咆哮と共に身に纏った炎の色が変わり、生み出されたいくつもの火球が緩やかな弧を描きながら迫る。
その間に割り込むように二体のネットナビが立ち塞がり、勢いよく腕を振り上げた。
「〈フレイムタワー〉!」「〈ファイアアーム〉ッ!」
殺到する火球を受け止めるように火柱が上がり、それをすり抜けたものもまた放たれた火炎放射により押しとどめられる。
しばらく拮抗し、やがて相殺エフェクトを纏って消えたそれらにモニター越しの火野が舌打ちをした。
『くっそ、いい火力してやがんなァあの野郎! 羨ましい限りだぜ!』
「言ってる場合かよヒノケン!」
「ぬおおおお! まだまだァ!!! オレの炎はこんなもんじゃねぇ!!!」
「ファイアマンも熱くなりすぎんなって! これツッコミオレだけなのか!?」
わちゃわちゃと騒ぎながら飛来する火球を相殺する炎ナビたちとオペレーターを他所に、サーチマンは炎の隙間を縫うように〈スコープガン〉を撃ち込むが……
ぶわ、と纏う炎の色が再び変わる。
淡い緑の燐光に包まれたフレイムマンが軽く首を振るだけで、放たれた弾丸はあっさりと弾かれた。
「……対象に損害なし」
『やはり、色が関係しているようだな……っ、はぁ……』
「ライカ様、あまり無理は……」
『ふーっ……問題ない、この程度の気温で、オペレートに支障をきたすような俺では……』
「無理すんな雪国生まれー」
ぜえぜえと汗だくでPETを握るライカに八神がツッコミを入れる。
アステロイド・フレイムマンが現実側にも影響を及ぼしていることに気付いたのは、交戦を開始してすぐのことだった。
周辺温度の急激な上昇。閉鎖空間である地下室には最悪の相性だ。
今は換気ダクトから氷点下の外気を取り込むことで一時的に中和させてはいるが、それでもまだ室温は異常な高さを示している。
熱に強い火野はともかく、シャーロという寒冷な土地で生まれ育ったライカにはこの気温は厳しいものがある。それに八神の肉体も
『でもどうすんだ? ヤツが緑じゃない時を狙うにしてもタイミングがシビアすぎんぞ』
「アステロイドといっても単体に積み込むには容量オーバーだろ、アレ。どこかに維持するための“タネ”があるはずだ」
『……サーチマンなら、探せる。少し時間を稼いでくれ』
ナビたちが飛び交う火球に対処する中、ライカの呼び掛けに素早く反応したサーチマンが後ろに下がり、スキャン機能を起動する。
炎熱による陽炎が視界を歪めているせいで、八神の知識にある“
「……ヤツの背後に、纏う炎と同質のエネルギー反応を二箇所検知。それが“仕掛け”であると推測します」
『背後だぁ!? あのデカブツを避けて狙えってのかよ……!』
火野が嘆く通り、フレイムマンがいるのは崩れた瓦礫が積み上がり、背後に回ることが難しい立ち位置だ。
直接狙うにはフレイムマン自身が邪魔をし、回り込むような攻撃も狙いが分かれば簡単に打ち落とせるような絶妙な配置。
……原作では思考力を削って火力に回していたと言うが、こちらでは意外と小賢しいナビのようだ。
だが、全く手がない訳では無い。
「……ヴォオゥ……!」
「(あれだけちょっかい出されてるのに視線がまったく逸れやしない……俺以外眼中に無しか)」
今までの攻撃も、全て八神を狙って放たれたものばかり。
狙われるような心当たりは……全くない訳では無いが、それはそれで使いようはある。
「……なあ、ちょっといいこと思いついたんだが」
「……じゃあ、行くぞ。散開!」
八神の号令と共に、ナビたちが左右へ散る。
一瞬探すような素振りを見せて、
──多分だけど、あいつ俺だけを狙ってるんだよな。だから、俺が囮になればあそこから引きはがせるんじゃないか?
