闇鍋VRMMOのお話   作:塩谷あれる

8 / 10
取りあえず全導入終了
以降は1人分ずつちまちま出していこうかなと思わんくもなし


闇鍋狩り④ 前置き(プロローグ)はこれにて終了

 味変山。二十四時間周期で、エリア内に存在するあらゆるものの“味”が変化するという、特殊な効果を持つエリアマップ。ポップするエネミーや採集アイテムに限らず、エリア内に在留しているプレイヤーに設定された味までもが変化するという性質故に、一部の好事家(グルメ)達が好んで訪れる隠れた名所。

 そんな場所に、今日も今日とて生物の叫び声が響いていた。

 

「待て〜〜!逃げるな〜!!」

 

「「「ギャアアアアアアアア!!助けてェエエエエエ!!!」」」

 

 ……本来標的となり、追われる立場にいるはずの雨葉ハジメが、逆に彼女を倒すために集められたプレイヤー達を追い回している、という奇っ怪な構図を取る形で。

 否、既に彼女の鎧には返り血と思われる血痕や肉片が付着しているところを見るあたり、既に何人かヤった後であり、今もなお狩猟(テイスティング)は続いている、というべきなのだろう。いやはや、人の欲とは得てして恐ろしいものである(適当)。

 

「あれ〜?…見失っちゃった。ん〜、珍しい種族のプレイヤーが居たから食べ…ゲフンゲフン、戦ってみたかったんだけど…何処行ったんだろう」

 

 縦に割れた真紅の瞳孔をギョロリ、と光らせながら、雨葉は五感をフルに使って周囲を散策する。するとどうか。何故か、とても、とてもとても、おいしそうな匂いがするではないか。

 

「むむ…むむむ…?これは…!」

 

 その方向を探してみれば、そこにはポツン、と立派な一軒の西洋造りの家が建っていた。

 

「『西洋料理店・MIYAZAWA』…?」

 

 玄関に立った看板の文字を読みながら、雨葉はその家をもう一度見、思案にふける。

   そ  ん  な  こ  と  は  ど  う  で  も  い  い

 はて、こんなところに家などあっただろうか?

  お  い  し  そ  う  な  に  お  い  が  す  る

 怪しい。さっきのプレイヤーも探さなきゃいけないし。

   も   う   ま   ち   き   れ   な   い

 ただ、この近くで消えたのは間違いないようだし。

 

「……仕方ない。本当に仕方ないけど、入ってみるしかないか」

 

 雨葉の理性と本能の全てが言っている。「行け」と。木製の扉を開け、雨葉はその先へと入っていく。その瞬間、全身を何やらミントグリーンの光が包み、同時に爽やかな風が一陣吹いた。何事か、と雨葉が辺りを確認すれば、全身に付着していた返り血や肉片が綺麗さっぱり拭き取られている。それだけではない。装備の損傷や減ったHPまで回復しているようだ。

 

「……手厚いねぇ、ちょっと怖くなってきたよ」

 

 左右それぞれの手に持つ大盾と棍棒を握り直し、雨葉は更に奥へ進む。軽く散策してみたが、今のところは簡素な応接間、といった雰囲気で、何かがいる気配はしない。……時々、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鎧や四肢の一部は散見されるが。

 

 そうしていくつかの戸を潜り抜けた後、雨葉は再度驚くことになる。そこにあったのは、開けた扉から類推するには余りにも広大な、白く濁った沼だったからだ。今まで通りの応接間の中に、余りにも不似合いに拵えられたその大沼は、部屋の床全体を覆っている。…これを避けて奥へ進むことは難しいだろう。

 

「……ふむ、一応テイスティング」

 

 そう言いながら容赦なく手で液体を掬い勢いよく飲み干す雨葉。普段ならばもう少し躊躇うところだろうが、今の彼女は腹が減っていた上に、見知った土地の見知らぬ店に踏み入った興奮で警戒を好奇心が上回りきっていた。憧れって奴は止められないからね、仕方ないね。

 例にもよって《食道楽記録帳》で詳細をみたところ、「白蛇の薬泉」と呼ばれるエリアから汲まれたものらしい。塗ってよし!飲んでよし!かけて良し!な高性能ポーションの素材としても使えるアイテムだ。飲むことで、HPリジェネのバフとMIN補正のバフがかかるおまけつき。……どうやら純度100%の原液らしく、毒や罠の類も仕組まれていない。

 

「う〜ん…よし、じゃあ行ってみるか!」

 

 そう言いながら豪快にじゃぶじゃぶと沼を掻き分け雨葉は先へと進んでいく。「塗ってよし!」の文言から何となく察してはいたが、この液体普通に触れているだけでもバフがつくらしい。

