『時間が惜しい。挨拶は不要だ、用件を話せ』
「ハッ。先日承りました命、ディルバ・ド・リーデヒスの捜索に関して進展がありました為、ご報告を」
『ご苦労だったな。して内容は?』
「二点ございます。一つは彼の物と思われる魔法痕の発見。村が一つ壊滅状態に。そして……お、おい。大丈夫か?」
チラと後ろの少女を見る。相変わらず無表情……否、それは違う。
カーレは私が見る限り初めて表情を浮かべていた。だがそれは私が想像していたものでも期待していたものでもない。
「ひっ……か、はぁ……ぃ……」
恐怖し、怯えていた。この国の最高権力者を目の前にしているから……否。
まさかカーレはこの部屋に入ってから、ずっと震えていたんじゃあないのか?
『その髪色……まさかリーデヒス家の者か?』
「……名はカーレと。本人から聞きました。ここへは要救助対象として連れて来ました」
『知らん名だな。それに随分と心を喪っておる。ハァ、何があった?』
「後に資料を転送いたします。端的に言えば、巨大な爆心地を残し壊滅した村で、彼女を発見しました。それ以外には何も判明しておりません」
カーレは身体を小さく震わせ、呼吸は荒れ、瞳孔が開きブレている。
いったい何が彼この子を怯えさせているのか。まさか王の顔が怖いということはあるまい。
となれば、やはり家絡みか。益々きな臭くなってきたぞ、リーデヒス家。
『セオドアは今もあの末子を探しておる。その娘が何かしらの情報を持っていれば、事態は進む。しかしそれが隠し子とは、また面倒な……』
「……!」
セオドア伯の名を耳にしたカーレの反応はやはり、恐怖を増すばかりのものだ。
王は王で、その状態の彼女を画面越しにジッと見ているばかりでそれ以上の行動は起こさない。
その姿はまるで死刑判決を前にした罪人の様だ。だがそんな顔をさせる為に私はここにいるわけではない。
不敬ではあるが、立席の許可をいただかねば。このまま放置する方が危険だ。
「王よ、どうか離席の許可を」
『許す』
「ありがとうございます。カーレ、これを持っておけ」
鞄から瓶を一つ取り出し、それをカーレに手渡す。瓶の中では空に浮かぶ月の形をした石がふわふわと浮いており、どのように角度を変えても壁にぶつかることはない不思議な動きをしている。
かつて幼い私が月に神秘性を見出した際作った魔道具の一つ、月石。なぜあの月は浮かぶのか、どうして月の光は人の心に染み入るのか。それらを解決するために様々な魔法をかけた小瓶の奇跡がこれだ。
見た者の心を鎮める
「───ぁ」
月石が発する光、それは太陽のような眩い光ではない。夜更けに散歩に出歩いた時、ふと空を見上げた時のあの光だ。
それを再現するために心血を注いだものだ。ロマンチストが過ぎるとよく笑われたものだが。
この月石は魔力を持つ者の手に渡るとそれに呼応して輝きだす。保有する魔力の質によっても光り方は変わるが、カーレのそれは多くの者のそれと大きく変わらない。
カーレがその瓶を手にすると、ほんの僅かに中の月石がキラキラと輝きだす。
何も言葉にすることもなく、じっとその月石を見つめていた。それは強く集中しているようにも、祈りを捧げているようにも見える。
指先の震えはまだ収まりきっていないが、呼吸が少しずつ穏やかになっていってる。
私作の魔道具が少しでも役に立てたのなら、冥利に尽きる。
『ふぅむ……トスクロ・オ・コーゼ』
「……ハッ」
『此度の任務、大儀であった。急な任務であったろう。それに応じた上結果を出したこと、褒めて遣わす』
「ありがたきお言葉です」
『報酬は後、財務課より渡されるであろう。して、その子供についてだが……どうしたものか』
貴族家が出生を隠蔽することは禁じられている。その血が与り知らぬところで広まり、後継問題に発展することを防ぐためだ。
妾や浮気、娼館に貴族の血が流れると遺産や世襲に大きな影響が出る。貴族の多くはその問題を理解しているだろうが、稀に子供を隠す貴族が現れる。
異能の引継ぎ失敗による醜聞回避、愛憎、実験。理由は様々だがどれもロクなものではない。当然その末路も。
恐らくこのままの流れならば、リーデヒス家への事情聴取が必要となる。その過程でカーレにも聴取が行われるはずだが、今の精神状態では会話もままならないと予想できる。
ならばこちらから切り出すべきか。上手くいけば御の字、ダメなら次の手を打つだけだ。
「王よ、私に提案がございます」
『申してみよ』
「最終観測地点である壊滅した村はここから遠いことを考慮すると、調査及び解決には今しばらく時間がかかるでしょう。そこで終わりという保証もなく、その間カーレを家元に帰すのは危険であると考えます」
『であろうな。子隠しをする目的でマトモな目的だったことなど、有史以来一度もない』
「おっしゃる通りです。更に申し上げればディルバ・リーデヒスの行方不明もまだ解決していません。ですのでまずは一連の関係性明らかにし、それからリーデヒス家に聴取を行うべきかと愚考する次第です」
現時点でリーデヒス家は出生の未届けという法律違反を行っている。弾劾の材料はある。
しかし、いくつか不明な点が残る。なぜディルバは行方不明になって尚、この少女に会いに来た?
