「───で?その子を匿うって?リーデヒス家の心臓みたいなその子を?」
「違うぞルド。この子はただのカーレだ。そう呼んでくれ」
「お前僕の所属分かって言ってるよねぇ?なぁ?どんだけ僕が気を揉んだか分かってんの?」
通信室を出て即座にルドに捕まり、個室に押し込められて早30分。そろそろ帰りたい。
カーレのこともある、出来ればお説教は短くしてもらいたい……
そっと通信用の精霊を放ち、実家に帰らせておく。何も知らせずにこの子を連れて帰れば驚かせてしまうだろう。
「あまり問い詰めるような声を出さないでやってくれ。カーレが怖がってしまう」
「あっ、ごめん……いや誰のせいだと思ってんだよ」
「すまん」
「悪いと思ってるんならやるんじゃあないっ!」
どうしろって言うんだ……とは言わない、言えない。鬼の形相であるルドにそんなことを言えば火に油を注ぐのは目に見えているからだ。
カーレは相変わらず私の二歩後ろに佇んでおり、喋ることはない。
早く日常生活を取り戻せるくらいに回復してくれたら嬉しいのだが。
考え事をしてルドの説教を受け止め続けていると、外からボーンと鐘の音が響く。
正午を知らせる時計台の鐘の音だ。
「そろそろ休憩時間だろう。ここまでにしないか?」
「ほんと君、ほんっっっとさぁ……あーっ!もういいや!とりあえずさっきのは口外厳禁ってことねっ!君達はいつも勝手なんだから……いや代わりに追跡出てくれてるから文句言うのもアレなんだけどさ……」
こめかみに手を置いてため息を吐くルドは普段の少年のような顔を見せず、通信班課長の顔で接している。
お前には悪いことをしているな。だが私にも守りたいものがあるんだ。
国民の為に日夜尽くすお前達には頭が上がらない。だがどうか今だけは、私のエゴを通させてもらいたい。
「分かった、もう行っていいよ。報告書の共有お願いね」
「了解した、ありがとう。さぁ、行こうカーレ。待ちに待った昼食だ」
「……それ部屋出てから言うんじゃダメだったかなぁ!?」
情報庁の建物を出た私達の目の前には、穏やかな街並みが広がっている。
街の名は『カルモ』。コーゼ領内にある街の中でもその規模は大きく、駐在する情報庁職員も多い。
他の街に比べると自然が多く、観光地としての役割も強いこの街では、道を行き交う人々の顔も明るい。
世の魔法使い、魔術師にとってコーゼ領に住むのは大きな意味があるされている。統治している側としては誇らしいことだ。
「何か食べられない物はあるか?」
「……ない、です」
良かった、これで強烈な好き嫌いがあったら店を絞らなくてはならなかった。
この街の郷土料理は自然の恵みをあしらったものが多い。あまり子供受けはしないが、美味しいのは間違いない。
最近は他所の地域からの出店も増えた。普段なら物珍しさや新規開拓で選んでもいいが、さて何を食べに行ったものか……
「……よし、私の行きつけがある。そこにしよう」
私が食べてほしいもの、それならばあの店だ。
歩くこと数分、鶏のマークが描かれた看板が似合う、古めかしい木造の建物の前に到着する。
ドアを開くとチリンと鳴るベルがどこか懐古を思わせる。
「いらっしゃいませー。おっ、コーゼの坊ちゃんじゃないですか」
「いい加減坊ちゃんという歳でもないんだがね。どうも」
出迎えてくれたのはこの店の女将。私が10歳の頃から世話になっているのだからもう長い付き合いだ。
夫婦二人三脚でこの店を営んでおり、昔から変わらぬ味で人気の店だ。
店主は随分寡黙な男で調理場から滅多に出てこないのだが、それもまた彼らしい。
それにしても、この街で古株の人間ほど私を坊ちゃんと呼ぶ。嬉しくはあるのだがそろそろやめるべきじゃないだろうか。人前でそう呼ばれるのは気恥ずかしさが勝つ。
「あっははっ!すみませんね、もうすっかり癖になっちゃって。あら、そちらのお嬢さんは?」
「……!」
さっきまで繋いでいた私の手を持ったまま、カーレはまた背後に隠れてしまった。
怖がっているわけではないようだが……出会う人全員にこれとは。
見る人すべてが自分の敵かもしれない、そういう判断で生きているのだろう。やるせない話だ。
「大丈夫だ、カーレ。……訳あって保護した子でね、カーレという。しばらく面倒を見ようかと」
「あらそうなんですか。初めましてお嬢ちゃん!これからよろしくねぇ!」
「……ども」
「はいどうも!奥の席にどうぞ!」
これもまた驚いた。私の時よりだいぶ気安い反応じゃないか?