 向こう岸まで渡りきった頃には、肩口まで沼の水でびちゃびちゃになっていた雨葉だったが、そんなことはどこ吹く風、という顔で、軽く付着した液を拭う。

 

「よーし!どんどん行ってみよう!」

 

 そう言いながら勢いよく扉を開け、次々と部屋を踏破していく雨葉。黄金色の雨*1が降り注ぐ部屋や、暴風の吹き荒れる白い砂漠*2のような部屋を通り抜け、ついに最も匂いの強い、最深部の扉を開け放つ。するとそこには…

 

「おぉ…!想像通り…!だけど想定外な感じだなぁ」

 

 そこにあったのは、大きな食卓と、その上に並べられた無数の食事達。どれも美しく、芳しく調理されており、誰もが今すぐにでも飛びつきたくなるだろう程に香り立つ逸品ばかりだった。……そう、一部の料理たちの上に浮かび上がる、プレイヤーネーム・タグから目を逸らせば。

 そして、それらをナイフとフォークで丁寧に切り分け、一人黙々と食べている男が一人。猫の獣人───それも、彩音や凍星と言った彼女の友人たちと比べ「濃度」がかなり深い。すらりとした長身にピシリと張り詰めたスーツを纏い、手入れの行き届いた毛並みは気品すら感じられる。まさしく「紳士」と呼べるであろう存在は、プレイヤーネーム・タグなど気にする様子もなくただただ料理を食らっている。あ、今頭()った。

 

「───おや、いらっしゃい。レストランMIYAZAWAへようこそ」

「あ、どうもご丁寧に…。えっと、“それ”って貴方が調理を?」

「はい。(ワタクシ)、未知なる珍味の探求、開発を生きがいにこのゲームをプレイしておりますので」

「おぉ、良いねぇ、気が合いそうだ」

「それは何より。しかしこの私、最近は知らぬ味に中々巡り会えず辟易していたところでございまして」

「あ〜わかるぅ〜!味変山(ここ)なら多少はアタリを引きやすいけど、それでも段々味の変化がテンプレ化するんだよね〜…」

 

 竜人と猫人、2人の食人鬼は、極めてのどかに会話を続ける。それがさも、当たり前であるかのように。

 

「えぇ…全く…ですので」

 

 そう言いながら、猫人は手に持っていたナイフを雨葉に投げつけ、それを雨葉は盾で綺麗に弾き返す。狙ってか狙わずか。弾かれたナイフは真っすぐに猫人の方へ飛び、彼の頭の数ミリほど左をかすめて椅子へと突き刺さった。

 

「おや…食らってくれませんか」

「まぁそりゃ、同じ穴の狢なら考えることもわかるしねぇ」

「それはそうですよねぇ…致し方なし」

 

 そう言うと猫人の男はすくり、と立ち上がり、両手に一対の肉切り包丁を召喚する。その目と表情は、先ほどまでの紳士然としたそれではなく、目の前の獲物を狩らんとする、狩人────否。肉食獣の様相だった。

 

同族(カニバリスト)の肉の味…是非とも力尽くで堪能させて頂きます」

「やってみなよ───私が逆に食べてあげる!」

 

 食人鬼対食人鬼。闇鍋狩りの最中に起きた、閑話休題のマンイーティング。どちらが食うか、食われるか。両者にとって決して譲れぬ、熱い戦いが今、始まった。

 


 

 寒風吹き荒ぶ一面の雪景色。空は(くら)く、ただ(しろ)硝煙(くろ)だけを運ぶ銀色の荒野。北方の大戦場、《銀血の丘》。闇鍋の宴きっての銃使い*3である愛凪は、そんな銀世界に転移させられた。

 

「どこまで行っても…雪しか見えない…」

 

 愛凪の職業は傭兵である。戦場を渡り歩いて戦闘を行うのが主なプレイ方針である以上、この《銀血の丘》にも当然来たことはある。《豪雪》の環境効果付きであるが故に他の傭兵ロールプレイヤーからの人気は芳しくないスポットではあるが、それでもここまで人が少ないのは初めてのことだった。*4

 右を見ても、左を見ても、雪、雪、雪。一面の銀景色で敵影も見えず、途方に暮れる愛凪。どうしようかな、いっそワンチャン賭けて適当に真っ直ぐカッ飛ばしてみようかな、と焦りと困惑で愛凪がトチ狂い始めたその直後。彼女の顔のすぐ横を、黒い塊が掠めた。

 

「──────えっ?」

 

