ミサト「あなたが碇シンジ君ね?」ジョルノ「いえ、違います」【完結】   作:サルオ

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133.

 

 碇ゲンドウ。その目的は、己の人類補完計画の成就。自身の最愛の妻である『碇ユイ』との再会。

 

 それを達成するためならば、どんな障害をも乗り越える。燃え盛る炎のような、凍てつく雄大な氷河のような、何者にも覆されることのない絶対的な想い。それだけの『覚悟』が、ゲンドウにはあった。それはともすれば、ジョルノの『夢』に匹敵するほどの覚悟。

 

 その覚悟を止めることなど、加持たちにできるのだろうか。

 

 いや、できるかできないか、ではない。『やる』のだ。やらねば、ここで人類の歴史に幕が降りる。

 

 だが──。

 

「話にならないな」

 

 ゲンドウの薄く開いた口が言葉を紡ぐ。ゲンドウの言葉の通りであった。加持たちなぞ、碇ゲンドウにとってはどうでもいいのだ。その目的は彼らではなく、彼らの背後で磔にされているリリスが故に。

 

 故に、ゲンドウがこの場で彼らと戦う意味はない。空間圧縮による反動を用いて、リリスまで飛んでいけば良いだけの事。

 

 だがゲンドウの脳裏に、一つの考えが浮かぶ。

 

「タブリス、欠けたアダムの心、か・・・」

 

 綾波レイの代用。それが叶う『素材』がこの場にはある。その『心』を利用できるかどうかは未知数だ。だが万が一、その『心』が利用できるとしたら?

 

 一縷の望み。叶えば良し。叶わなくても問題はない。

 

 ゲンドウの瞳が渚カヲルを捉える。

 

「・・・・・・!来るぞ!渚くん!!」

 

「ッ!!」

 

 ゲンドウの姿が、破裂する空間の音と共に掻き消える。次の瞬間、カヲルの目の前に現れたゲンドウは右手をカヲルの首に伸ばして──、

 

『アンチェイン・マイハート!!』

 

 その接触を、加持の『スタンド』が咄嗟に阻んだ。ゲンドウの右腕に絡まるスタンドの『鎖』!

 

(獲った!!)

 

 加持の『スタンド』が即座に発動し、ゲンドウの身体を細切れにして絡めとる。

 

「無駄なことを」

 

 しかし、ゲンドウは揺るがない。ゲンドウの右手から赤い拒絶の光が発せられる。その光に弾き飛ばされた『鎖』が離れると同時に、ゲンドウの細切れになった身体が元に戻る。ゲンドウの鋭い眼光が、目の前にいたカヲルに注がれた。

 

 しかし目の前にいたカヲルもまた、丸腰ではない。手にした拳銃をゲンドウに向け、一瞬の間もおかずに発砲した。その銃弾は、残念なことにゲンドウのATフィールドに阻まれてしまったが、

 

「くだらん」

 

「そう思うかい?」

 

 カヲルの目の前でも同様にATフィールドが展開される。瞬時に干渉し合うゲンドウとカヲルのATフィールド。それが中和された瞬間を狙って、カヲルの横で構えていた赤木リツコが銃弾をゲンドウに見舞う。

 

 その銃弾の全てを空間の圧縮で受け止めたゲンドウは、先ほどと同じようにカヲルに向けて銃弾を弾き返そうとした。

 

 

 

 

 

 じゃらり。

 

 

 

 

 

 しかし、『鎖』の音が耳元でした瞬間、ゲンドウは己の失策を知る。

 

「『空間圧縮は一箇所しかできない』・・・ですよね?碇司令」

 

 瞬時に自分に巻き付いた加持の鎖。空間圧縮は一箇所まで。一度圧縮したならば、『空間を元に戻さない限り次の圧縮はできない』。だから受け止めた銃弾は、どこでもいい。しかし必ず弾き返さねばならない。

 

 つまり、空間圧縮の反動による鎖からの脱出は不可能。もう一つの脱出手段であるATフィールドは、既にカヲルによって中和されている。

 

「チェックメイトだね、碇ゲンドウくん」

 

 カヲルの勝利宣言とともに、ゲンドウの身体が再び細切れになって『鎖』に絡め取られた。ゲンドウの目が驚愕に見開かれる。

 

 圧縮されていた空間が元に戻り、銃弾はあらぬ方向へと飛んでいった。ゲンドウは再び空間圧縮の反動を利用しようと試みるが、

 

「いけませんわ、ゲンドウさん」

 

 細切れになったゲンドウの胴体に、リツコが渾身の蹴りを叩き込んだ。鈍い痛みがゲンドウを襲う。

 

「ぐほッ!?」

 

「あら、いけない。無駄な抵抗はよしてくださいな、碇司令。この段階に至ってしまえば、貴方が逆転する見込みは無くってよ?」

 

「き、貴様・・・・・・」

 

「『アンチェイン・マイハート』!」

 

