と、松林がそんな事を考えながら辺りをうろついていると、大きな音が、彼の背後で鳴る。雷鳴?暴風?違う。これは、人間と同じサイズの物体が落下してくる音だ。
松林は即座に警戒態勢を取ると同時に、懐から鳴子と雷鼓を取り出す。敵は、今上がった土煙で姿を捉える事はできない。が、二人。少なくともいる。
「ハァイ、久しぶりだわね。檎チャン♡」
「ここで遭ったが何百年目…今日こそ悲願を果たさせてもらうわヨ♤」
────野太い声。それが2つ。土煙越しの影をよく見れば、どちらも松林よりも大きな体躯をしているのがわかる。声、体格。そして、『檎チャン』などという変わった呼び方。この特徴に、松林には、思い当たる節があった。因縁はある。成る程、自分へのメタにもなるだろう。しかし、それにしたってまさか現れるわけがない。
土煙が晴れ、その姿が露わになる。松林は、最悪の想像が実現するのを恐れ、僅かに後退りをする。しかし、現実は悲しく、虚しく、そして恐ろしい。やや恐怖を孕んだ瞳で松林が見据える先に立っていたのは……
「アナタの相手はワタシ達♡」
「全力でお相手させてもらうわヨ♤」
筋肉モリモリ、マッチョマンの
「──────ッ!!!《光陰矢如》!!!」
瞬間、松林は手元に光の矢を呼び寄せ全力で背後に放り投げる。金色に光り輝く矢は真っ直ぐに光の線を描いて飛び、雷鳴平野のある一点に着地。その瞬間に松林はその場に転移する。
「ッッッぶねェ!!!なんであの人らいるんだよ!!!」
転移も間もなく、松林は更に全力疾走する。そんな様子を見ていた二人のオカマ達は、それを見るやいなや走り出し、彼を全力で追いかけ始める。
「あのコ逃げるつもりよ!♡」
「そんなの許さないわ!!♤」
「それならば…♡」
「えェ。こうシましょう♤」
二人の
「「追いついたわヨ、檎チャン♡♤」」
「ッチィ…ッ!やっぱ追いつかれたか……!」
基礎値90を誇る松林の
「略式にて、大変失礼仕る───守り給い、幸え給え 」
瞬間、オカマ二人の足が急激に遅くなる。速さに特化し膨張した筋肉も、見る間に萎み、萎え込んでいく。それでも尚異常な大きさを誇る彼(女?)らの筋肉は、呼吸するかのように
「相変わらずデタラメな筋肉してるなァ…!なんでパワーで僕の
「それは勿論♡」
「愛ゆえヨ♤」
「キッショいなァホントに!!」
バレエのそれにもよく似た息ぴったりのポーズを取りながら、オカマ二人はまるでそれがさも当然であるかのように言う。
「大体、君達何で僕をつけ狙うんだ?アンチ活動にしたってしつこいぜ?こっちをメタってくるのはまぁわからんでm「「そこらのアンチなんかと一緒にしないで頂戴!!!」」
松林の言葉に、オカマ二人はその人相を恐ろしく変貌させ、すわヒステリーでも起こしたのかと思うほどの声を上げる。
「アンチ…?♡
「確かにワタシ達は一度アナタに敗れた…♤そのデバフを受け、大きな被害を受けた!でもそれは、全てワタシ達の実力が至らなかったが故!♤」
二人は舞う。バレエのように、戯曲のように。その姿はまさに────いや、筋肉モリモリのオッサン二人のダンスにまさにもなにもないが────白鳥のようなしなやかさを持っていた。
「だからワタシ達は己を磨いた!アナタを…アナタのデバフを!一流のソレだと認識したから!♡」
「認めたならば…応えるのが流儀!♤アナタの
「いや…スタイルにあってるからやってるだけで別に愛とかそういうんじゃ」
「故にワタシ達は模索した!!新しいチカラを!!」