 彼女の眼に搭載された義眼は、遅れながらも、確かに“それ”を認識。しかし僅かに遅れた理解が動揺と恐怖を呼び、愛凪は驚きの声を上げる。今のは───いや、そんな筈はない。この猛吹雪で視界の遮られ、凍結や霜焼けなどのデバフでTECに低下補正のかかる雪原で、私の義眼(レーダー)をすり抜けて?理解不能(ありえない)実現不可能(ありえない)想定不能(ありえない)。そんな、銃使いとしての常識からくる発想を、闇鍋(キチガイ)への理解が否定する。

 例えば松林檎(バフデバフ自在のトンチキダンサー)、例えば渚紗夏渓(火力狂いの一発屋)、例えば塩宮るれあ(極振りビルドの変態受けタンク)。彼らのような変人が、仮にもしも闇鍋の外にもいるのだとしたら。

 

「………変形機構(アップデート)狙撃銃(レインスワロウ)防護盾(シェル)!!

 

 即座に思考を切り替え、右手と両肩を換装。人工機械生物系種族(レイス)の種族スキル「アップデート」*5により、スナイパーライフルと2枚のシールドを展開。そして、右手と一体化した銃は、僅かな機械音を上げた後、その引き金を独りで弾く。

 

狙撃戦術(ガンズアクション)返し撃ち(リバースショット)

 

 銃声一発。まるで、先ほど自分に差し向けられた弾丸の軌跡を逆回しになぞる様に、愛凪の弾丸の蒼い軌跡が真っ直ぐ伸びていく。

 僅かな反響有り…しかし、接触音、炸裂音共に無し。どうやら外したようだった。

 

「流石に食らってはくれないよね…」

 

 そう言いながら足に取り付けたローラースケート型の移動装置を起動し、愛凪は移動する。が、しかし、高速で進む愛凪の背中を、先程と同じ弾丸が貫いた。

 

「…っ()ゥ…ッもうこっちを捕捉してきた!」

 

 瞬時に身を翻しカウンター・バレットを一発。しかし、やはりまたもや反射音は無し。どうやら相手は随分とAGIが高い(あしがはやい)ようだ。

 強烈な吹雪と見えない狙撃手。後手後手を強いられる愛凪の脳裏には、現状に対する動揺と同時に、どこぞの人魚のある言葉が(よぎ)っていた。

 

────「え?敵がどこにいるかわからなくて攻撃が当てられない?簡単ですよ!全部まとめてぶち壊せば良いんです!」────

 

「よし…そうだよね渚紗さん…!なら…!」

 

 そう言って愛凪は再度右腕と、左肩の兵装を変換する。右手に現れるは、長い砲身、やたら長ったらしく連なった無数の弾倉、綺麗に輪を成す6つの銃口が特徴的な、愛凪の身長と並ぶほどのサイズを持つ大型銃器。さらに左肩には、その巨大な砲身と並んでようやく釣り合いが取れるほどの物々しく重厚な大型直方体が鎮座している。─────物わかりの良い方と、軍用兵器に理解のある方ならば、なんとなく察しもついたろう。そう、彼女がその身に展開したのは、本来戦闘機に搭載されるような大型機関砲(ガトリングガン)と、対戦車用ミサイルポッドであった。

 

「全部……ッ纏めて……ッ!!!ブチ壊せェエッッッ!!!!!」

 

 そして放たれる砲煙弾雨。否、弾丸の嵐、ミサイルの雨。それらが無差別に周囲を蹂躙し、爆殺し、炸裂し、吹雪の幕を掻き分けて、愛凪の道を作っていく。

 

「オラオラオラァ…ッ!!!」

 

 鳴り響く銃声。それらが止む頃。心なしか雪景色も薄まり、そして愛凪の視線の先には……

 

「……!やっと……!見つけた……!」

「……まじかぁ、イカれてんな」

 

 先程まで彼女を狙撃していたと思われる、白い防寒着に身を包んだ男が立っていた。

 

「まぁ、あんな弾幕張られちゃこっちもやってられねぇけどさ…焼け鉢にしたって随分な武器担いでくんじゃないのお嬢さん」

「火力は……!正義なので!」

「うーん、やっぱイカれてんなぁ」

 

 白衣の男は明確にドン引いた様子を見せつつも、やはり一端の狙撃手ということか。銃は下ろさず、しっかりとその照準は彼女へと向いている。そして勿論、愛凪もまた、狙撃手から狙いを逸らさない。

 

「ま、俺からしたらだからどうした…って話ではあるけどな…」

 

 そう言いながら、狙撃手の男は再び吹雪の中に姿を溶かし、ゆっくりとその場を離れていく。

 

「あっコラ!待────」

『待つわきゃないでしょ…ただ、お互い姿は見た。手の内も晒した。一応これでイーブンだ』

 

