怠惰の魔女さん(1200歳)とか弱い人間くん 作:タスマニアたけしMK1a
ある国の、ある森の中。そこには魔女が居ると言う噂があった。
曰く、シワシワの老婆の姿をした性悪女だとか、曰く、でっぷり太ったゴブリンみたいな姿だとか。ただの憶測や、実際に観測したという者の証言などなどからなるそれらの噂にある共通点はただ1つ
「魔女はとても怠惰である」
これだけだった。
「汚ない部屋だ...」
「おいコラ少年ぶちのめすぞ?」
ここにいる少年の名は・・・まあ仮にAとでもしておこう、彼は端的に言えば森で迷った。そしてたまたま魔女の家に辿り着いた。
そしてひと握りの好奇心と、もしかしたらここに目的のものがあるかもしれないという期待から魔女の家に無断侵入を決め込んだのだ。
キラキラとした目で扉を開けたAの目に映るのはそれはもうきったねぇ部屋であった。妖しい光を放つ液体の入ったフラスコなどの実験器具達は無造作にもそこらに放り投げられ。
読み終わって放置されたであろう本は開きっぱなしで寝そべり床を埋めつくしていた。
「あ...そうだよね、本当のことでも人を傷つける事があるってお母さんが言ってたっけか。ごめんなさい」
「ふむ、ナチュラルに煽るときたか。しかも悪意は無いからなお質が悪いな君は」
Aの無自覚の口撃をものともせずなんとも言えない表情でAを見つめる魔女。
魔女の見た目は世間に広まる噂とはかけ離れている。背丈はおおよそ150cmほどと小さく、美しい銀の髪が腰程まで流れ落ちていて、その上には魔女であることを証明するかのように黒帽子がちょこんと乗っている。瞳に宿る碧は見る物を惹き付ける魔性のなにかが見え隠れする...といった具合だろう。
総じて評価すればとてもとても美しい少女...に見える。少なくとも見た目は。
「それで、君は何故ここに来た。これといって用がないならさっさと帰り給えよ、親が心配するからな」
「森の中で迷って、そしたらたまたまここに着いたんだ。取り敢えず誰か人がいるかもって思って...。あとはここが気になったから」
「ふむ、なぜ迷うほど奥まで入り込んだんだい?森の奥は危険だと親から言われてるハズなんだがね」
「...お母さんが病気で、森の奥にある薬草を使えば病気が治るって聞いて。それで...」
先程までの少し明るい表情から一転、俯き暗い表情でポツリと理由を漏らしたA、それを聞いた魔女は少し顔を歪めると言った。
「...少年よ、君にとってとても酷な事を言うが、そのような薬草は存在しない。」
「え、でも村のボンドおじさんがホントだって」
「まあ嘘だろう。まあ粗方君を弄んで楽しむのが目的だろうな。......下衆共が」
「....そんな、じゃあお母さんは...」
「ふむ、どのような病かによるが、君がそのような怪しい話に縋るほどならば、重い物なんだろう。....助からんだろうな」
「.......」
Aは完全に黙ってしまった。当然だろう。事実、村医者も、都の医師も投げ出すような難病を患う母を助けられるかもしれない希望が完全に絶たれたのだから。
その様子を見た魔女は心底気まずそうに、Aに促した。
「...久しぶりの客人だ、茶でも飲んで行け。茶菓子のひとつでも食えばマシにはなるだろう。少し落ち着いたら村まで送ってやる」
「...グスン、座るスペースも無い...」
「...まったく、君は凹んでてもそこは変わらないみたいだな。待ってろ、直ぐに片してやるから」
そう言った魔女は懐から1本の杖を取り出すと、何かをブツブツと呟く。そして次の瞬間には、部屋の中に散らばる物品達が、なんと浮遊し移動し始めたのだ。
移動した物品は本来収まるべき棚や隙間に戻って行き、10秒も経てば先程とは打って変わってとても綺麗に整頓された部屋が出来上がった。
