ミサト「あなたが碇シンジ君ね?」ジョルノ「いえ、違います」【完結】 作:サルオ
63.
ジリジリジリジリと蝉の声がうるさい。
確かこの街に初めてやってきた日も、こんな蝉のうるさい日だったか。抜けるような青空の下、遠くにある巨大な入道雲を、僕はなんとはなしに見上げる。
随分と、遠くまで来たような気がした。
ヒィィィィン・・・という甲高い音が周囲に響く。空を見上げれば、民間用の飛行機がちょうど青空からコチラに向かって降りてくるところだった。
「本当に、行っちゃうんだね。ジョルノ君・・・・・・」
この世界の空港は思ったより小さいんだな。僕は空港のデッキでそんな事を考えながら空から降りてくる飛行機を眺めていたが、シンジ君の発した不安そうな声に振り返った。
「ああ、どうやら『行かない』という選択肢は無いみたいだな。良くも悪くも、今の僕はネルフの一員だ。決定事項には従わないと、な」
「でも、一人で大丈夫なの・・・?」
「お?シンジ君が僕の心配かい?悪いがそれは、十年は早いんじゃあないか?」
「はは・・・からかわないでよ。僕だって、少しは成長してるんだからさ」
夏の日差しに照らされた空港のデッキを、涼やかな風が通り抜けていく。シンジ君の髪がふわっと風に舞った。
僕は眩しいものでも見るように、目を細める。いや、実際、眩しかったんだ。
今の、シンジ君が。
初めて会った時から、大きく、とても大きく成長したシンジ君の姿が、眩しくて仕方ない。
「シンジ君。そう卑下にするなよ」
「え?」
「君は、君が思ってるよりもずっと、ずぅっと成長しているんだ。それは誇るべき事だ」
僕は満たされていた。そう感じる事ができた。ここまでシンジ君と一緒に歩んできた道のりは、決して間違いではなかったと確信できる。
たとえ、これからシンジ君と離れ離れになるのだとしても。
それだけは、確かに、僕の誇りだ。
僕の名前はジョルノ・ジョバァーナ。日系イタリア人。15歳の中学生だ。
誕生日は1985年の4月16日。牡羊座のAB型。まぁ、どーでもいい情報だがな。いい加減、僕の自己紹介ネタも切れかけてきてるんでな。
さて、今の僕がなぜ空港にいるのか?それを説明させて欲しいと思う。
僕は『碇シンジ君』の母親である『碇ユイ』。彼女の不思議な力によってこの世界に来た。所謂『異世界転移』ってヤツだ。僕は『2001年のイタリア』から『2015年の第三新東京市』へと飛ばされてきた、というワケだな。
その点は、ここまで僕の奇妙な冒険譚に付き合ってくれた貴方達にはもはや周知の事実だと思う。いまだにこの転移がなんの『能力』に因るものなのか、わからないという点も含めて。
だが僕は、最近こう思い始めている。僕がこの世界に喚びだされたのは、きっと僕の人生における『運命』だったのだろう、と。
こんな事でもなければ、僕は『碇シンジ君』なんてひ弱な人間と出会う事は無かった。幼少期の僕にとても似た境遇の少年と、出会う機会など一切無かっただろう。
その運命に、僕は『感謝』している。最初は『碇ユイ』からの依頼でシンジ君を守るために立ち上がった。それは事実だ。
だが、今はそんな依頼などなくても、シンジ君を自分の意志で守りたい、という気持ちが確かにある。
この、僕と似た少年の人生を『どうにかしてあげたい』という気持ちがある。上から目線の、傲慢な物言いかもしれないが。
これは僕の心の底からの、純粋な想いだ。
さて、そんな僕だが、どーやらこの世界で好き放題やりすぎたらしい。
今の僕は国連の非公開機関であるところの『ネルフ』という組織に在籍しており、日夜、人類滅亡を目論む『使徒』と呼ばれる怪獣どもと、『エヴァンゲリオン』という巨大ロボットに乗って戦いを繰り広げている。
ただ僕自身は、そのエヴァンゲリオンを動かす事はできない。僕は、目の前の碇シンジ君と一緒にエヴァに乗る事でその真価を発揮する、まあ言ってしまえばサブパイロットだった。
僕はシンジ君を助けたい一心でこれまで使徒との戦闘に参加していたワケだが、ここにきてネルフの上位機関、『ゼーレ』によって異動命令が出されたってわけだ。
異動場所はアメリカ。正確にはネルフのアメリカ第二支部、という所らしい。表向きの理由としては『テスト機型エヴァンゲリオン、そのパイロットの適正があるため』だそうだ。
これが僕という『この世界における異分子』の切り離しだということは直ぐにわかった。僕は『スタンド能力』という超能力を持っている。その力を使い、今までシンジ君を陰ながら助けてきたのだが、どうやら僕の超能力がバレたようだな。
『ゼーレ』はある一つの大きな目的のために動いている。『人類補完計画』と呼ばれるそれは、『人類全体を一つ上の段階へと進化させる』というものらしい。僕はそれを陰ながら探っていて、可能なら叩き潰してやろうと暗躍していたのだが、どうやら、僕の暗躍は『ゼーレ』にとって目障りだったようだ。