 遠ざかりながらも、狙撃手の声が響く。その方へと今、一撃入れればあわよくば殺せるかもしれないが、肝心の兵装はリロードが済んでいない。今愛凪にできることは、敵を見送ることだけだろう。

 

『俺の声が完全に聞こえなくなったら戦闘開始だ…そんでまた、楽しい楽しい撃ち合いをしよう』

「いきなり攻撃されて、楽しくなんか…」

『そう思うかい?』

 

 アンタはてっきり、得意なことで沢山の殴り合いがしたいタイプだと思ってたんだけどなぁ。

 そんな言葉を最後に、いよいよ狙撃手の気配は完全に消え去る。その言葉に何かを感じ取ったのか、愛凪は数瞬立ち尽くした後、再度右手を狙撃銃に換装。機械の体故に白むことのない息を一つはいた後、一度だけ口を開き戦闘に入った。

 

「なら…楽しませてみせてくださいよ…!」

 

 氷雪吹き荒れる銀幕の戦場。そこに佇む狙撃手2人。後に「夜行」きっての狙撃戦として語ら───れることのない。名もなき世紀の一戦は、今佳境へと迫ろうとしていた。

 


 

 対闇鍋連合、通称「Argonautai」による、闇鍋の宴メンバーの一斉転移から10分。【闇鍋の宴】の面々が、それぞれの死闘を繰り広げている最中、彼らが誇る生産職、彩音恋葉は今─────

 

「んへへ…ここさぁ〜いこ〜…♡もう一生ここにいたいかも〜♡」

 

 ───彼女は今、天国にいた。夢見心地の表情でくつろぐ彼女の周りを、大量の肉食動物───狭義においては、食肉目ネコ科ネコ属に分類される動物───とどのつまりは、ネコが取り囲んでいた。シャム猫、ペルシャにラグドール。アメショー、ブリティッシュ、スコティッシュフォールドにマンチカン。白黒茶色に斑に縞。見た目の品種も多種多様な猫達に囲まれた、闇鍋の宴きっての猫好きである彩音は、今がどういう状況かも忘れ幸せそうに寝転がっていた。

 

「……あれ?そういえば、私なんでこんなところにいるんだっけ」

 

 少しずつ事態を思い出したようで、咄嗟に武器を取り出しつつ周囲を見渡す。ふかふかのフローリング、キャットタワーやオモチャの類等といった、猫用品の数々、そして、所々に点在するテーブルと丸椅子。……カフェ、それも所謂「猫カフェ」と呼ばれるものに、この場所の様相が酷似していることに、彩音は気づいた。

 なぜ猫カフェに…?そもそもなぜ【百鬼夜行】に猫カフェが…?と、彩音がリアル宇宙猫状態になっていると、彼女の背後から人影が現れる。

 

「どうやらぁ、随分とお楽しみ頂けているみたいですね〜?」

「!!」

 

 ほわほわした雰囲気を漂わせる、小柄な女性プレイヤー。長く尖った耳や髪の色などから察するに、種族(レイス)森小人(ノーム)だろうか。武器の類は持っているようには見えない。ただ、魔法にも軽量武器にも適性を持つノームだ。何をしてくるか分かったものではない。

 警戒心を強めながら、手に持った《またたび棒》*6を握り直す彩音。少しずつこちらに歩み寄ってくるノームが、虚空に手をかざし、口を開く───!

 

「お飲み物は如何ですか〜?最近、大手の生産型ギルドさんから良い茶葉を仕入れることができたんですよ〜」

「………、ほぇ?」

 

 ────気の抜けた彩音の返事など素知らぬ風に、ノームの少女は、かざした手をパチリ、と鳴らし、その近くにテーブルとティーセットを召喚する。テーブルの上に置かれているのは、茶葉やコーヒー豆などが入ったガラス瓶と、スコーン、マカロンなどといった茶菓子の数々。

 

「え、えっと……?」

「あら…?お紅茶はお好きではありませんか〜?緑茶やお抹茶もご用意できますけどぉ」

「え、あ、いや!紅茶で大丈夫です!」

 

 彩音が慌てて言葉を返すと、ノームの少女ははぁい、と緩い返事を返し、てきぱきと紅茶を入れていく。

 

「はぁい、お待たせしました〜」

「あ、ありがとうございます…あ、おいしい…」

「でしょ〜?ずっと狙い目だった品でしてね〜?あ、お菓子も自信作なので是非〜」

「わ、ありがとうございます〜!」

 

 紅茶の香りに緊張もほぐれ、ゆったりとした談笑が始まる。猫に囲まれ、おいしい紅茶とお菓子も貰えて、あぁ、なんて幸せなんだろう。

 

