はぁ、と大きくため息を吐いて、八神はガシガシと頭をかく。
“野暮用”を果たすためにこんな場所まで来てみれば、何故か着いてきた
……いや、一応火野に事情は聞いたのだ。なんでも“八神聖司”からここに来て欲しいというメールを受け取ったらしい。当然八神はそんなものを送った覚えは無い。
ただ、それが明らかに偽装されたものな上、その送り主の痕跡にとても見覚えがあることに気付いて八神はさらに頭を抱えることになったのだが。いったい何リーなんだ……
まああの爺さんのこと、なんか良さげなデータのひとつでも拾ってくれば儲けもの、とでも思っているのだろう。八神の(主に火野へ対する)甘さに信頼が厚い。
……とりあえず屋外に放置もなんだし、と建物内へと入れはしたが、さてどうしたものかと二人の顔を見た。
「……八神牧師。邪魔なら追い出すが?」
「んだとこのガキ……」
「……いや、外で余計なことされる方が面倒なので目の届く範囲で監視しといてほしい」
「おめーも相変わらずだなオイ」
うりうりと頭をつつく火野の脛を蹴り上げながら、八神は礼拝堂の奥に据えられた十字架へと近づく。
「……一応言っとくが、ここで見たことはオフレコで頼む。絶対面倒なことになるから……」
「……それは物によるな」
ライカの返答にだよなぁ、と肩を落として八神は十字架の台座、その裏側へと回り込み仕掛けを押し込む。
くるん、と押し込まれた板が回転して現れた入力パネルに手早くコードを打ち込むと、その足元でガチャン、と何かが外れる音がした。
「おい、まさかここにもあるのか?」
「ああ。……まあ、ここにあるのは親父の研究施設だけどな」
僅かに浮き上がった取っ手を引き出し、床の隠し扉を開く。
地下へと伸びる階段を前に八神は二人を振り返りながら、紫眼を細め気取ったようにおどけてみせた。
「
螺旋階段を降りた先には、足元を淡く照らす非常灯が目の前のドアへと続いている。
そこを開けばどこかで見たようなモニターとコントロールパネル。足元にはコード類が走り、室内に詰め込まれた機材が沈黙を保っていた。
物珍しげに周囲を見回す二人を置いて、八神は勝手知ったると言わんばかりにまっすぐ壁面のブレーカーを確認。引き上げれば、ブゥン、と低い音を響かせ機材が息を吹き返す。
「電源が生きているのか?」
「発電機繋いだからな。しばらくは持つだろ」
なんでもないように言ってコントロールパネルを操作する八神。何度か操作を繰り返した後、僅かに眉をひそめてパネル下の機器を弄り始めた。
いくつか配線を抜き取り、変換アダプターを取り付けたPETに繋ぎ直す。PETを操作しながら、視線はモニターと手元を行き来している。
「……ところで八神、お前なんのためにこんなとこに来たんだ?」
「あー? んー……クソ親父が残したモンの後始末……だな」
『八神、口が悪いですよ』
「うるせぇ、そっちはどうなった」
『……難しいですね、ロックの解除は“八神”でないと無理なようです』
「だろうな……」
それを聞いた八神ははあ、と溜息をひとつ吐いて部屋の隅に鎮座するそれの元へ向かい、アルミシートを慎重に捲る。……勢いよくやると埃が舞って大変なことになるので。
傍目に見ればリクライニングチェアのようなそれ。
ただ、その背面や肘置きにはいくつもの配線が接続され、各機材へと伸びているのがわかる。
それらはヘッドレストにかけられたゴーグル状のヘッドギアとも繋がっており、それがひとつの機器であると示していた。
「これは……?」
「パルストランスミッションシステム。人間の精神を電子化して、電脳空間に送り込む技術……それ用の装置だな」
「……以前、八神牧師が電脳空間に拉致された際使われたものだな。何故こんな所に……」
「おい待て拉致は聞いてねぇんだが!? お前何やってんだよ!」
「火野、うるさい。……親父の研究内容だったんだよ、これが。俺も被検体として使ったことがある」
一瞬懐かしいような顔をして、装置の配線を確認する八神。
長く放置されていたせいで多少の劣化は見られるが、一度動かす程度なら何とかなるだろうと結論づけてヘッドギアを手に取るが。
「おい、まさかとは思うが……」
「単独で電脳内に向かう気か? 正気なのか?」