「(予想通り、俺しか見てない。あとは……)」
走り逃げる八神を見て、橙色の炎へと変わったフレイムマンが火球……〈カオスフレイム〉を放つ。
ひとつは抱えたエビロンの放つ〈バブルショット〉で打ち消すが、もう1発はそのまま八神へと迫り……寸前で、標的が何かに攫われ火球は床パネルへと衝突した。
「ヴォ……!」
見上げた先には、ジッポライター型のナビ……ヒートマンに抱えられ浮かぶ標的の姿。
「オラオラ、お前の獲物はこっちだぜ! そんなノロい火の玉に当たるかっての!」
「ヒートマン、今その挑発いる……?」
プラプラと八神を腕にぶら下げたまま嘲笑うヒートマンに思わずツッコミを入れる。
……一応効果はあったらしい。イラついたように床パネルの踏みしめ、フレイムマンがさらに大きく動きだした。
「ヴォオオオァア!!!」
「うわ来た! 急げ急げ!」
「わかってらァ! ちゃんと掴まっとけよ!」
ズン、ズン、と迫る
頭に血が上っているのか、疑うことなくこちらを追ってくるフレイムマンを後目に、八神は作戦通り、とひっそりと笑った。
……ファイアマンとサーチマンが、準備完了の合図を出す。
それを見たヒートマンが急停止。飛び降りた八神が振り向きざまに青いドリームビット……ドリームラピアを召喚し、指示を飛ばした。
「〈アクアタワー〉! ぶち込め!」
「ヴォ!?」
突然目の前にそびえ立った水柱に、フレイムマンが慌てたように炎の色を変える。
苦手な水属性だが、この緑の炎は越えられない。そのままつっ切ろうと駆け出して……
しゅう、と身に纏った炎が一瞬で鎮火した。
「ヴォ、オオオォ!?」
身を守るはずだった炎が消え、〈アクアタワー〉の直撃を受けたフレイムマンがのたうち回る。
想定外のことに目を白黒させながら後ろを見れば、火が消え細く煙を上げる
『まさかタネがローソクとはな。ま、確かに〈リモローソク〉なんかと同じと考えりゃ納得はできるか』
『仕掛けは理解した、これだけ分かれば十分だ!』
「ヴォ、ヴォオオオオ……! ヴォアアアアアアア!!!!!」
ヨロヨロと立ち上がったフレイムマンが咆哮する。
同時にローソクに灯る……を通り越して燃え上がった炎の色は赤。
赤い炎を纏ったその姿に、八神はひくりと頬をひきつらせた。
コォ……と開かれた口腔に炎が収束する。
「こっ……これ初手飛んできたヤツ! ラピア!」
〈ストーンキューブ〉すらも融かすレベルの炎をこの距離で受けるのはシャレにならない。
大慌てでラピアに全力で攻撃を指示して、自身もあるだけの水属性攻撃チップを展開する。
『ちょ、ヤベェんじゃねぇか!? ファイアマン、ヒートマン!』
『チッ、往生際の悪い……! 〈バルカン〉、トリプルスロットイン! プログラムアドバンス!』
「〈ムゲンバルカン〉!」
「オラァッ! 〈ファイアボム〉!」
「テメェ口閉じやがれ! 〈ヒートスタンプ〉ッ!」
全方位から集中砲火を受けながらも、炎のチャージを止めないフレイムマン。
スーパーアーマー状態かよ!と内心で悪態付きながら、八神は最後の水属性チップである〈アクアワール〉を展開した。
逆巻く水流が巻き上がり、フレイムマンを包み込む。
渦が弾け飛び、その内から五体満足で姿を現した彼が八神を睨めつけ……
ローソクの火が消えると同時に、その巨体がズン……と床パネルへと崩れ落ちた。
アステロイド特有の
最後の一片がデータ分解されるのを見送って、八神は力が抜けたように尻もちをついたのだった。
……想定外の事態は起きたが、目的地へは無事に到着した。
アステロイド・フレイムマンが立ち塞がっていた先、鎮座するタワー状のサーバーブロックを見上げながら、八神は大きく息を吐いた。
『ここが、目的の……』
「ああ、この研究所でのデータが集積されている場所だ。ここの中身を処分すれば、俺の目的は達成ってことだな」
タワーに触れ、サーバー接続処理を行う。
ピリ、と全身を走るスキャンシステムの刺激に目を細め、それを鍵にロックが解除されていく。
『しかし、あのデカブツは一体なんだったんだ?』
『確かに、奴のオペレーターも姿を現さなかった。実体化すらしなかったのも不審な点だ』
「……しなかった……いや、できなかったんだろうな」
ポツリ、と呟かれた言葉に、ライカが反応する。
訝しげな視線を向けながら、八神へ問う。
『……何を知っている?』
「……ロック解除にはもうちょいかかる。さっきの話の続きをしようか」
ふ、と笑いながら振り返る。
タワーを背に、八神は再び語り始めた。
「さっきも言った通り、“人間の精神データ使ったネットナビ”は完成した。でも、それと同時に、ある事故が起こったんだ」
