目の前でチカチカと光る光の玉を目印に、鬱蒼とした森の前に私は佇んでいる。
「───次はここを突っ切る?正気か……?」
辺境も辺境の地、森に囲われたとある村を目指し、私は足を棒にして歩き続ける。
ここ最近は晴れていたこともあり、歩くのにさほど苦労はない。
この地域は餌となる魔力が少ないのか、魔獣の類も出てきていないようだ。苦労の無い旅路程、幸運を感じるものはないな。
だが夏は過ぎたとはいえまだまだ日差しはキツく、町はおろか人の子一人すらいない道程。
遠い目的地を目指して歩くのはひたすらに苦痛だ。それも人の手の入っていない森を突っ切るともなればなおさらだ。
背負った鞄が見た目以上に重く感じる。なにか苦労を誤魔化すものが欲しい。つまるところ、酒か美味い食事が欲しい。
「くっ、足が取られる……荒れ果てるにもほどがあるだろうが」
顔からズレた眼鏡をぐいと押し上げ、元の位置に戻す。
わざわざ人探しの為に目撃情報を乗り継いで、ここが最終地点になれと祈ること三週間。
最寄り(といってもかなり遠いが)ご老体の証言を元に、地図にすら存在しない寒村を探すのがこんなにも苦労するとは思わなかった。
多少栄えた街に住んでいると、いざという時の不便に弱くなっていけない。
それにしたって、多大とまではいわないが面倒な労力をかけてやることが人探し。
領地から遠く離れた山間部まで、わざわざ一か月もかけてだ。
これで何の成果も得られなければ、王にこの任務の意義を問いただす必要があるぞ。
「仮に見つけたとて、私にどうにかできるとは思えないが」
背負った鞄から二枚の覚書を取り出し、捜索対象の認識を改める。
名前は『ディルバ・ド・リーデヒス』。人相書きには随分厳めしい男が描かれている。
燃えるような赤い髪の男。歳は15、背は数字にして178程。目つきは鋭く、人好きはされないだろう印象を受ける。
代々魔術師を輩出し続けてきたリーデヒス家の生まれ。現当主『セオドア・ド・リーデヒス』の実子。
その身には膨大な魔力が宿り、炎を自在に使いこなす天賦の才に恵まれる。
代々優秀な魔術師を輩出してきた家系ではあるが、どうやら彼は頭一つ抜きんでているらしい。
性格は傲岸不遜にして傍若無人。気に入らなければ即暴力も辞さない乱暴者。
ダラダラと人を貶す言葉が書き記された手配書を斜め読みし、書いてある言葉の粗雑さに顔を顰める。
一しきり読み終え、最後に記載された一文を思い返し溜息をつく。
「国家離反の恐れあり、か……」
そんな暴力の才能を持った天才貴族の末っ子がおよそ二か月前、突如として失踪したらしい。
手配書が出回り始めたころ、偶然王城に居合わせた勤務中の私にお鉢が回ってきたと言うわけだ。
「そんな重要人物の捜索を一個人、それも貴族家の跡取り一人に任せるななんて、どうなってるんだ我が国の人事は。国の中心からここまでどれだけあると思ってるんだ」
どうやら王や諸侯皆々様からすれば、天才わがまま坊ちゃんの行方とやらが重要な問題らしい。
ゆくゆくは国お抱えの戦力にするのだとか、離反した危険因子だから見つけ次第殺すだの、宮中では好き放題噂は流れている。
それに比べれば私の独り言など、魔物一匹分の価値もない。
何もかもくだらないことだらけだ。やはり仕事とはいえ王城になど来るべきではなかった。
出来るだけ早く捜索対象が見つかるよう祈ろう。その後のことは知らん、興味もない。
「やってられん。……それにこの有様ではな」
脳内に愚痴を吐き出しながらやっと到着した村は、とてもではないが村とは呼べないものと成り果てていた。
規模を鑑みれば住んでいたのは百人ほどだろうか。かつては村と言われていたのだろう。
だが残っている残骸は、とてもではないが村を連想させるものではない。
それなりに栄えていただろう村ではあるのだろうが、今や残っているのは建物一つだけだ。
もっとも、その一件だけが残っているというのも別で問題になるわけだが。
この村は森で囲まれ、円を描くように作られている。
しかしその村は既に、強大な爆炎と思われる攻撃によって炭化している。
