ミサト「あなたが碇シンジ君ね?」ジョルノ「いえ、違います」【完結】   作:サルオ

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 グレしんこと、木暮新之助(34歳)の人生は、決して、幸福とは言えないものだった。

 

 しかしそれは、『彼にとって』というだけであって、世間一般から見た彼の人生は幸福であったと言えるだろう。

 

 父親は小さいながらも堅実な会社を経営しており、彼の家が食うに困ることは無かった。何よりも父は、家族をあらゆる不幸から守ろうと尽力する男だった。

 

 母親は一人息子である新之助を愛し、子の教育については妥協しなかったけれども、決して暴力を振るう事だけはしなかった。

 

 だが、それらを持ってしても新之助の心が満たされる事は無かった。どれだけ裕福な家庭にいようと、きっと彼は決して幸福を感じる事はないだろう。

 

 誤解を恐れずに言うのならば、彼は『欠陥者』だった。今、目の前にあることにしか集中できず、それ以外の全てが疎かになる。それを誰かに咎められるまで、決してやめる事ができない。他人ができて当たり前の礼儀作法が彼にはできず、それゆえに彼は常に他人から『白い目』で見られた。

 

 彼の行いは『奇行』として周りには捉えられていた。

 

 その視線が、自分にとって『不快』なものだということだけは理解できたのは、幼稚園児の頃だった。当時のテレビアニメのキャラクターに名前が似ている事と、その『奇行』ぶりから、彼は『グレしん』とあだ名された。が、当然、彼がその名を好きになる事は無かった。

 

 特に彼が嫌ったのが『同情』の視線であった。自分に構ってくれたり、逆に絡んでくるのならばまだ良い。それは自分に対して、プラスなりマイナスなりにだが、関わろうとしてくれる事だからだ。

 

 だが『同情』は違う。自分の手が届かないところから、勝手に『可哀想』と評価を下される。それが何よりも不快だった。

 

 その『症状』を彼が、世間においては致命的な『社会性の欠如』だという事を知ったのは大学の二年生のとき。

 

 セカンドインパクトによる、世界の混乱期であった。

 

 彼の実家は大地震によって文字通り潰れた。決して折れることがないと信じていた家の立派な柱は地震に耐える事ができず、彼の両親を押し潰して崩れ去った。

 

 その後の混乱期において、新之助の『社会性の欠如』という問題は大きな障害となった。混乱した社会には秩序が必要であり、その秩序を守れない異端者は社会から弾き出された。

 

 新之助は決して『非常識な人間でなかった』が、それでも彼は社会から弾き出されてしまったのだ。

 

 そんな時に彼に手を差し伸べたのが、『ゼーレ』であった。

 

 ある日、新之助が配給に並んでいる時だった。彼の噂を聞きつけたある不良の集団が、彼を取り囲み、リンチを始めた。ただの鬱憤ばらしだった。

 

 その時、彼の懐から一つの古びた(やじり)が落ちた。それは亡き父がかつて海外旅行に行った際に、お土産として買ってきてくれたものだった。形見だった。

 

 その鏃を、とっさに拾おうとした新之助の耳に届いた声があった。

 

『拾ってはならない』

 

 厳格な、重く、しかし老いた声には力があった。新之助はその力に満ちた声の主を探すために辺りを見回したが、不良集団に遮られ、見つける事ができなかった。

 

 そのうち、不良集団の一人が落ちた鏃に気付くと、それを拾い上げようと手を伸ばした。

 

 鏃に手が触れるかどうか。その時だった。

 

 新之助の中に、未だ感じたことのない『不思議なパワー』が満ちてきた。それと同時に、目の前で鏃を拾おうとした男が倒れた。

 

 倒れた男を助け起こそうとした他の仲間も、なぜか次々に倒れていく。そしてその度に、新之助の体のうちに不思議なパワーが満ちていくのがわかった。

 

 気が付けば不良集団は全員、地に伏していた。新之助が立ち上がったとき、周りには倒れた男達しかいなかった。この時、新之助は初めて、『社会には上下がある』事を理解し、そして『自分は見下す側である』事を理解した。

