ミサト「あなたが碇シンジ君ね?」ジョルノ「いえ、違います」【完結】 作:サルオ
ネルフに向かう電車の中。僕とシンジ君は、綾波レイから少し離れた席に座った。
別に、僕たちが彼女を避けたいとかそーいうんじゃあない。恐らくこの距離感が、僕たちと彼女の今の距離感なんだろう。綾波レイは別段気にする風でもなく、僕たちと自然に距離を取って座っていた。
綾波レイの隣に座って話をしてもいいが、さっき、あんな事があったばかりじゃあな。裸の綾波レイを押し倒したシンジ君には、針のむしろって感じになってしまうだろう。
「・・・・・・・・・・・・少し前に、さ」
「うん?」
電車に揺られながら、隣のシンジ君がぽつりと話し始める。
「リツコさんに聞いたんだ。第四の使徒の、解体現場で・・・・・・」
「何をだい?」
「・・・・・・父さんの両手、火傷してたんだ。それが、少し気になって・・・・・・」
シンジ君はその時の様子を思い出しているんだろうか。瞳は虚空を見つめたまま、シンジ君はポツポツと続ける。
「綾波を助けたんだって。零号機の機動実験で、零号機が暴走した時に・・・・・・」
シンジ君の目線が電車の天井に向けられる。電車はトンネルに入り、辺りは暗くなった。トンネルの中を駆け抜けるゴォーッという音が少しうるさい。
「綾波も、父さんとはよく話すみたいだし・・・・・・僕、見ちゃったんだ。綾波が、父さんと楽しそうに話してるのを。父さんも、綾波と話してる時は笑っていて・・・・・・」
「・・・・・・そうか」
シンジ君としては、複雑だろうな。実の子供に対して『予備』とまで言い放つ父親が、血も繋がっていない他所の子供と仲良くしている。
綾波レイも、シンジ君にとっては未知の存在だ。どう接すればいいのかわからない、距離感を探りあぐねている存在。
そんな実の父親と綾波レイ。その両方の事をよく知らないシンジ君としては、二人が仲良くしている場面を見れば、モヤモヤすることだろーな。
しかし、碇ゲンドウが綾波レイと、か・・・。
僕の推測が、確信に近くなってきた。
綾波レイがネルフの産み出した『試験管ベビー』。もしその推測が正しかったとしたら、碇ゲンドウの綾波レイへの対応は『ネルフの教育の一環』である可能性がある。
生まれたばかりのヒヨコと同じだ。一番最初に親愛を与えてくれた相手に依存する。それを利用して、碇ゲンドウが綾波レイにとって『特別な人間』だと刷り込ませる。
それ以外の情操教育は必要ない。なぜなら綾波レイは、『エヴァに乗るために産み出された人間』なのだから。余計な感情を与えて、組織の邪魔になるような事は避けたい筈だ。
まぁ、はっきり言って、こんなのは妄想だ。馬鹿馬鹿しいと言わざるをえない。
しかし、それをやれるだけの組織力と統率された意志が、ネルフにはある。
『人類のため』。その一言を免罪符に、どんな事でも許されると考えている組織。それが僕の中でのネルフの印象だ。
「なんなんだろう・・・・・・綾波って・・・・・・」
シンジ君の呟きに、今は答えることができない。結局は何の証拠もない、僕の推測だ。今ここで、僕の推測を話してシンジ君を混乱させる事はしたくない。
結局、綾波レイとは一言も喋らないまま、僕たちはネルフ本部へと到着した。
新しく渡したカードは、うまく使ってくれたみたいだな。
◇
この、なんだ?無駄に長いエスカレーターだがな。
ネルフの職員に、高所恐怖症の人とかいないんだろーか?
僕は別に高いところが苦手とかではないが、それだってこんな細長いエスカレーターが延々と続いている光景には少し背筋がヒヤッとするものがある。恐怖症の人にはたまったもんじゃないだろう。
慣れ、というものなんだろーか。綾波レイは静かに、慌てる様子もなくエスカレーターに流されて降りていく。
その後ろにシンジ君、そして僕と続く。
「・・・・・・さっきはごめん」
「「・・・何が?」」
おっと。綾波レイとセリフが被ってしまったな。
シンジ君。もし、さっきの綾波レイのマンションでの事を気にしてるなら、それは気にしすぎだ。彼女は全く気にしてない。そういう『情操教育』を受けてこなかったからだ。
彼女の見た目の年齢は、確かに中学二年生のそれだろう。だが僕の見たところ、彼女の精神年齢はハッキリ言って幼稚園児並みだ。生きる上でホントに最低限のことしか教えられていない。男性に裸を見られてもなんとも思わない、幼児のような感じだ。
まあ、それを憐れだと思う気持ちはあるがな。
綾波レイと僕。その両方から同時に同じ回答が来たことに戸惑ったんだろう。シンジ君が無理矢理に話題を変える。
「あの、今日、これから再起動の実験だよね。今度はうまく行くといいね!」
うーん。残念。シンジ君としては必死に捻り出した話題だったんだろーが、可哀想なことに綾波レイの琴線には触れなかったようだ。
まぁ、こうやって女の子相手に慌てふためくシンジ君を見るのもなかなか面白い。僕はシンジ君には気付かれないよーに、ニヤニヤしながら二人の会話を見守る。
