ミサト「あなたが碇シンジ君ね?」ジョルノ「いえ、違います」【完結】 作:サルオ
42.
ゴファッ!という音と共に、目の前の自動扉が開く。
僕は暗闇に包まれた部屋に、一歩だけ、足を踏み入れた。
プシューッという排気音。背後で扉が閉まる気配。
部屋の中の電気がパッと点く。
久しぶり。そう、実に久しぶりだ。僕がこの部屋に『帰ってくる』のは。
隣の部屋、そして、またその向こう隣の部屋でも扉が開き、閉まる音が聞こえる。
「ちょっと!!なんでアタシがこんな所に入らないといけないわけぇ!?」
隣の部屋の新しい住人が少し喧しいが、まぁ、なんだ。そのうち静かになるだろう。
僕は部屋に備え付けのベッドに、靴も脱がずにゴロンと寝そべった。この硬いベッドの感触も久しぶりだな。
「仕方ないよ。アスカとジョルノ君、暴れすぎなんだもん。こういう時だけ、なんであんなに息が合うのさ・・・・・・」
「んな!?ふざっけんじゃないわよ、このバカシンジ!!元はと言えばあんたが・・・」
「碇シンジ君。ジョルノ・ジョバァーナ君。惣流・アスカ・ラングレーさん。アナタ達がこの『独房』に入れられた理由、わかってるわよね?」
ラングレーの怒声を遮って、冷淡な声で独房の外から僕らに問いかけるのは葛城さんだ。声音は静かだが、その音には確かな怒りが込められているのが手に取るようにわかる。
僕はベッドの上で頬杖をついたまま、外にいるだろう葛城さんに真摯に、実に真摯に声を掛けた。
「葛城さん」
「・・・・・・なに?ジョルノ・ジョバァーナ君」
「僕らが出るまでの二日間、綾波さんの食事の世話、よろしくお願いしますね」
「んがぁーーーッ!ちくしょーーーッ!!ホントふざけんじゃないわよ馬鹿ジョルノぉ!!なんでこんな忙しい時に問題起こしてくれるわけぇ!?シンちゃんもッ!!」
「おっと、葛城さん。忘れるところだった。綾波さんの食事だが、一食3人前は用意しておいた方がいい。ちなみに肉は嫌いで、舌が肥えたのかコンビニ弁当も受け付けない。最低でも出前がいいだろーな。ちなみにコレを破ると綾波さんはめちゃくちゃ暴れるんだ。よろしく頼む」
「『よろしく頼む』じゃないわよ!?」
「あ・・・あと、コレ」
僕はベッドから起き上がって、胸元のポケットから一枚の紙を取り出して、格子の向こうの葛城さんに差し出した。
「あん?何よコレ・・・・・・リスト?」
「看守のゴンツガワさんに渡してほしい。僕の読みたい小説のリストだ」
「てんめぇ!このクソガキ!私をパシリにしようとしたわねぇ!?なめんじゃあねぇーわよッ!!」
うん、ものの見事に葛城さんの怒りの炎にガソリンを注ぎまくっている僕だが、ハッキリ言ってそんなのどーでもいいくらいの開放感だ。
久しぶりにのんびりとした一人の時間を味わえる。別に狙ってこの『独房』に戻ってきたわけじゃあないが、とても晴れやかだ。
ンッン〜〜〜〜実に、スガスガしい気分だ。歌でも一つ歌いたいようなイイ気分だな。ふふっ。
「・・・・・・なんでコイツ、こんなに太々しいわけ?」
「あはは・・・アスカは知らないだろうけど、ジョルノ君、ネルフに来てからいきなり二週間、ここに入れられてたから・・・」
「はぁ?なに?バカなのコイツ?」
言ってろ。綾波レイのお世話がどれだけ大変か、ラングレーにはわからないだろーからな。『逆』だ。この解放感を味わえないことを、今だけは『逆』にカワイソーに思うよ。
「あ、悪夢だわ・・・・・・」
もっとも、今この場で一番カワイソーなのは、葛城さんに間違いないがな。
僕の名前はジョルノ・ジョバァーナ。日系イタリア人。15歳の中学生だ。
好きな物語は『
古い小説ではあるんだが、なんというか、その当時の日本独特の村や家系に対する閉塞感や考え方、そういった物があまりにも生々しく描かれており、「人の気持ちはこんな形にも動き得るのか」と刺激を受けている。ある種の勉強になっているってワケだな。