噂を鵜呑みするのならば、思いやりという言葉を知らず育ったとしか思えん男が、家ぐるみで隠していた少女の所へ何の為に向かった?
いや、そもそもカーレは何故あの村にいた?幽閉、軟禁、貴族家ならば自身の領土でそれも出来たはず。
だが実際はリーデヒス領から遠く離れた山間地帯。ただ放逐されていたわけではないだろう。
となるといつからあの村にいた?どうやって?
疑問は尽きない。しかしこの場で分かることは少ないのが現実。
いずれにしても少女の回復を待つべきだというのが私の考えだ。
「つきましては、カーレ・リーデヒスの存在は公にするのは避けるべきかと。それと回復するまでの間、匿える場所が必要です」
『となると国護課*1では……いや、不足か。あそこは機密性こそ高いが戦力が少ない』
「それに情報庁経由は知る人間が増えます。リスクが大きい」
『なら当てはあるのか?噂が噂だ、少なくとも誰も引き取りたがるまいよ』
王の言う『誰』とは、経済商業庁に所属する貴族諸侯の事を指している。
少し遠回りな話になるが、魔導庁と情報庁に所属する者を除き、ほぼ全ての貴族は商業流動庁に所属している。
魔導庁と情報庁は国家によって管理された組織である。つまり私達の動向は基本的に把握されている訳だ。
それ以外の、このフィオリィ国の領土統治を任されている貴族は全て商業流動庁に属し、領地経営によって発生した損益の全てを報告することが義務付けられている。
王の職務の一つは、これら貴族の纏め役である。上奏に来る貴族達の対応、及びパーティや社交界の参加を促し、貴族全体の意識の先導役を担っている。二つ名の由来はそこからだ。
したがって王の交流先はほとんどが貴族に限られる。しか元々ディルバはリーデヒス家の厄ネタ、己の懐を気にする貴族なら誰も受け入れたがらないだろうと言う話だ。
この方は分かっている癖に、私から言葉を引き出させようとしている。
無論初めからそのつもりではあるが。
「私が引き受けます。リーデヒス領からは遠く、万が一に鉢合わせるリスクも少ない」
『よかろう。なら話は纏まったな。村の調査は、事現調*2が引き継ぐことになるだろう。作成した資料はそちらにも回せ、必要に応じて都度協力を要請するだろうからそのつもりでいるように。それから追調班が今回の事を気にしていた、フォローをしておけ』
「ありがとうございます。資料の件、了解しました」
『足の引っ張り合い程度ならいざ知らず、貴族同士の軋轢は国勢が安定化した今は望むところではない。上手く立ち回れ。あぁ、そう言えば探求課*3が手を借りたいと言っていた。近い内に顔を出しに行け、以上だ。下がってよい』
「ハッ。失礼致します」
その言葉を最後に画面への魔力供給が遮断され暗転する。
まったく、酷く複雑なことになった。が、一先ずの目標は達成したと言ってもいい。
落ち着いたとはいえ、未だ呼吸を荒い背後のカーレを見やる。
今は大分落ち着いているようだ。こちらを見ることもなく手元の月石を眺めている。
何物にも関心を寄せなかったカーレの興味をこうまで引くとは。
「そろそろ行くぞ」
「……ぁ」
そう声をかけると僅かにハッとし、私に視線を合わせる。
どうやら私達の会話が聞こえなくなる程度には気に入ってくれたらしい。
「気に入ったのなら、しばらく持っているといい。取り上げたりはしないから安心してくれ」
「ありがとう、ございます」
自分でもわかる。今私は目を見開いて驚愕を表情にしている。
なんと驚くべきことに会話が成立した。小さな声を絞り出すように発するのは相変わらず痛々しいが、これまで彼女はここに来るまで自分の名前以外発言すらしなかった。
それほどまでに精神的に安定した状態になったとも言える。
「ふふ、作った当時は無我夢中だったが、こうして役に立つ日が来るとは。感慨深いな」
丹精込めて創作した物に、まったく赤の他人と言っていい人が関心を持ってくれるのは嬉しい。あまつさえそれが人の役に立ったというのならば言うことはない。
管理部*4から同じのをもっと作れと催促されたのが懐かしい。
ハンドメイドがほとんどを占める魔道具に全く同じものは存在しない。
今の君が持っておく分には悪いようにはなるまい。
「これから君には我が家へと来てもらう。何か希望があれば今の内に言ってくれると助かる。最大限配慮しよう」
