私達が仕えるフィオリィという国は、王という権利者から更に三つの国家組織に別れて成り立っている。
一つは魔導管理庁。世界に存在する魔力の解明、発明、開発を行う。
一つは情報庁。国家の治安維持、及び不法行為への対処役。
一つは経済流動庁。フィオリィ国内の経済を一手に担う。
これら三組織が連携を取り合い、王という最終決定権の元動く。
それがフィオリィという国の在り方だ。
「おかえり、トスクロ。報告、確かに受け取ったよ」
「あぁ、戻った」
「1番通信室を開けてあるから、王への報告はそっちで」
「助かるよ、ルド」
フィオリィ情報庁に、眠る人間はいない。この国でまことしやかに囁かれる噂だ。
彼等は国の内外問わず発生した事件、事故、事案解決のために日夜奔走している、この国の治安維持組織の一つ。
情報局に目を付けられたと聞けば犯罪者は震えて竦み、諦めやがて膝をつく。
泣く子も黙る情報屋、彼らが眠るときはこの世から罪が消えた時。
少々誇大されているが、そんな噂が回る程には悪事に鼻が利く組織ということだ。
「いやぁ悪いね、本当は追調班の仕事なのに」
「割り振ったのは王だ、気にしないでくれ。それに適任だったのは事実だ、悔しいことに」
「そういうの明け透けに言うの、精霊課らしいよ」
「褒め言葉と受け取ろう」
帰還所を出た私達を迎えるのは、フィオリィ
彼が担当する事件において迷宮入りは無く、検挙を打ち上げる局内きってのキレ者。
支部から一歩も出ることなく、出揃った情報と子飼いの部下のみを用いて犯罪者を追い詰める。
一度目を付けられたら絶対に逃げられない。その在り様から『捕縛者』の異名を持つ。
「ところでトスクロ、以前話をしたとおもうんだけど───」
「無理だ」
「まだ何も言ってないっ!」
「……何度も申し上げた通り、背を伸ばす薬というものは作れない」
「そこをなんとかさぁーっ!」
疲れている私の足元でピャーピャー泣きながら跳ね回る空色の髪をした少年。
顔の大きさに見合わない丸眼鏡がズレ落ちそうになり、わんわん泣く姿はあまりに子供のそれだった。
私の背後にいる少女もちょっと呆れて……いや、相変わらず無感情だ。虚無を見ている。
「これも何度も申し上げたが、急激に身体全体を成長させたり引き延ばすのは魔法でも不可能だ。被術者の負担があまりに大きすぎる」
「どんなに痛いのも我慢するからぁっ!」
「そういう問題ではなく……離れてくれ……」
ルド支部長とは長い付き合いであり、所謂旧知の仲に当たる。
こいつは見た目15歳程度に見えるが、私と同年代。つまり23歳になる。
だがその身長の開きは大きい。私の背が数字にして180と半ば辺りに対し、彼は140少しといったところだろう。
丁度後ろにいる少女と同じくらいの身長、かつ私と同じ年齢。
……しかし私はこれから、彼にもっと残酷なことを伝えなくてはならない。
「うぅ……もう誰にも侮られたくないぃ……あっ、そっちの子が?」
「あぁ。救助対象……だった」
「だった?いや、うん?今もそう見えるけど」
「彼女が証言した。名は『カーレ・リーデヒス』であると」
「……待って、ちょっと待って。どういうこと?」
「調査先の壊滅した村でこの子を拾った。これから王に報告をする」
「待て待て待て。明らかにそのまま通していい子じゃないでしょ!?」
ルドの口調から穏やかさが剥がれ、私の態度にもそれが現れ始める。こういう時は勢いに任せ、速攻で片付けるに限る。
先はああ言ったがルドの観察眼と洞察力は調査局でも随一。痛い腹など無いが、後から探られるのも手間だ。
やりたいことを通すのならば先手を打って思考をさせず封殺する。これに限る。
彼の静止の言葉は可能な限り無視。急いで通信室に向かわねば。
「なっ、なんかヤケになってないっ!?ちょっ、足はやっ!」
「これからあらゆる手を使ってこの子を守り通すと決めたものでな。すまんな」
「待てっ、待ってったらっ!ああもうっ!止まれッ!!」
一瞬の思考の隙をついてさっさと事を済ませる予定であったが、そうは上手くいかないか。