『事故?』
「……落雷だよ。ネットナビが完成したその日、その時。この教会に、大きな雷が落ちた」
すい、と八神は空を指差す。電脳空間の空は、流れるデータで薄ぼんやりと輝いている。
「
『……は、』
「むき出しの精神データは、電脳に流れた過電圧に耐えられない。一瞬で“彼”の精神は分解された」
ガコン、と背後のタワーが開く。
まるで翼を広げるように展開されるタワーの中。
収められたデータポッドの中に、それはあった。
そこに浮かぶのは、データ分解され、その身のほとんどを失った“人”だったもの。
わずかに残された顔の断片に、光を失った青い瞳が覗いている。
『…………八神……?』
……今、目の前に立つそれよりも少し幼いが、それは間違いなく“八神聖司”の残骸だった。
「……“
どこまでも冒涜的な親父だよ、と悪態づいて、八神は続ける。
「失われた精神データを複製に入れ替えるという荒療治は、奇跡的に成功した……そうして、“俺”は“八神聖司”として生きることになった」
……ただの複製データだけでは無理だっただろう。
偶然、“転生者”という異物が入り込み、複製データだけでは足りない部分を補ったことで起きた、誰も知ることのない奇跡の裏側。
教える必要のないそれを、八神は喉の奥へと飲み込んだ。
ひとつ息を吐いて、モニター越しに火野を見た。
「……悪かったな、火野。“俺”は、お前の知る“八神聖司”じゃなかったんだよ」
それだけ言って、背を向ける。
見上げたポッドの中、残骸に混じって光るものが見えた。
「……俺を、恨んでるんだろうな。失われてなお焼き付いた思念が、奴を呼んだ」
浮かぶディメンショナルチップを見ながら、八神は呟く。
『……なら、フレイムマンの、オペレーターは……』
「“
フレイムマンが八神ばかり狙っていたのも、全てはそれで説明が付く。
「結局、全部自業自得なんだよ。……巻き込んで悪かった」
『……いいや、アステロイドが関わっていた以上、相対するのは必然だった』
「そうか。……セレスト、データは?」
【……検索完了。ここに残されているものが全てのようです】
「わかった。……火野、ちょっとふたりを借りてもいいか?」
『っ……あ、あぁ……』
「……これ、全部燃やしてくれるか」
「全部、って……」
「“アレ”、もか?」
八神が指し示したのは目の前のタワー。
そこにある“断片”を前に、二体は自身のオペレーターの顔を伺いながら躊躇いを見せる。
「ああ。……頼む」
『………ファイアマン、ヒートマン。……やってくれ』
何かを決意したような顔で、火野が自身のナビたちへ指示を出した。
「……いいんだな?」
「……了解しました、ヒノケン様」
それを受けて、二体が前に出る。
放たれた炎は静かに燃え上がり、タワーを包み込む。
バチバチと音を立てながら、炎は全てを飲みこんでいく。
炎の奥に沈んでいく“断片”が、熱に揺らいだせいか僅かに笑ったように、見えた。
細くたなびく煙は、電脳の空へ高く、高く昇っていった。
◇◇◇◇◇◇
……ふっと意識が浮上する。
電脳世界から現実へと戻ったことを確認して、八神は息を吐きながら視界を覆うヘッドギアを取り外した。
「……戻ったかよ」
「……火野」
気だるさに任せて機材に身を預ける八神を、横に立つ火野が見下ろしている。
身体を起こすのもしんどいと視線だけで周囲を見渡して、ふと人数が足りないことに気付いた。
「ライカ殿は?」
「……あのガキなら先に上がって行った。事後処理でもしてんじゃねぇか」
「そうか……」
「……」
無言が重苦しく彼らの間を満たしている。
見下ろしてくる視線から目を逸らして、八神はなんと言うべきかと言葉を探す。
……先に口を開いたのは、火野の方だった。
「……八神、お前は……本当に、“あの八神”じゃないのか」
「ああ、そうだ。“俺”は“お前の知る八神聖司”じゃない。……軽蔑するか? そりゃそうだ。お前からすれば“俺”は“八神聖司”を騙る偽物。そうなったって仕方ない」
「ッ……」
「いいんだよ。これを知られた時点でそうなることは覚悟してた。2、3発殴られたって文句は言わない。お前が望むなら、もう二度とお前の前に姿を現すことは──」
「八神ッ!!!」
……顔の横を、拳が通り過ぎる。
ぎし、と嫌な音を立ててヘッドレストが揺れた。
「……勝手なこと、言ってんじゃねぇぞ……オレの気持ちを、勝手に捏造してんじゃねぇ!」
「……火、野」