機器を装着しようとした手を両側から掴まれ阻止される。
火野はともかくライカも中々に力が強い。ちょっと振り払おうとしてもビクともせず、逆に少し力が強くなった。
「仕方ないだろ、こうしないと始末付けられないんだから……」
「だからってひとりで行こうとしてんじゃねぇよ!」
「前回も危険な目にあっていただろう。また繰り返す気か?」
両サイドからじとりと睨まれる。これは納得するまで離してもらえないやつだ……と、助けを求めるようにセレストを見る八神。
モニターに映るセレストはやれやれと言わんばかりに頭を振って、ある妥協案を打ち出した。
『八神。こうなったら大人しく協力してもらった方が得策かと。いつも持っている有線プラグイン端子の変換アダプターがあるでしょう』
「バッ……おま、それ言うなよ隠してたら諦めさせられたのに!」
「ほう?」
「なァるほどな?」
悪い顔だ。これは完全に逃げ道を塞がれてしまった。
巻き込む予定はなかったんだけどなぁ……と、深くため息を吐いて、八神は懐からアダプターを取り出すのだった。
◆◆◆◆◆◆
──システム良好。バイタル安定。電子変換を開始します。……
──パルスイン。
……ゆっくりと目を開ける。
かつて見慣れた電脳世界に無事降り立ち、八神はとりあえず安堵の息を吐いた。
次いでプラグインエフェクトを散らしながら現れる3体のネットナビ。
「はぇー、マジで八神だ……」
物珍しそうに八神の周りをくるくる回るヒートマン。落ち着け、とファイアマンはその頭……というか蓋をアームで軽く叩く。
我関せずと周囲の警戒をしていたサーチマンは、その電脳の荒れ具合に僅かに眉をひそめた。
【目的地点はそこから3層下った先です。経路算出……安定したルートを提示します】
「オーケー。あと、一応フォルダも回してくれ」
【了解しました】
シュン、と手元に現れる半透明のデータフォルダ。
それの中身を確認し接続処理をして、八神は中空に手をかざした。
「……バトルチップ〈キャノン〉、
かざした手の先、目の前に現れるキャノーダム。問題なくバトルチップの展開ができることを確認し、ひとつ頷いてそれを消す。
『……バトルチップの使用ができるのか』
「セレストの外付けフォルダの流用でな。まあ最低限の自衛用だ」
だから別に付き合わなくても……と続けようとした言葉はモニター越しの視線に黙殺された。
やれやれと肩を竦めて、送られてきたマップデータを展開。足元にドリームビットを引き連れて、八神はナビたちの方へ振り返る。
「とりあえず、これから奥に進む。一度壊れた電脳だが、まあ……安定したルートを通るから大丈夫だろ」
「壊れた?」
「ああ、昔デカい雷が落ちてな……それで大体のデータは消失したと思うんだが、まだ残ってるものがあるかもしれん。今回の目的はそれの確認と処分だな」
『落雷……』
「……目的地までは結構かかりそうだ、ちょっと昔話でもしようか。ここで行われていた研究についての話だ」
歩き出しながら、ふと口を開く。
周囲は荒れて道も悪いが、提示されたルートは比較的安全なものだ。ながら進行でも危険はないだろう。
時折現れるウイルスも大して強力なものは出てこない。気を抜きこそしないが、話に耳を傾けるぐらいは問題ない。
「クソ親父……八神和正の研究。それは、“電子データ化した人間を電脳内で半永久的に維持すること”……まあ、一概に言えば不老不死の追求だな」
『不老不死だぁ?』
「データは削除なりなんなりされない限りは不変だ。あいつはそれを利用することで擬似的にでも“永遠”を得られるのではないかと考えた」
崩れた瓦礫パーティクルを避けながら、八神は続ける。
階層を下る転送ポートは、少しばかりガタが来ていたが使用に問題はないようだ。
「ただ、電子化しただけの精神データは外部からの干渉に弱い。むき出しのそれを保護するためには“容れ物”が必要だった。……そこで目をつけたのが、ネットナビのフレームだ」
振り返り、ちょうどそこにいたファイアマンの外殻を指で叩く。
かつん、と思ったよりも硬質な音が鳴り、内部には僅かな衝撃も伝わらない。
「内部データを保護できる強度があって電脳内を自由に活動できる容れ物という面で、これ以上に適したものは他にない。そこであいつは、“人間の精神データを用いたネットナビ”の作成を開始した。……被検体は、養子に取った自分の息子だった」
