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涼しい風が木々の間を吹き抜け、縁側へと辿り着くこの夏頃。今年の夏は、随分と涼しいらしい。
だが、涼しいのも当然と言えば当然である。
何故ならば、今この屋敷には氷の妖精が来ているのだから。
「んっ、んっ―――ぷはぁ! お茶おいしー!」
「ごめんなさい、修羅さん…態々お茶まで出してもらって」
「構わん構わん。こうも暑くては、冷えた茶の一つでもなければやってられんだろう。」
陽射しが屋根で遮られ、陰を作って僅かに暑さを凌ぎはしているが、それでも暑いものは暑い。
氷の妖精であるチルノが居るお陰で、縁側はひんやりとした冷気が漂っている。だが、夏は彼女にとっての天敵なのだ。
普段は湖に住んでいる彼女も、こうも暑くては敵わない。
そんな訳で、妖怪の山の中でもひときわ涼しく、それでいて休める場所―――即ち、この『鬼の穏屋敷』へと訪れたのだ。
他の妖怪からしてみれば、何とも末恐ろしい行動である。死んでも蘇るとはいえ、自ら鬼の下へ行くなどと。
だがまぁ、妖怪の山で最も休める場所なのに変わりはないのだし、仕方ないと言えば仕方ないだろう。
「涼し〜。ただ水に足付けてるだけのに。爺さんって凄いね!」
「褒められる様な知恵でもない。足だけを湯に付け温まるのなら、その逆も有り得るなと思い、実践しただけよ」
「なんで足だけ浸けてるのに、体までひんやりするの?」
「んー、さてな。俺も頭が善い訳ではないからな…白上沢に聞けば、分かるかもしれんな」
「しらかみ…さわ?」
「チルノちゃん、慧音先生の事だよ」
「慧音先生、白上沢って言うの?」
「チルノちゃん…」
「はっはっは! 妖精に名も憶えられていないとは、白上沢も可哀想よな。あれで存外、子供っぽいのだ。それは言ってやるなよ」
笑う彼を白上沢慧音が見れば、何を笑っているんですかと声を荒げる事だろう。
偶に勉強を教える事がある、もはや生徒も同然な妖精に自分の名字を憶えられていないとは、何と悲しいことか。
男にしてみれば、その程度は些細な事なのだろうけれど、女というのはそういった些細な事にも敏感なのだ。
特に、『歴史』という記憶に関する彼女にしてみれば、誰かに憶えられないというのは悲しい事だろう。
「まぁ、それはそれとしてだ。冷やしていた西瓜が有るんだが、食べるか?」
「食べる!」
「チルノちゃん、ちょっとは遠慮しようよ…」
「よいよい。子はたらふく食うが吉。生きている内に食えるものは食った方がいい。妖精であっても、俺からすれば、幼子も同然だ」
さて、では切り分けてくるかな。
座布団から腰を上げ、すっかり近所のおじいちゃんと成り果てた鬼神は西瓜を切り分けに向かったのだった。