まあ、それはとりあえず置いておこう。大して重要じゃあないからな。
さて、と。
毎度おなじみ、なぜ僕がここにいるかという説明なんだが、今回はちょっと複雑だ。
いや、本来なら『2001年のイタリア』にいたハズの僕が、なぜ『2015年の異世界の日本』、それも『第三新東京市』と呼ばれる街にいるのか?というところから説明しなくっちゃあならないんだが、その答えは実にシンプルだ。
いま、僕の二つ隣の独房に入れられてしまった少年『碇シンジ君』を、彼の母親である『碇ユイ』から『助けてほしい』と依頼を受けて、奇妙な力によって異世界に転移してしまったからだ。
まあ「ワケが分からん」と言いたくなるのはよくわかる。わかるんだが、今はそーゆーものだと受け止めて欲しい。とりあえずでいいんだ。とりあえず、で。
・・・・・・ああ。シンジ君が独房に入れられている時点で『助けられてないじゃあないか?』という声が上がるかもしれないが、安心して欲しい。彼が独房に入れられたのは、決して罪を犯したからってワケじゃあない。それはこれから説明するよ。
時間は少しだけ遡る。
◇
「あーあ・・・・・・猫も杓子も『アスカ』『アスカ』かぁ・・・・・・」
学校の校舎裏。そこに相田ケンスケ君の『露店』は存在した。彼の趣味は多岐にわたるが、趣味というのは得てしてお金がかかるものだ。
戦闘機やミリタリーな趣味を持つケンスケ君は、中学生にしてはかなりお金のかかる趣味の持ち主と言えるだろーな。
「みんな平和なもんや・・・・・・」
その隣で夏の空を仰ぎ見ながら、鈴原トウジ君がのんびりと応えた。
「しかし、すごいな・・・よく撮れてるじゃあないか」
「ふふん♪だろ?伊達にカメラ持ち歩いてるわけじゃないのさ!」
僕はトウジ君とは、ケンスケ君を挟んで反対側の地面に腰を下ろしながら、ケンスケ君の商品を眺めている。
彼の商品。つまり、惣流・アスカ・ラングレーの盗撮写真だ。
とはいえ、警察がすっ飛んでくるよーな、裸とか際どい水着写真といったよーな危ない写真ではない。普段の日常を捉えた、いわゆるポートレートだ。
まあ、とは言え、盗撮である事に変わりはないんだが。
心に深い傷を負ったはずのケンスケ君だったが、その傷もだいぶ薄れてきたらしい。ちょっと前まで目立っていた白髪も随分と目立たなくなってきているな。
つい最近、彼の趣味のど真ん中を突いた国連軍の艦隊にお邪魔したし、その時に、エヴァの戦闘を比較的安全に見る事が出来た、という二重の幸福が重なった結果だろう。人生でそんな経験、めったに味わえないだろーからな。その点に関しちゃあ、正直僕としてはかなりホッとしている。
今じゃあ、こうやって惣流・アスカ・ラングレーの盗撮写真を他の男子生徒に売って、小遣い稼ぎしてるくらいだからな。いや、良かった良かった。
「あ、いたいた!おーいみんな!そろそろ帰ろうよーッ!」
客足もまばらになってきたところで、掃除当番で教室に残っていたシンジ君も合流した。さて、そろそろ店仕舞いをして、ネルフに行くか。
下校中のことだった。ケンスケ君が「たまにはゲーセンに行って遊ぼうぜ!」と言い出したことにより、僕たちは普段はあまり行かない、近くのゲーセンに足を向けた。
そこで見たのは──、
「Scheiße!何よこの機械!壊れてるんじゃないの!?」
噂の超絶美少女とやらが、クレーンゲームに蹴りを喰らわしている姿だった。
見なかった事にしよう。僕たち四人は無言で頷き合い、この場を後にしようとした。
だが、時すでに遅し、だったらしい。
「あ!4バカ!良いところに来たわね!一人100円ずつちょーだい!」
「「「ええーッ!?」」」
ちっ、見つかったか。