村を囲むように大きく円があるとしたら、その内側全てが黒で塗りつぶされているとでも言えばいいのか。
学者連中なら恐らく『爆心地』だの『クレーター』とでも言うのだろう。
辛うじて残った建造物も僅かに柱を残すのみで、触れれば崩れそうなほどボロボロだ。
「いったい何があったらこうなるんだ……」
起こったこと自体はとてもシンプルだろう。
誰かが村の中心から
強大な魔法を使えさえすれば、この現象自体は起こすのは難しいが不可能ではない。
問題は三点。
一つ目、これほどの爆炎を誰が起こしたのか。
二つ目、なぜそんなことをしたのか。
三つ目、なぜ家が
それなりの大きさの村、それを丸ごと一つ燃やすほどの炎。
そんな術者がここにいた、あるいは今も近くにいるかもしれない可能性に、思わずため息が出る。
もし見つかったら?間違いない。次にこうなるのは自分だ。
「これだから追跡は面倒だ……ハァ、調査が必要だな。めんどくさい」
……これでもそれなりに偉い方なんだけどなぁ、私。
「なにもないが」
残った民家は少しの家具以外からっぽ。日記一つも残ってはいない。
爆心地の残骸はむしろ、よく私が来るまで柱としての体裁を保ててたなというくらいにボロボロな有様。
村の入り口らしき石造りの門から、柱だったと思われるものに沿って外周を歩く。
出口側まで到着したら、また入口に向けて外周沿いに歩く。だが、歩けどあるのは家の残骸ばかり。
中心部も調査したが、周辺よりもより一層濃く黒一色で塗り潰されているだけで、炭以外何もない。
これだけで調査は終わってしまうのだ。
資料に纏めれば五行分も書けば報告は終了だろう。本当に、何も、ない。
恐らく『ディルバ』の仕業なのだろうが、状況証拠と希望的観測でしかない。
もしこれが別な術者だとしたら、私は二人以上の凶悪犯罪者を同時に追っているということになる。
「一度帰還……いやしかし、危険性を考えれば放置はできんか……」
帰還自体は王国に戻るための魔術を記した専用の『
魔術式が込められたその紙に魔力を込めれば、一度だけその魔法を使うことができる。
移動、それも長距離間を跨ぐ
一応支給されたこれを使えば登録されてある拠点へとすぐに戻れるが、残念なことにこの紙は一回使いきりだ。
つまり、ここに戻ってくるのも楽ではないのだ。なるべく一回の調査で全て済ませてしまいたい。
こんな謎の多く残るような形で戻るのは後続も少々困るだろう。
「どうしたものか……」
ここには多くの人間がいたはず。
子供も、大人も、老人もいたと想定するならば、日記をつける人間は必ずいるはずだ。
商売が行われていたのなら、帳簿や事務書類だって残すだろう。
だがそれも全て炭になってしまっている可能性が高い。
一見するとまるで、この村が存在したという事実を消そうとしたようにも見えなくはない。
……だとすると、この民家はなんなのだろうか。
爆心地からはほど離れているとはいえ、外壁が少し焦げる程度にしか損傷していない。
なんの変哲もないただの民家なだけに、不気味さが拭えない。
「せめて一つくらいは結論を持ち帰りたいものだ」
仕方がない、今日はこの家を間借りして一晩過ごし、明日改めて周辺を調査しよう。
何かわかればいいのだが……どうだか。
「便利になったものだ」
拡大の魔法がかけられた鞄から旅用に誂えた寝具、魔術によって新鮮な食材を出しながらぼやく。
幸い、と言っていいかは分からないが、雨風を凌げる建物が残っているのだから使わねば損だ。
もしここが所謂『事故物件』ならこんな罰当たりなこともないがな。
「拡張魔法、保存魔術……。魔法魔術の恩恵は、人をダメにするのが上手いな」
魔法を用いて編んだ鞄に、魔術による処理を重ねて作られた
世間ではあまり褒められた使い方ではないが、便利さには勝てない。
先に使用を考慮した
魔法は魔法使い*1が担う者であり、魔術は魔術師*2担うという考えが現代では根強く、その溝は大きい。私としては、使えるものはなんでも使えばいいと思うのだが。
非常に便利な
まずこの鞄に込められた魔法。それが収納部分の拡張、そして悪用防止の為の
ここに制限が三つ。出口を二つ作ってはならない、容量は荷馬車一つ分まで、動植物の封入厳禁。