『人類補完計画』に、僕という『異分子』は必要ない。そういう事だったみたいだな。
まぁ、ここで僕一人が騒いでもしょうがない。組織のトップどころか、その上位組織から下された命令に逆らうわけにもいかない。
僕は(もちろん渋々ではあったが)その命令に従うことにした。
そして、今日。
僕は遂に、『ゼーレ』の命に従って、日本を離れる事になったってわけだ。
「ジョルノ」
僕を見送りに来てくれたシンジ君。その後ろに立っている僕の同居人、綾波レイさんはその赤い瞳を真っ直ぐにぶつけてきた。
「これから先、ご飯はどうすればいいの?」
彼女の一番の懸念はそれだったらしい。僕は苦笑しながら答えた。
「悪いが、しばらくはシンジ君に頼って欲しい。どれだけ早くても、一、二ヶ月は僕は帰って来れないからな。欲を言えば、綾波さんも料理を覚えた方がいい、ってのが僕の本音だが」
「碇くんのご飯はすき。でも・・・・・・」
そういうと、綾波さんは顔を伏せて、静かに言葉を発した。
「ジョルノのご飯が、一番すき・・・・・・」
・・・なんともはや、随分と嬉しい事を言ってくれるじゃあないか。
僕は俯いた綾波さんの頭に優しく手を置く。
「帰ってきたら、まずは綾波さんの大好物のフルコースを振る舞おう。とりあえずはそれで勘弁してくれないか?」
「・・・・・・許す。だけど、約束を破ったら、一生許さない」
「おっと、ソイツは怖いな。コイツは死んでも守らなくっちゃあいけないな」
僕は綾波さんの頭を優しく撫でる。
「綾波さん。大変だろうけども、シンジ君とラングレーを頼む。この二人、目を離すと何かやらかしそうで不安なんだ」
「ジョバァーナ!あんたねぇ、本人がいる目の前でそれはないんじゃないの!?」
おっと。シンジ君の横で腰に手を当てた女傑がご機嫌斜めだ。だがここで僕が、ラングレーに靡く事は決してない。
「僕は事実を言ったまでだ、ラングレー。それとシンジ君。君たちのイチャイチャはハッキリ言って公害レベルだ。しかもその自覚が無いんだから、めちゃくちゃタチが悪い。その事をちゃんと認識はしているのか?」
「はんッ!世界で一番恋愛に情熱的なイタリア人の言うセリフとは思えないわね!アタシとシンジが何をしよーが、あんたらに関係ある?」
「関係はないが、被害は出るんだってことを認識してほしいんだがな」
「それこそアタシ達の知った事じゃあないわ!周りが勝手にダメージ受けてるだけでしょ?そんなのアタシ達の責任じゃないわよ!」
至極、ごもっとも。ここまで言い切る事ができるんならいっそ清々しい。僕は苦笑しながら、ラングレーの横のシンジ君をチラ見した。シンジ君は困ったように頬をぽりぽりと掻いてるだけだったがな。
「そうか。ところで、ラングレー」
「なによ」
「君は、シンジ君と付き合っているのか?」
「〜〜〜ッ!?は、はァ!?いきなり何を言い出すのよ!このヘンタイ!」
「酷い言われようだ。だがな、今回の僕の質問は結構マジだ。この問いには真面目に答えてほしいんだが」
「う、うぅ・・・!?うるっさいわね!そんなの、あんたに関係あるの!?」
「そうか。じゃあ君は、シンジ君の事をなんとも思ってないってわけだな?・・・・・・シンジ君はどうなんだ?」
「はぁ!?ち、ちょっと・・・・・・」
ラングレーが顔を真っ赤に染めながら、自分の横にいる男の子に不安げに視線を向ける。
自分でもかなり意地の悪い質問だとわかっちゃあいるんだ。だが、これからの『この世界』で、シンジ君が幸せになれるかどうかってのは、僕としてはかなり重要な事なんだ。
僕の視線を真っ直ぐに受け止めて、シンジ君は真剣な表情で答えてくれた。
「アスカと付き合っているのか?って質問だけど、僕にもわからない。付き合ってないんじゃないかな?」
「ッ!!・・・・・・シ、シンジ・・・・・・」
横のラングレーの顔に絶望が刻まれる。そんなラングレーを無視して、シンジ君は堂々と言い切った。
「でも、アスカは好きだ。どうしようもなく」
「!!」
「告白も、何もしていない。だからコレは、僕の勝手な想いなんだ。もしアスカに他に好きな人がいたら、って考えると胸が苦しくなる。でも、僕はアスカがその人と結ばれて幸せになれるなら、その方が良いって思ってるんだ。僕は潔く身を引くよ。それが、僕の想いだ」
そこまで言い切って、シンジ君は悲しそうに笑った。
「だから、これは僕だけの想い。アスカとは付き合っていない。でも僕はアスカが好きなんだ。好きに、なっちゃったんだ。これが僕が答えられる精一杯。・・・・・・これで、答えになってるかな」
シンジ君のいつになく真面目な表情を見ながら、僕はため息を吐いた。
シンジ君。真横を見ろよ。君の隣で、いろんな感情がグチャグチャに混ざり合ったような表情をした女の子がいるぞ?