返事の返ってこないことにどーすればいいか、シンジ君は行き詰まってしまったようだ。
だから、なんだろう。シンジ君は、彼自身が思っている純粋な疑問を口にした。
「ねえ、綾波は恐くないの?またあの零号機に乗るのが・・・・・・」
綾波レイは振り返らず、
「どうして?」
と聞いた。
そのそっけない反応に軽く傷付きながらも、シンジ君としては言葉が返ってきたことが少し嬉しかったようだ。
「前の実験で、大怪我したんだって聞いたから・・・・・・平気なのかな、って思って」
これは純粋に、シンジ君が綾波レイを気遣っている言葉。
だがそれに対する反応は、
「あなた、碇司令の子供でしょ?」
全くの的外れな回答だった。
おっと、これは・・・ちょっとマズいな。
「・・・・・・うん」
「信じられないの?お父さんの仕事が」
ああ・・・葛城さんの時と同じだ。シンジ君と綾波レイの間で話のズレが起きている。
それを指摘しようとしたんだが。
「当たり前だよ!あんな父親なんて!」
言ってしまったか。シンジ君の意見には僕としては100%同意だが、今この場での回答としては不正解だな。
さっきまでシンジ君の回答に無反応だった綾波レイがシンジ君に振り返りながら、ステップを一段上かってシンジ君のパーソナルスペースにずいっと入ってくる。その様子にシンジ君は狼狽えたみたいだが──、
「あの・・・・・・?」
パァン、と。
シンジ君の頬が張られた音がフロアに響いた。
シンジ君の顔を張った瞬間の、綾波レイのあの表情。
アレは、『信じている者を侮辱された』怒りによるものだ。
僕はその様子に額を押さえる。なるほどな。ネルフの教育ってヤツは相当徹底されていて、ネルフにとってはかなり良い結果を生み出しているらしい。
ちょっとだけ、フォローしておくか。
「なぁ、綾波さん」
「・・・・・・なに?」
うん。今の一発では怒りが収まってないらしいな。まぁ自分にとっての『親代わり』の人間がバカにされたと思えば、そういう感情になるのもわからなくはない。
だがな。
「シンジ君のお父さんの事は置いておくとして、だ。シンジ君は、純粋に君の心配をしたんだぜ?」
「・・・・・・なぜ?」
「君が僕たちと最初に会ったとき、大怪我を負っていたからだ。シンジ君は純粋に、もう一度怪我を負うことが怖くないのか?それを聞いたんだ」
シンジ君は張られた頬を押さえながら、僕からは見えないが「ワケがわからない」という顔をしているんだろうな。
「なぜ、わたしが怪我をすると思うの?」
「簡単だ。碇司令の仕事が信用できたとしても、それでも『制御できるかわからない』のがエヴァだから、だ。君が碇司令を信頼しているのはわかる。だが、それでもどうしようもない事態が起こる事が怖くないのか?シンジ君はそれを聞いたんだ」
「・・・・・・よく、わからない。わたしは碇司令を信じている」
「それはわかる。だが、これは僕としても気になるところなんだが、君自身は怪我を負うことは怖くないのかい?」
「なぜ、怖がるの?」
・・・・・・・・・・・・ん?
「君の体、だろう?傷の痛みだってあるはずだ。下手したら死ぬかもしれない。それが怖くないって事はないんじゃあないか?」
「?」
綾波レイは首を傾げて──、
「わたしが死んでも、代わりはいるもの」
その言葉に、僕の全身の毛が逆立った。
・・・・・・なんだって?
いまの言葉は、『何を表して』言った言葉だ?
意味が、わからない。
胸の内に、ドス黒いものが渦巻いていく。
「なぁ。今のそれは・・・・・・君の代わりに『シンジ君が』とか、そういう意味で言っているのか?」
僕の言葉が震えていない事を祈る。
怒りで。
目の前が真っ赤になりそうだ。
それに対して目の前の綾波レイの反応は、
「・・・・・・・・・・・・?」
可愛らしく、首を傾げるというものだった。
マズい。
僕の思考が怒りで塗り潰される。
思わずシンジ君を押し退けて彼女に詰め寄ろうとした僕だったが、
「綾波」
それを止めたのは、シンジ君の冷静な言葉だった。
「綾波の代わりなんて、いるわけないだろ?何言ってるんだよ・・・・・・」
シンジ君の、震えた言葉だった。
「そんな、悲しい事、言わないでよ・・・・・・」
そのシンジ君の反応に対して、綾波レイはここにきて初めて、困ったように顔をしかめた。
「・・・・・・ごめんなさい。あなた達の言っていることが、わからないわ」
そう言って、彼女はまるで逃げるようにエスカレーターを駆け降りて行った。
・・・・・・・・・・・・。
「なぁ。シンジ君」
「・・・・・・・・・なんだい?」
「・・・・・・彼女、この後、再起動の実験だよな?」
「・・・うん」
「僕は彼女の実験を見守りたいんだが、構わないだろうか?」
「・・・・・・奇遇だね、ジョルノ君。僕も、そうしなきゃいけない気がするよ」
気付かぬうちに、僕らはエスカレーターのステップで並び立っていた。
この胸のうちの、なんとも言えない感情を、二人で共有しながら・・・・・・。
気付かぬ内に、僕は拳を握りしめていた。
つづく