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幻想郷縁起。それは、幻想郷に存在する数ある書物の内の一つであり、稗田家が代々著者を務めるものである。
その内容は、妖怪等の能力や実態、または幻想郷における危険地区など様々な事が書かれているという、非常に便利なものである。
さて、それでは今日の内容を説明しよう。
稗田阿一を始めとし、そして現代(我々が知る幻想郷から半世紀前)まで続いている稗田家の当主を務める少女「稗田阿弥」は現在―――
「態々こんな場所まで越させてすまんな、稗田の。少女の体には酷だったろう?」
「まぁ、確かに疲れはしましたけど…でも、途中からは修羅様が運んでくれたじゃないですか」
抜山蓋世の化身、大嶽修羅の屋敷でお茶を飲んでいた。
それはもう、のんびりと。
彼女が来た理由はただ一つ、幻想郷縁起に大嶽修羅という妖怪の事を記す為である。
だが…しかし。これは実に狂気的で無謀な行為とも言える。
稗田阿弥はそれだけの為に、情報を記すというたったそれだけの為に。
態々こんな場所まで、こんな危険極まりない場所まで、たった一人でやってきたのだ。
そもそも妖怪の山という場所自体が危険極まりないのに、その奥深くというのだから恐ろしい。
まぁ、だからこそと言うべきか。かなり初期の段階から、彼が駆け足で彼女の元まで向かった訳なのだが。
「それはそうだが…妖怪の山という危険な場所まで足を運んだのは、実際に酷だろう?」
「なら人里に住めば良いじゃないですか。修羅様の様な御人なら、十分に馴染めると思いますが…」
「無茶を言うな…俺は妖怪、それも鬼だ。人間にとっては最悪の存在だろうよ。何より、それでは贖罪にならん」
そんな事が出来る訳ない、と彼は断言する。
例え妖怪と人間が共に歩み合う道を切り開こうとも、自分は隠居すると決めているのだ。
山を荒らし、人を殺してきた不倶戴天の鬼神は、もう二度と現世に表立つ事はないだろう。
もし仮に、不倶戴天の鬼神が現世に表立つ事があるとするならば―――それは真に、幻想郷が危険に晒された時だろう。
一度は壊そうとした(無意識に)世界を、今度は守る。
都合のいい話しだが、黙って見守り、そのまま放置するという訳にもいかない。
ならば、出来る事を為す。大罪を積み重ねてきた存在に出来る事など、その程度でしかない。
―――といった話しは、まぁさておいて。
「要件は識っている。幻想郷縁起に俺を載せるのだろう?」
「はい。私個人としては、正直に言って悪く書くのは不本意なのですが…」
「悪く書いてくれ。でなければ、好奇心で俺の元までやってくる輩が現れてしまうやもしれんからな…人の心とは、全く不可解なものよなぁ」
自らが出したお茶を啜りながら、困った様な表情を浮かべる。
それは、まるで懐古する様に穏やかで…しかし、どこか悲しげだった。
平穏に生きる鬼として隠居してから数十年程度。妖怪からしてみれば、僅かでしかない時間。
その間に、もしかすれば誰かが彼の元に訪れた事があるのかもしれない。
「…分かりました。では、どの様に書きましょうか?」
「博麗の巫女と戦い、幻想郷を崩壊一步手前まで追い詰めた最悪の大妖怪…大まかにはそれで良い。危険度、友好度、そのどちらも最悪な表記にしてもらって構わない」
「ふむふむ…では、危険度は極高、友好度は最悪としましょうか。そうすれば、好奇心も持たれない筈です」
「助かる。これで厄介事が減れば善いのだが…」
「厄介事なんて、早々起きるものでしょうか? 場所が場所ですし、あまり人も来ないと思っていましたが…」
阿弥にしてみれば、多かれ少なかれ大嶽修羅に厄介事が持ち込まれているという事が、とても疑問だった。
此処は妖怪の山の奥深く。言ってしまえば、ある意味では禁足地のような場所だ。
こんな所まで人間が辿り着けるとは到底思えないし、そもそも妖怪の山に入れるとすら思えない。
妖怪の山は組織的であり、身内にこそ友好的だが外部からの存在には敵対的なのだ。
それは稗田阿弥とて例外ではなく、彼女が此処まで来れたのはあくまでも彼が居たからである。
だからこそ、彼女は疑問に思う。こんな場所に、しかもよりによって大嶽修羅に、厄介事を持ち込んだ事がある人間が居たのか? と。
彼は困った顔を変えずに、しかし懐かしむ様な優しい声色で語り始めた。
「此処に隠居して、一月が経とうとしていた時の事よ。天狗に攫われた女子が、突然現れてな。誰もが寝静まった夜に逃げ出したらしいが…追手も居た」
「そ、そんな事があったんですか…ちなみに、その追手は?」
「俺が顔を出した瞬間に、尻尾を巻いて逃げ出した。隠居して尚、鬼の顔は妖怪に効くらしい」
(効くに決まっているじゃないですか…)
心底、その天狗達に同情せざるを得ない。
逃げ出した子供を追い掛けたら、まさかその先に最強の鬼が居るなどとは、誰も思うまい。
「随分と傷心していた故、せめてそれが治るまでは泊まらせる事としたのだ。眠るにも、ただ眠る事にすらも、かなりの時間を要していた…攫われた事が、余程堪えたのだろうな」
「正直に言えば、俺が居るのは逆効果なのではないかと思いもしたのだが…しかし、傷心した女子を見離すなど外道の所業だ。故、心が治る様に様々な事をしたのだ」
「団子やらを出す、踏み込み過ぎぬ様に接す等、様々な。そうしたら、どういう訳かいやに懐かれてしまってな…困ってしまった」
「人に懐かれる事に悪い気はしなかったが、俺は懐かれる様な妖でもなし。人里の入口付近まで送ると言ったのだ。そうしたら、何と言ったと思う?」
「“また会える?”―――そう問われた。俺はさてどうかなと流して、娘を里の入口付近まで送り出し、見送ったのだ。…親が泣きながら、抱き締める様を見て、疾く立ち去った」
「里に返して良かった、直ぐにそう思った。あの娘には、己が居ない事を悲しんでくれる親が居るのだからな。尚の事、俺の様な存在とは出会わぬべきなのだ」
「あの娘も、今となっては大人になっているのだろうな。俺の事など、忘れてくれていると善いのだが…」
「―――修羅様。やはり、内容の変更をしても宜しいでしょうか?」
稗田阿弥は決めた。
この人を、この妖怪を―――決して恨まれるだけの存在として、ただ恐れられるだけの鬼として書く事はしないと。
【幻想郷縁起 第終章 大嶽修羅】
妖怪の山、その奥深くに在る『鬼の
博麗の巫女との死闘の末に撃退され、その後は山奥に建てられた『鬼の
鬼でありながら平穏を愛し、酒に呑まれず、和やかな日々を送る事を望むようになった異例の大妖怪。
種族:鬼
二つ名:鬼神魔王・抜山蓋世の化身・抜山蓋世を為す鬼神魔王
能力:抜山蓋世を為す程度の能力
危険度:極高
人間友好度:高