『それは……』
「……実験のため、まず行われたのは電子化した精神データの複製だ。原本を弄って使い物にならなくなると困るからな。5年の月日をかけて、あいつは息子のほぼ完全な複製データ体を作り出した。……そして、その複製を用いたネットナビ作成は、さらに1年をかけて成功。“人間の精神データから作られたネットナビ”はここで完成した、ってわけだ」
二層目の転送ポートの前で、振り返りながら赤い目を細めそう締めくくる八神。
“被検体になった息子”というのは、間違いなく八神自身のことだ。それなのに彼は、それをなんでもないように語っている。
『……ならば、ここに残っているデータというのはその研究に関してのものなのか』
「そうだな。倫理的に広まったらよろしくないものだから、きっちり処分する必要がある」
ライカの問いに答えながら、八神は最後の転送ポートを起動する。
ここを越えたら目的地はすぐそこだ。予定外のことはあったが、これで目的も達成できるだろう。
そう考えていた八神は、転送されたポートの先の違和感に思わず足を止めた。
「八神?どうした……」
「……
じ、と中空を見上げる八神。先程までは欠片もなかった、明らかに異質なデータが電脳領域内に混じっているのが“視える”。
ナビたちもそれに気付いたのだろう。警戒しながら一歩踏み出した瞬間、周囲に火柱が上がった。
「なんだ!?」
「ウイルス……! 今までとは異なる種ばかりです、ライカ様」
素早く八神を庇うように囲う3体を包囲するのは、先程までの階層にはいなかった
飛びかかってきたそれらを迎え討つため、八神もまたチップフォルダを展開した。
「〈ワイドショット〉! 撃てェ!」
チップにより呼び出されたゲイラークが広域に水の刃を放ち、炎ごとウイルスを押し流す。
視線を向けた先では、ファイアマンとヒートマンが同属性だろうが関係ないと言わんばかりにウイルスを焼き払っている。ただ、少し突出しすぎて八神たちからは離れてしまっているようだ。
「〈サテライトレイ〉! これだけのウイルス、一体どこから……」
呼び出した衛星に援護射撃をさせながら、サーチマンがウイルスの発生源を探す。
その背に庇われながら八神もまた周囲を見回し……視界の端で揺らいだデータ流の異変に、反射的にサーチマンを掴んで引き寄せる。
「ッ!? 何を、」「〈ストーンキューブ〉〈ホーリーパネル〉〈ドリームオーラ〉ッ!!!」
咄嗟に引き出したバトルチップが展開されると同時、〈ストーンキューブ〉に超高温の熱量体が直撃した。
キューブの影、〈ドリームオーラ〉に覆われているにも関わらず、その熱はジリジリと彼らの身を焦がしていく。
ごう、とさらに勢いが増す。キューブの角が赤熱し、僅かに歪んだ。
『サーチマン! バトルチップ、〈エリアスチール〉!』
「こっちだ!」
「うおっ」
チップエフェクトを纏って、サーチマンと彼に抱えられた八神の姿が消える。
それに一拍遅れて、限界を迎えた〈ストーンキューブ〉が融け崩れながら消滅、業火がその場を舐めて行った。
『八神、無事か!』
「おぉう……三半規管……」
「……意外と大丈夫そうだな」
飛んだ先はファイアマンたちの元。八神たちから離れていたおかげでこちら側には直接的な被害はなかったようだ。……木っ端のウイルスたちは余波で吹き飛んでいったようだが。
強制ジェットコースター体験でふらつく八神を支えながら、放たれた炎熱の先を見る。
熱で歪む景色の奥、ゆっくりと炎の小山が立ち上がった。
円盤の連なったような四足が、床パネルを踏みしめる。
全身から噴き出す炎が、いやに赤く揺らめいていた。
「ヴォオオオオオオオオオオッ!!!!!」
咆哮が、ビリビリと電脳を揺らす。
【対象の解析を開始……呼称、アステロイド・フレイムマン!】
それは、ここにあるはずのない存在。
有り得ざる遭遇を前に、八神は大きく目を見開いて息を飲んだ。
作者はヒノケンとフレイムマンを邂逅させたかったと供述……
あと猫被りは爆速で剥げたのでライカへの雑敬語もしれっと消えました。
ファイアブレスは火柱(ナビチップでは貫通)?え、演出優先で……ネッ