「……って、いや違う!?」

「あら、どうかしましたか〜?」

「いや、私敵のとこに飛ばされたはず…!」

 

 既にこちらにメッセージを送ってきていた塩宮や凍星の言葉が確かであれば、メンバーそれぞれに対応した敵が送り込まれているはず。

 

「つまり…貴方は私の敵ってことになります…!」

 

 周囲にプレイヤーが隠れている様子はなく、このエリアに何か特殊なギミックなどが施されているわけでもなさそうだ*7。となると、必然的にこの少女が自分に対する刺客ということになる。と彩音は判断したわけだ。

 緊迫した空気が立ちこめる中、紅茶を一飲みしたノームの少女が、ゆっくりと口を開いて言った。

 

「ん〜…もうちょっとゆっくりしたかったんですけどねぇ〜…」

「……やっぱり貴方は、私達の敵なんですね…!」

 

 我に返ったと言うべきか、頭が冷えたと言うべきか。再び武器を握り直した彩音は、きっ、と目の前のノームの少女を睨みつける。

 

「はぁい、まぁ、私は貴方がたに私怨の類はないんですけどねぇ〜?」

 

 色々と都合がいいのでぇ、存分に利用させてもらってます〜。ニコニコと、ふわふわと、表情と雰囲気は依然変わることなく、淡々とノームの少女は話しかける。間延びした穏やかなその語り口調が、今は寧ろ、どこか恐ろしい。

 

「まぁ、お仕事しないと怒られちゃいますし…そろそろ準備をしましょうかぁ〜…」

 

 ノームの少女が指をパチン、と鳴らすと、周囲の猫達や、猫カフェめいた内装は立ち消え、青々とした植物たちが跋扈する、鬱蒼としたジャングルへと変化した。

 

「……!?…あ、これって……!」

「はぁい。森祭祀(ドルイド)のスキル、《フォレスト・コンバージョン》*8ですよぉ〜。猫さん達やお店に被害が及ぶのは、私も本意ではありませんので〜」

 

 更におまけに〜、もう一つ〜。と、にこやかに笑いながら、少女は再度パチン、と指を弾く。その瞬間、強烈な地響きが鳴り響く。同時に、周囲が暗転。何事かと彩音が空を見渡せば、夜と見まがうほどの分厚く、重い雲が空を覆っていた。そして、その中に光る、悍ましい赤い瞳が、一つ、二つ。

 

「これって……まさか……!」

「はぁい、そうですよぉ〜?」

 

 赤色はまた一つ、数を増す。瞳のそれと比べあまりにも大きく、歪な形をしたそれが、大きく開いた「その者」の口であることに彩音が気づくまでには、そう時間は掛からない。何せ、その口から、すわ雷鳴と見紛うほどの、けたたましい咆哮が上げられたのだから。

 

「貴方がお相手するのは〜…私と、私が丹精込めて育て上げた、自慢のカワイイ…ボスドラゴンちゃんです〜」

 

 瞬間、「その者」の全貌が明らかになる。夜を溶かし固めたかのように、黒く、昏く光を反射する無数の鱗。周囲の木々を優に越すほどの、あまりにも巨大な全長。全てを睥睨する、血のように紅い双眸。それはまさしく、ファンタジー世界における大型モンスターの定番。ドラゴンそのものだった。

 【百鬼夜行】のβ版時代、未だ十二宮神殿の全貌が明らかになっていなかった頃の話。当時における最難関ダンジョンのボスにして、クソゲーの代名詞とも称された太古の遺物。暗黒時代の集大成にして、黄金時代の幕開け役。災厄の具現体、《黒天竜ジャヴァーウォック》が、彩音の前に姿を現した。

 

「うっそぉ…まじでぇ………???」

「ふふふ…楽しんでいってくださいねぇ〜…?闇鍋の子猫さん♪」

 

 空を塗りつぶす黒天の龍。相対するは、白猫の鍛冶師。黒と白。猫と龍。どちらがこの場を制するかは、未だ神のみぞ知る話である。

 


 

 ギルド《闇鍋の宴》、ギルドホール。今回の「闇鍋狩り」事件による一斉転移を経て、無人となった───()()()()()()()()()()()その場所に、ぽつん、と一人、立っている男が居た。

 

「いやはや、どうやらうまく行きましたかねェ」

 

 漆黒のローブ、どこか神秘的な雰囲気さえ感じる長杖。金色の瞳と濡羽の髪。《闇鍋》随一の魔法職にして、【夜行】最古参プレイヤーの一人。月詠マキナだった。にやにやと不敵な笑みを浮かべながら、月詠は周囲を見渡し、満足げに頷く。

