翌朝、女子寮の
子犬に見えた事は黙っておこう。
「せっ、先輩!ど、どうでしょう…?」
左右に体をひねりながらロング丈のワンピースの裾を揺らしている。肩にスリットが入った白地に黄色とラベンダーの花柄ワンピース、自分自身の服装ならともかく異性の服にはさほど興味はないが、正直に言うと面倒になるのは分かり切っているのでここは無難に答えることにする。
「ま、いいんじゃねぇの」
「む、ほんとに思ってます?それ」
口をとがらせて頬を軽く膨らませながらこちらをにらみつけて来る、どこで身に着けたそのあざとさ。
「…おまえそれ、わざとやってんのか?」
「何がです?」
キョトンとした顔で首を傾げるこのしぐさもまたあざとい、口ぶりからしてわざとじゃないのがさらにたちが悪い。これまでにも妙にイラつく猫なで声で言い寄って来た女たちは居るにはいたがどれも見え透いた計算ずくだった、智沙音にそういった無意識のうちに出る打算的な所作が見えない。
もし本当に天然でやってるとしたら。
「どこのどいつだ」
「何か言いました先輩?」
仕込んだやつはまともじゃねぇのはたしかだなとそう、頭の中で悪態をつきながら歩き出した。
――――
2人が向かった先は2階建てのレトロな楽器店、店内に入ると壁一面にギターとベースが並びショーウィンドウの中にも金管楽器が潔癖かと思うほど規律正しく並べられて元々は大分広い店内だと思われるが楽器が覆い埋め尽くしていて1人分の通路しかなく大分狭い。
奥に進むと2階への階段があったどうやら地下もあるらしい、さらに奥へ通りをぬけると壁面やフロアに天井にまで高さのある本棚が並び本から楽譜が隙間なく詰め込まれていて圧倒してしまうほどだった。
「…………」
「まぁここならなんだって揃ってんだろ、手狭なのが玉に瑕だがこの店より品揃えがいい場所なんざそうそうないからな」
智沙音は口を開けてぽかんとしている。
「…………………」
「はやくしろ」
「はっ!」
圧倒されて呆けてしまったが気を取り直して目当ての楽譜を探す、その内智沙音の頭上より少し上にお目当てのものがあるのに気づき手を伸ばす、思ったよりも楽譜同士が詰まっているか摩擦がかかりうまく取れない。
「よっ、ん~~っ…」
「あ、…にゃっ!」
つま先立ちで立っていたからか楽譜が本棚から取り出せた勢いでバランスを崩してしまう、思わず目をつぶってこれから来る衝撃に体を硬直させたが背中にやわらかい衝突があるだけだった。
目を開けて、垣根が受け止めてくれた事に気付くのに1秒、顔のすぐ隣に垣根の横顔があることに気付いて智沙音の顔が赤くなるのにまた1秒。
「~~~~~っ!!!」
「ったく、取りにくいなら俺を呼べばいいだろうが、無理しやがって」
「な、な…何事も人任せはダメなんですぅっ!!!」
自分でもびっくりするほど素早く垣根から距離を取り背中を向ける。顔から湯気が出そうなくらい熱い、心臓がバクバクと音が体に響いて汗が出る。
「うぅぅ…」
「ほら、貸せ」
智沙音が手に持っていた楽譜を取り上げ、飄々とレジに向かう垣根の背中を見て少しだけほんの少しだけ、行き場のないエゴがこみあげて来てシャツの裾をつかむ。
「知ってるくせに…」
返事がない代わりに腕を握られた、昨日の出来事が頭をよぎる。
「いじわる」
もどかしくて切ない想いからぽつりとこぼれた。
――――
会計を済ませて店を出る。元は楽譜の弁償が口実のささやかなおでかけ、目的は達成し垣根がこれ以上智沙音に付き合う必要はない。
(金輪際こいつとは関わらねえ、これでいい…これでいいんだ)
恋愛感情などというものは脳が作り出すただの幻想にすぎない、自分よりもまともな男の方が良かったんだって事にいずれ気付く。
(知ってるくせに)
知っているからこそだ。垣根帝督という
うつむきながらシャツの裾をつかむ手を振り払えない自分がいた。
「…まだ、帰りたく、ない」
(ほんとに何で俺なんだろうな)
携帯を開くと13時を過ぎていた。
「飯でも食いに行くか」
「一緒に…?」
「おまえが言い出したんだろ、だがな、何を食べるかは俺が決める文句は言わせねぇ」
「はーい!」
この関係もどうせすぐ飽きる、だからそれまでは付き合ってやる。