ミサト「あなたが碇シンジ君ね?」ジョルノ「いえ、違います」【完結】 作:サルオ
綾波レイは零号機が手にしていたパレットライフルを静かにその場に捨てると、第5の使徒の亡骸の前で仰向けに倒れ込んだ初号機に駆け寄った。
全身を加粒子砲の連続光弾で貫かれた姿は痛ましく、体中の至る所から出血している。これが生身の人間であったならば、生存は絶望的であると一目でわかるほどに。
だが目の前の巨人はあくまでも人造人間。この造られた巨人が如何に傷付こうと、中に乗っているパイロットは無事なハズだ。
無事だ、と信じたい。
綾波レイは自分でも理解しきれない謎の焦燥感に背中を押されながら、初号機の身体を抱き起こす。そして、脊髄付近にある装甲を無理やりに剥ぎ取ると、エヴァンゲリオンの中に収まっていたエントリープラグを無理やり引き抜いた。
ガゴン、という重い音と共にソレが地面に丁寧な手つきで降ろされる。
引き抜いたエントリープラグは使徒の熱光線を浴びたせいか、もうもうと蒸気を発していた。エントリープラグ内は液体状のLCLに満たされているとはいえ、綾波レイにとって目の前の状況は、パイロットの死を予見するに十分な情報をこれでもかと叩き付けてくれた。
焦りが、綾波レイの胸中を満たす。
綾波レイは零号機のエントリープラグを外に排出すると、急いでエントリープラグからその身を乗り出した。エヴァの巨体を器用に滑り降りながら地面に降り立つと、熱された初号機のエントリープラグへと一目散に駆け出していた。
(死なせない・・・!)
綾波レイの心にあったのは碇シンジ、そしてジョルノ・ジョバァーナの安否であった。逸る気持ちのまま、綾波レイは熱せられたエントリープラグのハッチに咄嗟に手をかける。
「あ・・・・・・ッ!!」
あまりの熱量に、綾波レイはハッチから両手を離した。しかしそれも一瞬。綾波レイは意を決すると、再びその両手をハッチにかけた。ジュウゥ・・・・・・!という音と共に掌が焼ける。しかしそれでも、綾波レイはそのハッチを無理やりにこじ開け、開いた扉からエントリープラグ内に飛び込んだ。
「碇くん!!ジョルノ・ジョバァーナ!!」
かつてこれほどまでに大きな声を自身が出したことがあっただろうか?綾波レイは自分の中の感情を整理しきれず、その衝動のままに中にいるであろう人物たちの安否を確認した。
エントリープラグ内の操縦席では年相応の幼い面影を残した碇シンジが。その横で操縦席にもたれ掛かるようにして、実年齢よりも大人びて見える少年が気を失って倒れ込んでいる。
「碇、くん!ジ、ジョルノ、ジョバァーナ・・・ッ!」
綾波レイの透き通るような声による呼びかけは、エントリープラグ内によく響いた。それを受けて操縦席の少年が、そして横でもたれ掛かっている少年が呻き声をあげる。どうやら、二人とも命に別状は無いようだ。
綾波レイはその様子を見て、ようやく自分の心が落ち着いたのを改めて自覚した。そして、『なぜ自分がこれほどにまで焦っていた』のか。その不可思議さにようやく目を向けて、混乱した。
(この人たちは、碇司令とは違う・・・)
心の声とは裏腹に、綾波レイは操縦席の少年に手を伸ばす。
(碇くん。それに、ジョルノ・ジョバァーナ。初めて会ったとき、不思議な感じがした・・・・・・)
綾波の手が、シンジの頬を優しく撫でる。
(碇くんは、傷付いたわたしの代わりにエヴァに乗ろうとしてくれた・・・・・・。そして、ジョルノ・ジョバァーナ。前から不思議な人だったけれど、今日、改めて思った。この人は、初めて会った時から、いつのまにかこの人の言ったように、物事が動く・・・)
綾波の手が、ジョルノの頬にも伸びていき、その頬を優しく撫でる。
(今の『覚悟』は碇くんのもの。でも、一緒に乗っていたジョルノ・ジョバァーナのものでもあった。それが知らず知らずのうちにわたしの心にも伝わった。まるで、碇司令以上にわたしの司令のように、わたしを動かした・・・・・・)
二人の頬を撫でた両手を、綾波レイは胸元にそっと戻して優しく組んだ。二人の『覚悟』を、その熱意の残滓をしっかりと抱きしめるように。
(わからない。この胸のぽかぽかする感じは、なに・・・・・・?)