 

 しかし同時に、それが『理不尽な世の中の真実』である事を実感し、その理不尽を無くす事はできないのだと涙した。彼は弱者として生きてきたが故に、見下す側の人間となった今でも、見下される側の人間の気持ちを痛いほど理解していた。それ故に、そういった人たちの不幸を心の底から嘆いた。

 

『その心を持つ限り、神は我々をお救い下さるだろう』

 

 再び力ある言葉が新之助の耳に届く。声のした方を振り向けば、目の前には顔にバイザーを取り付けた老人の姿があった。

 

『社会とは、不均一の統一である』と、目の前の老人は語った。

 

 なぜこの世には幸と不幸があるのか、その答えが老人の言葉にはあった。統一できないものは外に放り出される。統一に従うか、それとも見放されるか、その2択だと。それが社会だ、と老人は語った。

 

『では、不均一を無くすにはどうすればよいのか?』新之助は涙ながらに老人に問い掛けた。

 

 老人は優しい笑みを浮かべて答えた。『我らについてくれば、それは自ずと答えを示すだろう』と。

 

 全ての人を救うという『人類補完計画』を木暮新之助が知るのは、このすぐ後の事であった。

 

 老人は『ゼーレ』と名乗り、彼の父親の形見である鏃と同じ鏃を、いくつも彼に見せて微笑んだ。

 

 

▼△▼△▼△▼△

 

 

 床に散らばった缶コーヒーを、男、木暮新之助(グレしん)は一つ拾い上げる。

 

 グレしんはそのまま水族館に備え付けのソファにどっかりと座ると、缶のプルタブをパキンと開けた。

 

 待ち侘びた瞬間の訪れに耐えきれず、グレしんはまるで食いつく様に缶に口を当てると、グィイイッと一息に缶の中身を飲み干した。

 

「ぷっはぁ〜〜ッ!イエス!イエス!イエス!」

 

 大きく息を吐き出し、グレしんはソファにもたれ掛かった。

 

「これだからコーヒーはやめられねぇ〜。コーヒーは平等だ・・・誰だろーと分け隔てなく心を落ち着かせてくれる。最高の飲み物だなぁ〜おい」

 

 飲み終わった缶は、そばに落ちていたビニール袋を拾って、その中に几帳面に捨てる。

 

 まだまだ床には、先ほどの戦闘でぶちまけられた缶コーヒーが散乱している。

 

 そして、その散らかった床の上に倒れたままのジョルノ・ジョバァーナと、加持リョウジ。

 

「そろそろ目覚めるかぁ〜?」

 

 グレしんは再び缶コーヒーを拾い上げてプルタブを開けると、一本目と同じ様に一気に飲み干した。

 

(『フェアグラウンド・アトラクション』!射程距離は10メートル!能力は『俺の周りで地面に手をついた者から能力を奪う』。初めは『記憶』と能力の『三分の一』を、次に『名前』と能力の『三分の一』を、最後は『残り全て』だ。三度地面に手をつけば、その人間の全てを奪って廃人に変える、エゲツない能力。はっきり言って、最強だな・・・)

 

 飲み終えた缶コーヒーを、再び袋へ。

 

(だが、俺が全てを奪う事はほとんどない。最初の記憶が抜き取られた時点で、ほぼ全員が戦闘不能になるからな。それに、俺は『欠陥』の苦しみを知っている。敵とはいえ、『何かを失う事』は辛い事だぜ。出来るなら、この時点で引いてもらいてぇなぁ〜)

 

 もっとも、敵が退かなければグレしんは最後までやり切る。実際、そうしてきた。敵を廃人にまで追い込み、後は見捨てる。それで勝手に敵はくたばるからだ。

 

(しかし、すげぇ記憶だな。ジョルノ・ジョバァーナ)

 

 グレしんは奪った能力を自分の物にできるわけではない。あくまで『取り上げる』だけだ。奪った『能力』は3日もすればどこかへ消える。どこに消えていくのかはグレしんにも解らないが──、

 

(それでも人の記憶と能力を一時的に奪えるってのは色々、便利だぜぇ〜。まさかこのガキが、『スタンドの更に先に進んだ者』とはな。『レクイエム』。すげぇな。そんなのがあるのか・・・)

 

 ソファに座ったまま、グレしんは床に倒れているジョルノをチラッと見やる。

 

(俺やゼーレが持っていた鏃とは違う。もっと強力な『矢』だ。持ってるはずだが、今なら奪えるか・・・?)