そして魔法を込めて編んだ鞄に、更に魔術による保存処理を重ねる。こちらは鞄内の時間滞留、そして悪用防止の二種だ。
鞄内の時間は加速させてはいけない、しかし完全に停止させていけない、水を直接注いではならないなど。
細かな制約の数は魔法のそれよりずっと多く、用紙一枚に規約がキッチリ纏められている。魔術師連中の生真面目さが伺える。
そもそも魔法と魔術はかみ合わせが悪く、
もう少し、互いに歩み寄れれば暮らしも楽になるのだろうになぁ。
今は関係ない話か、さて。
「今日は……温かいスープが飲みたい気分だな……っと」
時期は秋の始まり。昼の暑さはそのままに、夜は肌寒さが厳しくなる頃合い。
取り出したいものをイメージしつつ、袋の中を慎重に探す。
こういう時は少し気が抜けてしまっているのか、どうにも口調が軽くなりがちだ。
でもいいじゃないか、どうせ家でも国でも仕事だらけなんだ。ここなら誰も咎めない。一人旅様様だ
「あった。瓶詰めキノコのスープに、多めに買っておいたパン」
この鞄にかけられた収納の魔法は使用者の登録が必要になる代わりに、探しているものをすぐに取り出させてくれるというもの。
登録というのは防犯を兼ねている。盗難、窃盗、紛失した際に持ち主以外には中身が取れず、空っぽのとなる魔法の鞄だ。
取り出したのは温かい、とろみのついたキノコのスープ(豆入り)に、噛めばザクザクと音がしそうな固めパン。
これだけあれば幸福になれるのだ、存外に安い人間だ、私も。
保存は魔法、保温は魔術。旅先で火も起こさず温かい食事が摂れる。文明の利器様様だ。
「いただきます」
キノコの香りがまた食欲をそそる。豆の緑も鮮やかだ。
早速一口スープを啜る。うん、美味い。温まる。
続けて固いパンをナイフでザクザクと切り分け、少々濃い目の味付けのスープに浸して齧る。
食感が程よく残り、味の染みたしょっぱくて美味いパン。こんなこと実家でやろうものなら、使用人には冷たい目で見られてしまうな。
だが、今はいい。普段食べなれた物を外で行儀悪く食べる。こういうのも旅の醍醐味だ。
ここにパスタでもあればスープパスタにするのだが今は切らしている。残念だ。
「……ふぅ、それにしてもなんなんだろうなぁ」
水筒から水を一口飲み、一息入れてから考える。
この町の探索をしてからというもの、どうにも違和感が拭いきれないという。
家屋や周囲に書物のページ一枚すらないのもそうだが、何かがおかしい。
それはこの家の中にいても……
「いや、この家一軒残ってるのが一番不気味なんだが」
軽く調査をしたが、この家には本当に何もない。
物理的な損壊も無ければ魔法的、魔術的痕跡は無い。正真正銘ただの民家だ。
村一つ焼き尽くすほどの炎から逃れた、ただの民家だ。
「そんな家があってたまるものか。が、やはりなにもない……」
とは言うものの、この家には何も残されていないのは確認済みだ。
当然だが家の中には誰もいない。
机や椅子、棚に食器なんかはあるがそれ以外には何もない。地下室や屋根裏、おおよその計算上だが、隠し部屋の類も無いと判断した。
周囲にも人の気配なんてものはなく、周辺を見回っても足跡一つ残っていない。
まさか近くに野盗の根城でもあるかと思い村の外周も見て回ったが、驚くほどに手入れのされていない森と獣道があるだけ。
この村は随分閉鎖的な環境にあったらしい。
「ハァ、過去視でも使えれば捗るのだろうが……無いものねだりか。ご馳走様」
誰もいない村の残骸、不気味に残る一軒家、閉鎖された環境にうすら寒いものを感じる。
襲い来る魔物程度ならともかく、正体不明のゴースト*3やダンジョン*4にでもなったら最悪だ、そうなったら早々に尻尾を巻いて逃げる他ない。
食事も終え、寝具を取り出して速やかに横になる。武器や装備品はすぐ傍に。もちろん、外した眼鏡も近くに。
「調査はまた明日に持ち越そう」
願わくば、明日の朝にでも進展がありますように。
次の日、輝かしき朝を迎えた私の耳には人々の賑わう声が。
「なにもないが」
聞こえてこなかった。近くに置いてあった眼鏡を掛け、ぼんやりとした視界に喝を入れる。