「確かに、確かにお前は“あの八神”じゃない。けどな、お前は……“ヒートマンとファイアマンを救った八神”は、お前だろうが!!! 偽物だろうがなんだろうが! お前は……“八神聖司”は俺たちを救った! それだけは事実だろうが!!!」
真っ直ぐに見据える視線から、八神は今度こそ目を逸らせなかった。
「……それに、お前が言ったんだろ……オレに二度も失わせたくない、って……」
……それは、ファイアマンを取り戻す代わりにヒートマンを失うかもしれないと言われたあの日。
そこに現れた八神が、その両方を掴む手段を提示した時に言った言葉。
「なら、お前がオレから“八神”を奪うんじゃねぇ! ……オレに、二度も“八神”を失わせないでくれよ……」
懇願するように声を絞り出す火野に、目を見開き息を飲む八神。
「……“俺”で、いいのか……?」
「お前“が”いいんだよ、八神……!」
……すとん、と、その言葉が八神の中へと入り込む。
今までずっと“
騙している心苦しさ、負い目から、できうる限り手を貸してきた。
……真実を知られてしまったら、もう二度と傍には居られないと思っていた。
けれど、違った。
正体を明かして、それを超えた先。
そこで改めて縁を結ぶことに、なんの制約もありはしなかったのだと。
こんな単純なことが分からなかったのかと、それに気付いた八神が、力無く笑う。
「は、はは……いや、そうか……そうだな」
「……八神?」
「……火野、ありがとな。……改めて、よろしく頼む」
「! ああ……ああ!」
八神が差し出した手を、しっかりと掴む火野。
再び繋がった縁を祝うように、二人はどちらからともなく笑うのだった。
「アッ待って火野今ビキッてきたあだだだだ」
「ちょ、八神どうした!?」
『電脳で暴れすぎた影響が今来たんでしょうね。筋肉痛のようなものですよ』
「やっべマジで動けねぇ助けいででで」
……一方その頃、教会裏に停められた雪上車内。
帰還の準備を進めていたライカが、PETを手に取り声をかける。
「サーチマン。ここで見聞きしたことは他言無用だ、いいな」
『……宜しいのですか』
「ああ。俺たちは八神牧師の“墓参り”に同行し、その道中でアステロイドと遭遇。民間人の協力を経てこれを討伐、帰還した。今日あったことはこれが全てだ」
『了解しました』
その回答に頷き、やれやれと座席へと身を預けるライカ。
膝の上のPETを撫でながら、誰に言うでもなくポツリと呟いた。
「……まったく、歳をとると頭が固くなっていけない。ああはなりたくないものだな」
『ですが、固くなったものは揉みほぐせば柔らかくなるものです。……ライカ様のように』
「言うじゃないか、サーチマン」
窓の外に火野に背負われながら運ばれる八神を認め、ふっと笑う。
二人の表情が穏やかなものになっていることにはあえて触れずに、ライカは招き入れるようにドアを開いたのだった。
“八神聖司”の真実と彼らの友情のかたち。~おまいう主従を添えて~
デューオの謎発言の1、「人間でありネットナビであるもの」の答え合わせでもありました。文字通りの意味だよ!
“
ヒノケンに関しては自分のナビを二回もデリートされかけてるなら失うことに臆病になっててもおかしくないよなぁ、という気持ちで書いていました。作者、こういう男が弱ってるのすき……
あと自分も(主に熱斗に)揉まれて柔らかくなった自覚のあるライカとその変化もまた良いものと後方腕組み狙撃手面してるサーチマン。
フレイムマンの赤ローソク
ゲームでは回復、ゾアノでは獣化だったのでアステロイドは火力強化とかどうよ?というノリで設定。
とりあえずタメとリキャストが長い一撃必殺系火炎放射のイメージ。タメ中はスパアマ付きだけどダメージは受ける。ロマン砲っていいよね。
トドメがゾアノと同じチップになったのは偶然です。
よくわかる(?)八神聖司について
八神聖司(オリジナル/青目)→パルストランスミッション中の落雷で精神データが崩壊、死亡。
八神聖司(複製/赤目)→落雷時ナビフレームの中にいたのでギリ無事。衝撃で前世を思い出す(転生者が入り込む)。
八神父、空いた八神(オリジナル)の肉体に八神(複製)を入れる→八神聖司(現実/紫目)
急に目の色の描写がちらちら入ったのはこれが理由でした。
セレスト→元は八神(複製)を入れていたナビフレーム。現在は八神(複製)の一部をさらに複製して入れている。コピーのコピーは劣化が酷かったので使える部分だけ使った。
→セレストは八神(複製)の一部≒実質同一存在のためシンクロ値が高い。ただしクロスフュージョンを行うと“融合”ではなく“統合”されるため、シンクロチップが反応しないようがんばっている。
結論:だいたいクソ親父が悪い。