ここで弱火にして幼なじみ(男子)を入れます 作:タランチュラ
────パズルを組んでいる。
およそ千ピースからなる、ほどよい難易度のジグソーパズルだ。
数日かけて半分ほど組み立てた時、ふとあることに気がつく。
ピース、足りてなくないか?
……いや、いやまさかな。
そんなわけないだろ……。
そうしてパズルの完成目前といったところで、いよいよもって〝欠け〟が明らかになってくる。
やあこいつは厄介だぞ。──と、紛失したピースをあちこち探すがこれが見つからない。
こればっかりは仕方ないので、あるものだけで完成としてしまう。
さてそんな歯抜けパズルを前にして、胸中にあるのはどんな感情だろうか。
数日かけた結果がこれという徒労感、それともやり場のない不快感?
どうだろうな。
やっぱり、がっかりとした感じか。あるいはもどかしさかもしれない。
多分どれも正しい。
そういったものを全部引っ括めて、人はなんだか『満たされない』気分になるんだろう。
幼い頃から俺は、そんな『満たされない』感覚になんとなく悩まされていた。
どこにいようと、そこでなにをしてようと、自分でも説明できない『満たされない』感じがつきまとう。
我が事ながら、これはもうある種の持病みたいなものだな。
そうだこれは病気だ。
症状を抑えよう、もとい気分を紛らわせようと努力はした。
テストの点で競うために励む勉強、友人に誘われる形でなんとなくはじめたギター、スポーツ……。
幸い人間関係には恵まれていたため、そういった気を紛らわす手段には事欠かなかった。
実際、人並みに青春を謳歌しているし、それを楽しいと感じる心にも偽りはない。
だが、そうしてなにかに熱中すればするほど、ふとした瞬間に『満たされない』と感じてしまう。
その感覚と向き合わないように、目を逸らそうとまた別のことに没頭する。
わかりやすい悪循環だ。
そんな自分を見て友人らは器用だと言うが、世渡り上手なんて裏を返せばその場その時の流れに乗っているだけのことで、結局のところそこに自分のしたいこと・やりたいことなんてものはないのだ。
我ながら芯のない人生だと呆れる一方、別にそれでいいじゃないかと腰を落ち着けてしまう自分もいて、てっきり特に目的もなくそのまま生きていくものだと思っていた。
────そう、ずっと思っていたんだ。
けど、まさかあんな最悪な形で転機が訪れるなんて……
〝オハヨ、起キロ、オハヨ〟
甲高い電子音に、浅い眠りからゆり起こされる。
……あ、もう朝なのか。
昨日は遅くまで起きていたからか、どうにもゆっくり寝たって感じがあまりしない。
お陰でまだ眠い、最悪の寝覚めだ。
布団を頭まで被り、手を伸ばして枕元の携帯を気持ち乱暴につかみ取る。
時刻は午前五時半、窓の外はまだ暗い……はず。
「オハヨ、ユーリ、起キロ、ユーリ」
無視して二度寝してやろうか、なんてぼんやり考えてみるが、そういうわけにもいかない。
なにせ、今日は絶対に外せない予定があるのだ。
もそり、と薄暗闇の中で足の踏み場だけ辛うじて確保されている床に降り立ち、電気をつけないまま手探りで制服をかけたハンガーをひっつかむ。
眠気にうつらうつらとしながら、
「おはよう、ライカ」
「起キタカ、ユーリ」
ああ、起きたよ、お陰様でね。
クリーム色のボディ、丸っこい焦げ茶の足と三角耳。
ゴーグル型の液晶を二度瞬かせ、飼い主の起床を認識したライカがアラームを停止する。
途端に静寂が室内を支配するが、それも長くは続かない。
なぜか。それはライカがとびきりのお喋りだからだ。
──シャカシャカ。
「ユーリ、行クゾ、ユーリ、行クゾ」
俺が起きたのだとわかるなり、ライカは小さな足を忙しなく動かし、寝室からの退室を促してくる。
まあ、その場から一歩も進めてないんだけどな。
わかっててやってるのか知らないが、それでもライカの足は止まらない。
「今日も元気だな、ライカは」
「ライカ、ゲンキ、サンキュー、ユーリ」
元気に答え、足の動きをさらに加速させるライカ。
……本当に元気なやつだな。
ライカはサザナミ・インダストリーが子供向けに展開しているペット・ボット、その初期型だ。
言い換えると型落ちってやつで、ここ数年で新機種がいくらか出てる。
カタログでは犬型とされているが、言うほど犬に寄せられていないため、犬と言われればまあ犬、どちらかと言えば犬……といった扱い。
なんというか、デフォルメもここまでくるといっそ清々しいわ。
業界の覇権を長らく握ってきたこのペット・ボットは、俺が十歳を迎えた日に贈り物として我が家にやってきて、もうかれこれ五年の付き合いになる。
人生の三分の一を共にしたなら、もはや家族も同然ってものだろう。
だからこうして雑に扱うのも勝手知ったるなんとやら、だ、うん。
「転ぶなよ、ライカ」
「ライカ、ラージャ、ユーリ、行クゾ」
床にそっと降ろしてやるなり走り出したライカの後に続き、寝室を出た俺は肌寒い廊下を渡ってバスルームに向かう。
「寝癖ツイテルゾ、ユーリ」
「うるさいな、わかってるって」
洗面台の鏡を覗き込みながら、寝癖やらなにやら外見的な身支度をささっと、歯磨きも手早く、けれど雑になってしまわないように済ませてしまう。
サザナミといえば、この歯ブラシもサザナミ製だ。
コップやタオルハンガーなんかもそう、手広くやってるというか、手当り次第というか。