そう胸の前で組んだ手をぎゅっと握りしめて、綾波レイは、目の前で目覚めつつある二人の少年の覚醒を見守っていた。
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どうやら、少しの間、気を失っていたらしいな。
やれやれ、だ。シンジ君の頼みとはいえ、自分でもよくこんな無茶な作戦に身を投じたと思うよ。まさかここまで傷付きながらも、シンジ君が使徒を仕留めようとするとは正直思わなかった。
まあ、僕やシンジ君が受けた痛みと引き換えに、シンジ君が大きく成長したと思えば、この痛みも価値のあるものだったと思えるけどな。
それと・・・・・・。
僕はエントリープラグのハッチのそばで手を組んでいる綾波レイに視線を向ける。
その表情は、どこか不安げで。
「あや、なみ・・・・・・?」
僕の横で、シンジ君が目を覚ます。その視線は僕と同様に、ハッチのそばの綾波レイに向けられていた。
「綾波・・・・・・」
ゆっくりと、覚醒したシンジ君が確かめるように、再びその名を口にする。
それを受けた綾波レイの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「よかった・・・・・・碇くん、生きてて・・・・・・本当によかった・・・・・・」
無表情とも取れるその顔、その瞳から流れる涙は淡い月光に照らし出されていて。
美しい涙だと、素直に思った。
「・・・・・・なんで、泣いてるの?」
シンジ君が意識を朦朧とさせながらも、目の前の少女に疑問を投げかけた。
「・・・・・・わからない。これは、なに?」
「・・・涙、流すんだね。綾波も・・・・・・」
シンジ君の右手が、そっと綾波レイの頬を伝った涙を拭き取った。それは幼い子供の涙を拭ってあげるような、深い慈愛に満ちていて。
「そう・・・・・・なの、かしら・・・・・・」
「あはは。そうなんじゃない?」
シンジ君は綾波レイの疑問に笑顔で応えた。だけど、綾波レイ自身はその事実が腑に落ちないらしい。
「わからない・・・涙は、悲しいときに流れるもの・・・・・・」
「いいや、それだけじゃあない。綾波さん」
僕はそんな戸惑う少女に、優しく声をかける。
「嬉しいときにも、涙は流れるものなんだ。どうしても抑えきれない、心の感動とともに、ね」
「・・・・・・感動・・・・・・」
それを聞いた綾波レイは顔を伏せってしまう。どうやらかえって混乱させてしまったらしいな。
参ったな・・・・・・どうやら僕は、精神的に幼い女の子相手には、上手に接する事ができないようだ。
だけど、こういうのは得意だったよな?シンジ君?
僕は隣のシンジ君の肩をポンと叩く。不思議そうに僕を見上げるシンジ君。僕は顎を動かして、綾波レイに意識を向けるように優しく微笑んだ。
向けられた綾波レイは、心から戸惑った様子だった。
「ごめんなさい。こういう時、どういう顔をすればいいのか、わからないの・・・・・・」
困ったように目を伏せる少女に、僕の横のシンジ君はキョトンとしながらも、少しだけ困ったように笑いながら、とても優しく答えを教えてあげた。
「笑えばいいと思うよ」
その答えに、綾波レイが何を思ったのかは僕にはわからない。
シンジ君が笑いながら、操縦席から立とうとする。綾波レイはごく自然に、シンジ君に手を伸ばしていた。
綾波レイの手を取るシンジ君。
二人の手が結ばれた瞬間。
それは本当にごく僅かな時間であったが。
綾波レイは、月光のように淡く美しい微笑みを湛えていた。
◇
使徒を撃破した数日後の事だった。
葛城邸のインターホンが、軽快な音を鳴らす。それに応対したのはシンジ君だった。
「はーい・・・・・・あ!いらっしゃい綾波!ちょっと待っててね!」
シンジ君の弾んだ声が、葛城邸のリビングに木霊した。
きっかけは単純な事だった。綾波レイの住居。その惨状ともいえる状況を、シンジ君が葛城さんに相談したことがきっかけだ。
葛城さんはそれを聞いてまず「ウソでしょ?」といった表情を浮かべ、冗談でもなんでもないという僕たちの表情を見て顔を青くした。その直後には葛城さんは赤木博士に連絡を取り、そこで綾波レイの生活の実態を知ることとなった。
