ミサト「あなたが碇シンジ君ね?」ジョルノ「いえ、違います」【完結】 作:サルオ
「そして、この世界に戻ってきたってこと、か・・・・・・随分と、すごい体験してきたじゃない?ジョルノ」
「・・・まさか葛城さん、信じられたのか?今の話を?」
「それこそ、『まさか』。信じられるわけないでしょう。でも、『あんたの言う事だから信じる』のよ、私は」
そう言って、葛城さんは手にしたビールを一気に呷る。グビッグビッという音と共に、葛城さんの喉が上下する。
「〜〜〜ぷッッッッはぁ〜〜〜〜!くぅいいい〜〜〜〜!生き返るわぁ!昼間っから飲むビールは最高ね!」
そうビールを飲み干して一息ついた葛城さんが、ビールの缶をグシャリと握りつぶしてその辺の床に放った。葛城さん、そーゆーところだぞ?僕とシンジ君が苦労しているのはそーゆーところなんだ。
まぁ、でも。
「確かに、悪い気はしませんね」
「ちょっと!ミサトはともかくなんでジョバァーナまで飲んでんのよ!?シンジも注意しなさいよ!それからファーストも!」
「はは・・・、まぁ、こんなところもジョルノ君ぽいっていうか、いいんじゃない?たまには」
お、シンジ君からのお咎めは無し、か。ありがたい話だ。
「まったく!・・・・・・でも、マジでアタシは信じらんないわ。ジョバァーナに不思議な力があるのは知ってたつもりだけど、いくらなんでも『宇宙の行き着く先』とか言われても『はぁ、そーですか』くらいしか言えないわよ」
まぁそうだろうな。誰だってそう思う。僕だってそう思う。
「でも、わたしは信じる」
「・・・・・・ファースト」
「それに、重要なのはそこじゃないわ。ジョルノが、帰ってきた。重要なのは、そこ」
その綾波さんの言葉に、僕の横に座っていたシンジ君も強く頷き返した。
「綾波の言う通りだよ。事実として重要なのは『ジョルノ君が帰ってきた』。その一点。ただ・・・・・・」
シンジ君の目が、リビングの床に力無く落ちてくる。
「僕は、母さんのお願いってやつが、その、気になるっていうか・・・・・・」
そこまで言って、シンジ君はいきなり立ち上がった。リビングの床に座ってビールを飲んでいた僕は、自然、シンジ君を見上げる形になる。
床を向いたままのシンジ君が、ぽつりとこぼした言葉は──、
「なんで、母さんはそんなお願いを、ジョルノ君に・・・?」
それは『シンジ君と碇ゲンドウを、碇ユイの元へ連れていく』というもの。
「父さんと僕が、一緒に母さんを迎えに行く?嫌だよ、そんなの」
それは、当然だろーな。シンジ君からしてみれば。
他人の僕ですら、今となっては理不尽な願いだと感じなくもない。『碇ユイ』さんの本当の願いは確かにとても切実な願いではあったが、シンジ君と碇ゲンドウを知る僕からしてみたら、それは『碇ユイ』さんの願望でしかない。
シンジ君と碇司令が手を取り合う事など、恐らく、というか100%あり得ないからだ。
僕の受けた依頼、そして、今は僕自身の使命と感じているものは『碇シンジ君を助ける』というものだ。決して『シンジ君と碇司令を仲良くさせる』なんてものじゃあない。
その点に関しては、僕も譲れない。『碇ユイ』さんの願いについては『伝える』とは言ったが、『叶える』とは言ってないからな。
ただ。
「君の気持ちはもっともだ、シンジ君。何も間違っちゃあいない。君があの男に感じる理不尽は確かなものだ。その気持ちを否定する事は、この場にいる誰も、もちろん僕も否定できるものじゃあない」
僕の言葉に、シンジ君がようやく僕と目を合わせてくれた。その瞳はいつか見たような怯えきったソレではなく、確かな拒絶の意志を孕んだものだった。
だがな、シンジ君。本当に悪いとは思っているんだが、
「だから、『保留』にしないか?」
「保留?」
「僕は正直、『碇ユイ』という人物の願い自体を否定したいとは思っちゃあいない。だが、だからといってシンジ君の気持ちを蔑ろにしたいわけでもない。だから『保留』だ」
僕のまっすぐな視線を受けてもなお、シンジ君の瞳は揺るがない。物凄く強い意志を宿した、良い目だ。
「ジョルノ君、珍しく『逃げた』でしょ」
「・・・・・・ふふ、バレたか」
「いいよ、知ってるから。ジョルノ君て意外と逃げるし、逃げるのが下手くそな部分もあるしね」
「なかなかキツい言い方するじゃあないか、シンジ君」
「だって、初めて綾波がこの家に来ることになった時も必死だったじゃないか。僕とジョルノ君で、どっちがミサトさんの家から出ていけるかジャンケンして、さ」
まるで拗ねたようなシンジ君の物言いに、僕も苦笑せざるを得ない。確かに、シンジ君の言った通りだ。僕は意外と、逃げたいときには逃げる性分なんだな、これが。
とはいえ。
「僕もな、シンジ君。君とあの髭が仲良くなるなんて未来は想像もできないんだ。だから『保留』って事さ。この先の未来がどうなるかなんてわかったものじゃあないが──」
僕はそこで、あえて言葉を切った。
「この家から出ていく、っていう気持ちは変わらないんだろう?」
それを聞いたラングレーと綾波さんの視線が鋭くなる。ダイニングで二本目のビールを開けている葛城さんも、真剣な顔付きになった。
