とある初恋の夢物語   作:凪子22

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第14話

油断した。

あの程度で動揺する自分が何よりも許せなかった、無垢な誉め言葉に記憶の奥へしまい込んだ過去が重なった。闇に食いつぶされ消えていった子供達、まだ希望だの夢だ何だと幻想を抱いていたあの頃の。

「…はっ、俺にそんなもんがまだ残ってたとはな」

感傷に浸ろうとする自分を嘲りながら夜空を見上げる、日も落ち学園都市が闇に塗り替わり平穏な日常が汚泥にまみれた実験場になり替わっていく。

(まぁ、ろくでもねぇ実験は昼夜問わずやってんだろうけどな)

この学園都市が実験と称して子供達を食いつぶしているのは身に染みている。そんな吐き気がする場所から抜け出して平穏な日常というものに身を置いてみたが肌に合わない、必ずと言っていい程彼らとは一線を引いて達観しながらしらけている自分がそこにいる。

『暗部』はいつだって見ている、背後から絡みついて暗い泥沼へ沈めようと手をこまねきケタケタと笑っている。偽りの平穏が悪いものだとは思わない、それならいっそ暗部という泥沼の存在を知らない一般人のまま一生を終えた方が幸せというものだ。

だというのに、あのガキは無防備に踏み込んで来て苛立ちが増してくる、自分が引いた一線なんて簡単に乗り越えて何も知らない子供みたいに笑いながら離れようとしないあいつに安堵を覚えたのは気の迷いだ。

そんなものは、そんな事は許されるわけがない。

 

「許せない、なぁ…そりゃそうだ」

 

雨が降る、ポツポツとゆっくり、次第に大降りになって来た。

一粒一粒の水滴が体から熱を奪っていく、まだ5月も始まったばかり、このまま雨に打たれれば風邪をひくのは理解はしているが人気(ひとけ)のない公園のベンチからうつむいたまま、立ち上がる気が起きなかった。

 

拳を握りしめる、自分が許せないのは当たり前だ、掌はもう泥と血で汚れている。

「…自己満足だろ、バカが」

 

「先輩?」

 

今日は厄日だ。

 

――――

 

学校帰り、楽譜の入ったトートバッグとスクールバッグを片腕にかけトボトボとうわの空で雨の中を歩く智沙音、「避難訓練」の後自分がどう授業を受けていたのかあまり覚えていない。問い詰められて怒られた気もするし、ひどく心配されたような気もする。

ピアノの練習もしたはずだが集中できずにあまり身に入っていないのも何となく分かる。そんなこんなで寮に帰る気も起きず、いつの間にか降って来た雨に気付いてふらふら傘を差しながら小さな公園に導かれるかのようにたどり着く、そこに意中の相手がいるとも知らずに。

 

「先輩?」

大雨に打たれながらベンチに座り込む1人の少年、答えはない。

「垣根先輩、ですよね?」

そっと近づいて傘を差しだす。諦めたのかやっと気づいたのかは分からないがゆっくりと疲れた顔を少しだけ上げてくれた。

 

「何でおまえは…いや、もういい、ほっとけ。そんで早く帰れよ」

「…嫌、です」

「あ?」

「ほっとけるわけないじゃないですか。好きな人がつらそうにしてるのにはいそうですかって、できるわけないじゃないですかっ…」

 

ドンッと衝撃が肩に襲い掛かかって傘が宙を舞い2つのバッグが地面に落ちる、垣根に突き飛ばされたからだと気づく前に胸ぐらをつかまれ力いっぱい引っ張られた。

「ふざけてんじゃねぇぞ。何がきれいだ!何が好きな人だ!格下の分際ですり寄ってきやがって…クソのうてんきなテメェと俺が釣り合うわけねぇだろうが!!」

涙が落ちそうになるのをこらえる、傷ついたからじゃない、他人を拒絶してひとりぼっちで自分の事を罰しているその姿にどうしようもなく涙があふれて来る。

傍にいたい、抱え込んだ辛さを少しでも背負いたいなんて傲慢が許されなくても傍にいたい。――――これが恋心…千羽智沙音の初恋、淡い綿菓子の夢物語。

「………っ」

手を伸ばす。今度は無自覚にじゃない、触れたい、抱きしめたい、諦めたくない!

 

「さわんじゃねぇ!」

胸ぐらをつかまれていた手で払われて少しだけよろめいたが、足に力を入れる。おかまいなしに垣根の懐に抱き着いた。

 

「テッメ…ッ」

「好き…好きなのぉ…っ、はじめてで、どうやって伝えればいいのか分かんないくらい…それぐらい好きなの!」

子供みたいに感情が高ぶって涙がこぼれる、肩をつかまれ引き離そうとされるが負けじと腕に力を入れる。

「離せっ…!このっ!」

「やだぁ!」

「テメェのそれはただの勘違いだ、くだらねぇ脳の錯覚なんだよ!!」

「それでもいい!」

「よくねぇ!」

 

勢い任せの押し問答、息を切らしほんの少しの沈黙、先に顔をあげて言葉を紡いだのは智沙音のほう。

「すき…勘違いでも構わないくらい、好きなの」

「…俺はおまえが思っているような人間じゃねぇ、助けたことだってただの気まぐれだ」

 

「なんで、俺なんだ」

 

好いた男を見つめる、あぁ、やっぱり…

 

「――きれい…」

答えになってねぇよ、と呆れたような、ほっとしたような声で彼はつぶやいた。

 

「離せ、逃げねぇよ。寮まで送ってやる」

そう言って落ちたバッグと傘を垣根は拾い上げた、雨でにじんだ楽譜から目を背けて智沙音の手を引く。

「あ…」

「行くぞ」

びしょぬれのまま無言で歩き赤信号の横断歩道で足が止まる。相合傘の下お互いの温度を分け合いひたりと触れ合う、心臓の高鳴りが妙に心地よくて甘い夢の中に溶けていく感覚。

 

(一緒に溶けちゃえばいいのに…)

「あした」

「へ?」

「明日予定あけとけ、楽譜弁償してやる」

不器用な想い人は気まずそうにそう言った。

「うん!えへへ…」

 

青信号に変わる。と同時に智沙音の顔がほころんだ。

 

 

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