一切話を聞かず勝手に話を進めるオカマ二人に、松林は思わず呆れ果てる。どうしよう。もう帰っていいかな。いや帰ろうとしたら回り込んで延々と話が続きそうだな。
「そして見つけたの…アナタの愛に応える
「それが……♤」
「……それが?」
「そう…それが…」
「いやそうはならんでしょ」
普段のにこやかフェイスを崩して思わず真顔で突っ込む松林だったが、相手は至って真面目なようである。というか実際それで突破されているわけだから手に負えない。
「そして…今日いよいよ!ワタシ達の念願!!アナタとの真っ向からの勝負を挑む機会を与えられた!これは天啓…そうでなくて何かしら!?♡」
「ワタシ達は証明する…!アナタに打ち勝ち…!ワタシ達の愛が正しかったということを!♤」
「いや別にそんな必要は」
「問答無用!!アナタの意志はどうであれ…付き合ってもらうわよ!!♡」
「悪いけれど、ワタシ達を倒さずに帰ろうなんて、そんな無粋が許されるとは思わないことね!♤」
筋肉を胎動させ、二人のオカマはバレエとボディビルポージングが混ざったようなポーズを取りながら、松林を睨みつける。
「我ら、ギルド《菠蘿ノ琴線》ギルドマスター───マリアン♡」
「ジョセフィーヌ♤」
「「さぁ…《闇鍋》の
筋肉の化生と、邪なる天鬼。対局とも言える一対の怪物たちによる、大舞台の幕が、今上がった。
「うわぁああ〜〜〜〜〜〜!!!助けて〜〜!!!」
初手安定の絶叫。人気のない森林区域に転移させられたあまりねは、自分を追う対闇鍋連合のプレイヤー達に追われていた。転移させられてから早数分。転移した場所が悪かったのか、それともそう仕組まれていたのか。敵陣のド真中にダイナミック☆エントリーしたあまりねは、隠れることも
「あっちだァ!!」
「追え追え!アイツ確か闇鍋で一番レベル低かった筈だぞ!!」
「ヒーラーならそこまで戦闘力もないハズだ!囲んで叩けェ!!」
「でもあんま怖がらせると可愛そうだから殺すなら優しくしてやれ!!!」
「うわぁ────ッ!!来るな!!あっち行けぇ!!優しくしてぇ!!!」
もはや野盗のような口振りであまりねを追い回すプレイヤー達。一人ひとりのレベル自体はあまりねと同じくらいか、それを少し上回るか程度だが、この数では流石に勝負にならない。
「えっと…えっと…!確か、こういうときの為にってごんさんから貰ったアイテムが……!あ、あったぁ!!!」
ポシェット型のアイテムストレージから、あまりねは無色透明のポーションが入ったフラスコを取り出す。何やら「飲用禁止、投げて使ってネ!」と記載された張り紙もされている。カートゥーン調にデフォルメされた松林のイラストも載っているあたり、これは松林からの説明書のようだ。
「え、ポーション…!?まぁいいや、せぇいっ!!!」
一瞬驚いたものの、すぐに切り替えフラスコを敵に向けて放り投げるあまりね。見た目に反して高いSTRによって、きれいな放物線を描いて敵プレイヤー達の眼前に落下する。フラスコは砕け、外気に液体が触れた、その瞬間。
森全体を揺らすほどの熱と光が、敵プレイヤーを諸共巻き込んで爆裂した。
「うわぁ〜〜〜!?何!?今の何だったの!?」
あまりねが投擲した液体。その正体は、人類によって発明されたいくつのも化学物質の中でも、人類の分岐点となるものの一つ。科学の発展と戦争の象徴───ニトログリセリンである。この世界においては、射程範囲内に存在する対象に対し無差別の爆破ダメージを与えるというアイテムになっているそれだが、薬師としても腕の立つ松林による作成のためか、その威力も、範囲も、本来の出力を遥かに超えていた。