女将の豪放磊落な性格がそれを促しているのかもしれない。ひょっとしたら想定よりも大分早い回復に……いや、そういう考えは後に置こう。
今は素直にカーレの反応に喜ぼう。聴取だのそういう面倒なのはまた後だ。
奥のテーブル席に促されるまま、向かい合って座る。
「ところで坊ちゃん、うちでご飯食べてくのはいいんだけどサ。この後お洋服見繕ってあげたらどうです?」
「だから坊ちゃんは……いや、仰る通りだ。ハァ、気の利かなさに自分で呆れるばかりだ……」
なんと迂闊なことか。ボロボロの服に汚れたローブ、すり減った靴をそのままに食事を優先してしまうとは。
女将が寛大な心で許してくれたから良かったものの、敷居の高い店なら私共々蹴りだされてもおかしくなかった。
一人旅が長引くといつもこうだ。同行者のことを気に掛ける機会が少なくてついやってしまう。私の悪癖の一つだ。
「……気の利かん男ですまん。この後は服を買おう」
「い、いや、いらない、です。もったいない、から」
「頼む、私の顔を立てると思ってくれ。連れの服一つ見繕えない貴族と噂が立てば明日から表を歩けん」
「あっはっは!昔から坊ちゃんはそういうお人だよねぇ」
情報庁の施設を出て真っすぐここまで来たからさほど人目は無かったと思う。
だが噂とはどこからでもあっという間に広まる。気づかせてくれた女将に感謝しなければ。
「それで?今日は何にします?」
「オニオンスープとホワイトシチューを二つずつで」
「はぁい!少々お待ちを!」
そう言うと女将はエプロンを揺らしながらパタパタと厨房ん方へ歩いて行った。
食事が用意されるまで少し時間がかかるだろう。その間に少しでも話を進めておかなくてはな。
「カーレ、無理をして口調を正す必要は無いぞ」
「っ、ご、ごめん、なさい」
「ああいや、無理に敬語は使わなくていいという意味でだな。話し辛いんじゃないかと思って」
先刻からようやく口を開いてくれるようにはなったが、時折敬語に粗野な口調が混ざるのが見て取れる。
恐らくそっちが素の口調で、相手が相手だから出来る限り敬語を使っている、と予想したのだが……
「先のやり取りを見ていただろう?気楽に接してくれて構わない」
統治が上手く行っている貴族家ならば領民と気軽に接する諸侯は少なからずいるだろう。
それを踏まえた上で、このカルモという街に限らずコーゼ領に住まう人々と統治する私達の間柄はとても近い。
これは私達が精霊と親しい関係性にあり、かつこの地に住まう人々の精霊信仰が深いのが非常に大きい。
コーゼ家は精霊信仰の起源であり、領地はその膝元。
その地に住まう精霊、人間との関係性を理解し、深めていく過程で今の関係性は構築されてきた。
カーレを見ても強い警戒心を抱かず、それどころか私の方を窘める程度に気安い関係性。
貴族としての在り方云々を説く者からの受けは悪いが、私はこれでいいと思っている。
少なくとも傷ついた少女を目の前にして、目の前の貴族に苦言を呈した上で身を案じられることを、悪いとは口が裂けても言えん。
「君のご実家が何と教えたかは知らないが、少なくともここではそれでいいんだ。その方が私も助かる」
「……ありがとう、ございます」
(先は長そうだ)
とはいえ自領地だからといって酒場や食事処に毒見役も連れず入り、何の警戒心も無く出された料理を口にするのは少数派だろう。
毒物への対策自体はある程度金を積めば手に入る。それこそ魔法、魔術を用いた道具があれば判別は容易だ。
しかし問題なのは対応策の有無ではない。自領地で統治者への毒殺未遂が発生した時点でそれはもう大きなスキャンダルだ。
領民と統治者の間に大きな亀裂の元となる。そういったリスク回避の為に領地視察等でも街中にある食事処に足を運ぶ貴族は少ない。
あくまでここがそういう風土というだけに過ぎない。そもそも私達に毒は大して意味が無いしな。
「ここのシチューは美味いぞ。牛乳のソースの調味もさることながら、旬野菜の扱いが他店とは一味違う、文字通りな。今は秋……シチューとくればジャガイモ、ナスかな?楽しみだ。そうだ、ここは魚もいいぞ。確かリーデヒス領は山岳に近かったな。ひょっとして海の魚はあまり馴染みがないか?もうすぐ脂の乗った細身の魚が良く市場に出るんだが、いやあれに塩を振って網焼きにするのがこれまたいいものでな?」
一しきり喋ったところで気づく。年頃の少女が料理の蘊蓄を騙られたところでこれぽっちも楽しくないだろうと。
正面に座るカーレの顔を見ろ。眼鏡の向こうにいる少女は変わらず温度の無い視線でずっと私を見ている。いやそれは元からかもしれんが、心なしか困惑の色が強い気がする。
