リィンカーネーションと精霊の詩   作:飛び回る蜂

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6 服は飾り誇りに生きる

 

「今更かもしれんが、どうして一緒に来てくれたんだ?」

 

 

 シチュー皿の底を突っつきながら、どうしても気になっていることがある。

 ここまで誘拐同然に連れてきてしまったが、それに対してカーレはどう思っているのだろうか。

 ほとんど自分の意思らしきものを見せていないが、それだけは聞いておきたかった。

 

 

「あまりいい接し方ではなかった。初対面で、しかも家を勝手に使っていた。思う所もあったのではないかと思ってな」

 

 

 あの家がカーレにとってどういう意味を持つのかは分かっていない。

 しかし、鳥が鳴き始める早朝からあの家の前にいたのだ。それがただならない意味を持つことくらいは私にも分かる。

 そこから離れるよう唆したのだ。その辺り、カーレはどう思っているのだろうか?そう思えば聞かずにはいられなかった。

 一口一口をゆっくり食べ進めていたカーレは一度スプーンを置き、目を合わせずに呟いた。

 

 

「なんとなく、です」

 

「なんとなく、かぁ」

 

 

 それなら仕方がない。自身の直感がそうするべきだと感じたのなら、それに勝る指標は無い。

 無論、聞き手である私が納得できるかと言われれば別だが、納得するほかあるまい。

 ここで深く聞き込んでトラウマでも掘り当てれば目も当てられん。今はそれでいいさ。

 

 

「まぁいい。この後は車でしばらく移動になる。今が昼過ぎだからそうだな。夕方、遅くとも日が沈むまでには家に着く予定だ」

 

「……え」

 

 

 私がそう言うと、カーレは大きく目を見開いて私を見た。

 な、なんだ?私何か変なこと言ったか?

 

 

「……くるま?」

 

「ああ。安全性と機密性に優れている、送迎には十分だと思う」

 

 

 魔導式エンジン搭載車両。通称『車』。まだまだ配備箇所は少ないが、馬車より早く移動できる数少ない手段である。

 と言っても、馬車の座席部分はそのまま魔力で動くエンジン、さらに御者部分に操縦席を取り付けただけのものだが、これがまぁ早い。

 悪路を走る能力は馬に比べ格段に落ちるが、整備された道ならば断然車の方が早い。

 カーレの疲労度がどれほどのものか傍目には分からない。なるべく早く帰るべきだと考えたが……

 

 

「車は苦手か?」

 

「い、いえ。……くるま」

 

 

 カーレの服を見繕って、さっと街を見回ったらいい時間だろう。

 そうと決まれば行動せねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様。また来る」

 

「ごちそうさまでした」

 

「またのお越しお待ちしてまーす!」

 

 

 美味い昼食を提供してくれた大将と女将に礼と別れを告げ、その足ですぐ衣服店に向かう。

 カーレを置いて行かんように注意しなければ。

 

 

「コーゼの坊ちゃんじゃねぇですか!おかえり!」

 

「ああ、どうも。ひと月ぶりだ、やっと息が休まるよ」

 

「災難でしたねぇ。おっと口が滑った。しばらくはゆっくりされるんで?」

 

「いいや、帰ったら一仕事だ。それと、他所のお偉方の前では言わんように」

 

「へへっ、すいませんね。いけねぇ、早く戻らねぇと嫁にどやされる。それじゃあ!」

 

 

 道すがらご老人が挨拶をくれる。以前から気軽に声をかけてくれる方だ。

 最近腰痛をこさえたとかで治療を受けていたはずだが、あの様子ではよくなったのだろう。

 半年前に話した時より随分溌剌としている。喜ばしいことだ。

 老人と話を終えた直後、未知の向こうから猛ダッシュで近づく人影が視界に入る。

 

 

「コーゼ様!お帰りなさい!今回の靴、出来はどうでしたか!?」

 

「ただいま。かなり通気性がいいな、長期の旅に最適だという感想だ。随分助けられた」

 

 

 三つ編みを振り乱しながら目を輝かせて走ってきたのは、旅用の靴を誂えた靴屋の娘だ。

 表情からは靴に対する狂気じみた偏愛を感じさせる。腕は確かなのだが……少し怖い。

 

 

「改善点などは!?」

 

「生産するならコストと手間が気になるな。価格と釣り合いが取れるものか?」

 

「なんとかします!!ではさようなら!!」

 

「情熱は買うが無理はしないようにな!?」

 

 

 言うだけ言い、聞くだけ聞いたらすぐさま踵を返して全力で走っていくとは。

 なんたる無礼か、とまでは言わんがもう少し穏やかにならないものか。

 

