ミサト「あなたが碇シンジ君ね?」ジョルノ「いえ、違います」【完結】 作:サルオ
僕のネルフ正式配属が決まってから二日後の夕方。僕は二週間ちょっとを過ごした牢獄から解放され、葛城さんのマンションの前まで来ていた。
カナカナカナカナカナ・・・・・・とひぐらしが寂しく鳴いている。第三新東京市の周りの山々や夕暮れも相まって、なんとも言えない郷愁が漂っている。切ない、というかなんとも言えない気持ちが僕の胸に広がった。
故郷のイタリアにはない光景だ。これが日本のワビサビというやつだろーか。よくわからんが、悪くない。この光景を見れただけでも、日本(別世界だが)に来てよかったと思える。
そんな風情を楽しんでいると、マンションの玄関口から見知った顔が満面の笑顔でこっちに駆け寄ってきた。
「ジョルノ君!いらっしゃい!待っていたよ」
その笑顔が、僕に逃げられない現実を突き付けているような気がした。
「あ、ああ。シンジ君。今日からお世話になるよ」
「ふふ。ジョルノ君。ここは今日から君の家にもなるんだよ?こういう時は『ただいま』でいいんだよ」
そのワードが酷く恐ろしいもののように感じて、僕の顔が強張る。なるべく表情には出さないよう努力しているが、どうにもよくわからん緊張感が拭えない。
「あれ?荷物は?それだけ?」
「ん?ああ。僕はこの世界に突然来たからな。下着なんかはネルフで支給してくれたから助かったんだが、僕の服は今着ているコレだけだ。近いうちに服でも買いに行かなきゃな」
「そっか。それだったら次の休みの日にでも買いに行こうか。さ、それじゃあジョルノ君。行こう」
「・・・・・・ああ」
シンジ君の後について、僕はマンションの玄関口を潜った。
・・・・・・ここまで来たら『覚悟』を決めなくてはならない。嫌な予感は拭えないが、僕はもうこの現実から逃げられないのだから。
◇
葛城ミサトさんのマンションの部屋の前まで来た。
今のところは何もおかしくはない、フツーのマンションの一室だ。『葛城』と書かれた表札が少し大きいな、と思うくらいでそれ以外はフツーのはずだ。
なのに──、
「ジョルノ君が来てくれるって言うから、色々と『準備』しておいたんだ!ちょっと散らかってるけど、気にしないでね!」
シンジ君の笑顔が、怖い。マンションの部屋の前で、空気が重苦しくゴゴゴゴ・・・とうねりを上げていく。
「それじゃあ早速──」
「待つんだシンジ君!」
「え?」
僕は流れてくる汗を拭いながら、扉を開けようとするシンジ君を呼び止めた。
「なにか、『嫌な予感』がする・・・。悪いがシンジ君。完全に僕のわがままなんだが、扉は僕に開けさせてくれないか?」
シンジ君が何かを察したのか、ドアの前からそっと身を引く。
僕はドアの前で一呼吸つくと、勇気を出してドアの開閉ボタンを押した。
「な、何ィ!?こ、これは・・・・・・ッ!」
玄関が見つからない!いや、これは──、
「ま、まさか『ゴミ袋』!この生臭い匂い、まさかシンジ君!この『ゴミ袋』を乗り越えて部屋に入れと、そう言うことなのかッ!?」
「驚くのはまだ早いよ、ジョルノ君」
くくくっと背後のシンジ君が不気味に笑う。
僕は、目の前に積み重なったゴミ袋を丁寧な手つきでそっと退ける。その向こうに広がっていた光景に、僕は思わず息を飲んだ。
「『女性の下着』!『ゴミ袋』!『ビールの缶』!なんだココは!足の踏み場も無いじゃあないか!」
「ここが『葛城邸』だよ。ようこそジョルノ君。僕たちの我が家へ・・・・・・」
シンジ君の背後で自動ドアがプシューっと閉まる。途端、僕たちを暗闇が包み込んだ。
先も見通せないような暗闇の荒野が、僕の前に・・・・・・。
「いや、焦るな。まだ焦る段階じゃあない。ここは『個人の家』だ・・・!持ち主の人格ってやつが現れているだけだ!僕はまだ『葛城ミサト』という人物を見極めていない・・・僕がこれからこの家に住むというのなら、僕は『葛城ミサト』を見極めなくっちゃあならない・・・!」
僕はポケットからライターを取り出すと、カチンと音を立てて火をつけた。暗闇が炎によって薄く照らし出される。僕は風で炎が消えない様に、ライターに手をかざした。
残念ながら、暗闇になる前と後で光景が変わっているというようなことはなかった。信じがたいことだが、この家は本当に『女性が一人暮らし』している部屋らしい。女性の部屋なんて入った事は殆どないが、こんなに『汚れている部屋』は初めてだ。
何があるかわからない。そう警戒しながら、僕は玄関から一歩、靴を脱いで廊下に踏み出す。
その瞬間だった。
僕の『天地が逆さまになった』。
「何ィィイイイイッ!!?こ、これは!?」
僕は必死で受け身を取る。幸運な事に、ライターの火は消えなかったようだ。ズダンッという大きな音と共に、僕は廊下の床に転がった。
手を床についた僕は、その床がねっとりと濡れていることに気付く。
「こ、この感触、そして匂いは!『ビール』、それに『ウィスキー』か!?なんで酒が溢れてるんだ!?」
「だ、大丈夫!?ジョルノ君!凄い音がしたけど!?」
パッと廊下の電気がつく。シンジ君がつけてくれたようだ。
酒に滑ってすっ転んだ僕を、シンジ君が助け起こしてくれた。
「ごめん。ちょっと脅かしすぎたかな」
「いや。しかしシンジ君。さっき『準備していた』と言っていたが、まさかこの事なのか?流石に女性の部屋をこんなに散らかすのはどうかと思うが・・・」
「へ?違うよ?」
・・・・・・ん?