 

「見覚えのある光と文字だったのでもしや、と思い干渉してみましたが───いやー、上手く行ってよかったです」

 

 これも日頃の行いが良いからですかねェ、と顎に手をあてうんうんと頷く月詠。ネームタグのカルマ値アイコンが、オレンジ色の光を放っているのは御愛嬌だ。

 それにしても、発動中の魔法に直接干渉して実行を阻害するとは、はっきり言ってやることが度を越している。流石はINTカンスト勢と言うべきか、それともβ時代からの経験の為せる技と言うべきか。

 

「まぁ、流石に我々以外の皆さんの転移阻止はできなかったですけど…ま、とりあえずは良しですかねぇ。皆さんお強いですし、帰ってこれますよきっと」

 

 内情の読めないにこやかな笑みを浮かべながら、月詠は誰もいないその場所で一人喋り続ける。一言二言であればいざ知らず、ここまでの長話となると彼にしては珍しいことだった。

 さてと、そう言葉を区切り、月詠はその黄金の瞳を、誰もいないはずの彼の対面の席へと向ける。

 

「もう、姿を見せて頂いてもいいですよ。いるのはわかってます」

 

 瞬間の静寂。しかし、そこに何かを感じ取ったのか、月詠はさらに続けて口を開く。

 

「おかしいと思ったんですよ。あの光は、【コンパルション・トランスポートゲート】という魔法の予兆です。でも、あれは今は使えないはずの魔法なんですよ。だって───」

 

 ()()()()β()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 にやにやと、けらけらと、月詠は笑みを浮かべたまま続ける。手品の種明かしをする意地の悪い観客のように。

 

「そんな魔法、使えるプレイヤーは限られてきますよねぇ。当時の魔法の仕様を知ってて、かつそれを再現できるだけの技術がある、そんなプレイヤーは片手で足りるほどしか存在しない。例えば……

 

 

β時代最高クラスの魔法職にして、今もなお高い実力と多くの知識を持つ、《夜行》屈指のベテラントッププレイヤーとか、ね」

 

 ねぇ、そうでしょう?そこまで言い切って、月詠は何もいないはずのその場所に、目線を向け、再度口を開く。

 

「通称勇者パーティ…人魔大戦の英雄、【一行(キャラバン)】の“魔女”さん」

「……お見通しでしたか。流石は【魔導極めし者】」

 

 複数の人間の声色が入り混じったような声が響いたと思えば、まるでベールが捌けるかのように空間が歪み、その場に一人の女性が現れる。夜空を(くしけず)って広げたような、艶やかな黒を放つドレス、様々な形と色を反射する、怪しげな装飾品の数々。いかにもといった風な三角帽。なるほど確かに、『魔女』と呼ぶべき怪しい容貌をしていた。

 

「あぁ、やっぱりいましたか」

「はい、お久しぶりです、月詠さん。人魔大戦の最終日以来でしょうか」

「ですねぇ。いやー、お変わり無いようで何より」

「えぇまぁ、久しいと言っても数ヶ月ほどのことですので」

 

 どこかのどかにも感じられる会話。ともすればただの世間話にも見えるそれだが、話しているのはこの【百鬼夜行】でもトップクラスの魔法職2人である。

 

「「さて」」

 

煌 め く 月 光

「「人を殺す魔法」」

タナトスの黒い瞳

 

 月光の黄金と暗夜の黒。二種の閃光がそれぞれの背後から奔り、お互いを食み合うようにぶつかり爆ぜる。互いに、即死属性を持つ高火力魔法攻撃。

 

「あらあら」

「考えることは同じですねぇ」

「ですね。でしたら」

 

 ぱちん、と“魔女”が指を弾いた瞬間、無数の魔法陣が現れる。赤、青、白、黄、緑、橙、紫、黒。大小も色も様々な魔法陣の群れは、規則的に光を放ちながら回転し、その輝きが最高潮になった瞬間─────

 

《起動演算式:【紅蓮の咆哮】》

《起動演算式:【蛟鱗弾(ジャオリンダン)】》

《起動演算式:【死人の冬】》

《起動演算式:【クラックボルト】》

《起動演算式:【疾風車】》

《起動演算式:【ガイア・インパクト】》

《起動演算式:【呪樹躅毒】》

《起動演算式:【エクリプス】》

《起動演算式:……

 

「数でぶっ潰すことにいたしましょう」

 

 夥しい程の魔法の数々が、月詠に向かって雨のように降り注いだ。

 

「流石に捌き切れなさそうです…ね!」

 

 いくつかの魔法を月色の閃光で相殺しながら、月詠はそれでもなお迫りくる無数の攻撃を避ける。後ろでギルドの内装がイカれた音がしたような気がするが、それはきっと気の所為だ。仮にそうでなかったとしても、直すのは我々じゃないから大丈夫、うん!