「う、うわぁ……えぇ……?今の…私がやったの……?」
その爆発の規模と威力に、思わず宇宙ポメラニアンになるあまりねだったが、すぐに正気を取り戻しその爆炎の中を見る。死亡ログも大量に出ていたし、流石に全員死んだとは思うが……
「大丈夫……だよね?」
「大丈夫じゃない?流石に死んでるでしょう」
「そっかぁ〜〜…そうだよねぇ…って、え?」
「ん?」
「「えっ?」」
なんか、いる。あまりねは、あまりにも自然に現れたその声に、思わず普通に返答してしまう。恐る恐る声のする方を振り返る。そこにいたのは、一人の女性だった。この大森林には不似合いな、真っ黒な燕尾服。どういう理屈か宙に舞い、勝手に音を奏で続ける大小様々な楽器の数々。見るからに風変わりで、異質な女性。仮に彼女が戦闘員だというのなら、それはあまりにもらしからぬ姿をしている女性が、木の枝に腰掛け、こちらを見ていた。
いや、戦闘職らしからぬ格好という意味では、あまりねもいい勝負ではあるが。
「え、えっと…貴方、誰?」
「私?私は
「ば、ばーど…?鳥…?」
「あー、違う違う。というか、君。後ろ大丈夫?」
「え?って、わぁあ!?」
吟遊詩人の女性───錫月に言われ振り返ると、その後ろには、大量の猛獣が迫ってきていた。
「わぁあ!?何か来てる!?」
「わぁ大群。避けなくて大丈夫?」
「大丈夫じゃ……ぐぅうっっ、うおりゃァ────ッッ!!」
手に持ったステッキを振りかぶり、あまりねは大量の猛獣達に殴りかかる。鍛え上げた鈍器術とヒール(物理)*1、そして光り輝くSTR:90は伊達じゃないと言うべきか、一振りする度、猛獣達が風に吹かれた綿毛のように吹き飛んでいく。
「ふぅ…な、なんとか…なった…」
「すごいねぇ…所でまた来てるけど」
「エッ!?ワッ!?ギャアアアアアアア!?」
───────────────
「ハァ……ハァ……お…終わった……」
「あ、次も来たよ。今度は虫だね」
「うわぁあああああ!!!!優しくして!!優しくしろって言ってんだろ!!!!」
───────────────
「も…もう無理ぃ……」
「わぁまた来た。疲れてるみたいだけど大丈夫?」
「えっ!?あぁ゛っ!ウォアァァーーーーッ!!?ゲンキ!!ゲンキゲンキ!!!!殺゛し゛た゛ッ゛!!!よし!!!!」
「大丈夫そうだねぇ」
───────────────
「ハァ……ハァ……もう…限界……死ぬ……」
大量のエネミーを処理し続けること凡そ十数ウェイブ。あまりねはもはや息も絶え絶えになり地に倒れ伏していた。
「お疲れ様〜。いやぁ、災難だったねぇ」
「本当だよ!!!!何この森!!!なんでこんなエネミー湧くの!?そういう森!?てか手伝ってよ!!!」
時間にして凡そ三十分の間、木の上から一度も降りずに傍観を決め込んでいた錫月の言葉に、あまりねはキレ気味に叫びを返す。どうやら大声を挙げられるだけの体力はまだ残っていたらしい。
「いやぁ無理無理。私戦闘力ないから」
「じゃあなんでこんな危険な森にいるの……?」
「なんでって、そりゃあ、ねぇ」
貴方を倒すために決まってるじゃん。
今までの騒ぎとは一転。木々の擦れる音すらない程に静まり返った周囲に、錫月の言葉だけが響く。笑みこそ称えているものの、その感情は読み取れず、ただただ不気味さだけを漂わせている。
「え……?今、何て…」
「おかしいと思わなかった?なんでエネミー達が君だけを狙ってたのか。私だっていたのに。君の方がレベルが低いから?目立つ位置にいるから?違うよね。だって、【百鬼夜行】のエネミーAIは、そんな単純にプログラムされてないもの」