ここで少しだけ赤木博士を擁護しておかなければならないのは、彼女もまたネルフという組織に連なる宮仕だった、という事だろーな。まぁそれでも、それを知っていながら放置していた赤木博士は十分にギルティーだ。
僕のおかげ、というとなんだか押し付けがましい気もするが、今までネルフの予算的にだいぶ貢献したんだ。少しくらい僕のほうからお灸を据えてもバチは当たらないだろう。
もっとも、翌日から僕のアルバイトの中身が今まで以上に激務になったのは、流石に大人気ないんじゃあないか?赤木博士。
まあ、そういった経緯を踏まえて、綾波レイはここ、葛城さんのお宅に居候する事となったわけだ。
シンジ君が葛城邸の玄関のドアを開けると、その向こうには、どこか困った様子の綾波レイが立っていた。
「やあ、綾波!ようこそ、僕たちの家へ!」
シンジ君が朗らかに笑う。その様子を見ても、綾波レイは困ったように首を傾げるだけだった。
「なぜ、碇くんとジョルノ・ジョバァーナがここにいるの?」
おっと、そこからか?それについては一応の説明は葛城さんからしてくれているハズだったが。
まぁ、今まで住んでいた部屋から何故この場所に引越しをさせられたのか。綾波レイにとっては不思議極まりない事だろうとは思う。
だけどな、綾波さん。僕は、いや、僕とシンジ君は、君に人並みの生活を送ってほしいという気持ちが確かにあるんだ。
僕の中では半ば確定した事実であるが、君が試験管ベビーだというのはどうしようもない過去の出来事だ。だが、だからといって、それがこれから先の人生にずっと影響を及ぼすようなものであって欲しくはないと心から思ってもいる。これは僕の本心だ。
そして、なによりすごいのはシンジ君なんだ。彼は、綾波さんが試験管ベビーであるとは想像もしていない。いないけれども、君の人生が決して人並みの幸福で満たされていないということだけはわかっている。
だからこそ、シンジ君は君に『人並みの幸せ』ってヤツを教えてあげたいんだと思う。
そこんところを、僕は心の底から尊敬している。
「あれ?ミサトさんから聞いてなかった?今日からここの部屋と隣の部屋。それが僕たちの家になるんだって!」
シンジ君が満面の笑みで綾波さんに説明する。いくら葛城さんの家が個人宅としては広いからとはいえ、流石に男女4人も寝泊まりできるほどのスペースはない。ここは腐っても国連に連なるネルフ、という事だろう。強権を発動し、葛城さんの隣の部屋も無理やり借り上げた、というワケだ。
ただ、部屋割りに関しては一悶着あったという事を説明しておかなければならない。
フツーならば男女で別々の部屋に分けて住む、というのがジョーシキだと僕もシンジ君も声を大にして主張したんだが、ここに来て葛城さんが駄々をこねた。葛城さん自身の生活力の無さに加えて、人並みの生活を送った事のない綾波さん。どー考えたってこの二人を同じ部屋に置いておいたら、葛城邸は1日と持たずにゴミ屋敷になるだろう。
何よりも恐ろしかったのは、それを言い出したのが葛城さん自身だった、という事だ。自分の生活力の無さを盾にして、僕たちを脅迫してきたのだ。少なくとも僕かシンジ君、どちらかは絶対に逃さないという、肉食獣めいた笑みを湛えて。
そこから繰り広げられたのは、僕とシンジ君による、葛城邸脱出を賭けた命懸けのジャンケン勝負。負けた方が生贄として葛城邸に残るという、地獄のような勝負だった。
まぁ今回も、僕の勝利で終わったが。さりげなく『スタンド』を利用したことは秘密だ。
「まぁ、僕だけは隣の部屋で過ごすことになったがな。何かあれば呼んでくれて構わないよ。僕の手料理で良ければイタリアンだってご馳走するし、何せお隣さんだからな。遠慮なく声をかけてくれ」
「・・・・・・?ジョルノ・ジョバァーナは、一緒じゃ、ないの?」
「ん?そうだが?」
綾波さんが、不思議そうに首を傾げながら、こっちを見てくる。
なんだ?何かマズいことでもあったか?
今度は僕が首を傾げる番だった。綾波さんは玄関から一歩も動かず、何かを考え込んでいるようだ。
「碇くんは、碇司令のこども・・・・・・」
「え?そ、そうだけど・・・?」
綾波さんの呟くような一言に、シンジ君が戸惑うように答える。
「ジョルノ・ジョバァーナは、不思議な人・・・・・・」
「ん?そう、か?」
「ジョルノ・ジョバァーナ。あなたに興味が出た」
・・・・・・・・・・・・は?