「...すごい、これが、魔法」
「ああ。凡人には扱えない究極の神秘。魔法だ」
「こんな簡単に片付けられるならなんで今までやらなかったんだろう...」
「ほんっっっとうに締まらないな君は、もはや尊敬の域に達するよ。」
「だって...こんな簡単に...」
「はぁ...私は面倒なことがとにかく嫌いなんだ。だから本当はこうして君の相手をするのも送り届けてやるのも嫌なんだよ。」
先程までは物置と化していたソファにだらしなく腰掛ける魔女からは先程魔法を使用した際の威厳など欠片もない。
魔法を見て目を輝かせていたAも思わず苦笑いをしている。
少しの間、沈黙が部屋を包む。魔女がいつの間にやら出した紅茶とクッキーの芳醇な香りが漂っていた。
先に切り出したのはAだった。
「ねぇ...僕も魔法..」
「無理だろうな」
Aの言葉に被せるようにして魔女が否定する。
「君の持つ魔力は量も少ないし質も平均的なものの域を出ない。それに、大方魔法を使えば母の病気を治せると思ったんだろう?」
「...」
「そもそも、凡人が扱える程度の魔法に、不治の病を治すほどの力は期待出来ない。魔女程の力があれば話は違うだろうが」
「なら魔女さんが...」
「断る。初対面の人間にそこまでしてやる程の義侠心はない。あとめんどくさい」
「う...」
完全に希望を絶たれたAは再び暗い表情になる。魔女はそれを黙って眺めている。
それからどれほど時間が流れたであろうか、数分か、はたまた数時間かもしれない。再び訪れた沈黙を切り裂いたのは魔女の一言だった。
「ふう...もう十分休んだだろう。さあ、送ってやる。」
「...うん、ありがとう」
「........あぁ、そのクッキーは持ち帰ってくれたまえ、私は少食でな。あっても腐らせるだけだ」
「わかった....所で魔女さん裸足だけど靴とかは無いの?、それで森を歩くのは...」
「それなら問題ない....君は、魔女の移動手段と言えば、何を想像する?」
「.....!」
Aは部屋の片隅にあるホウキが目に入った。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!高すぎないこれ!?」
「なに、たった500メートルくらいだろう?男の子なんだから耐えろ」
魔女とAは現在進行形で空の旅をしていた。眼下に広がるのは辛うじて見える山々と、遠くに見えるAの住む村の僅かな光。
だがAにそんな景色を楽しむ余裕なんて無かった。この魔女、とにかく飛ばすのだ。
面倒なことをさせられてる腹いせか、それとも久しぶりの飛行でテンションが上がっているのかは分からないが、とにかくかっ飛ばしているのだ。
「よし、ここの気流に乗るとさらにスピードが出るぞ!」
「あばばばばばばば!!!!」
「おええええええ!!!」
「ふーむ、最近の男は弱くなったな。ほれ、着いたぞ少年」
「おえっ、ありがとうございま...うっぷ」
「気にするな、私も久しぶりにいい運動になったからな。だがもう森で迷うなよ、面倒なのは本当に嫌いなんだ」
「はい....おぇぇ」
グロッキーになりつつも礼を伝えたAを尻目に魔女はさっさと帰ってしまった。面倒事が嫌いなのは本当になのだろう。
「ついで、だからな。......いや、柄でもないな、なにをしてるんだ私は」
「お母さんの病気が治りました!!!ありがとうございます!!!あ、これお礼のお菓子とお母さんからの手紙です!」
「うるさいしなんでまたここに来れたんだね君は!!!」
「あのクッキーに魔法を掛けてくれてたんですね!本当にありがとうございます!!!」
「だからうるさい!あれは薬の実験で出来た副産物だ!それを押し付けたに過ぎない!」
残念ながらこの魔女が穏やかに、かつ怠惰に過ごすのは当分無理そうだ。
廻れ、廻れ、ぐるぐる廻れ