僕のご先祖様は地獄の鬼で、イラストレーター! 作:東風ますけ
時刻は9時過ぎ。快晴の日だ。今日僕は一人で出版社に来ている。
「相棒! 人間は話のできる生き物だ!」
「でもそれは相手が人間の場合に限ります。ルーベルトさん」
「お、俺は書かねぇぞ! 金が欲しい時以外小説は書かねぇ!」
「いいから行きますよ」
「は、はなせえええええ!」
河童の青年が和服の襟首を引っ張られて、カンヅメ部屋に詰め込まれていった。
「ルーベルト先生。ウチのエースだけど、なかなか働いてくれないんですよね。その点、常世先生は安定して執筆してくださるのでありがたいです」
「いえいえ。僕が小説を書けるのは、みなさんのサポートありきですから」
「謙虚ですね、常世先生は」
「ご先……こほん。妻に、美味しいものを食べさせてあげたいので、今日も頑張ります!」
「ええ! 一緒に頑張りましょう! では、次の章の構成についてなのですが──」
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雨が降っていた。その日はたしか、雨が降っていた。
「媿。僕の帰りを、待っていてくれ」
「旦那様……」
行かないで欲しい。そう何度も言いそうになって、喉の奥で押し殺す。
「必ず、此処に帰ってくるからさ」
最終戦争。今日、世界の運命が決まる。
旦那様は『百鬼夜行』のお頭様だ。必ず旦那様の力は必要になる。
「あんなに小さな河童の少年が、全てを背負って戦うんだ。僕だって、戦わなくっちゃね」
この世界は、地獄というには生ぬるいほどの、憎悪に満ちた世界だった。それでも最近やっと、やっと──。
「いってきます。媿」
「いってらっしゃい。旦那様」
私は涙を堪えて、旦那様を見送った。
私は旦那様が戻ってくると信じていつも通り洗濯を始めた。
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「……夢……か。某にしては、珍しいな」
昔の夢は、しばらく見てなかった。旦那様の顔が、懐かしくなってしまうから。
「幻……其方は、其方は本当に……」
信じたい。けれどそれは某の勝手な妄想だ。
「……夢と同じように、洗濯でも、するかな」
ガタガタガタガタ……。
「ら、楽じゃのぉ。某の時代も火魔法で乾かしていたが、まさか全自動で乾かしてくれるとはな……」
魔法じゃと、ちと火加減を間違えるだけで燃えてしまうからな。不便だったぞい。
「……本当に、平和になったんじゃなぁ……」
窓の外には、澱みない青空が晴れ渡っている。
生命の息吹が、人の街並みが、幸せな音が聞こえてくる。
「また、あの人と会いたいな」
某の呟きは、乾燥機の音と一緒に、宙に溶けていった。
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「ふぅー! お疲れ様でした! 常世先生!」
「お疲れ様ですカクリヨさん! このあと一緒に飲みにでも行きませんか?」
「いやいや! 常世先生は、奥さんが待っているじゃないですか! 帰ってあげてください」
「そうですね! また今度、妻と一緒に来た時に誘わせてもらいます!」
「ええ! 是非!」
カクリヨさんのいう通りだ。媿さんが待っているんだった。作品を作り切った高揚感でうっかりしていた。反省反省。
僕が廊下を歩いていると、カンヅメ部屋の扉がのっそりと開いた。
「あ、幻さん!」
「おや、ルーベルト君」
ルーベルト君。僕が高校生の時に出会った河童の少年。僕の弟子であり、ライバルだ。
「媿さんは?」
「今日は家でゆっくり過ごしているよ。……ん?」
……あれ? 僕、ルーベルト君に媿さんのこと話したっけ?
「媿さんはたしか、豆大福が好きでしたよね?」
……そういえば僕は媿さんの好物を知らないや。
「これ、お土産として、どうぞ」
ルーベルト君から豆大福を受け取る瞬間。気になってしまった。
「……ルーベルト君は、何処まで知っているんだい?」
「……逆に聞きます。何処まで知りたいですか?」
ルーベルト君は小さい頃から大人っぽい子だった。
だけど15歳くらいから、急に大人になった。
何があったかは知らない。けれど、きっと何か知っている。
──でも。
「……僕が今度、君に尋ねるまでは大丈夫さ」
「わかりました。幻さんならそういうと思ってたので。……あ、そうそう。これも」
手のひらに乗せられた豆大福が二つになった。
「幻さんも、好きでしたよね。豆大福」
「……うん。ありがとうね。ルーベルト君」
「いえ。あなたにはずっと、お世話になったので」
「またね」
「ええ。また」
なんだか今日はいい気分だ。
家に着いた。
「ただいま! 媿さん!」
「おかえりだぞい! 幻!」
「媿さんって豆大福好きですか?」
「おー! 好きだぞい! デザートとして大事に置いとくぞい」
「……あ、洗濯ありがとうございます。大体僕のやつですよね」
媿さんはきょとんとした顔で。
「某たちは家族なのだから、当然だぞい?」
『家族』。その言葉が、胸に染み込んでくる。
「えへへ……そうですね!」
鬼の居ぬ間に洗濯。という言葉がある。
言葉の意味は、怖い人がいない間に羽を伸ばしてゆっくりしようという意味だ。
だけど今日の媿さんはそのことわざの逆のような気がした。
僕という家族のために、僕を待ちながら洗濯をしてくれていた。
媿さんは、僕のご先祖様で、大切な家族だ。
「ご飯、美味しいですね!」
「うむ! おいしいぞい!」
媿さんのことを、僕はまだまだ知らないけれど、僕は媿さんのことが大好きだ。
これからゆっくりと知っていきたい。そして僕のことも知ってもらいたい。
僕たちは『家族』なんだから。