こういった日用品に限らず、メイド・イン・ジャパンといえば大抵は、サザナミの名前が出てくる。
ゆりかごから墓場まで、とはよくいったものだな。
「ユーリ、時間ナイゾ、急ゲ、急ゲ」
「……いけね」
ついぼぅっとしてしまったが、時間は有限だ。
使ったハンドタオルをバスケットへ投げ込み、足早にバスルームを出てダイニングのドアを開ける。
──と、そこには既に先客がいた。
「オハヨ、アントン」
「今朝も早いな、アントン」
「ああ、坊ちゃん。おはようございます」
アントンは俺に気づくと、今日の朝刊らしき新聞をめくりながら振り向いた。
アントーン・ロプコフ。
濃いグレーの瞳に、色白だがほどよく日焼けしている健康的な肌。
短くかっちりと切りそろえられた髪は亜麻色で、今日はいつになくしっかりセットされている。
あと、珍しくスーツ姿だ。
「朝食は?」
「俺は外で軽く食べて来ました。なんで、坊ちゃんだけでどうぞ」
「ふーん、そか。いや、別にうちで食べてってもいいんだぞ」
「はは、ありがたい話なんですがね。そのぶん給料はいただいてますんで、お気持ちだけ受け取っておきますよ」
「ん、わかった」
決まりきったやり取りをしながら、ベーコンと卵を焼いて、トースターにパンをセットする。
待ち時間中に牛乳とマーガリン、ピクルスの瓶も冷蔵庫から取り出しテーブルへ。
「行儀悪イゾ、ユーリ」
「はいはい、悪かったよ」
両手が塞がったから冷蔵庫の扉を肘で押したり、調味料なんかを入れてる引き出しを足で開け閉めする俺を認識したのか、ライカが咎めるようなことを言う。
なんといってもコイツは子供向けのペット・ボットだから、こういった行動にはやたらうるさい。
行儀悪いってのは承知の上だし、いちいち指摘されるのもなんだか煩わしいのだが、これも日常の一部みたいなものだ。
「ユーリ、口バッカリ」
「ははは、言われてますよ」
「アントンも連れて歩いてみるといい」
そう俺が睨むと、アントンは首を竦めて新聞で顔を隠した。
……文句を言う気も失せるな。
坊ちゃんという呼び方といい、言葉の節々からも凡そ察しはつくと思うが、アントンは俺の親類じゃない。
かといって後見人だとか、保護者ってわけでもない。
その辺はなんというか複雑で、とりあえずお手伝いさんみたいなものだ。
ちなみに三六歳独身、誰か良縁を運んできてくれ。
この仕事じゃ出会いなんてないだろうしな。
「なにか面白いニュースでもあったか?」
洗い物を増やすのも面倒だったので、ベーコンエッグを皿に移さずフライパンのままテーブルに置く(またライカに行儀が悪いと叱られそうだ!)。
出しっぱなしの鍋敷きが役に立った、ズボラ万歳。
「いやあ、平和そのものですよ」
左の眉を上げながら、軽い口調で返すアントン。
そして左手に持ったペンを軽く回すと、なにやら新聞に書き込む。
てっきり記事を読んでるのだと思っていたが、どうやら違うらしい。
クロスワードか、間違い探しか。
いずれにせよ、本当に目を引く記事はなかったということなんだろう。
「サザナミが近日中に最新技術を学園で試験運用か、なんて話もありますがね」
「いつものことだろ」
と言いつつ、別に冷めてるわけでもない俺はその話題に人並み以上の関心を持っていた。
アントンもそれを見透かしてるのか、手前の新聞から目元だけ覗かせてニヤリと笑う。
──コイツ。
わかってて話題にしたな。
「やっぱり気になりますか?」
「……なんだよ。ライカを作った会社の最新技術だぞ。興味がないって言う方が嘘だ」
「はは、そうですね。そういうことにしておきます」
生暖かい目で俺を見るんじゃないよ。
癪だが、向こうの言わんとしてることはわかる。
アントンに言ったことも嘘じゃないが、かといってそれが全てでもない。
本音と建前ってやつだ。
「──ごちそうさまっ。ほら、出る準備するぞ」
視線から逃げるように、俺はフライパンと箸を流しに突っ込む。
よし……なんとも言えない空気もリセットできたな。
アントンは新聞を折りたたんで、車の鍵を手に取り立ち上がった。
「自分は車を回してきますんで、準備が出来たら降りてきてください」
俺が制服の上を羽織っていると、顎に手をやりうんうんと頷く。
「……この制服、派手じゃないか?」
「かもしれませんが、よく似合ってますよ」
「そう言われるとなんだか気恥しいな」
立派です、とアントンはこっちの右肩をぽんぽんと片手で軽く触れる。
高校入学……慣れない環境と新たな生活のスタート、か。
はたして、上手くやっていけるのか俺は。
こう言っちゃなんだがあまりいいものじゃないぞ、
「まあ、無理だと思ったらやめてしまえばいいんですよ」
アントンはこちらの心中を察してか、口角を僅かに上げて見下ろしてきた。
「やめるって……簡単に言ってくれるなぁ」
「それが許されるんですよ、あなたは」
と、アントンはもう二・三度ほど俺の肩を叩いてから部屋を出ていった。
……重いな。
「ユーリ、ドウシタ、時間ナイゾ」
「わかってる」
俺はため息をつき、寝室からカバンとポータブルオーディオプレーヤーを取ってくる。
オーディオプレーヤーに挿しっぱなしにされてるイヤフィットヘッドホンを耳にかけ、再生ボタンを押すといい感じの曲が流れてきた。
これで気分も多少マシになるだろ、きっと。
──憂鬱だ。
白状する、とても憂鬱だ。
なぜなら俺が入学する高校は、女の園──女子校なのだから。