 バラけた体がフワリと浮かぶ。加持が『鎖』を振り上げて、地面へと思い切り叩きつけたのだ。地面に叩き付けられた事で全身を襲う痛みに、ゲンドウの口から苦悶の声が漏れ出る。

 

「うぐ!?」

 

「このまま叩き続けて斃すってやり方もあるが、俺は好きじゃあないな。リッちゃん」

 

「そうね。この人に引導を渡すのは、私がいいわね」

 

「き、貴様ら・・・・・・ッ!」

 

 地面に倒れ伏したゲンドウ。そのこめかみに、冷たい鉄の感触。無慈悲の銃口が、押し当てられる。

 

「今度こそ、さようなら。ゲンドウさん」

 

 リツコの表情はゲンドウからは伺えない。ただ、その声が微かに震えている事だけが分かった。

 

「やめろ・・・赤木リツコ君」

 

 その言葉を最後に。

 

 ダン!

 

 ダンッ!

 

 ダンッ!!

 

 計三発。三発の銃弾が、ゲンドウのこめかみに撃ち込まれた。ゲンドウの流した血が、床面に広がっていく。

 

 即死。恐らく苦しまずに逝けただろう。ゲンドウから離れたリツコは思わず尻餅をついた。自身の愛する男を手に掛けたが故に、リツコの全身はガタガタと震えていた。

 

 そのままリツコは何を思ったか、震える手で拳銃を握り締めると、自身の顎に銃口を押し当てる。

 

「ありがとう、リョーちゃん。渚カヲル君。私もこれで、心置きなく逝けるわ」

 

 その人差し指に力が込められる。だが、引き金が引かれそうになった銃を、加持が優しく握って止めた。

 

「リッちゃんが死ぬ必要はないさ。悪い男に引っかかってしまっただけ。ただ、それだけの事なんだ」

 

「・・・リョーちゃん」

 

「葛城も待っている。帰ろう。第二発令所へ」

 

 加持はそう言って、リツコを抱き抱えて立ち上がらせた。それを手伝うようにカヲルもまた、リツコに肩を貸した。

 

「しかし、なかなか上手くいったもんだね?まともに戦えば、ぼくたちの負けは確実だったろうに」

 

「そこは碇司令の油断と、執着のおかげさ。碇司令は自分の補完計画を、何としてでも完璧な形で実現したかったんだ。それが渚くんへの執着となって、あんな隙だらけな戦い方になったんだろう。自分の能力に絶大な自信を持っていたってのもあるんだろうがな」

 

「そうかい?ぼくには何やら、生き急いでいるようにも見えたんだけどね」

 

「あの人、不器用なのよ。生きる事が、途轍もなく、どうしようもなく・・・」

 

 リツコの憐憫を含んだ言葉に、加持もカヲルも黙り込んだ。何はあろうと、ネルフ司令の碇ゲンドウは死んだ。それだけが、事実として、結果として彼らの胸にストンと収まる。

 

 あまりに呆気ない決着。しかしその決着は、実のところ薄氷の上を歩むような、そんな危うい勝利であった事は否めない。もし、ゲンドウが油断をしなければ。もし、ゲンドウが渚カヲルを狙いさえしなければ。そんな思いが三人の胸に去来すると共に、この戦いが無事に終結した事に安堵も覚えている。

 

 だが最早、結果は出たのだ。碇ゲンドウは死に、一つの補完計画が幕を閉じた。後はシンジ達エヴァンゲリオンのパイロット達が、ゼーレの送り込んできたエヴァ量産機を殲滅できるかどうか。それにかかっている。

 

 三人はこの場を後に、ヘブンズドアーを潜り抜けようとした。

 

 

 

 

 

「赤木リツコ君」

 

 

 

 

 

 その三人の耳に、届くはずのない、死んだはずの男の声が届けられた。三人が咄嗟に背後に振り向く。そこに居たのは──、

 

 

 

「今まで君は、本当に、よくやってくれた」

 

 

 

 死んだはずの碇ゲンドウ。

 

 

 

「愛していた」

 

 

 

 振り向くリツコの目に映る、拳銃を構えたゲンドウの姿。

 

「二人とも!!離れて!!」

 

 リツコが自身に肩を貸していた二人を突き飛ばす。同時に、リツコの腹に重い衝撃と鋭い痛みが走る。

 

「が、はぁッ!」

 

 銃弾を受けたリツコはそのまま、背中から地面に倒れた。それをカヲルが抱き起こそうとし、加持は背後のゲンドウへと『スタンド』を繰り出している。その時間が全てスローモーションに動くような錯覚を覚える中で──、

 

『オー・ファーザー』

 

 ゲンドウのスタンドだけが、唯一時間の流れを追い越していた。

 

 加持の横を超高速で移動し、リツコを助け起こそうとしていたカヲルの首を左手で掴んだゲンドウは──、

 

「お前らはもう、不要だ」

 