本当なら一発くらい殴ってやろうかと思ったが──、
「くぉの!!ヴァカシンジッ!!」
渾身の右ストレートがシンジ君の顔を打ち抜いたので、ヨシとしよう。
「このバカ!バカッ!!バカシンジ!2度と同じセリフを口にしてみなさい!?次は本当にぶっ殺すわよ!?」
顔を思い切り打ち抜かれて、シンジ君は屋上の床に尻餅をついていた。打ち抜かれた左頬は真っ赤に染まっていて、とても痛々しい。
まぁ、自業自得だが、な。
「あんたが!もしそんな感情でアタシの事を思っているなら、そんなの要らないわ!あんたが全部アタシのものにならないなら、アタシ何もいらないッ!!」
ラングレーが床に尻餅をついて唖然としているシンジ君の胸ぐらを両手で締め上げる。
「悪い、悪かったよラングレー。これは僕の質問の仕方が悪かった・・・」
「ジョバァーナは黙ってて!もはや関係ないのよ!これはアタシとシンジの問題なの!」
「まぁ落ち着けよ。君たちの関係は、痛いほどわかったさ」
そう言いながら僕は、ラングレーを優しくシンジ君から引き剥がすと、シンジ君の手をとって助け起こした。
「悪かったよ。心配だったんだ。シンジ君や綾波さん、それにラングレーの事も。僕がいなくても、君たちはエヴァのパイロットとしてやっていけるんだろーかってな。余計な心配だったみたいだが」
僕は苦笑しながら、目の前の3人を見遣る。
碇シンジ君。
綾波レイさん。
惣流・アスカ・ラングレー。
君たちとはここで、お別れだ。ほんの少しだけの別れだと思いたいが。
もしかしたら、2度と会えないかもしれないから、な。
「ジョルノ、君・・・・・・?」
シンジ君の何かを察したような声。だがそれと同時に、僕のポケットの中で携帯電話が震えた。携帯電話の画面を見ればそこには「加持リョウジ」と表示されている。
「加持さんですか?」
『ああ、ジョルノ君。悪いがそろそろ出発だ。戻ってきてくれるかい?』
「わかりました、すぐに向かいます」
僕は電話を切ると、改めてエヴァンゲリオンパイロットの3人のチルドレンを見渡した。そしてカバンから一通の封筒を取り出して、シンジ君に手渡す。
「これは?」
「僕からのささやかな手紙だ。僕のいないところで開けて欲しい。できれば、君たち3人で」
「・・・・・・え?」
「シンジ君」
僕は真剣な眼差しで、僕の友人に向き合った。
「君はコレから、きっと幾度も大変な目にあうだろう。時には「ふざけるな」と叫びたくなる事もあるかもしれない。だからシンジ君。これは僕との約束だ」
僕はシンジ君の目の前で、指を4本立てる。
「君はこれから僕と再会するときまで、『できるわけがない』というセリフを4回だけ言っていい。だが、忘れないで欲しい。君の周りには、君の味方になってくれる者達があるということを。全ての事柄が、君の味方であるという事を。『Lesson4 敬意を払え』。この世のあらゆる事に、だ。この言葉を忘れないでほしい」
そう言いながら、僕は足元に置いた自分のカバンを担ぎ上げて肩にかける。
「ジョルノ君!」
「ん」
「まだ、まだ・・・お別れじゃない、よね?」
「・・・・・・そうだな」
僕はシンジ君に背を向けると同時に、彼に笑顔を送る。
「Arrivederci。シンジ君、僕と出会ってくれて、ありがとうな」
僕たちの間を、爽やかな風が通り抜けていった。
こうして、僕はシンジ君と別れた。もしかしたらこれが、今生の別れになるのではないかという、一抹の寂しさを胸に残して。
僕は、この『世界』のアメリカへと飛び立った。
つづく