「そ、それじゃあ」
「うん。そういうこと。私がぜーんぶ、操ってたんだよ」
にやにやと、けらけらと、錫月は笑う。悪戯が成功した子供のように、あどけなく、意地悪く、妖艶な笑みを浮かべながら。
「それじゃあ、改めて自己紹介。私は錫月。
音と獣を操る指揮者、錫月。彼女の策謀に嵌った、強くもか弱き闇鍋のヒーラーあまりね。この二人の戦いが如何なる結末を迎えるのか。それは未だ、神のみぞ知るお話である。
「……っここ、は…」
辺り一面の炎と黒煙。それが、凍星が転移して最初に目にしたものだった。息をするだけで焼け付くような熱気、立ち込める肉が焦げる匂い。─────人が、焼け焦げる匂い。
人の死など頻繁にあるこの【百鬼夜行】である。多少の慣れはあるせよ、ここまでの死臭はそうそうあるものではない。人狼ゆえの鼻の良さに思わず顔を顰めた凍星だったが、直後、その場の異常を察知する。
中〜高レベルプレイヤーに見られる装備品やアイテム。どこかで見覚えのある人数の数々。この場で焼死体となっているのは、恐らくは自分を狙い討たんとしていたプレイヤー達だ。死んでいるのにまだ死体が残っている……ポリゴンとなり消えていないのは、殺されて間もない頃だから。そして、そもそも彼らがなぜ殺されているのか、それは……
「お、やっときた。よ、待ってたぜ。凍星奏雨」
「………貴方が、この惨状を……!」
彼らが殺されている理由。それは、彼らの存在を好ましく思わなかった誰かによって纏めて殺されたため。それを証明するかのように、全身を、周囲に燻る炎とよく似た真紅の装いに包んだ、朱髪の少女が立っている。死体の転がるこの場所に、まるでそれが日常茶飯事であるかのような様子で。
「いやさー、最初に誰がお前をお相手するかで揉めちゃって。それに、お前が飛ばされるって時間までも暇だったから、多人数PvPをちょっとな。丁度さっき終わったとこだったんだよ。あー、だーいぶ散らかしちゃったな、悪い悪い」
「……殺し合う必要はなかったのでは?」
「いーやまさっかぁ。だって……」
そうでもなきゃ、
それがさも当然であるかのように、真紅の少女は薄ら笑いを浮かべ言う。その様子に凍星は警戒態勢をとりつつ、肩に止まらせた白い鴉を少女の方へと飛ばし攻撃する。半透明な白い体躯が、真っ直ぐに少女の首筋をめがけて飛びかかり、その喉笛を啄まんと矢の如く一直線に
白亜の鴉─────鴉魂は、まるで火がついた油紙のように、一瞬で燃え尽き、塵となって焼け溶けた。
「────ん?おー、初手奇襲とは……おもったよか好戦的だな」
「そこまで無防備で、対策してないわけないよな……」
「はは、まぁそら当然。あーそうだ、服ん中に隠してる奴もバレてるからな。同じ奇襲でも、無駄打ちはやめとけ。しないだろうけど」
からり、と少女は笑う。まるで、凍星の手の内の、そのすべてを知っていると語るかのように。にたりとほくそ笑むその瞳に、ギラリ、と黒く瞳孔が割れ、その全身が赤く、紅く、朱く、揺らめきながら燃え始める。
その様子に何かを察した凍星は、すぐさま手に持つ漆黒の杖にMPを集める。紺碧の光が焼け野原となったこのフィールド熱を和らげるように、周囲を冷気で満たしていく。凍星の周りの植物の炎が掻き消え、その表面に霜が奔ったその瞬間。深紅の少女の足元から、まるで彼女を飲み込まんとするかのように、氷の柱が立ち上がる。
「
「ん?っと、おぉ、あっぶねぇなお前。油断も隙もねぇ」