「シンジ、あんた・・・・・・!」
「ジョルノ、出ていくの?」
再びシンジ君に噛みつきそうになったラングレーを、綾波さんが手で遮って止めた。
その言葉、横のラングレーの噛みつきよりも恐ろしい殺気に満ちている。それは僕が綾波さんの食事係というのもあるんだろーが。
「ジョルノ」
綾波さんが座ったままの僕にずいっと近付いてきた。
「・・・・・・行かないで」
「悪いが綾波さん。これは」
「行かないで。寂しい。・・・そう。これが、寂しいという感情なのね」
綾波さんは、僕の前まで来て、座り込んで言った。
「アメリカに行く事になったとき、すごく、胸のなかがざわざわした。今もしている。これは、すごく、いや」
「綾波さん・・・・・・」
「ご飯も一人前でいい。足りない分は、我慢する。お風呂もしっかり入るし、歯だって一人で磨けるわ。だから・・・・・・」
綾波さんの震える手が、僕の制服の裾を掴んだ。
「行かないで」
そのまっすぐな、幼いとも言える感情。そして、その願い。その願いを受け止めて、僕は──。
「悪いがそれはできない。僕はシンジ君と共に行く」
きっぱりと、NOと答えた。
「───そう・・・・・・」
綾波さんの手が、僕の服の裾からスルリと抜けて落ちる。
それと同じタイミングだった。葛城さんの携帯が部屋中に鳴り響いたのは。
「──私です。・・・・・・・・・・・・そう、わかったわ」
電話は、とても短いものだった。葛城さんは一つだけため息をこぼすと、
「今、本部から連絡があったわ。シンジ君とジョルノはチルドレンとしての登録を抹消。初号機の専属のパイロットは、レイをベーシックにダミープラグをバックアップに回すそうよ」
ネルフの決定を、僕たちに伝えた。
それを聞いた綾波さんの可愛らしい眉が、少しだけゆがんだ。
「聞いた通りだ、綾波さん。僕もシンジ君も、もはやネルフにいる意味がなくなったってワケだな。だから、僕はシンジ君と共に行く。それは僕がこの世界に来た時から、『覚悟』と共に決めていた事だからだ」
「ジョルノ」
「君は残るんだ。綾波さん。君と一緒に居てくれるのは、何も僕だけじゃあないんだ。葛城さんもラングレーも、君の側にいてくれる。二人だけじゃあない。これから先、君の人生にはそういった人たちが多く現れるだろう。僕はそれを、君に知ってほしい」
僕はそう言って、右手を綾波さんの頭に伸ばすと、軽くポンポンと撫でて笑った。
そうなんだ。綾波さん。君は一人じゃあない。君の人生は、僕をしてみても過酷なものであるだろう。フラスコベビー、しかもおそらく『碇ユイ』さんのクローン。そんな人生は、僕が想像する事すら烏滸がましいほどに過酷なはずだ。
だけど、だからこそ、僕は君の幸せを願う。
僕というたった一人の人間じゃあない。たくさんの人たちが君との幸せを願っていると、気付いてくれることを心から願う。
君の人生は、これから多くの人と共に彩られるだろう。
それを僕は、君に知ってほしいんだ。
「バカシンジ・・・」
そして、ラングレーもシンジ君に伝える。
「行かないでって言ったら、あんたは止まってくれるの?」
「アスカ・・・・・・」
立ち上がったままのシンジ君は、とても辛そうに首を振った。
「・・・そう。まぁ、わかったわ。あんたの顔は二度と見たくない。次、アタシの前にその間抜けヅラ出したら、容赦なく殴り飛ばすからね」
ラングレーはシンジ君をまっすぐに見つめたまま、その瞳に悲しみを宿しながら立ち上がり、リビングを後にした。
綾波さんも、ラングレーに続くようにして部屋を去っていった。
「罪な男ねぇ。あんたら二人とも」
葛城さんがビールを呷りながら、僕たちを責める。だが、やはり葛城さんは大人の女性だ。こういった別れを、何度も経験してきたある種の余裕がある。
「シンちゃん、いつ出ていくの?」
「・・・・・・荷物をまとめたら、すぐにでも」
「そう。わかったわ。それから、ジョルノ」
「なんでしょう?」
「これだけは、聞かせて。碇司令の『人類補完計画』の目的はなに?」
「ああ。それなら簡単です。『碇ユイに会いたい』。死んだハズの妻に、もう一度、一目だけでも、って、やつです」
「・・・・・・ハッ!ふざけた理由ね。辞表出してこようかしら」
「受けとってもらえませんよ?」
「冗談に決まってるでしょ?私は使徒を殲滅するまで、ネルフを辞める気はないわ」
そう言って、葛城さんも席を立った。ダイニングのドアが閉まる音が聞こえて、僕とシンジ君だけが、静寂の中に取り残される。
僕はビールを飲み干して立ち上がると、シンジ君の肩を叩いた。
シンジ君の瞳には涙が浮かんでいたが、強い眼差しを保ったまま、僕に頷き返してくれた。
◇
「ほぉんと。罪作りな奴らよね」
ミサトは、玄関にある靴に目をやって、ため息を一つ吐いた。
アスカと、レイの靴がない。
今頃、二人して外で泣いているのだろうか。大切な人が自分の元を去っていく、その悲しみを受け止めきれずに。
これはいずれ、誰もが経験する事。頭ではわかっているのだが。
ミサトは二人の少女の胸の痛みを想い、左手で顔を覆った。
甘酸っぱい青い果実が落ちる音を聞いたのは、ミサトにとっても久しぶりの事だった。
つづく