ルドの足音からカチッと音がした瞬間、まるで地面を蹴り飛ばすかのような勢いで跳躍。そのまま私の左側の壁を勢いのまま踏みしめ、横を通り過ぎ、立ちはだかるように進路を塞ぐ。
正面に立つルドからは先程の慌てぶりは存在しない。罪人を捕らえる時特有の威圧感を強く吐き出している。
流石は調査局の異名持ちの一人、進路妨害に慣れっこか。やむを得ん、説得するしかないな。
「そりゃ可能だろうけど、にしたっておかしいのは君だって分かってるだろうっ!?」
「ああ分かっている。リーデヒス家に
「そうだ、これは法の問題だっ!」
捜索対象の事、そしてその家族の事は事前に頭に入れてある。
その上で少女の名、カーレ・リーデヒスという人間は家系図のどこにも存在していないことも理解している。
つまり先程予想したリーデヒス家の不義の子である可能性がグンと高まった。
なるほど厄介事だ。何故ならこの国では
この子に関わるということは同時に、リーデヒス家のお家事情に首を突っ込むということ。
そして私自身も貴族である、つまり貴族同士の政争に繋がるのはほぼ確実と言える。
「私はな、ルド。確かに政治だの争いだのは嫌いだが、それ以上に嫌いなものがある。子供を飢えさせる奴だ。リーデヒスはそれを行っている」
ディルバ探しを任された私の耳には、通りすがりの連中からは噂話に陰口が山のように聞こえていた。
災害を探すようなもの、荒波をなだめる方がマシ、品性の育たぬ憐れな子。口さがない連中の無駄話ばかりが。
そしてそれを探しに行く私にも、随分と憐れんだ目を向けてくれたものだ。
そんな人間を追い求めて見つけたのが、華奢と呼ぶにはあまりに小さな哀れなこの子だ。
裕福な環境に傲慢さを重ねた人間とは対極に位置する、小さな飢えた子供だ。
それを助けたいと願って何が悪い。私は譲らんぞ。
ルドの表情は未だに警戒心が強い。だがそれも当然と言える。
国内の平穏を守るための治安維持組織、その支部長として現状は看過できない。
カーレ・リーデヒスは貴族家の存在しない子供。これが何を意味するのか。
軟禁、素体利用、血の継承、思いつくだけでもまともな利用などされまい。
ならばまずは情報庁判断で保護、その後報告とするべき。なるほど、筋は通っている。
「悪く思わないでよ、トスクロ。事件調査課権限を適用、その子の身柄はこちらで保護する。これは法を守る立場として、そして君の安全の為でもある。理解して───」
ルドが言い切る前に、それを遮るように発する。
「
「バッッッッカッ!!君今何を言ってるか分かってんのッ!?」
「分かっている。私はこの子の肩を持たせてもらう」
ルドの所属、情報局はフィオリィという国において非常に
事件調査、即ち国家の危機を未然に防ぐ警察としての役割を持つ彼らの権限は、高位貴族にすらその捜査の手を入れられる。
たとえ相手がどれほどの高位貴族であろうとも、理論上彼らに開示不可とされる情報は無い。
ルドの立場は支部長、私は課長という立場であるにもかかわらず、相手の行動を制限する力は情報庁であるルドの方が強い場合が多い。
しかし相手が私、精霊課の長であるならば話は別だ。
魔導管理庁の骨子の一つである精霊課の発言、私とて軽く扱うつもりは無いぞ。
「ルド、この子を見ろ、この子の瞳を見ろ。お前がこの子を保護すると言った時も、私がそれを庇った時もだ。この子はまるで表情を変えない」
「……ッ」
「今この子に必要なのは詰問ではない。違うか?」
お前なら分かってくれるだろう。私が拘る理由も、ならばこそここで引かないことも
私の背後にいる少女はこの言い争いの中、終ぞ一言も喋ることは無かった。
歩く以外の動作、身じろぎも驚きも、それを表情に出すことも無かった。
これがどれほど心を壊していることなのか、日夜事件とその被害者に関わるルドに分からないはずがない。それにだ。
「意思あるものが意志無きものを導く。君達の理念の一つと聞いている」
「それは意味合いが……ッ、その子の現状から貴族側の保護が必要だということで納得しよう、けれど……」
