ミサト「あなたが碇シンジ君ね?」ジョルノ「いえ、違います」【完結】 作:サルオ
薄暗い照明の中、魚が泳ぐ様をずっと眺めている。目の前の巨大な水槽には、色とりどりの魚たちが自由に泳ぎ回っており、人工の珊瑚礁と日光がそれを彩っている。
作られた自然。その中で生きるしかない魚たち。魚たちは、自分たちがとても狭い世界で生きているという『運命』に気付いているのだろうか。
きっと、気付かずにその生涯を終えるのだろう。何不自由無い世界で、その世界の在り方を疑う事など、至難の業としか言いようがない。
そんな世界を内包する水槽を、美しい、と思いつつ、どこか否定的な気持ちが僕の胸を満たす。
動物園もそうだが、僕はあまり水族館も好きではないのかもしれない。
「ジョルノ君」
水族館の回廊に設置されているソファに、僕と加持リョウジは座っている。その加持リョウジが、僕と同じ様に水槽を眺めながら、僕に声をかけてきた。
「ネルフについて、どれくらいの事を知っている?」
それは僕の方から答えなくてはならない質問なのか。僕を最初にここに連れ出した材料は「なんでも聞いてくれて構わない」であって、僕の方から何かを話すという約束は無かったハズだ。
僕は視線だけで加持リョウジに問い返した。それを見た目の前の男が苦笑する。
「いじめないでくれよ。わかってるさ。ただ、君がどこまで知ってるかによって話す内容も変わるからな。それくらい教えてくれたっていいだろ?」
僕はため息を一つ。静かに話し始めた。
「使徒と呼称される正体不明の怪獣を倒す。そうしなければ、人類は滅亡する。なぜなら、使徒が第三新東京市に辿り着いたとき、セカンドインパクト同様の災害、サードインパクトが発生するから。・・・・・・僕がネルフの職員達から聞いたのは、この辺り、ですかね」
そう。僕が『聞いた』のはこの辺りだ。だが、それらの情報から見え隠れする『事実』については、まだこの男に話す必要はないだろう。
最低限、僕の考える『事実』について加持リョウジが話し出さない限り、彼に利用価値は無い。即刻、僕はこの場を立ち去る事になるだろうな。
「・・・・・・使徒が、第三新東京近郊にばかり現れるのを不思議に思ったことはないかい?まるでネルフ本部を狙っているかのように、だ」
・・・まだ、だな。
「そして、それを予知したかのような本部頭上の迎撃システム。そして、エヴァ・・・・・・」
「・・・・・・」
「全ては、最初から仕組まれている、という事さ」
言われるまでもない。そんな事は『わかりきっている』。
明らかにおかしいんだ。なぜ、使徒は全てこの地を求めて侵攻してきたのか。そしてなぜ、それに対する備えが万全なのか。
すべて『知っていた』という事だ、ネルフは。
そして、恐らくはこれから起こりうる事柄も。
もちろんネルフに所属する全員が知っていることじゃあないだろうがな。
例えば、葛城さんなんかはきっと知らないだろう。ネルフという組織について違和感を感じてはいるかもしれないが、使徒の迎撃に対する姿勢は、手元にある手札を必死に使って四苦八苦しているようにしか見えない。
それで?だ。そこまではいいんだ。そこから先の情報を、貴方は僕に教えてくれるんだろうな?加持さん。
加持リョウジはくくっと笑うと、ソファにその背中を預けてタバコを取り出した。
「禁煙ですよ?ここ」
「おっと、悪いね。つい癖で。・・・・・・この辺りまでは君でも予想できる事柄だったな。もう少し驚いてくれてもよかったんだぜ?」
「そういう無駄なやり取りは嫌いなんだ。そのくらい、予想はしてると思ってましたが?」
「・・・・・・やりづらいね」
加持リョウジのニヤリとした顔。褒め言葉として取っておこうか。
「話を戻そうか。碇司令は、これから起こるすべての事を知っているはずだ。そして、セカンド・インパクト。恐らくはあの事件があの日起こることも予測していた」
「・・・・・・」
見え見えの釣り針をぶら下げやがって。その言葉で僕が何か聞き返してくるのを期待しているなら、僕は「NO」と突き返してやる。
僕が知りたいのは、『なぜ予測できたのか?』だ。そこを提示しない限り、加持リョウジに利用価値はない。
それと──、
「『ゼーレ』」
そう。その単語だ。僕はそれを聞きたかったんだ。