 加持の背中に右手をかざす。加持の背後の空間が一瞬で圧縮したかと思うと、空間が反動で元に戻る。その衝撃波を受けた加持は吹っ飛び、倒れ込んでいたリツコをゲンドウは足蹴にした。

 

「ぐあ!!」

 

「きゃあ!!」

 

 全ては一瞬。一瞬の出来事だった。加持とリツコが上げた悲鳴がドグマに響いたが、その次の瞬間には既に、ゲンドウは空間反動の高速移動を完了させていた。

 

 その左手に、渚カヲルを掴んだまま。

 

「ま、待て!」

 

 加持の悲鳴に近い叫びが、ターミナルドグマに響き渡る。しかし時既に遅く、ゲンドウは渚カヲルを抱えたままリリスへと跳躍をしていた。

 

「うあ、あが・・・!」

 

「ATフィールドを展開しようと無駄な事だ。お前はこの時のための贄。『ゼーレ』が残した最後の鍵だ」

 

「そんな・・・バカな!なんで生きているんだ!?」

 

「私の身体は既にアダムと同化している。『生命の実』を宿したこの身体に、貴様らの認識する『死』の概念はない」

 

 撃ち抜かれたはずのこめかみに確かに開いた穴。その穴に指を突っ込んで、ゲンドウは頭の中をかき混ぜる。

 

「最高に『ハイ』、というやつだ」

 

 引き抜いた指から脳漿が糸を引いて垂れ落ちる。しかし傷口は、カヲルの目の前で見る見るうちに塞がっていった。

 

「待て!碇司令・・・・・・ッ!!」

 

 眼下の加持が落ちていた銃を拾い、半ばヤケクソのように発砲する。その腕は確かで、銃弾はゲンドウの胴体に完璧に撃ち込まれた。

 

 だが、死んでいない。痛みすら感じていないといった様子に、加持は息を呑んだ。

 

「もはや『スタンド』の射程外のようだな、加持君。私は忙しい。これで失礼する」

 

「待て・・・待てぇ!!碇ゲンドウ・・・ッ!!」

 

 加持の制止が虚しく響く中、ゲンドウはカヲルを掴んだままリリスへと跳躍した。

 

「リョーちゃん!!」

「渚くん!!」

 

「大丈夫だ!『これで良い』!後は、シンジくん達を・・・・・・!」

 

 そうカヲルは言い残すと、ポケットから黒く小さな塊を取り出す。

 

「手榴弾!?」

 

 加持が叫んだ瞬間、カヲルは手榴弾のピンを抜いた。

 

 ゲンドウと連れ去られたカヲルが、リリスの胸に、ポチャンと音を立てて飛び込んだ。リリスの胸に波紋が起きて、ゆっくりと収まっていく。

 

 その直後、くぐもったような爆音がリリスの胸から響いたが、リリスの身体に変化はなく、爆音は静かに消え去っていった。

 

「やった、のか?」

 

 加持が思わず口にした瞬間──、

 

 

 

『オオオオオオオオォォオオオォォオオ』

 

 

 

 リリスが、『産声』を上げる。リリスを磔にしていた手の楔をすり抜けて、リリスはLCLのプールにずり落ちるようにして飛び込んだ。LCLの水飛沫が上がり、それが加持と倒れたリツコに降り注ぐ。

 

「こいつぁ・・・・・・マズったな」

 

 伏せていたリリスが、ゆっくりと顔を上げる。その顔に装着されていた仮面がゆっくりと剥がれ落ちる。

 

「畜生!!リッちゃん、逃げるぞ!作戦は失敗だ!!」

 

 

 

『アアアアアァァアアァァァアアァァアア』

 

 

 

 もはや人智を超えた化け物。一度ジョルノが『レクイエム』を以てしても暗殺に失敗した怪物。

 その仮面の下から覗くのは、双眸が穿たれたかのような暗き穴。その顔はゲンドウの面影を残しつつもどこか中性的で、カヲルの美をもどこか踏襲したものだった。しかし、その口は耳まで裂けて、とても人のモノとは思えない、神話の怪物を彷彿とさせた。

 

 加持はリツコの傷口に簡単な止血を施すと、リツコをかついで走り出した。振り返りざま、加持が見たその怪物の姿は、

 

「・・・・・・!?溶けている?」

 

 人のカタチを保ちながらも、ドロドロと溶けだしていた。

 

「やはり不完全な融合。もしかしたら、渚くんが抵抗しているのか?しかし・・・・・・」

 

 だとしても、この巨体をどうにかする事は加持には不可能だった。この場を後にするしかない。この巨体を何とかできるとすれば──、

 

「──エヴァンゲリオン。やはり最後の頼みはシンジ君達、か」

 

 加持は歯噛みしながらも、その巨体が膨らみ、上昇していくのを見ているしかなかった。

 

「葛城にどやされるな、こりゃあ」

 

 加持は精一杯の皮肉を込めながらも携帯を取り出し、葛城ミサトへの番号を押していた。

 

 

 

つづく

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