私達がいる1番通信室は高位貴族や王族との専用通信室である為、中は強い防音防諜が保たれている。
外にいる案内役も私達が何を話しているのかは知らないし、この部屋に魔力を供給している人間達にも会話は漏れ出ない。なのでもし事前に重要な会話があるならこの場で済ませておきたい。
長居こそできないが、少しくらいなら大丈夫だろう。そんな言葉を投げかけると、カーレは小さく口を開いた。
「……ぃ」
「なんだ?遠慮せず言ってくれ」
すると彼女は俯いて、必死に絞り出すように呟いた。
「おれ、なにしたらいいんだ……?い、いいんですか……?」
「な、何?」
私にとってそれはあまりに予想外な言葉であった。一人称に貴族らしからぬ粗野さを感じるが、そこはどうでもいい。
そもそも勝手にここまで連れて来て、勝手に匿うと好き勝手しているのは私であり、彼女は巻き込まれているだけ。
しかも後から判明したことではあるが貴族の娘だ。この子くらいの歳の娘の物欲には明るくないが、それでも幾らでも注文をつけられるだろう。
「私は君からの見返りを求めていないが……」
「でもおれ、なにももってないよ。おかねも、だいじなものもとられちゃった、ぶんふそうおう?だって」
私はそれをどんな表情で聞いていたのか。
関心を持たない、無表情を取り繕えていただろうか。
カーレは手に持った月石を私に差し出し、小さく笑っていた。
その瞳に光は無く、だというのに口元が僅かに弧を描いているのが、私の心を深く抉るように捉えていた。
「だからおれは───」
「君の考えていることは十分に理解した」
嘘だ。私はまるでこの少女の考えを理解できていない。
それ以上は聞きたくない。聞けばきっと怒りに身を任せてしまう。
だから言葉を遮った。
今の彼女の精神性は崖から身投げしている真っ最中と変わらないということは理解できた。
でなければ、自分が不幸のどん底にいるというのに、与えられた救いの全てを捨てられるというんだ。
理解できない。この少女をここまで追い詰めたものは一体なんだ?恐怖すら覚える。
それがなんだというのか。
「カーレ、私達魔法使いは契約、約束を何よりも重んじるというのは知っているか?」
「……ううん」
「そうか。そういうものなんだ、私達は。一度した約束を違えない、嘘にしない。それが私達の信条なんだよ」
カーレの手のひらに乗った奇跡ごと、両手でそっと掴む。
二度離してはいけないと思えるように尽力する。だからもう一度私に機会を。
後悔に足を取られて生きることだけはしたくないから。
「もう少しだけ、私の我儘に付き合ってくれないか。後悔はさせない、約束する」
元より誘拐同然に攫っておきながらどの口がという話だが。
……だが、見捨てたくなかったんだ。
身に降りかかる不幸を許容してしまったこの少女を見捨てたくなかった。
「でもおれ、なにもない……」
「君に何もなくとも、私にはある。私は君が嫌というまでは面倒を見るつもりだぞ」
我ながら酷い誘い文句だと思う。気の利かない男だと何度言われてきたことか。
こうして目を合わせている間も、カーレの心は未だ動かない。向き合っていても彼女の瞳に私が反射して映っているだけで、私を見ているわけではない。
だからいつかの日が来るまで、私が守らねば。
先導役となってみせよう。一人の大人として、魔法使いとして。
「いつか君が笑える日が来たら、それが私の報酬になる。約束だ、カーレ」
「……うん」
子供が理不尽に声も出せず泣く。それが許せない馬鹿な男が、勝手にそうすると決めただけの事。
なんのことはない。いつも通りに、私をやるだけだ。
……さて、家の皆になんて説明したものか。
「小瓶の奇跡」
振ってもひっくり返しても投げつけても、瓶の中心から丸石が動かない不思議な小瓶。
見た者に月光を思い返させる光を発し、その光に強い注目を集めさせる呪いが込められている。
持ち手の魔力量によって僅かに光の量が変わるが、余程の事がない限りは誤差である。
それは月の満ち欠けに応じて陰り、また同時にどの角度から見ても同様の陰り方で目に映るというおかしな魔法がかけられている。
月の満ち欠けは魔力を使用する者にとって重要なファクターとなる。だがトスクロはこれを、月が綺麗なタイミングで散歩したいと思った時確認するくらいでしか使っていない。