それはそうだろう、ほぼ初対面で言われるがまま付いてきた人間が唐突に饒舌な滑舌になったんだ。困惑だってする。
「すまない、喋り過ぎた」
「……おいしい?」
「それはもちろん!……いや、そういうことじゃないんだな。よし、少し真面目な話をしよう。君も気になっていることだろう」
これも君の為だ。そう誤魔化して改めて姿勢を正す。
カーレは変わらず普通に座っているが、少しだけ俯いて目を伏せる。
手早く済ませよう。不安がらせるのは趣味じゃない。
まず一つ目を告げる前に、カーレに頭を下げる。粛々と、出来る限りの礼も込めて。
あまり大仰にするのは人目もある故、カーレを困らせてしまう。
「まず、ここまで君の同意もロクに得ず連れてきたこと、謝罪させてほしい。あの時君は会話が出来る状態ではなかったと判断し、僅かな反応をこちらに都合よく捉え、連れてきてしまった」
「……」
「君が望むのならば、またあの村へ送り返すことも可能だ。王への説得も、必ず成して見せよう」
ここまででカーレは、自分の意思という意思を発露していない。
感謝の気持ちこそ述べているが、自分自身がこうしたい、こうされたいという発言を得ていない。
ならば、出来る限り選びやすいように整えた選択肢を提示するのが私の役割だ。
助けるという言葉を口先だけにしない為にも、私がやらねばならないことだ。
「君が助けを求めているのならば。私はそれに応える準備がある」
「どうして、そこまで……」
「そうだな。確かに普通の貴族、魔法使いならここまでしないだろう。貴族の人間と分かって匿うなど、態々その家に喧嘩を売るような行いだ。あの村で君を無視するのが、軋轢を生まない最善の方法だったかもしれん」
もっとも、効率なんて気にしていたら魔法使いなんてやってられないがな。
「それでもだ。君が泣いていたのなら、理由はそれだけで十分だ」
偽善だな、とは言わずに締めくくる。
貴族は領民を守る者。その貴族がたった一人の為に領民を危険に晒せば無能の誹りは免れない。
だが……それでも君を見過ごすべきではないと感じたんだよ。
何もかも焼き尽くされたあの村で、ただ一つだけ残った物を虚ろに見つめる朧げな君を。
「あの家が君にとって大きな意味を持っていることは予想できる。……だが、それは君が話したくなったらでいい。傷ついた鳥に飛べと言うことはしない」
「……」
「君には休息が必要だと思う。どうかな?一時の休息として、私を利用してみるというのは」
そう投げかけて、カーレの返事を待つ。
出来る限り正直に話したと思う。どんな質問にも誠意をもって答えるつもりだ。
だが……それでも変わらない意思がある、というのも知っている。
果たしてどうなるか。これで断られたら……ルドと王に土下座だな。
「……わかり、ました」
「了承と受け取ろう。コーゼ家の名の元に、君を必ず守ると約束する」
ああよかった、これで断られたらと思うと気が気でなかったのだ。
既に実家へ連絡は済ませてしまった。だがこれで肩透かしにはなるまい。
「はいっ!お待たせしました!お先にオニオンスープですね!」
「どうも。……まぁなんだ。追調査には当分時間がかかるだろう。君への聴取もそれまで行われることはない。安心して羽を伸ばしてくれ」
「……はい」
今のところ、あの村の惨状はディルバ・リーデヒスのものと見て間違いないだろう。
となれば調査を行うにはあの暴君に対抗できる戦力を長期間投入する必要がある。その人材確保には時間がかかるだろう。
そうなると情報庁は別件逮捕も視野に入れるかもしれん。王はカーレの存在を公にすることはないと言っていた以上それとは関係なく余罪を証明する必要がある。結局時間はかかる。
どちらの手段を取るにせよ、カーレの証言が必要となるのは当分先だ。それまでは傷ついた心身を休める時間に当ててもらいたい。
今のカーレは私を信頼しているから着いてきている訳ではなく、流れに身を任せてどうにでもなれと考えている状態だと思う。
まずはそこから、少しずつ脱してもらわねば。
「何はともあれ、まずは食事だな。いただきます」
「……いただき、ます」
食事のあいさつを真似してくれるようになったのは、大きな一歩かもしれないな。
「ルド・ガラン」
フィオリィ情報庁事件調査課カルモ支部長。23歳。黒髪。髪は適度に切っているが、修羅場が続くと伸びてままにしてしまい、たまに少女に間違われる。
フィオリィ国内で街と認められている場所には必ず情報庁の支部が存在する。ルドはコーゼ領カルモ支部の長。
必要とあらば貴族相手でも全力で捜査に踏み込む決定を下す大胆さを持つ。
背が低いことをとても気にしており、高い所の物を取ろうとしたときに他の職員から温かい目で見られるのがとても苦手。