「面倒事だなぁこれは……」
「お疲れさまです、王よ」
「あぁ」
手元の温かな紅茶を口に含む。余……今はいいか。俺と並んでいい歳の側近から労いの言葉を受け取りつつ視線は書類に落とす。
俺の手元にある用紙の束には『ディルバ・リーデヒス捜索途中経過報告書』と端正な文字で書かれている。
その隣にはコーゼに持たせていた手配書、そしてリーデヒス家からの捜索隊増員陳情書の二枚。
今すぐにでもそれら全てを破り捨てたい。全部見なかったことにしてかなぐり捨てたい。
しかし王という立場がそれをさせてはくれない。悲しきかな、この国の王はそこまで自由ではない。
「このクソボケガキが。俺が暴君なら秒で断頭台だぞ」
「王」
「……甘やかされきった世間知らずの坊やは、どうやら俺の国民を案山子程度にしか見ておらんらしいな」
「現当主殿はあれにロクな教育を施さなかったようで。日々冒険者*1になりたいと駄々をこねていたそうですな」
「勝手になって勝手に死ねとも言えんのがもどかしいな。腐っても貴族、好き放題種を撒かれては物笑いの種だ。種だけにな」
「おもんな」
「絞首刑にすんぞお前。報告書しまっておいてくれ」
「かしこまりました」
クソが、セオドアの頼みなんぞロクなもんじゃないのが証明されたわ。一族郎党滅びろ。
あの家でまともなの嫁入りした奥方だけで、それ以外全員終わってるんじゃないか?
それも全てカーレ嬢の証言が頼りか。別件逮捕も視野に入れてはいるが、調査にも時間がかかる。
トスクロ坊の手腕に期待するしかないのが歯がゆいな。
「辺境とはいえ村一つ焼き滅ぼしたのだぞ?普段だったらこんなやつ見つけ次第即連座であろうが……今はなぁ」
「少々都合が悪いですね。これから秋の収穫祭を迎え、更に冬至精霊祭の準備でどこも余裕がありません。そんな中有力貴族の中から大犯罪者が現れたなどとなればどうなるか。ただの醜聞では済みますまい」
「本音で言えばコーゼ領もあれを抱えたくは無い筈だ。
「青い男です。そうでなくては精霊課は務まりませんが」
コーゼ家は魔法の家系。対してリーデヒス家は魔術の家系。
同じ魔導管理局という立場ではあるものの、魔法使いと魔術師は総じてソリが合わん。
もし今回の件が原因で両家が対立でもしてみろ。あっという間に陣営が出来て魔法使いと魔術師の戦争だ。
コーゼ家が望まなくても、リーデヒス家がそれを起こす。そうなれば国家運営に大きな支障をきたす。
「どう思う?」
「カーレ嬢の回復までは一旦様子見に回るべきかと。リーデヒスへの対応ですが、他に罪科が無ければ骨折り損です。というか放っておいていいのでは?」
「そうも行かん。魔法管理局の重役を動かして探させた以上、魔術管理局の面子の問題がある」
魔導管理庁は二つの柱で成り立っている。それが魔法管理局と魔術管理局だ。
コーゼ家は代々精霊との交信に大きな役割を果たしており、魔法管理局に無くてはならん存在である。
前課長はコーゼ家の現当主であったが、既に引退し息子のトスクロが現在の課長を担っている。
それに対しリーデヒス家は魔術管理局違法魔術魔道具取締課。魔導管理庁における自浄作用を担う部署だ。
法や常軌を逸脱した魔術、魔道具へ対応する為に存在する組織だ。当然、他の部署よりも情報庁との繋がりが強い。
今はさほど関係ない筈だが、ここにきては嫌なつながりに見えて仕方がない。
この二つの課は決して不仲ではない。そもそも働く場所が違いすぎる。交流すらほとんどない。
だがその親組織は別だ。険悪の一言につきる。両管理局とも技術体系があまりに違い過ぎるが故、基本的にソリが合わんのだ。
魔法使いは魔力を体感的に捉えているからか抽象的な表現が多く、魔術師は確立した技術を元に会話をする。
しかも今回魔法使い側から有力者を動かし、魔術師の為に働かせた。となればこれは一つ貸し借りだと受け取るだろう。
もしここで処理を誤り二課間で争いにでもなってみろ。一瞬で両組織の対立に変わり果てるぞ。
「カーレ嬢に関してはコーゼの所がうまくやることに期待しよう。リーデヒスの末子の捜索は事現調*2の派遣と、その護衛の選定をしてからだ。それまでは待たせろ」
「催促されたらどうするので?」
「急かされてもどうにもならんと突っぱねろ。それでも居座るなら摘まみだせ。管理課同士の軋轢は俺の方でなんとかする」
こっちはお前んとこのクソガキのせいで臣民失っとんだぞ。分かってんのかボケが。
そう面と向かって言えたらどれ程爽快なんだろうな。言わんが。
「しかし腑に落ちませんね」
「この一件だけ残った家のことか?」
「それもあります。気になるのは、この中心から村の半分を消滅させた炎のことです。その周囲も余波で吹き飛んでいる……ここまでは卓越した術者のそれだと分かるのですが」
側近が手元の資料を眺めつつ、ページを捲ってさも不思議そうに語る。