 

(さて、どう攻めるか…)

 

 単純な手数はあちらが上。レベルとスキル構成の都合、火力はこちらに分がある。総合的な実力は───完全に互角。なんにせよ、この狭いギルドホールでは満足に暴れるのは難しそうだ。

 

「少々もったいない気もしますが…仕方ないですかね」

 

 そう言うと月詠は、放たれ続ける魔法を掻い潜り、一気に“魔女”へと攻め寄る。しかし、相手も然るもの。魔法によるものとも思われる空中移動で、咄嗟に月詠と距離を取る。

 

「相変わらずすばしっこいこと。接近戦に持ち込ませる訳が無いでしょう」

「いえいえ、これくらいで準備は十分ですとも」

 

 “魔女”がその言葉を訝しみながらも着地したその瞬間、彼女の足元に青白い光を放つ水鏡が現れる。

 

「!これは…」

《湖面の月》。フフ、意趣返し大成功!ってね」

 

 そんなことを言いながら、誰もいないはずの空間に横ピースと軽いウインクを見せ、月詠もまた水鏡の方へと歩いていく。

 

「ここじゃ後で怒られちゃいますからね。()()に相応しい舞台に場所を移しましょうか」

 

 月詠が不敵な笑みを浮かべたのも束の間。二人の姿は、光と共に水鏡へと吸い込まれた。その後に残ったのは、魔法の余波によってボロボロになったギルドホールの内装、そして───

 

「ごめん^^;」

 

 というたった一文のみが記された書き置きのみであった。

 


 

「……ここ、は」

 

 白金が目を開いた直後。その視界に映り込んだのは、無数の人の群れだった。軽く目を通しただけでも100人超。よくもまぁ集めたものだ、と白金は呆れを通り越して感心を込めた溜息を吐きながら、周囲を見渡す。プレイヤーの平均的なレベルは70代後半…、中堅程度のプレイヤーが大多数だろうか。どこか見覚えのあるプレイヤーもちらほら見受けられる。

 その中に1人。一際目立つ男がいた。背丈を軽々越えるほどの大きな旗と、やたらビッガビガ輝く鎧を身に纏った、推定種族:ヒューマンの男。眩しくないんだろうか、あと重くないんだろうか*9

 

「─────やぁ、白金縁。《闇鍋の宴》の首魁。……僕のことは、知っているね?」

「貴方は……」

 

 この男は……

 

 この、男、は…………………………

 

「ごめん、ちょっとわかんないわ……」

 

 誰、だろう………………?あんな派ッッッ手な格好してる奴、否が応でも覚えているはずだが……

 輝く鎧の男は、一瞬硬直したようにたじろいだ後、ワナワナと震えながらこちらを睨み返してきた。

 

「わからない……!?わからないか!あれだけのことをしておきながら…!僕のことが…!いや、僕たちのことがわからないというのか…!!」

 

 そう言いながら、鎧の男は旗をぐらりと翻す。そこにあったのは、十字に番えられた一対の剣と、太陽の刻印。確かあれは、人魔大戦における人類軍側の紋章だった筈だ。

 

「ってことは、成る程。あの大戦の逆恨みってわけか」

「逆恨み…!?あぁ、そうかもしれないな!!だが、だが!だがァ!!あそこまでの蛮行!凶行!許す訳にはいかないだろうが!!」

 

 そう言って鎧の男はガバッ、と何やら大仰な動きを取りながら大声で語りかける。元気だなあの人。これから戦うのに。

 

「指揮系統は貴様によって滅茶滅茶にされ!!ようやく纏まった戦線はどこぞの魔術師の隕石やら大洪水やらで粉微塵にされる!!魔術師を討とうとすればお前のとこの蟹盾に守り切られ取り憑く島もない!!なんだあの盾!!最終的には向かってくる敵を盾でお手玉していたとか聞いたぞ!」

「ごめんそれはちょっと知らない」

 

 何してんのアイツ。何でそんなことしてたのアイツ。あぁキチゲ爆発したのか可哀想に。

 

「資源を確保しようとすればどこぞの鬼の商人と猫の鍛冶屋が法外の値段で薬と武器をばら撒く!アレはお前のとこだろうが!」

「いやぁそっちもちょっとわかんないかも…」

 

 そう言いながらス…ッと目をそらす白金。それに関してはこっちも普通に被害者だったのだが、まぁ余計なことを言えばもっと面倒なことになりそうなので黙っておこう。

 