 

 ムクリと起き上がる好奇心。だがそれは、ジョルノから上がった呻き声を聞いて霧散した。

 

(ちっ、起き上がってくるか。2分とちょっと。なかなか早いじゃあないの。フツーは加持みたいにしばらくは昏睡状態なんだが)

 

 そう考えながら、グレしんは3本目の缶コーヒーを開けた。プルダブのパキンという音と共に、ジョルノが目を覚まし、起き上がった。

 

「う、うう・・・・・・ここは?僕は、一体・・・・・・?」

 

「あぁ、良かった。目ぇ覚めたんかい?にいちゃん」

 

 グレしんはさも心配した様子でジョルノに話しかけた。今初めて会話を交わす、他人の様に。

 

「大丈夫かよ〜?いきなり人が倒れてるんで、こっちはビビりまくったんだぜぇ〜?一応、救急車は呼んでおいたが、気分はどうだ?」

 

「え、あ、はい・・・・・・ん!?」

 

 目の前のジョルノは何かに気付いたのか、一瞬動きを止めて、辺りをキョロキョロと忙しなく見回している。

 

「おい、にいちゃん?どうした・・・?」

 

「いや、えっと・・・・・・」

 

 ジョルノは困ったように、グレしんに話しかけた。

 

「すみません。こんな事を聞くのはおかしいと思われるかもしれませんが・・・・・・『ここは何処で』『貴方は誰ですか?』僕の知り合い、とか?」

 

「・・・・・・はぁ〜〜〜?なんだぁ、にいちゃん。寝惚けてんのか?」

 

「す、すみません」

 

 その反応に、グレしんは心の中で『同情』した。

 

(そぉだよなぁ〜?何かが『欠陥する』ってのは、とても辛い事なんだ。わかるぜぇ、その気持ち)

 

 だが、それを表に出す事は決して無い。

 

「俺はあんたとは他人だからよ〜プライベートの為に名前は伏せさせてもらうが、ここは水族館だよ。周り見ればわかんだろ?あ、この散らかった缶コーヒーは悪ぃ。俺が驚いてぶちまけちまったもんでよぉ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ああ、にいちゃんと、ほら、あそこ。もう一人倒れてんだろ?『なんだよ、コレぇ〜ッ!!』って思わず叫んじまったぜ」

 

「え?・・・・・・あ!?」

 

 ジョルノはもう一人の倒れた男、加持リョウジに視線を向けた。

 

「にいちゃん、あれ、知ってる人か?」

 

「・・・・・・いえ、わかりません。知らない人、だと思います」

 

 そう言って、ジョルノは右手で額を抑えた。今の自分の状況がよく分からず、戸惑っているように見える。

 

「なぁ・・・にいちゃん。あんたホントに大丈夫か・・・?」

 

 心の底から心配しているという体で、グレしんが立ち上がってジョルノに近付いた。ジョルノは警戒するでもなく、ただただ、自分の置かれた状況を整理しようと必死の様子だ。

 

「す、すみません。どうやら、前後の記憶がハッキリしなくて・・・・・・と、言うか・・・」

 

「あん?・・・・・・もしかして、にいちゃん。まさか記憶喪失、とか言うんじゃねぇ〜だろ〜な?」

 

「そ、それが・・・・・・すみません。貴方の言う通りです。僕の記憶が無い・・・・・・」

 

「おいおい、ウソだろぉ〜!?」

 

 グレしんはわざとらしく、大袈裟に驚いて天を仰いだ。

 

「なんかの漫画じゃあねぇんだからよぉ。勘弁してくれよぉ。にいちゃん、自分の名前はわかるのか?」

 

「は、はい。ジョルノ・・・・・・ジョバァーナです。多分、僕が着ている服からすると学生、だと思うんですが・・・・・・」

 