「ゲーム代無くなっちゃったのよ。安いもんでしょ?一人100円ずつ」
「アホかっ!なんでワイらが・・・・・・」
「あんたらがアタシの写真売っぱらってんの知らないとでも思ってんの?お陰でめんどくさい量のラブレターが毎日アタシの下駄箱に入れられてんのよ。出演料プラス迷惑料で一人200円でもいいのよ?安いもんでしょーが」
「あ、アスカ・・・・・・それってカツアゲ・・・」
「あぁん!?バカシンジは黙ってなさいよ!」
シンジ君が必死に場を取りなそうとしているが、ラングレーの一喝で黙り込んでしまう。
「あーやだやだ。まさかあんたら、お金持ってないとかゆーんじゃないでしょうね?」
「・・・・・・言わしとけばこの茶髪女〜!」
あ、トウジ君がキレた。
「ちょっと顔がいいからってチョーシこいてんやないぞ!?」
「ぎゃーーー!?気安く触んないでよ!サルサルサル!!」
トウジ君がラングレーの腕を掴んだ。その時だった。トウジ君の腕を振り解こうと暴れたラングレーが、背後でゲームをプレイしている不良の背中を小突いてしまったのだ。
画面の向こうで戦闘機がドカーンと爆発した。
「オー!ノーッ!!」
ゲームをプレイしていた、日焼けしたスキンヘッドの男が叫びながら、こちらを睨む。
「あ、ごめ・・・」
「ごめんで済むかい!せっかく最終画面までいったんやぞ!どうしてくれるゥ!オーーッ!?」
なんともまぁ、顔のゴツさの割には線の細い男だ。タコみたいな顔して、怒鳴り散らせば相手がビビってるとでも思っているのか?
というか、ゲームごときでそこまでマジになれるとは。ある意味うらやましいな。ヒマそうで。
そんなどーでも良いことを考えていた時だ。目の前でメンチを切ってるタコ頭が、ラングレーの顎を掴んだ。
「泣かしたろか!?」
タコ頭が凄んだ瞬間だ。僕の横を一陣の風が吹き抜けた。
風の正体を追って見てみれば、目の前のタコ頭の腕を掴んでいるシンジ君の姿。
咄嗟に蹴りを放とうとしていたラングレーの左足が、中途半端に上がって宙ぶらりんとしている。蹴りを放つつもりだった張本人は唖然とした顔だ。
「アスカに、触らないでください・・・・・・」
そんなラングレーの前で、静かに、だが確かに素人には出せない『凄み』を持ったシンジ君の姿。その眼光が、目の前のタコ頭に突き刺さっていた。
「な、なんじゃい!ワレェ!?」
「アスカは女の子なんです・・・女の子に手を上げるんですか?あなたは・・・・・・」
その『凄み』に、一瞬だがタコ頭が怯んだ。だがそれも本当に一瞬。タコ頭は、ビビってしまった自分を恥じたのか、その腕を改めて振り上げた。
「こ、こここ、このガキィ〜〜〜!」
タコ頭の拳が、シンジ君の左頬を打ち抜いた。
「シンジッ!!」
ラングレーの悲鳴。僕の横ではトウジ君とケンスケ君が固唾を飲んで成り行きを見守っている。
「やったわねぇ!?こんのドサンピンがぁッ!!」
今度こそ、ラングレーはその左脚を蹴り抜いた。タコ頭がズデェーンとひっくり返る。
「うがっ!?やりやがったな!このガキ共!お前らもかわいがったれ!!」
タコ頭の仲間、だろーか?ゲーセンの奥から、カワイソーなくらいに貧相な体格を、服の派手さで誤魔化したチンピラ以下の雑魚がワラワラと湧いて出てくる。
「シンジに!エヴァのパイロットに手ぇ出して、ただで済むと思ってんじゃないわよ!?」
「知るかボケ!なんじゃあ、エヴァって!?」
「うっさい!死ねボケカスどもがぁッ!!」
ラングレーの咆哮とともに、チンピラ共が蹴散らされていく。だが、いかんせん数が多いな。ラングレー一人では、処理しきれないだろう。
仕方ない、な。
「おらぁ!死ねや〜!」
ラングレーの後ろから殴り掛かろうとしているチンピラの手を、僕の右手が掴んで止めた。