僕も横の加持リョウジ同様に、ソファに背中を預けた。それを見た加持さんの顔に薄く笑みが広がる。『僕がようやく話を聞く気になった』。その意思を正しく読み取ったようだ。
「『ゼーレ』とは、碇司令のバックに付いている組織の名称だ。古より世界を裏で動かしているといわれてる権力者の集団だ。ネルフの資金もそこから出ている」
おっと。話がだいぶ大きくなった気がするが、まぁなにせ、人類滅亡を眼前にしている世界だからな。とりあえずは「馬鹿馬鹿しい」とは笑わず、続きを話してもらおうか。
「そのゼーレが所有し、彼らの教典ともなっている、『死海文書』」
「教典?」
「ああ。これは単なる噂の域を出ないが、彼らは元はある宗教的組織から始まったと言われている。それ故に、教典」
加持リョウジがソファから背中を離し、膝に肘を当てて、組んだ両手の上に顎を乗せる。
「話を戻すぞ。その『死海文書』は人類がこの世に現れた時には既にそこに『在った』といわれる謎の古文書───俺の調べた事が正しければ、その古文書は一種、預言書のようなもので、人の歴史の全てが示されている」
「・・・・・・なんともまぁ、オカルトティックな話、ですね」
「だが、信ずるに値する、だろ?君もその『オカルティック』に巻き込まれている身だからな」
「まぁ、疑っても始まらないですからね。とりあえずは最後まで聞きますよ」
僕は続きを促す様に軽く手を振る。それを受けて、加持リョウジは軽く頷いた。
「その予言書には、すべてが記されている。それこそ今までのことも、そして、これからの事も・・・・・・。その死海文書に基づき、ゼーレと碇司令はある計画を立てた」
僕の眉毛が、ピクリと反応する。
「ゼーレが碇司令を利用しているのか、碇司令がゼーレを利用しているのかはわからないが・・・・・・使徒との戦いはその計画の序盤でしかない」
「『人類補完計画』」
加持リョウジは深く頷いた。
「俺はソレを調べている。それが俺たちに、ひいては人類にとって何をもたらすのか、俺はソレをどうしても突き止めなくてはならない」
「貴方、一体何者なんです?」
僕の唐突な問いに、今度は加持リョウジの眉がピクリと反応した。
「話を聞く限りでは貴方は、ネルフにも、そのゼーレってのにもだいぶ精通しているようだが、貴方の話し方からはそれとは別の『第三者』の意志が感じられる。僕は貴方の情報にそれなりの価値があるとは感じてはいるが・・・・・・」
「おいおい、ここまで話して『それなり』か?」
「『それなり』に感じてはいるが、そこんところはハッキリさせておきたい。貴方が話してくれた内容をまるっきり信じないってわけじゃあない。だが、今の話には『貴方自身の意志が感じられない』。貴方を突き動かしているのはなんだ?誰かから命じられた仕事なのか。それとも、『ソレを上回る何か』なのか。そこんところを、僕は聞きたい」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・・・と空気がうねりをあげていく。
加持リョウジが、その腕を解く。
「動くな。すでに『2メートル』だ」
僕は『スタンド』の左手を、加持リョウジの首筋に当てて動きを封じた。加持リョウジには見えないだろーがな。
「っ!?」
「貴方には悪いことをしていると思っている。だが、この状況。僕も油断はしたくないからな。僕の質問に答えてもらうまでは貴方には動いてもらいたくない」
「・・・・・・交渉は決裂かい?」
「いいや。未だ継続中、だ。それも、次の貴方の一言次第だが・・・・・・」
沈黙が。
痛いほどの沈黙が僕と加持リョウジの間に流れる。張り詰めた空気は、何かで突かれればそのまま破裂してしまうだろう。
もし、彼が僕の質問の意図を読み違えたなら。
悪いが、再起不能になってもらおう。
やがて──、
「『碇ユイ』に会ったってのは本当か?」
残念だよ。
僕は『ゴールド・エクスペリエンス』の拳を、彼の右肩に叩き込んだ。
「うぐおッ!?」
激痛によろめきかけた加持リョウジの首筋を『スタンド』で掴み、再びその動きを封じる。
「質問に質問で返すとテスト0点なのは知ってますよね?貴方は会話の成り立たないアホじゃあないと思いたいんで、もう一回だけ聞きますよ?『貴方は一体何者なんですか』?」
僕の目に、漆黒の殺意が宿る。