ポカンとする僕とシンジ君をよそに、綾波レイは葛城邸の玄関から出ると、その隣の部屋へとてくてく歩いて行く。
そして僕が住む予定の部屋の前に来ると、僕に振り返って言った。
「わたしは、ジョルノ・ジョバァーナと住んでみたい」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「な、なにィィイイイイッッ!!?」
待て!待て待て待て待て!!一体なにを言っているんだこの少女はッ!?自分の年齢をわかって言っているのかッ!?いや、確かに精神的には幼い少女のようだとは思っているが、それとこれとは話が別だ!
年頃の中学生の男女が一つ屋根の下に住んでいいハズがない!
僕は助けを求めてシンジ君の方を向いた。
「綾波はジョルノ君のことが好きなんだね」
シンジ君!?
「好き?・・・・・・わからない。でも、とても興味がある」
「ま、待て!綾波さん!よく考えるんだ!僕は曲がりなりにも君のクラスメートの男子だぞ!?会って間もない男子の部屋に入って、危機感とか感じないのかッ!?」
「危機感・・・?ジョルノ・ジョバァーナは、わたしを襲うの・・・・・・?」
「誤解を招くような言い方をするんじゃあないッ!」
いや、意味合いとしては合っている。合ってはいるが!なんだこのモヤモヤ感は!会話が通じているようで通じていない!
狼狽える僕に綾波さんは向き直る。眉間に軽くシワを寄せて僕を睨みつけると、
「もう、決めたから」
そう、正面切って言い切った。
「あはは・・・、綾波って意外と強情なんだね」
ま、まさか・・・マジなのか!?この強情さ、今まで見えてこなかったこれこそが彼女の『個性』と、そういう事なのか・・・!?
鼻から息をふんすッ!とばかりに荒くしている目の前の少女からは、こう、アレだ、なんというか、その、『凄み』を感じるッ!!
「まぁ、さ。ジョルノ君。ジャンケンで『スタンド』使ってまでズルしたんだしさ。これも『運命』だと思って諦めなよ」
シンジ君が僕の肩に手を置いてくる。その手に微妙に力が込められていることから、僕の『スタンド』を使ったイカサマはバレていた、という事だろう。
最後の頼みの綱と思って葛城さんに連絡を取ってみたが、「なんか面白そうだし、いんじゃなぁ〜い?」の一言で片付けられてしまった。
せ、せっかくの一人部屋が・・・・・・。
こうして、僕と綾波さん、シンジ君と葛城さんという、四人の奇妙な生活がスタートを切る事となった。
ふ、不安しかない。
◇
「随分と、お早い接触だね?まだ約束の時までは時間があるだろうに・・・・・・」
「不確定な要素が発生した。計画の進捗に大きな影響はないであろうが、我々は我々のできる範囲で不確定要素を排除したい」
「ふうん・・・・・・?」
オレンジ色の液体、LCLの満たされたカプセルの中に、アルビノを彷彿とさせる白い肌と髪。深紅の瞳。それらを持った、ゾッとするほどの美形の少年が揺蕩っていた。
「少々早いかも知れぬが、正鵠を射る我々の切り札よ。『タブリス』。我々のシナリオの要よ」
そのカプセルに、人類補完計画の首謀者である13の人影が写り込む。
ネルフの上位機関であるゼーレ。その長であるキール・ローレンツは、カプセルの中の人物に向けて、愛おしそうに言葉をかけた。
「貴様の働きに期待する」
だが、それを受けたカプセルの中の人物はその顔に微笑を浮かべるだけ。
その少年、『渚カヲル』は、その顔に不敵な笑みを湛えながら、ゼーレにすら聞き取れぬ、か細い声で呟いた。
「また3番目とは、ね。変わらないな、君は・・・・・・」
渚カヲルはカプセルの中からその外の、先の見えない暗闇の荒野のごとき天井を眺める。
「君に逢えるのがとても楽しみだ。碇シンジ君。でも・・・・・・」
その顔に、不快とも取れる感情が僅かに浮かぶ。
「君の幸せを願うのは僕一人で十分だ。イレギュラーには、早々に御退場願いたいね。ジョルノ・ジョバァーナ・・・・・・」
To Be Continued…
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!これにて第三章は終了になります。ラミエルを大暴れさせる事ができて楽しかったのですが、皆様いかがだったでしょうか?
次章からはついにドイツからあの娘がやってきます!私は基本的にLAS派ですので、今からとても楽しみです!ジョルノとの絡みも個人的に楽しみにしています!
それではみなさま、また次回もお会いするまで。
アリーヴェデルチ!