夜、垣根に殺意のこもった言葉を突き付けられて逃げ帰ってから智沙音はずっとベッドにうずくまり泣きじゃくっていた。ほんの少しの間涙が止まっても垣根の後姿が目に浮かんでまたあふれ出て来る。怖かった、垣根のあんな怖い顔を見て彼が本気で怒ったらきっと自分も殺してしまえるくらい強くて冷たい人なんだろうとぼんやり思う。
(でも雨の日の…あの時は、苦しんでた…)
怒り、苦悩、そして自罰的な瞳。暗くて冷たくて……ただ悲しくて。手を伸ばしても届かなかったあのきらめきに。
憧れか執着だったのかもしれないそれを恋心と間違えるほど夢中になれた、だけど智沙音が垣根に恋をしたのは思い過ごしだった。
(好き…それでも…すきぃ…)
「ぐすっ…う、うぇぇぇ…わああああああぁぁん」
自分が何者なのか、己の名前すらもあやふやなままかすかに残った
水面に沈む、消えていく、心地いい恐怖に包まれていく。
ピンポーン、と玄関からの電子音で現実に引き戻される。心臓がドクドクと脈打って嫌な汗がじわりと服と肌を張り付いて気持ち悪い、ゆっくりとベッドから下りてドアスコープを覗き込むと金髪ツインテールと黒髪ショートカットの友人がいた。
(うるさかったかな…)
静かに玄関を開ける、2人はふらつきながら無言で立っている暗くて表情が見えない。
「どうかしたの?」
プスリ、と首に痛みが走ったと共に意識が途絶えた。
――――
薄暗く月明りさえも不気味な夜。路上駐車していた黒い商用車に担ぎ込まれる少女が1人、傍らにはふらふらと足元がおぼつかない少女が2人いた。
「指定の」
「場所まで」
「「早く」」
ぎらついた虚ろな目に睨まれて思わずひるんだ男二人が訝しげに耳打ちしあう。
『おい、やっぱやべぇってこの仕事』
『しょうがねぇだろ!女1人運ぶだけで借金チャラになんだから今更ビビッてんじゃねーよ!』
まるでアンドロイドのような2人に怯えながらトランクを閉めようとした時、いつの間にか本当にいつの間にか気付かないうちに、タトゥーでよく見るような模様が入った包帯を腕と足にぐるぐる巻きにして、夜でも分かるくらいのショッキングピンクの髪色をしたショートボブの女が立っていた。
「………梵字?」
「科学側だってのによく知ってんじゃーん、でもごめんな?」
ボキリという音と一緒に男の世界が上下反転し、それが首が折られたせいだと気づく前に息絶えた。
「ひぃっ!!!」
残った1人が悲鳴を上げて逃げようとする、が、梵字女の無慈悲な拳が後頭部にめり込むだけだった。
「敵」
「妨害」
「「排除」」
「……はぁ、叔父貴め…失敗作ってこれの事かよ」
血塗れの車を背に、梵字女は2人の少女達を冷たく見下して舌打ちした。
舌打ちを合図に鬼女と生体人形の血飛沫が夜空を舞う。