 

「すまん。騒がしくしてるな」

 

「……いえ」

 

「どうにも私は畏敬というものと縁がないらしい。もう少し仰々しく振る舞うべきかもな」

 

 

 思わず笑いが零れてしまう程度には自分でも思ってもいないことだ。

 これでいい。この街は、この場所はこれでいいのだ。

 何せ、普段とは全く違う意匠の旅装束でいる私に一目で気づき、そして誰も隣にいるカーレに警戒の目を向けないのだ。

 ならば、私はこれでいいさ。

 

 

 

「その内君もここの風土に慣れてくる。そうなったら……」

 

 

 今は氷のように固く動かないその頬も、春の雪解けのような笑顔を見せてくれるのだろうか。

 言葉にするには少々気障ったい、そんな思いだけが私の中に残った。

 相変わらず、君の表情は変わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい。……あらコーゼ様、おかえりなさい」

 

「戻った。ひと月ぶりだな」

 

 

 店のドアをくぐれば、ハンガーラックに掛けられた色とりどりの衣服が目に眩しい。

 ここはフィオリィ服飾雑貨カルモ支店。この街の衣類の需要を一手に引き受けるフィオリィ服飾雑貨店、その窓口となる店舗。

 応対しているのはその支店長、名を『オルファ』。

 美しく流れる銀髪に幅広いキャップを携え、暗い赤色のドレスを纏うその姿は、夜会の頂点に彼女がいると言っても疑わせない煌めきを感じさせる。

 だが、それに反するような怪しげな目つきが私を射抜く。夜闇を照らす紫色のランタンを思わせるような恐ろしくも惹かれるような眼だ。

 正直に言えば私は彼女、オルファが苦手だ。歯に衣着せぬという言葉があるが、この人は……

 

 

 

「……あら、今日は素敵なお嬢様を連れていますのね」

 

「あぁ、ぜひここで服を見繕ってほしくてだな」

 

「えぇ、えぇ。皆まで言わずとも結構でございます。(わたくし)、耐えられません。幼気な少女を斯様な恰好で外を出歩かせるなど、えぇ」

 

「これには色々事情があって」

 

「あら?(わたくし)にはこの子に合うより良い服を仕立てることより重要なことなど思いつきません。それとも何か申し上げたいことがおありなのかしら……?」

 

「……いいや、ない。頼む」

 

「かしこまりました。さぁ、こちらへどうぞ……。あぁ、ここから先は婦女子の場でございますので、ごゆるりとお待ちくださいませ……」

 

 

 声から発せられるあまりの圧に言い訳をする暇もなく、カーレを連れて店の奥へと消えていった。

 言葉こそ丁寧で礼を尽くしてはいるが、目と態度と言葉尻の冷たさは間違いなく私を責め立てていた。

 

 

「……はぁ。相変わらず手厳しい」

 

 

 彼女、オルファは服へのこだわりがとにかく強い。そして服へ関心の薄い人間、つまり私のような者への当たりがとても強い。

 初めて遠方への旅支度をここで済ませた時もそうだった。適当に身体に合う旅装備を選んでこれを買うと言えばさっきと同じような顔をされて。

 

 

『まさか。ひょっとしてコーゼ様は旅をされた経験がお有りでない?ええ、そうに違いございません。でなくては斯様に目新しい衣装ばかりを選ぶはずがございませんもの……』

 

 

 それはもう多分に憐れみを込めた目で見られたものだ。新しく出たものなら間違いはないだろうと最前列の棚から適当に選んだのが彼女のプライドに酷く障ったのだ。

 一領地の管理者が見栄えや新しきに釣られて選ぶのがそれはもう気に入らなかったと言っていたのを覚えている。最終的に採寸と用途、要望意見のまとめに一日。

 それから2か月かけて外套から服、靴に中敷きまで全てオーダーメイドで作る羽目になったのが記憶に新しい。それはもう高い買い物になったのは言うまでもない。

 

 だが完成した物は最高の一言に尽きるものであった。

 外套は雨風でへたれることはなく、靴はどれほど踏みしめても綻ぶことはなく。

 服は汚れにくく頑丈、かつ機能性を重視していて動作に不都合がない。

 魔法使いであることを考慮して素材から厳選したと聞いて、初めてオーダーメイドの意味をきちんと理解したと思う。

 

 

(むっ、ここの床……正座させられたのが懐かしい)

 

 

 あまりに着心地が良すぎて軽快に動けるものだから、何か力場を生成するような魔術式でも組んでるのではないか?

