僕のご先祖様は地獄の鬼で、イラストレーター!   作:東風ますけ

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僕の居ぬ間に洗濯

 

 時刻は9時過ぎ。快晴の日だ。今日僕は一人で出版社に来ている。

 

「相棒! 人間は話のできる生き物だ!」

 

「でもそれは相手が人間の場合に限ります。ルーベルトさん」

 

「お、俺は書かねぇぞ! 金が欲しい時以外小説は書かねぇ!」

 

「いいから行きますよ」

 

「は、はなせえええええ!」

 

 河童の青年が和服の襟首を引っ張られて、カンヅメ部屋に詰め込まれていった。

 

「ルーベルト先生。ウチのエースだけど、なかなか働いてくれないんですよね。その点、常世先生は安定して執筆してくださるのでありがたいです」

 

「いえいえ。僕が小説を書けるのは、みなさんのサポートありきですから」

 

「謙虚ですね、常世先生は」

 

「ご先……こほん。妻に、美味しいものを食べさせてあげたいので、今日も頑張ります!」

 

「ええ! 一緒に頑張りましょう! では、次の章の構成についてなのですが──」

 

■■■■■■

 

 雨が降っていた。その日はたしか、雨が降っていた。

 

「媿。僕の帰りを、待っていてくれ」

 

「旦那様……」

 

 行かないで欲しい。そう何度も言いそうになって、喉の奥で押し殺す。

 

「必ず、此処に帰ってくるからさ」

 

 最終戦争。今日、世界の運命が決まる。

 旦那様は『百鬼夜行』のお頭様だ。必ず旦那様の力は必要になる。

 

「あんなに小さな河童の少年が、全てを背負って戦うんだ。僕だって、戦わなくっちゃね」

 

 この世界は、地獄というには生ぬるいほどの、憎悪に満ちた世界だった。それでも最近やっと、やっと──。

 

「いってきます。媿」

 

「いってらっしゃい。旦那様」

 

 私は涙を堪えて、旦那様を見送った。

 

 私は旦那様が戻ってくると信じていつも通り洗濯を始めた。

 

■■■■■■

 

「……夢……か。某にしては、珍しいな」

 

 昔の夢は、しばらく見てなかった。旦那様の顔が、懐かしくなってしまうから。

 

「幻……其方は、其方は本当に……」

 

 信じたい。けれどそれは某の勝手な妄想だ。

 

「……夢と同じように、洗濯でも、するかな」

 

 ガタガタガタガタ……。

 

「ら、楽じゃのぉ。某の時代も火魔法で乾かしていたが、まさか全自動で乾かしてくれるとはな……」

 

 魔法じゃと、ちと火加減を間違えるだけで燃えてしまうからな。不便だったぞい。

 

「……本当に、平和になったんじゃなぁ……」

 

 窓の外には、澱みない青空が晴れ渡っている。

 

 生命の息吹が、人の街並みが、幸せな音が聞こえてくる。

 

「また、あの人と会いたいな」

 

 某の呟きは、乾燥機の音と一緒に、宙に溶けていった。

 

■■■■■■

 

「ふぅー! お疲れ様でした! 常世先生!」

 

「お疲れ様ですカクリヨさん! このあと一緒に飲みにでも行きませんか?」

 

「いやいや! 常世先生は、奥さんが待っているじゃないですか! 帰ってあげてください」

 

「そうですね! また今度、妻と一緒に来た時に誘わせてもらいます!」

 

「ええ! 是非!」

 

 カクリヨさんのいう通りだ。媿さんが待っているんだった。作品を作り切った高揚感でうっかりしていた。反省反省。

 

 僕が廊下を歩いていると、カンヅメ部屋の扉がのっそりと開いた。

 

「あ、幻さん!」

 

「おや、ルーベルト君」

 

 ルーベルト君。僕が高校生の時に出会った河童の少年。僕の弟子であり、ライバルだ。

 

「媿さんは?」

 

「今日は家でゆっくり過ごしているよ。……ん?」

 

 ……あれ? 僕、ルーベルト君に媿さんのこと話したっけ?

 

「媿さんはたしか、豆大福が好きでしたよね?」

 

 ……そういえば僕は媿さんの好物を知らないや。

 

「これ、お土産として、どうぞ」

 

 ルーベルト君から豆大福を受け取る瞬間。気になってしまった。

 

「……ルーベルト君は、何処まで知っているんだい?」

 

「……逆に聞きます。何処まで知りたいですか?」

 

 ルーベルト君は小さい頃から大人っぽい子だった。

 だけど15歳くらいから、急に大人になった。

 何があったかは知らない。けれど、きっと何か知っている。

 

 ──でも。

 

「……僕が今度、君に尋ねるまでは大丈夫さ」

 

「わかりました。幻さんならそういうと思ってたので。……あ、そうそう。これも」

 

 手のひらに乗せられた豆大福が二つになった。

 

「幻さんも、好きでしたよね。豆大福」

 

「……うん。ありがとうね。ルーベルト君」

 

「いえ。あなたにはずっと、お世話になったので」

 

「またね」

 

「ええ。また」

 

 なんだか今日はいい気分だ。

 

 家に着いた。

 

「ただいま! 媿さん!」

 

「おかえりだぞい! 幻!」

 

「媿さんって豆大福好きですか?」

 

「おー! 好きだぞい! デザートとして大事に置いとくぞい」

 

「……あ、洗濯ありがとうございます。大体僕のやつですよね」

 

 媿さんはきょとんとした顔で。

 

「某たちは家族なのだから、当然だぞい?」

 

 『家族』。その言葉が、胸に染み込んでくる。

 

「えへへ……そうですね!」

 

 鬼の居ぬ間に洗濯。という言葉がある。

 言葉の意味は、怖い人がいない間に羽を伸ばしてゆっくりしようという意味だ。

 

 だけど今日の媿さんはそのことわざの逆のような気がした。

 僕という家族のために、僕を待ちながら洗濯をしてくれていた。

 

 媿さんは、僕のご先祖様で、大切な家族だ。

 

「ご飯、美味しいですね!」

 

「うむ! おいしいぞい!」

 

 媿さんのことを、僕はまだまだ知らないけれど、僕は媿さんのことが大好きだ。

 

 これからゆっくりと知っていきたい。そして僕のことも知ってもらいたい。

 

 僕たちは『家族』なんだから。

 

 

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