ネットワークを介して、目的の個人ページに向かう一体のシスター型ネットナビ。
いつもの微笑みはなりを潜め、物憂げに視線が揺れている。
何度か口を開こうとして、どう声をかけるべきかの答えが出ず閉じること数度。
気が付けば、回線の出口はもうすぐそこに迫っていた。
ネットワーク回線から個人ページのパネルヘと降り立ち、そこに立つネットナビヘと声を掛ける。
「《
顔を上げた先で、炎が揺れていた。
「待っていたぞ。……しかし、本当にお前たちが
「……ふふ、驚かれましたか」
『まあ、あいつが嘘つくとは思っちゃいなかったがな。……で、例の件は調べてくれたのか?』
『その話は、俺からさせてもらう』
電脳空間に浮かぶモニターに、互いのオペレーターの姿が映る。
《
わざわざ姿を隠す必要は無い……むしろ隠す方が面倒だ、と普段使用しているフィルタは外した上での対応。
画面越しに火野と顔を合わせた八神は、僅かに視線を逸らしたあと、口を開いた。
『先に断っておくが、ゴスペルに関しては現状じゃろくな情報が得られてない。……正直、探ることすら危険な相手だよ、アレは』
『なんだ、随分と弱気だな。ビビってんのか?』
『うるせぇ。……とにかく、それでも得られたのはこれだ。セレスト』
「はい。……こちらを」
指示を受け、取り出したデータフォルダをファイアマンの側へ送る。
『……ネットシティ、知ってるだろ。アレの構築時のログデータにほんの少し、改変の形跡があった。そこを辿っていって分かったのは……その地下に、デカいウイルス工場が建設されているってことだ』
『なんだと?……ファイアマン、データを開け』
「はい。……これは」
『大規模なデータ構築の陰に隠れて別のものを構築する……まあ、よくある手ではあるが、ここまでデカイのは初めてだ。それが今まで露見しなかったことも含めてな。……ただ、調べられたのはそこまで。現在の稼働状況、規模、敵の配置……正直、“そこにある”以外のことはわからなかった』
『なんだそりゃ。……だが、“ある”ことがわかってんならそれで充分か……』
すぐさま展開しその内容の確認を始めた彼らに補足をする八神を、セレストはモニター越しに見上げた。
その視線に気付いた八神は、迷ったように僅かに視線を泳がせ……意を決したように口を開く。
『……火野。これは……そう。これは個人的な話なんだが』
『あ?どうした、改まって』
『……ゴスペルは規模も分からない、でも少なくともかなりデカい相手だ。そうじゃなきゃ、ネットシティの裏にこんなもの作れるはずがない。だから……あんまり無茶はするな。ひとりで敵陣に突っ込むような真似はしないでくれ。……頼む』
モニター越しに視線が合う。
今までにないほど真剣な、それでいて辛そうな……なんとも言えない顔をしている八神に、一瞬言葉が詰まった。
『……そうかよ。ま、考えておくわ』
『……話は以上だ。セレスト、プラグアウト』
「はい。……どうか、お気をつけて」
それだけ言い残して姿を消したセレスト。
同時にモニターも閉じられ、このエリアから
「……ヒノケン様」
『ああ。やるぞ、ファイアマン。……悪いな、八神』
誰に言うでもなくこぼれた声は、誰の耳にも届くことは無かった。
………………
…………
……
ばしゃり、と足下で水が跳ねる。
インターネットシティを覆う黒雲から落ちる雨粒は激しさを増し、ウイルスたちの攻撃と併せて電脳空間に構築された街をただのデータヘと分解していく。
湧き続けるウイルスは地下の工場を止めなければ消えることは無い。
だから、相手にするのは最低限。通り道を塞ぐそれらを払い除けるだけでいい。
足を止めてはならない。早く、早く、今ならまだ、間に合うはず──
──それを嘲笑うかのように、氷柱が天を貫いた。
……辿り着いた先に転がるデータの残骸。
解析するまでもなく“手遅れ”であるそれを見たセレストの足が止まる。
「……ぁ、」
『──っ! まだだ、残留データをかき集めて再結合! コアデータの完全分解を少しでも遅らせろ、早く!』
自身を叱咤する声にはっとして、急いでその側へと膝をつき、手をかざす。
迅速に、それでいて慎重に。
デリートが確定したナビのコアデータは、少し雑に扱うだけで一瞬で崩壊してしまう。
丁寧に、丁寧に。
かき集めたデータを繋ぎ合わせ、重ね合わせて、コアデータを包むように。
そうして、なんとか形だけは再構築して……それでも端から崩れていくことは止められないが、もう暫くは消失までの時間を稼げただろうか。
息をついたセレストの耳に、こちらへ近付く足音が3つ。
立ち上がり、振り返った先にいたのはWWW幹部のネットナビたち。
「あー! お前交通管制センターの時の!」
こちらの姿を認識してすぐ、ずびし!と指をさして騒ぎ出すカラードマン。
その足下に転がる仲間の成れの果てを見つけて、エレキマンがばちりと帯電した。
同じように腕を向けるマジックマンも、何時でも攻撃を放てるよう待機している。
殺気立つ彼らを前に、セレストは一瞬だけ表情を歪めて、すっと頭を下げた。
「……あとのことは、お任せします」
そう言ってプラグアウトエフェクトに包まれる。
逃げられた、と考えるより先に、彼らは仲間の回収を優先するために駆け寄った。
◇◇◇◇◇◇
一定の間隔で鳴る電子音が、病室に響いている。
病院に運び込まれ、治療を受けた火野の意識はまだ戻らない。
そのベッドの横に立つ八神。
視線を動かせば、サイドボードに置かれたPETの画面に流れる「DELETE」の文字が目に入り、思わず顔を背けた。
「……火野。俺は、“ひとりで行くな”って言ったはずだ。……なんで行ったんだよ、馬鹿野郎」
目覚めない火野を見下ろし、ポツリと呟く。
ぎち、と握りしめた拳が嫌な音を立てて……ふっと力が抜ける。
「いや……俺のせい、か。あんな半端な情報を渡したのも、知っていたのに間に合わなかったのも……全部、俺が悪いのか。……ごめんな」
そのままきびすを返し、ふらりとその場を立ち去った。
「………セレスト、次だ。奴らの手は止まらない。立ち止まってる時間は無いぞ」
『……………はい、八神。次は、上手くやってみせます』
救われた街の裏で救えなかったものの話。
別名:修正力には勝てなかったよ……回
変えられなかったことによるメンタルダメージが想定以上に大きかったのでスレ立てできなかった八神。
次回はちゃんとスレ立てます。