「準備したってのは大げさだったけど、僕はジョルノ君がこの家に来るって知ってから何もしてないんだよ」
「・・・・・・?よく、わからないな。何もしてないのに、どーして部屋がこんなに散らかっているんだ?」
「いや、だから、僕が何もしていないからこうなったんだよ。ジョルノ君にも、僕の受けたのと同じ衝撃を知って欲しくて・・・・・・」
シンジ君が恥ずかしそうに顔を俯かせて、上目遣いで僕を見上げる。その表情、どうやら嘘はついてないようだ。
だが、そーだとしたら待ってほしい。シンジ君の言うことが真実なら・・・・・・。
「まさか・・・何もしてないから、なのか!?シンジ君が何もしてなかったから、この部屋はここまで汚くなったってことなのか!?」
シンジ君がこくんと頷く。
「まさか、たった『二日』だぞ!?たった『二日』なにもしなかっただけで、どうしてここまで部屋が汚れるって言うんだ!」
「それがミサトさんの恐ろしいところなんだ・・・」
なんだソレは。まさか葛城さんは新手のスタンド使いか?
「ジョルノ君はこの部屋の惨状を知らなかったから、きっと、毎日の掃除や洗濯、食事がどれだけ大変か知らないまま住み始めるって気がしたんだ。それだと、ジョルノ君が当番をやる時大変だろうと思って。だから・・・」
「いや、いいよ。君が謝ることじゃあない。それよりも僕は、『葛城ミサト』っていう女性に少しばかり恐怖を覚えていたところだよ」
これはマジで『才能』だ。もし『矢』で貫かれたら、こんなスタンド能力に目覚めるんじゃあないか?
「そう、だよね。やっぱり普通じゃないんだ。ミサトさん・・・・・・」
何やらシンジ君の中で、女性の理想像的な何かが壊れたみたいだな。可哀想に。
「それにしても、そーいう人物なのだとしたらこの部屋の様子も仕方ない、というものか。・・・・・・なんか、一息ついたら腹が減ったな。シンジ君、がっつく様で悪いんだが、何か食べるものとかってあるかい?」
「あ、うん。とりあえず、ダイニングまで行こうか」
僕とシンジ君は廊下を進んで、ダイニングへと進んだ。まあ、そこも酒瓶やらゴミ袋やらが溢れかえっていて、とてもじゃあないが人の住む場所じゃあないってのが僕の感想だ。
「とりあえず、ゴミをどかして座っててくれる?昨日、ミサトさんが作ったカレーがまだ余ってて。それでもいいかな?」
「ああ、十分だ。ありがとう、シンジ君」
カレーか。もとはインド料理らしいが、日本のカレーはインドより美味いって聞いた事がある。なんでもレトルト食品をインド人観光客が大量に買って帰ってるんだとか。これは少し楽しみだな。
どーでもいいが、いや、よくはないか。シンジ君の台所に立つ姿が様になりすぎている気がする。その姿は何処となく哀愁を漂わせていた。
「はい、おまちどぉ」
「ありがとう、シンジ君。いただきます」
僕の前に出されたカレーの皿。僕はスプーンでそれを掬って、口に運んだ。
その瞬間だった。
「うっ!」
こ、この香りは・・・・・・。
「どうしたのジョルノ君?」
シンジ君が僕から目を逸らしながら、僕の前の席にどかっと座る。どこか達観した様なその横顔は、僕に抗うことを許さない『凄み』を感じさせる。
「君は僕がわざわざ温め直したカレーを『いただきます』って言ったんだよ?いただきますって言ったからには食べてもらいたいな。それともヌルイから食べるのは嫌かい?」
・・・・・・なるほど、これは入団試験ならぬ『入居試験』、ということか。あの気の弱かったシンジ君がここまで
だが残念だったなシンジ君!僕はこの程度の試練、幾度となく越えてきたッ!
歯を一本!体質の98%が水質のクラゲに変えて吸い取らせるッ!!
(注)ダメでした。
ぐ、ぐう・・・、やるじゃあないか、シンジ君。いや、この場合は、『コレ』を作り出した葛城さん、といったところか。
シンジ君はこんな恐ろしい魔境に二週間も滞在していたってわけだ。これは僕も『敬意』を表さずにはいられない。
これからの僕たちの身の安全のためにも、僕とシンジ君は全力で家事をやらなくっちゃあならない!!
家事当番を決めるため、僕とシンジ君で繰り広げた命懸けのジャンケン勝負。生まれて初めてだ。あそこまで真剣にジャンケンに取り組んだのは。
悪運のグーではなかったらしい。
つづく