寝て起きてからと言って村が何事もなかったかのように復興し賑わいを見せている。
そんな夢みたいなことが起きているはずもなく、更地である。
「仕方ない、帰って報告して人を送ってもらうべきだ……ん?」
これ以上の進展も見込めまい。
傍に置いておいた眼鏡をかけ、意識がはっきりとした頃合い。
ふと、違和感を感じる。目を閉じ、その違和感を探る。
気配だ。昨日まで動物一匹いなかったこの村から、生き物の気配がする。
おそらく外に、何かいる。私を待ち構える為か、恐らく家を出てすぐ外にいるようだ。
この家は罠だったか。そう判断し、出しっぱなしの寝具を急ぎ纏める。そのまま、なるべく音を立てないよう部屋を出る。
真正面から打って出る必要は無い。裏口から出て下手人の側面を取る。
もし、万が一外にいるのが捜索中の『ディルバ』ならば、先手を取らねばこちらの身が危うい。
懐に備えた石英のナイフをいつでも抜けるよう手を添え、足音を立てないよう慎重に歩みを進める。
クソッ、まるで暗殺者のような気分だ。心の中で毒づきながらも、廊下をゆっくりと進む。
裏口へと辿り着き、小さな声で唱える。
「
ふっ、と私の周辺から音が消えるのを確認。そのまま裏口の扉を開けて外に出る。
私の周囲から音を消すこの魔法は、扉の軋む音すら掻き消す。
使い過ぎると自身の感覚が狂う。それが嫌で多用しない魔法だが、背に腹は代えられん。
そのまま慎重に家の横に回り、角まで着いて玄関先を片目で覗き込む。さて、悪霊か、あるいは悪党か。
覗き込んだ私の視界に入ってきたのは……
(……女の子、か?随分、やつれているが)
そこにいたのは玄関のドアを見上げるほどに小さい、赤髪を膝下に届くほど伸ばした少女。
毛先は跳ね放題になっていて、手入れはされていない印象を受ける。
前髪の隙間から髪色と同じ赤い目が覗く。だがその目には光は無く、燃え尽きた暖炉の煤のように虚ろだ。
それに目の下の隈が非常に濃い。まともに睡眠が取れていないのだろう、疲労が見え隠れしている。
膝下まで覆う黒いローブを背中に羽織っているが、良く見れば裾に近い方はボロボロだ。下に着る服もかなり質素な上ほつれが目立つ。
布製の裂けた穴のあるシャツ、しっかりした素材の薄汚れたスカート。ブーツは革製で頑丈そうだがかなりすり減った形跡がある。装飾品の類はつけていない。
背丈は……私の胸元くらいだろうか。歳は十にも満たないように見える。
あまり食事を摂れていないのだろうか、腕と脚は枝のように細い。
先の寝不足も併せ、真白い肌が不健康そうだという感想を助長させる。
側面から覗き込んでいる私にも気付かない程憔悴しきっている少女。
虚ろにじっと玄関扉を見つめている彼女には、扉以外の何が見えているのだろうか。
放っておけばそのまま餓死してしまいそうな気配に、見ていて気が気でなくなる。
懐のナイフから手を離し、なるべく穏やかな声を作る。
「君、少しいいだろうか」
「……」
最悪保護も視野に入れつつ、思い切って姿を現し声をかけてみる。
すると少女はゆっくりと顔をこちらに向け、視線を合わせる。
相変わらず目は虚ろ、口は微かに開いており、対話が可能か傍目には判別できない程にボロボロだ。
……だが近くで見ると殊更にその印象が深まる。隈だけではない、目から顎にかけては色濃く涙痕が残り、目尻や頬は何度も擦ったような荒れ方をしている。
言うまでもなく訳アリなのだろうが、一度声をかけた以上手を引くなど筋が通らん。
「フィオリィ*5から、調査の一環でこの近くまで来た『トスクロ・オ・コーゼ』という。少し話を聞きたいのだが、いいだろうか?」
「……」
さて、手配書の男とは髪色以外、似ても似つかぬこの少女。
一体何が飛び出すやら。
片や平穏を尊び、まつろわぬ者に愛された青年。
片や平穏とは程遠く、渇望の果てに諦観に乾いた少年であった少女。
二人の道は、この時交わった。
これは二人が手を取り合い、やがて絆を得るまでの物語。
「
魔導管理庁魔法管理局
傷を一瞬で治すポーション、未来を映す水晶等、
魔法と魔術の重ね合わせは