 そう聞いたら怒られた。それはもうたいそう怒られた。あまりに職人を蔑ろにした発言である。反省しろ魔法脳。

 オブラートを百枚くらい重ねてそう言われた。直接的に言われなかったのがかえって怖い。それに目が「次同じこと言ったら貴方に服は売らない」と雄弁に語っていたのも印象深い。

 怒られたのが後を引いているというわけではない。ないし、決して嫌いではないのだが、押しの強さも相まって苦手な人だ。

 カーレは大丈夫だろうか……?

 

 

「おはようございまぁす。あれぇ、コーゼ様じゃありませんか。店長はどちらに?」

 

「おはようリアン。連れと一緒に試着室だ。昼出勤か?」

 

「でぇす。お偉方の接待で寝るの遅くなっちゃって。店長さっさと先に帰っちゃうんですもん」

 

 

 バックヤードから出て来て親し気に話しかけてきたのが副店長『リアン』。

 銀灰色のロングコートに黒い皮手袋、小さなハットが特徴的な男だ。洒脱に着こなす様は堂に入っている。

 店長のオルファと二人、支店の中でもトップクラスの売り上げを誇るこの店を切り盛りしている。

 

 

「ご苦労だな。本店(あちら)には随分引き留められたんじゃないか?」

 

「まぁねぇ。でも俺はここが好きなんで」

 

「オルファか?」

 

「違いますよぉ。ここがいいんですよ、ここが」

 

 

 生まれも育ちも首都フィオリィのリアンにとって、この街は随分居心地がいいらしい。

 都会とは言い難いが、馴染むものがあったのなら幸いだ。

 

 

「しかしお連れ様ですかぁ。コーゼ坊ちゃんにもついに()()()ですかぁ?」

 

「まさか。捨て子を拾った」

 

「え?あー……そりゃ店長は無視しませんねぇ。コーゼ様も災難で」

 

「助かるよ」

 

 

 付き合いの長さは伊達ではない。何がどうあって私が待たされているか察してくれたようだ。

 

 

「今日の納品と品出しは済んでますので、良ければお付き合いしますよぉ」

 

「助かる。そう言えばもうすぐ秋季収穫祭だが───」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このようなことが許されていいものなのでしょうか。

 

 

「……あぁ。なんということなの。そんな」

 

「……」

 

 

 彼女の背に刻まれているのはあまりに人道から外れたもの。人の背にあってはならないもの。

 その傷跡、常人ならきっと直視に耐えられない。私自身、あまりに酷な姿に目を逸らしそうになってしまう。

 

 

「お嬢様、あなたは……あなたはどうして……」

 

 

 あぁ、地に満ち跳ね、空舞い踊る精霊達よ。どうして、どうして世界は彼女にこのような酷な試練を与えるのでしょうか。

 少女はあまりに幼い。だというのにこのような仕打ち、あんまりではありませんか。

 

 このことは急ぎコーゼ様に問い……否、ひょっとしてまだ何も知らないのでしょうか。

 あの方はお優しい。もし知っていたのならばここには来ず、治療を優先されるはず。

 ならば(わたくし)のすべきことはただ一つ。

 

 

(……背の傷を、覆える衣装にしなくては。ええ、(わたくし)、決して俯きませんとも。しゃんとしなさい、オルファ!)

 

 

 両頬に平手を入れ、喝を入れる。

 乙女の頬が赤く腫れようが構いません。(わたくし)にも誇りがありますので。

 

 

「カーレ様。これより採寸を始めます。……どうかご安心ください。(わたくし)、貴方に似合う最高のお洋服を用意してみせます」

 

 

 とびきりの衣装を、輝ける人々の為に。

 いつも通り、私の心のままに服を作り上げるのです。

 傷だらけでも美しくあれることこそ、人間の輝きなのだと信じております故に。

 

 

 

 

 




『車』

 魔導式エンジン搭載運搬車両の略称。長いので『車』『車両』と呼ばれている。
 元々は馬車だったものを荷台と車輪はそのままに、自動推進器としてのエンジンと制御用ハンドルを取り付けた物。
 操縦及び運転を職業とするには一定以上の魔力、そして魔術管理局が発行する免許が必要。
 悪路や雨天時の踏破性が格段に悪い分、速度と走行距離、燃費で圧倒的に馬車を凌駕する。

 現在魔導エンジンは作成数が非常に少なく、大きな街同士を繋ぐ舗装された道路以外での使用は原則禁止されている。
 金額は『魔導エンジン購入>>>>>指定場所の転移魔術書購入>車利用料』となっている。

 極極極稀に購入したエンジンに改造に改造を重ね、車体や車輪を魔術で補強、魔法的加護を与えたモンスターマシンを作るのが趣味の狂気的な人間がいる。
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