さぁ、どうする?加持リョウジ。
アンタが僕に自分を売り込めるのかどうか。これはそういう『交渉』の場だ。はじめっからな。
加持リョウジの目に、驚きの色が宿る。まさかたかが中学生ごときに、ここまでの『凄み』があるとは思わなかったようだな。
「答えられませんか?嫌々答えられても僕としても無駄なんで嫌いなんだが、貴方が僕と今後も『協力したい』ってんなら、それなりの誠意を期待しますよ?」
加持リョウジの目に、悔しさの色が現れる。自分がいつの間にか追い詰められていたとようやく気付いたようだな。ただの世間話でもしようと思っていたのか?そんな甘い事を考えていたなら、ガッカリだ。
「一つだけ・・・・・・」
「ん?」
「一つだけ・・・・・・質問に答えてもらえないか?」
「・・・・・・・・・・・・いいですよ」
「君は何のために、シンジ君に味方するんだ?『碇ユイ』に会ったから、か?」
なるほど。そこは僕から胸襟を開いてほしい、というところか。彼は彼なりに、今この瞬間に、僕を見極めたいということか。
自分の意志を貫き、ここで再起不能になるか。
それとも、ここで僕に信を置いて、共に歩んでもいいと思えるか。
僕は胸を張って答えた。
「このジョルノ・ジョバァーナには『夢』があるッ!!」
その言葉を聞いた瞬間、加持リョウジの顔から表情が抜けた。呆気に取られた、というべきか。
そして──、
「く、くくくくくくく、くははははははははははははッ!!」
大声で笑い出した。
「すまない。俺は君を見くびっていたようだ。俺は君を見ている様でいて、全く見ていなかったんだな・・・!君の背後にあるものばかりを見ようとして、ありのままの君を見ていなかった!」
加持リョウジが両手で顔を覆いながら笑う。やがて彼は、絞り出す様な掠れた声で告げた。
「俺は、『時代に弟を殺された』」
「・・・ッ!」
・・・・・・なに?
「これ以上は言えない。これは俺の最大限の譲歩だ。これで納得いかないなら、今すぐこの場で俺を再起不能にしろ」
加持リョウジの目が真っ直ぐに僕を貫く。彼の目に、決意の炎が宿っている。それは誰の命令にも染まっていない、彼自身が宿す決意の炎だ。
・・・・・・なるほどな。詳細はわからんが。
『ゼーレ』という組織が、全ての歴史を知った上でこの時代を作ったというのなら。
彼は『被害者』、そして、『復讐者』か。
それも、『何も知らない弱者』、だったというワケだ。
そして、『ゼーレ』は!!
『吐き気を催す邪悪』って事だな!
「僕は『碇ユイ』に会った」
僕は『スタンド』を解除しながら、僕の持つ情報を開示する。
「そこで僕は、『シンジ君を助けて欲しい』という依頼を受けた。その時に、『人類補完計画』について、ただ一言だけ教えてもらった」
加持リョウジが、いや、加持さんが、驚いたようにハッと顔を上げる。
「『人類補完計画は、人類全てを一つ上の段階へ進化させる』もの、だと」
加持さんの顔に、驚愕が広がっていく。それは今、僕からもたらされた情報と、僕が彼と『共闘関係』になろうという意志によるものだ。
加持さんは姿勢を崩すと、僕の『スタンド』に殴られた右肩をさすった。
「やれやれ・・・・・・随分とヘビィな交渉だったな。文字通り手痛い代償を払う事になるとは」
「謝りませんよ。ところで、これからどーするんです?何か連絡付けたいときは、貴方のケータイに電話すればいいんですか?」
「ああ。それで構わない。それ以外にも、ネルフでちょくちょく会えるはずだ。とりあえずは、仲良くしてくれそうでよかったよ」
加持さんが笑顔で、右手を差し出してくる。僕はそれを優しく握った。
「さて、そろそろ戻るか。葛城にも黙って君を連れ出したからな。色々と心配しているかもしれない」
「その心配は無いと思いますがね。行きますか」
そういって、僕ら二人は立ち上がった。
ごとん、と。
何かが床に落ちた音がした。
僕と加持さんは音のした方を見遣る。そこには両手にぱんぱんに膨れたビニール袋を持った、短髪で、背のひょろながい、スーツを着た冴えない男が困ったように立っていた。
落ちたのは缶コーヒー。表面には「UCC」と大きく書かれている。
「ああ、ああああ・・・・・・」
目の前の男は、青ざめた顔をしている。缶コーヒーを落とした事がそんなにショックなのか?