「遊撃に回していた部隊はよくわからん奴らに文字通り食われるし!頼りにしていた暗殺者は闇鍋との戦いの後いつのまにか姿を消していつのまにか闇鍋に入っている!なんなんだお前ら!どこまで好き勝手すれば気が済む!!!」

 

 ハァ…ハァ…ゼェ…ゼェ…と荒っぽく息を吐きながら、鎧の男はこちらを睨みつける。先ほどまでのハンサム・フェイスはどこへやら。なんかごめん…と、思わず謝りそうになったが、そもそもイベントの中での出来事に恨み節を持ち出されても困る話である。危ない危ない。

 

「ハァ…ハァ…さ、さぁ!これだけの数!これだけの質!!お前と言えどそう簡単には潜り抜けやしないだろう!覚悟しろ白金縁ィ!ココがお前の墓場となr「あぁ良いよそういうの。もうこっちは準備済んだし

 

黒冠のカリスマ

痣糸涙累

 

 転移直後。落下中に飛ばしたナイフに仕込んだ糸を伝い、じっとりと滴るように流した毒の束。そして、白金の声を起点に震え伝わる黒呪の波は、聴いたものの状態異常耐性を大きく削り、迫る毒の侵蝕を加速させる──────

 

聖者の御旗:栄光(ホド)

 

 かに思われたその直後。鎧の男が振るった旗が、夕焼け色の光を放ち、白金の糸と黒い残滓が掻き消えていく。

 

「!」

「君を相手に取るんだ…対策してないわけがないだろう…!行け!」

 

 大量のデバフがレジストされた直後。陣形を組んでいた無数のプレイヤー達は、規律の整った連携によって一斉に白金に襲いかかる。

 

《スパイダーフック》

 

「お手本みたいな陣形戦術…悪くないけど通じるわけないでしょ」

 

《投擲術Ⅴ×毒術Ⅸ:インフェクト・スロウ》

 

天井らしき壁にナイフを突き刺し、ワイヤーアクションで滑空して迫りくる敵の群を躱す白金。そのまま指揮役である鎧の男の頸元に向けてナイフを放つ。

 

聖者の御旗:王国(マルクト)

 

「それも食らわない。対策はしたと言ったろう!」

 

 再度鎧の男が旗を振るうと、巨大な円形の防壁が展開される。ナイフは防壁に接触した直後、激しい火花を上げ、そしてついには弾け飛んだ。

 

「厄介な武器持ってるわね…そんなのあったら人魔大戦(あの)時負けてないでしょ」

「あぁ、その通りだ!あれから君達を倒すべく手に入れ、改良を重ね、そして見合うだけの技術も身に着けた!私は、闇鍋の宴全メンバーを迎え撃つに値するだけの対抗策と、それを実現する為の技術(ワザ)人脈(コネ)を手に入れた!!

 

 対闇鍋連合《Argnautai》!総勢531名、そしてその内《対白金軍》104名!ここに宣言しよう!我々はお前達を打ち破る!白金縁!《闇鍋の宴》!お前達の不愉快な《宴》もようやく幕引きだ……!これより、闇鍋狩りを始めよう!」

 

 100を超えるプレイヤーの群れと、それを統率する怨嗟高まる復讐の指揮官。「厄介な」と内心愚痴をこぼしながら、白金は再度跳躍を開始した。

 

 

 

 十五の戦場、十五の戦い。それぞれが始まり、刻一刻と終わりへ向かう。これより続くは、《闇鍋の宴》のいつも通りではない日常の、その折り返し。じれったい前置き(プロローグ)はこれにて終了。それでは皆様、闇鍋狩り編・佳境巡り(ハイライト)までどうぞ御機嫌、麗しく。

*1
ワインビネガー味。多少のAGIバフ付き

*2
粗塩味。VIN上昇と水中呼吸のバフ付き

*3
厳密には、銃をメイン武器としているギルメンが彼女1人なだけなのだが

*4
その原因の何割かには、彼女の同僚である某髪の赤い鎌使いに傭兵連中が集中しているのが挙げられるが、まぁそれは別のお話である

*5
指定した防具系、武器系アイテムを一体化させることができるパッシヴスキル。搭載可能数はレベルに依存する

*6
分類:杖の特殊武器。使用時、攻撃力1の猫型ユニットをランダムな数召喚し対象に攻撃を行う。

*7
周囲の一定以上の価値のあるアイテムを発見するスキル《猫に小判》の応用

*8
マーカーを設置した区分《森林》、《密林》、《樹海》などのフィールドに自分と有効範囲内の任意の対象を転移させる、ドルイド系ジョブの汎用中位スキル

*9
単純な重量と処理速度の話

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。