「そのレベルで記憶失ってんのかよ・・・悪ぃが、俺じゃあどーしよーもねーな」

 

「そ、そうですよね。すみません。救急車、呼んで下さってありがとうございます。僕はとりあえず、救急車が来たら事情を説明しますんで・・・・・・驚かせて申し訳ありませんでした」

 

 ジョルノは地面に座り込んだまま、ぺこりと頭を下げた。

 

(完璧、記憶を失っているな・・・・・・こうなっちまえば戦闘もクソもねぇ。俺の勝ちだ。後は放っておいてもいいだろ)

 

 グレしんは座り込んでいるジョルノに手を伸ばす。

 

「え・・・・・・?」

 

「ほら、立ちな。難儀な事だが、気をしっかり持てよ?何かの拍子で記憶が戻ってくるかもしれねぇ。希望を持つんだ。ほら、とりあえず立ち上がって、缶コーヒーでも飲めよ」

 

「・・・あ、ありがとう、ございます」

 

 ジョルノが手を取ると、グレしんはその手を思い切り引いてジョルノを助け起こした。

 

「ほんと、見ず知らずの人にこんなに気を遣って頂いて、なんとお礼を言えばいいのやら・・・・・・」

 

「気にすんなって。世の中助け合いだ。これくらい、人として当然の事をしたまで、だぜ」

 

「・・・・・・ありがとう、本当にありがとう・・・・・・!」

 

 感極まったのか、ジョルノは両手でグレしんの手を握ってくる。

 

「おいおい、男に手ぇ握られても嬉しくねぇぜぇ〜?あんたが心底参っちまってるのはわかるがなぁ〜〜・・・」

 

「いえ、それでもお礼を言わずにはいられません。本当に、ありがとう・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方の方から、近付いてくれるなんて、な」

 

 

 

 

 

「な、」

 

『無駄ァッ!!』

 

 グシャリ、と。

 

 『ゴールド・エクスペリエンス』の拳が、グレしんの顔に叩き込まれた。

 

「ぶっ!はぁ!?ば、バカなぁ!!どうやって!?・・・・・・はっ!」

 

「『バカな?』『どうやって』?面白い質問の仕方だ。フツー、よく分からんモノに殴られたなら『なんだこれ?』とか『一体何が?』って聞き方をすると思うんだが。貴方、僕の背後にあるものが『見えている』な?」

 

「お、オメェ記憶を失くしたはずじゃあ・・・・・・!?」

 

「2択だったんだ、僕の中では。敵は貴方なのか、もしくは、あそこで倒れている男か。記憶は失ったが、僕が何かの戦闘に巻き込まれた事だけはすぐに理解できたからな。この『腹の痛み』は、誰かに蹴られなくっちゃあ感じない痛みだろーからな」

 

「オメェ!当てずっぽうか!?」

 

「間違ってたら謝るつもりだったが、どーやら当たりを引いたようだな。状況はまるっきり思い出せないが、『敵』はわかった」

 

 グレしんの目が驚愕に見開かれる。今まで色んな敵と相対し、グレしんの能力の影響を受けずに立ち向かってきた奴らは少ないが居た。また、記憶喪失の状態でもなんらかの方法でグレしんを『敵だ』と認識し、反撃してきた奴もいた。

 

 だが!コレほどまでにノータイムで、記憶を失いながらも殴りかかってきた奴は初めてだ!!

 

「僕の後ろのコイツ、守護霊みたいなヤツだがサッパリ記憶に無い。だが、使い方はなんとなくだが解る。そーとわかれば、精々利用させてもらうかな」

 

「お、オメェ!この手を離せッ!」

 

「おっと、悪いが手を離すと言うのは無理な話だ。貴方がどういった経緯で、どんな風に僕を襲ってきたのかはさっぱりわからないが、今この場でぶちのめすなら関係ないな──」

 

 ジョルノ・ジョバァーナが、いっそ爽やかといえるような笑みを浮かべる。

 

「貴方には今!この場で!再起不能になってもらうッ!!」

 

 

 

つづく

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