「も、もうダメだぁ・・・今日の僕の運勢、星座占いでは4位って言ってたのに、なんでこんな不幸に見舞われなきゃいけないんだァ〜・・・?」
目の前の男の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「ひどい・・・ひどすぎる・・・よりによってコーヒーの安売りなんかしてるもんだから、調子に乗ったんだァ・・・なんで、なんでなんだよォォォ・・・」
というか、とうとう男は泣き出した。
おいおいおいおい。勘弁してくれ。なんだこの変人は。両手にビニール袋持ったままの良い歳したおっさんが、缶コーヒーを落としたくらいで泣くか?フツー。
「ちくしょおおおおおッ!!俺が何したってんだよ!昔からそうだ!俺のちょっとしたミスが、周りの人間には滑稽に見えるんだ!それを面白がってくれるんならまだいいさ!なんで逆に、『ああ、アイツカワイソーなヤツなんだな』って同情の目で見られなきゃあならないんだァーーーッ!!」
うお!?キレ出した!?
「あ、貴方、何をそんなに泣いてるんだ・・・?缶コーヒーをそんなに持ってるんだ。一つくらい落としたって拾えばいいじゃあないか・・・・・・」
僕はなるべく男を刺激しないよーに、優しく声をかけたつもりだった。
だが、それが目の前の男には気に食わなかったらしい。
「『拾えばいい』だってェーーーッ!?この俺に、たった一つの缶コーヒーを拾うために『他の缶コーヒーを地面に置け』って言うのかァーーーッ!?アンタはそう言ってるんだなァーーーッ!?」
「うおおッ!?いや、済まない。そんなつもりじゃあ・・・・・・」
「じゃあどんなつもりだったっつーんだよォ!!ああッ!?」
「まあまあ、落ち着けよ。缶コーヒーくらいで揉めるなって。今拾ってやるからさ」
困り果てた僕の代わりに、加持さんが男に近寄って、落ちた缶コーヒーを拾い上げる。
加持さんは缶コーヒーを、優しい手つきでビニール袋の中に入れてやる。
「ほらよ。これで気が済んだろ?」
加持さんは男の肩をポンポンと叩くと、笑顔を向けながら僕に振り返った。
(つまらないことで絡まれるなんて、ついてないな?)
加持さんが口パクでそう僕に伝えてくる。僕もいつのまにか、緊張して上がっていた肩から力を抜いた。
「あ、アンタ。良い人だ。ありがとう、ありがとうッ!」
「おいおい。缶コーヒーくらいで大袈裟なヤツだな。気にすんなって。じゃな!!」
加持さんが爽やかに笑って、その男から離れた。
「アンタ、良い人だ。だから『三分の一』だ。それでいいよ」
「え?」
僕が間抜けな声を出した、その瞬間。
ドサリ、と。加持さんが倒れた。
「なッ!!?」
「やっぱり、今日はついてるなぁ。星座占い4位。うまく決まったなぁ〜『フェアーグラウンド・アトラクション』。これが決まると、心の底からスカッとした笑いが込み上げてくるんだよなぁ〜」
男の背後に、『小型のメリーゴーランドのような何か』が浮かび上がるッ!!
「何ィィイイイイイイイイッ!!?」
ま、まさか!
これは『スタンド』!?
「オラの名前は
「ば、バカなッ!?」
この世界にも、『スタンド使い』がいたのか!?いや、いる可能性はあったが、まさか、コイツは!!
「『ゼーレ』の『人類補完計画』は絶対だぁ〜邪魔はさせねぇよ?人類の『幸福の為に』、死んでくれや。ジョルノ・ジョバァーナ」
コイツは!『ゼーレ』の配下の『スタンド使い』だッ!!
つづく