強情な奴め。私がいいと言っているのに、それでも退かない気でいる。
情報局の人間としてのプライド、そして貴族間との政争を勃発させたくないのが本音か。
叩けば埃が出てくる以上、その少女の引き渡しさえすれば後はこちらでやると言えるのに。
私は……君のような友人を持ててよかったと、心から思うよ。
「最終判断は報告をした上で王がする。リーデヒス家への聴取、並びに保護が必要なら経済流動庁を通してそちらに任されるだろう。それで納得してくれないか?」
「……僕は、友人として心配しているんだ。不安だと言ってもいい。その子の境遇は、君が思う以上に危険かもしれないんだぞ」
ルドが少女を見る目は警戒心ではなく、懐疑心へと切り替わっていた。
少女の保護という観点を一度置き、少女が齎す私への影響を鑑みて発言をしているのだ。
こんな状況で考えることでもないのだが、自分の心配をしてくれるのはやはり、嬉しい。
「何笑ってるんだ心配してんだよこっちはぁ!?それに君もあっちも爵位持ちだ、政争が僕らの仕事を増やすの分かってるっ!?」
「すまん。その時は謝りに来る」
「さては分かってないなっ!?……はぁ、もういいよ。早く王に報告上げて共有して。ほら行ったいった」
威圧感の塊が鳴りを潜め、ルドはそっと道を譲る。
その表情はまだ文句を言いたげだが、私の都合を優先してくれるようだ。
ありがたい。是非とも厚意に甘えよう。
「ありがとう。行こう」
再度少女の手を取り、通信室へと歩き出す。
目の前の言い争いもどこ吹く風、自分のことを話しているとすら感じていないのかもしれない。
しかし、それでも私の手を掴んでいる。無意識だとしても構わない。
精霊課は、意思を重んじる。
この子を助けると決めた。その地界を守るだけだ。
「お待ちしておりました。こちらへ」
案内役に迎えられた通信室は広く、手前の起動台とこちらを向いた小さなカメラ、投影ガラスから先の床にはビッシリと魔術式の刻まれた陣が描かれている。その陣より手前にはロープが張られており不可侵を示しているのが分かる。
通信魔術には未だ膨大な魔力と複雑な陣を用いる。足を踏み入れ万が一にでも陣の一本でも消せば大変な誤作動の元となる。このロープはその防止措置だ。
映像・音声の送受信の安定かつコスト削減には未だ課題が多く、多くの術者がかかりきりになってしまうという難点がある。
移動もそうだが、距離が離れるほど安定した制御から離れていく。難しいものだ。
「いつでも繋げられます。それでは」
「ありがとう。……さて、気合を入れねば」
思い描いた理想の盤面と最悪の盤面、その道筋を思考しつつ起動台に魔力を流し込む。
繋げる直前、膝をつき顔を伏せる。画面越しとは言えど王への謁見、礼は尽くさねばならない。
やがて陣が美しい紋様を輝かせ、目の前の投射ガラスに映像が映り始める。
つい先刻まで書類処理に追われていたのだろう、机の上には何枚か裏返した書類が置いてある。
『───あ、あー。聞こえておるか?……うむ、繋がっておるようだな』
金の王冠を被り、通信越しでも変わらず威風堂々たる在り様を魅せつける壮年の男。
黄金の髪、深緑色の眼、彫りの深い顔は総じて威厳を感じさせる。
齢四十にして国家の繁栄への道を誤ることのない、盤石たる進路を刻み続ける王。
国家安寧の道標、貴族の統括者、常に国の先を視る者。
この国の頂点たる存在、名を『グラン・デ・ピオモ・フィオリィ』王陛下。
またの名を『
「情報庁」
国内の安全管理、治安維持に心血を注ぐ組織。現代で言う国家公務員に当たる。
国中の至る所に支部があり、各所が連絡手段をもって綿密に連携を取っている為情報のやり取りが極めて速い。
フィオリィという国の治安が他国に比べて非常に安定している所以でもある。
所属している人員の多くは平民以上貴族未満な扱いを受けることが多く、現場での扱いは多種多様。
両方に頼りにされ信を置かれる者もいれば、板挟みとなり仲裁役として胃を痛めて立ち回る者もいる。
ルド・ガランは前者寄り。