「やめてくださいよ。いい歳して、中学生に寄ってたかって暴力ですか」
「な、なんだぁ!テメェ!?この金髪が!」
「ああ、そういうのは良いんだ。貴方たちの回答が聞きたいんじゃあない。『静か』なのが良いんだ、僕としては」
そう言いながら僕は、目の前のチンピラの膝を、踵で蹴り抜いた。側面から蹴り抜かれた膝が、ゴリッと嫌な音を立てる。
「ひんぎゃあ〜〜〜〜〜ッ!!?」
「おっと、悪いな。僕の独り言だった。まさか答えが返ってくると思わなかったから、ちょっとびっくりしたよ。ところで、君、随分と楽しそうだな?大きな声を出すのが、最近の流行りなのかい?」
「ひぃッ!!?」
膝を蹴り抜かれた雑魚がビビって息を飲む。
「ジョバァーナ!!手ェ出すんじゃないわよ!シンジを殴っといてタダで済むと思ってんじゃあないでしょーね!?この雑魚ども!!」
「ラングレー。君の怒りはもっともだ。だが、残念ながらこーゆー連中ってのは理解力が無いんだ。遅いんだよ、反省するのが。だからまずは、痛みで以て、やっちまったことを後悔させるしかないんだ」
燃え盛るようなラングレーに対して、僕はあくまで静かに、チンピラもどきに制裁を加えていった。ハッキリ言って、僕もシンジ君が殴られて、ほんのちょっぴりだが頭に来ている。このチンピラもどき共をブチのめしたいって思うくらいには、な。
「こんの、くそアマァ!!」
ラングレーに飛びかかろうとしていたチンピラ。その動きを止めるようにしがみついたのは、左頬を殴られたシンジ君だった。
「やめろ!アスカに手は出すなッ!」
「し、シンジ!?///」
あ。ラングレーの頬が僅かに赤く染まったな。いや、今のシンジ君の行動は男の僕をしてカッコいいじゃあないかと思いはしたが。
そろそろシンジ君の天然ジゴロの才能に名前でも付けてやろーか?
まあ、そんなこんなで。
僕とラングレー、それとシンジ君による乱闘は、ケンスケ君たちが呼んだ警察が現場に来るまで続いた。その情報はネルフ本部にまで届き、僕たちエヴァのパイロットは謹慎という形で、3人仲良く独房に入れられたってワケだ。
◇
僕は独房で、ゴンツガワさんから支給された小説を読み耽っている。
「ジョバァーナ」
隣の独房から、ラングレーが尊大な態度で僕に話しかけてくる。
「なんだい?」
「なんか、面白そーな小説ないの?ヒマなのよ。退屈で死にそうだわ」
「何か貸して欲しいって素直に言えないのか?君は」
「いいじゃない、別に。減るもんじゃないでしょ?・・・・・・バカシンジは、どう?」
んん?なんだ。そーゆー事か?シンジ君がヒマしてそーだから、それをなんとかしてあげたいとか言う、そーゆー乙女心か?
「素直じゃあないな、ラングレー」
「はぁ?あんたが何を言ってんのか全然分からないんだけど・・・・・・。んで、なんか面白そーなのはないの?」
僕はため息を一つ吐いて、一冊の本をラングレーに格子越しに渡した。
「なにこれ?Les Misérables?」
「僕の好きな本だ。シンジ君が楽しめるかは分からないが」
「・・・・・・はん。アタシとしては読み飽きた本ね。バカシンジ。しょーがないから貸したげる」
「え?いいの?アスカ・・・・・・」
「読み飽きたっつってんでしょ?良いから受け取んなさいよ。バカシンジ」
「あはは。ありがとう、アスカ」
「・・・・・・ふん」
ラングレーの鼻息が隣の独房から聞こえてくる。僕は別に恋のキューピッドでもなんでもないが、なんだかこの不器用な二人の関係については、つい見ていたいと思ってしまうな。
僕は隣人に気取られないように、小さく笑みを浮かべた。まぁ、この二人がどうなろーが知ったことじゃあないが、たまには野次馬根性ってヤツを出してもバチは当たらないだろう。
この後に、第七の使徒が現れるまでの、短い時間ではあったがな。
つづく