「どのように村民全員を街の中心に集めたのでしょうか」
「襲撃されたとあれば、逃げ出す、あるいは立ち向かうのが人間だ。当然前者を選ぶ者もいるはずだな?」
「しかしこの村の生き残りはカーレ嬢を除き現時点で確認されていません。報告書によれば最寄りの村から道中、人間と出会うことは無かった。この村は人間の手すら入っていない未開の森で覆われた、完全な閉鎖地域であったと」
「外部からの脅威を敵と認識していなかった、というのはどうだ?そして甘言で村の者を言葉巧みに誘い、ボンと」
「魔獣の一匹も出ない、魔力資源の乏しい寒村。あり得ない話ではありませんが……そうするとカーレ嬢の存在がますます妙ですなぁ」
こういうのは調査班の仕事であると分かってはいるのだが、どうにも一度考え出すと止まらんな。
答えなど出揃うはずもないのにああだこうだと言葉を重ねてしまう。事件は現場で起きているのに。
だが、想定は不測の事態への対応力を上げる。今の内にシミュレーションを重ねておくに越したことはあるまい。
「あぁー……面倒くさいな」
「おっしゃる通りですな。しかしやらねば終わりませんぞ」
「言われんでも分かっとるわ」
こんな椅子、さっさとバカ息子に引き継がせて楽をしたいものんだ。
「───んで、収穫祭の巫女服もうちでやれって。無茶言いますよねぇ」
「それだけ腕を買われている、ということにしてやってくれ。彼らも気を張っているんだ」
夏の終わりも近く、これからコーゼ領では行事が増える。祝い事ももちろん多いが、その分準備も一仕事だ。
特にこの地域に根付く人間、それこそ魔法使いや魔術師にとって季節の行事は切っても切り離せない。
過去に、恵みに礼を尽くすのが魔力の道に生きる者の慣習だ。蔑ろにしていいはずもない。
「有難い話ではあるんですがねぇ。こっちは気苦労で細い背中がへし折れそうですよぉ」
「よく言うよ。……っと、大分話し込んでたな」
気づけばリアンと1時間近く話し込んでいたようだ。つい気が緩んで大分素で話してしまっていた、いかんなぁ。
しかし女子の衣装選びが長いのは世の常。もう少しかかるか?
「……お待たせいたしました」
「む、待っていないぞ」
「あからさますぎます。20点」
「手厳しいな……」
厳しめのお言葉を頂戴すると同時に、オルファの背後からそっとカーレが顔を出す。
どうやら服の採寸は終わり、先程まで着ていたボロボロになっていた服から着替えたようだ。
「今は間に合わせとして店内の在庫から選ばせていただきました。しかし髪をここで整えるのは時間をいただきすぎます。今日の所はご帰宅頂き、速やかにケアを。それが済んだら改めて合わせを行いますので、後日またご来店くださいませ。それを終え、正式に装いがご用意出来次第、ご連絡いたします」
「分かった。……なるほど、随分印象が変わったな」
先ほどまでのボロボロだった服は一新し、ずっと身綺麗になっている。
シャツは
長く揺れる赤い髪が良く映える。しかし手入れをしていない分のボサつきはやはり見逃せないらしい。
こちらは言われた通り家で何とかしてみよう。私ではなく妹に任せることになるだろうが。
靴も擦り切れた物ではなく、ブラウンの履きやすそうなブーツ。商家のお嬢さんと言っても通じるだろう。
「見違えるようになった、素敵だ。ありがとうオルファ」
「いいえ、私が我慢ならなかっただけのこと。どうかお気になさらず……それとコーゼ様」
「ん?」
「今の装いにお代は結構です。その代わりにお願いがございます」
「言ってくれ」
そう言うとオルファはそっと私から視線を外し、まるで痛ましげなものを見るかのような表情でカーレを見ている。
そちらには沈黙し、喜怒哀楽の一切出ないカーレと、それをにこやかに褒めるリアンがいる。
「……どうか、あの子を悲しませませんよう、お願い申し上げます」
「貴方が何を見たのかは分からない。……が、約束しよう」
何を今更。一度受け入れると決めたのだ。言われるまでもない。
そう意思を込めて見つめ返せば、オルファは安心したようにふっと微笑んでいる。
「なら、結構でございます。あぁ、後日装いの見積もりをお送りしますのでご確認、よろしくお願い致しますわ」
「……お手柔らかに頼む」
やはり、この人は苦手だ。
『フィオリィ服飾店カルモ支店』
都市フィオリィにおける服飾の最大手、その支店。
カルモ支店は元々本店から商品を預かり販売するだけであった。しかし今の店主に代わってからその方向性を大きく変えている。
今ではここから要望を本店に発し、生産して更に本店にも取り入れることもある。その為流行の発信源となることも多い。
店長は『オルファ・ガーネット』、副店長は『リアン・ヤンシュ』。
オルファが店主となってから、都市フィオリィで燻っていたリアンをスカウトした。