■ ■
時は現代よりも少し、否、かなり前。
正確に、より事細かに言うのであれば、『楽園の素敵な巫女』と呼ばれる博麗霊夢や、その友人である『普通の魔法使い』霧雨魔理沙などが産まれるよりも前。
先代博麗の巫女―――つまるところの、博麗霊夢の母親に当たる人物が生きていた時代。スペルカードルールなんてものが無かった、ある意味では殺伐としていた時代。
その時代の幻想郷において、最も危険な場所であるとされた『妖怪の山』の奥深くでの出来事だった。
木々が生い茂る森林、草も花も生えていない茶色の地面。眩く暖かい陽射しが差し込む、山の奥深くに建てられた一軒の大きな屋敷。
歴史的遺産に登録されていたとしてもおかしくないような、まさしく『和』を象徴するような伝統的建造物の内の外、つまる所の縁側で。
「アッハハハ!!! おらおらぁ、受け流すだけかー!?」
「家を壊したくないのでな」
二人の鬼が、争っていた。否、争っていたという表現は、少しばかり誇張し過ぎだろう。
両者共に、両鬼互いに、争っているつもりなど皆無なのだから。二人としては、遊んでいるだけなのだから。
とはいえ、鬼と鬼の遊びなど、他者からしてみれば争いも同義なのだろうが。
「おらぁ!」
大きな角を二つ生やした茶髪の少女―――伊吹萃香は、その小柄な体格から想造も出来ない程の速さで幾度も拳を振り翳す。
だが、そんな拳を物ともせず、鋭く細い二本の黒い角を生やした男―――大嶽修羅は、涼しい顔(とは言っても無表情なのだが)をして受け流していた。
顔面を捉えんとする拳を平手で跳ね除け、右肩を狙う拳を左手で横から少し押して逸し、体を打つ拳を正中線を逸して回り込む。
幾度も幾度も、拳を振り抜いて攻撃を繰り返す萃香とは対照的に、修羅は幾度も幾度も襲い掛かる拳を、なんてこともなく何度も受け流す。
真昼から早々に、そして騒々に、伝統的建造物の中で遊び合う二人の鬼を咎める者など、この世界には幾人かを除いて居ない。
その幾人も、この妖怪の山には居ないし、そもそもとして被害が出ていないから咎めるもこうもないのだが。
「おーい、流すばっかりじゃなくてさぁ、修羅も打ち合おうよ〜!」
「先も言ったが、家を壊したくない。そも、普段ならば追い出すところだ。だが今回は、お前が酒を持ってきたから、その礼で遊びに付き合っているのだ」
ため息を吐きながら、最速の拳を払い、そして意識の外から襲ってきた蹴りを平然と受け止める。
萃香はぷくー、と女児の様に可愛らしく頬を膨らませて地団駄を踏んだ。
「なら尚の事だ!」
彼女は鬼。鬼とは妖怪の中でも頂点に立つ種族であり、基本的に強者が多い。
だが、実力を持っている強者であるが故に、鬼達は常に相手に飢えている。
強い。が、強いからこそ相手が少なく、その強さを発揮する事があまり出来ないのだ。
まぁ、中には平和的な鬼も居るが。修羅はまさしくその代表である。
「何度言われど、せん。女児の戯れに手を出す程、幼くはない」
「付き合い悪いなー、もう…はいはい、分かった、分かったよーだ。こうなったら自棄酒だー!」
何を言われようと、何をされようと、絶対に戦わない。そんな修羅の強い意思に、遂に萃香の方が諦めた。根負けした。
だが、その腹いせにと、自分が持ってきた酒をぐいぐい飲んでやるー! と、忙しい足取りで屋敷の中へと入って行った。
「ふぅ…そういう所が幼いのだ。と言ったところで、大した意味も無しか」
さて、つまみは何が有ったかな。
修羅も修羅で、遊びに疲れたのだろう。酒を飲む気満々である。
普段の彼ならば、真昼から酒を飲むなんて事はしないのだが、萃香という知人との遊びで疲れた体を癒す為だ。
体を癒す為に必要なのが酒というのは、やはり鬼であるが故なのだろう。