現れた氷の牙に遅れて気づいた少女は、腕の一部を炎に変化させ、薙ぎ払うかのように振るいその氷塊を掻き消す。蒸発によって僅かに弱まった炎に、少し顔を顰めながらも、すぐにシニカルな笑みを浮かべ、少女は凍星に視線を移した。
「ヒヤヒヤさせてくれるねェ…流石は氷使いってところか?」
「言う割には随分余裕そうですね。この程度じゃまだぬるま湯、ってところですか?」
「アハハ、ま、そうかもしんねーな。安心しろ。
そう言うと、右手を軽く握り、左手を掌底の形に開く。凍星が仏教、もしくはインド神話に詳しければ、もしかしたらその瞬間にそれを察知し、是が非を持ってしてでも止めていたかもしれない。そうでなかったとしても。それが叶わなかったとしても。即座にその場から逃げるという選択肢を取っていれば。ともすれば展開が変わったかもしれない。
その手の形は、所謂仏教における、神仏の在り方を為す証となるもの───『印相』と呼ばれるもの。中でも、少女が取った手の形は、
象った神の力によって、少女を中心に渦巻く熱気がより強いものへと変わっていく。取り巻く炎もまた、その熱量を上げたが故か、黄へ、白へ、そして青へと、その色を変えていき───上がった熱は化学反応さえも超越し、血の如き深紅へと塗り潰される。
「心象結界・点火」
瞬間、世界のすべてが深紅に染まった。空は立ち込める黒煙によって埋め尽くされ、周囲の自然は尽く焼き尽くされ灰と化す。大地もまた、今までいた焼け野原ではなく、所狭しと炎とマグマが噴き出し
「こ……れは……っ」
「お、良い反応するじゃん。工夫を凝らした甲斐があるってもんだな」
少女は快活に笑った後、ぱちん、と指を弾く。瞬間、少女の体を、真紅の炎が包みこんだ。──否、同化している。溶け合っている。人間らしかった様相は見る影もなく、その姿は、辛うじてヒトの形を為すだけの炎の塊へと変わっていく。炎の隙間から見えるのは、蛇の鱗にも似た、金属質の紅い鱗。
と同時に凍星は、自らの懐に忍んだ白蛇が、明確に弱っていくのを感じ取った。酸素と水、そして、適切な気温。生物の健全な生存に必要な要素であるそれらを、この結界は否定しているのだ。ましてや白蛇は変温動物。急激な気温の変動は、紛れもない毒だった。
「……随分きっちりメタってきますね」
「それができるからアタシが呼ばれてんだよ。お前と戦ってんのはそれだけが理由じゃないが」
そう語る少女の、口らしき部分が笑みを浮かべたかのように歪む。成る程。転移した各メンバーに、それぞれ相性の悪い相手がぶつけられているのなら───凍星にとって、ここまで不利を押し付けられる相手もそうはいない。
「氷使いと炎使い───ってさァ。漫画とかアニメじゃよく見る対面だよな。アタシはそれが見たくて、より強い氷使いを探してた。んで、《闇鍋》に凄腕の氷使いが居るって聞いてから、アタシはいつか戦ってみたいと思っててね。そこにようやく出番が回ってきた」
「…それは、光栄なことで」
「謙遜するなよ。実際、アタシに《コレ》を使わせてる時点で、お前は十分強いんだから」
そう言いながら、少女はじろり、と凍星を見据える。炎の中に包まれた、爬虫類じみた金色の瞳が、どこまでも好戦的に眼の前の獲物を鋭く射抜く。
「アタシはカガリ。見ての通りの炎使いだ───遊ぼうぜ《闇鍋》の氷使い。さァ、炎と氷、どっちが強いか決めようじゃないか!」
その威勢と共に、周囲の炎はより勢いを増す。炎と氷。高温と低温。相反する二つの力による、ある種の頂上決戦の火蓋が、今切って落とされた。