コンコン、とノックの音。少し準備をして「どうぞ」と促せば、一房の流星が顔を出す。
「やあトレーナー君、調子はどうかな?」
「お陰様で、もうすこぶる元気。すぐにでも退院したいくらいだよ」
「もう少しゆっくりしても罰は当たらないよ。これまで、不眠不休で働いてきたのだから」
私が不甲斐ないばかりに、もう少し早く気づいていれば──と耳を倒して呟くルドルフに、そんなことはないと否定する。
「僕が好きでやっていたんだから、君が責任を感じる必要はないさ。そんなことより、学園の方はどう? ファン感謝祭の準備とかそろそろだったよね?」
「ああ、役員のみんなが手伝ってくれるおかげで、着々と準備は進んでいるよ」
その勢いのまま、近況だとかについての報告を受けて、流れで雑談する。
「おっと、もうこんな時間か」
時計を見れば、ルドルフが面会に来てから一時間ほど経っていた。「そろそろ行っておいで。きっとみんなが待ってるよ?」
「いや、むしろ『ここは我々に任せて、会長はお見舞いに』と無理矢理送り出されてしまったよ」
困り顔で、しかし嬉しそうにルドルフは笑った。周りに遠慮なく仕事を任せられるようになったのは、間違いなくこの三年間で起きた大きな変化の一つだった。
「とはいえ面会時間も終わりか。名残惜しいが、話し込んではキリがないし、そろそろお暇しよう」
「うん、それがいいよ。今日も来てもらって悪かったね」
「気にしないでくれ。私が来たくて来ているのだから」
それではまた、なんて手を振って、ルドルフは部屋を後にした。足音が消えたのを完全に確認してから、布団の中に隠していたものを取り出して、ベッドに備え付けられた小さなテーブルの上に置いた。
扉が開いた。
「──やはりか」
「る、ルドルフ? 何か忘れ物でもした?」
「ああ。働き者の監視を忘れていたよ」
じっとこちらを見つめる皇帝の視線は、テーブルの上のパソコンに向けられていた。
「違うよ、これはただ、暇つぶしに動画でも見ようとしただけで──」
「成程。ではそのレースに出場しているウマ娘が、次のG1で私と走るのも偶然ということか?」
画面を見もせずに、ルドルフはそう言い当てた。音でも漏れていただろうかと思わず視線を遣ったが、その動揺は彼女に確信を与えるには十分すぎた。小さな嘆息が聞こえる。
「──いや、すまない。君を責めているわけではないよ。ただ、こんなときくらいは仕事のことを忘れてほしいというだけなんだ」
「気持ちはありがたいけど、僕にとっては
「だがその趣味にのめり込みすぎて、君は体調を崩した」
う、と言葉が詰まる。それを言われてしまっては反論の余地がない。
「そしてそれは、私の責任でもある。君の粉骨砕身の働きぶりに甘えて、君自身をしっかり見ることができてなかった」
「ルドルフ……」
「だから、今は止めさせてほしい。することがないというのなら、私が話し相手にでもなる。……君は、それでは不満だろうか?」
「そんなはずはない」
そんなはずはない──なのに。それだけでは満足いかない自分がいるのも、確かだった。
「──やはり、私では駄目なのか」
「違う!」
ルドルフの身体が小さく跳ねた。自分でもそんな声が出たことに驚きながら、「ごめん」と呟く。
「ルドルフが悪いわけじゃないんだ。ただ──僕は、こうでもしていないと、君の隣に立つ資格がないから」
選ばれたことに報えないから。
「……思い詰め過ぎだ。私は、遮二無二働いてくれるトレーナーだから、君を選んだのではないよ」
「わかってる。でも……」
それでは──自分が許せない。
「ふむ……」
僕の言葉を受けて、彼女は難しい顔をする。顎に細い指を当て、考え込んでいる様子だったが、やがてピンと耳を立てて手を叩いた。
「よし、わかったぞトレーナー君」
ニヤリと子供っぽい笑みを湛えて、彼女は言う。
「私は──しばらくサボタージュする」
「………………ハイ?」