Q,冬の露出ゼロ黒づくめ牧師さんが日中の砂漠に放り出されたらどうなりますか?
A,↓
ざ、じゃり、と砂を踏む音が嫌に耳につく。
ジリジリと身を焼く太陽を避けるようにカソックを頭から被って、八神はひとり砂漠を歩いていた。
『……おい、八神。大丈夫かよ』
「……大丈夫、とは、言えないが……こんな砂漠のド真ん中で、転がってる訳にも、いかないだろ……」
せめて直射日光を避けられる場所まで、と這う這うの体でようやくたどり着いた岩陰に背を預け、ずるずると座り込む。
現れたヒートマンのホログラムに視線を向ける余裕もなく、大きく深呼吸して荒い息を整える。かわいた喉が酷くひりついて思わず咳き込んだ。
見上げた空に広がるのは、基盤状に可視化されたディメンショナルエリア特有の電子データの膜。
……アメロッパの基地で見たフォッサアンビエンス、その先の光景と同じものが、今八神の目の前に広がっていた。
「まさか、本当にビヨンダードへ、飛ばされる、なんて……」
『確か、電脳と現実が融合した世界……だったか。つまりはずっとディメンショナルエリアみたいなもんだろ? お前にはだいぶキツいんじゃねぇか?』
「まあ、キツいはキツいけど……普通のディメンショナルエリアよりは、マシだから、なんとか……」
はあ、と大きく息を吐いて身体の力を抜く。身を預けた岩の冷たさが焼けた砂であぶられた肌に気持ちいい。
水も装備もなしに砂漠に落とされた八神の体力は限界に近かった。せめて日が落ちた後だったら、と思いながら目を閉じて、ついにはぱたりと横に倒れこんだ。
『八神!? おい!』
「……日が、落ちたら、動きやすくなる、はず……それまで、休む……」
『休む、って……おい、寝るな馬鹿! 起きれなくなるぞ! おい!』
ぎゃんぎゃんと吠えるヒートマンの声が遠くなっていく。
ふー、と細く息を吐き出して、八神は意識を手放した。
『八神、おい八神! ……クソッ、マジで寝やがった……』
ぱたりと倒れて動かなくなった八神を見下ろして、ヒートマンは内心で頭を抱えていた。
高い体温の割に発汗が少ない。明らかに脱水一歩手前のその状態は、放置していては大惨事間違いなしの危険な状態だ。これもおそらくは失神に近い意識の失い方なのだろう。
『どうする、通信圏内に他のPETの反応はねぇ。ネットワークのねの字もねぇココじゃ離れて人を呼びに行くこともできねぇし……』
ホログラム体で離れられる範囲はそれほど広くは無いし、そもそもこんなサイズじゃよっぽど近くを通りでもしなきゃ気付いてもらえるとも思えない。
どうしたもんか、と思考回路をフル回転させるヒートマンの集音センサーが、かすかな物音を捉えた。
──ざり、と単体のなにかが砂を踏む音。
は、と顔を上げた先、岩陰の向こうから近付いてくる影が見えた。
……現実世界であれば人間一択なのだが、このビヨンダードにおいては全く別の択が存在する。獣化ウイルスか、ゾアノロイドか。
人間であれば天の助け、それ以外なら死神の使い。
どちらにせよ、ここで当たりを引けなければ詰みなことに変わりは無いのだ。覚悟を決めて、ヒートマンはその影の前へ飛び出した。
『おぉい、頼む! 助けてくれ……!?』
大きく手を振り存在をアピールしながら飛び出した先、その人影をはっきりと認識したヒートマンが目を見開く。
お前は、と漏らした声は、砂を吹き上げた風に呑まれ消えていった。
ふ、と意識が浮上する。
ぼんやりと霞む視界に映る見知らぬ天井に、八神は声を上げようと口を開く。
……乾ききった喉からは空気の抜けるような掠れた音しか出なかった。
『……気付いたかよ』
ひょこ、と頭上から逆さまに現れるヒートマンのホログラム。
ああ、と音にならない声を漏らして起き上がろうとするが、酷い頭痛と目眩にそのままベッドへと逆戻りしてしまう。電脳酔いだけが原因ではないそれに大きく息を吐いて、目を閉じ不調の波をやり過ごす八神。
フン、と不機嫌さを隠しもせずヒートマンがその場から離れていくのを薄目で追いながら、今度は頭に響かないようゆっくりと身体を起こす。
「……ひ、とまッ、ゲホッ!」
『無理に喋んじゃねぇよ。人を呼ぶだけだ』
ふよふよと飛んでいく先、開け放された部屋の出入口から外へ顔を出すヒートマン。ホログラムの表示範囲ギリギリで、外にいる誰かに合図を出すように手を振っているのが見えた。
……バタバタと遠くから足音が近付いてくる。
「────!?」
ばん、と飛び込んできたのは、真っ赤なジャージに身を包んだ壮年の男性だった。
彼はベッドの上でぽかんと呆気にとられる八神に気付くとニカッと笑顔を浮かべ、側へ近寄ってくる。
「──、───! ───、────……」
「……ぇ、と……?」
『……ビヨンダードって言語が違ぇんだよな。多分こいつ通じてないことに気付いてねぇぞ』
「えぇ……」
まくし立てるように話しかけてくる相手に困惑していると、戻ってきたヒートマンにこっそりと耳打ちされ思わず声が漏れた。
確かに、以前蒼木女史からはゾアノパンクと接触した時こちらとは違う言語を使っていた……という話は聞いていた。実際、彼の言葉はまったく聞き覚えのない言語だ。
こちらのものとは明らかに違うそれに、PETに搭載されているはずの翻訳機能が息をしていない。該当言語が無いとこうなるのか、とどこかズレた感想が頭を過ぎる。
相変わらずこちらの様子には気付いていないらしい彼に、どう割り込んだものか……と考えている時だった。
赤ジャージの男の背後からぬぅ、と腕が伸び、その頭をむんずと掴んで押さえ込む。
「──!? ────!」
突然のことに驚いたように振り返り、声を上げる赤ジャージ。
その背後から現れた下手人の姿に、八神は思わず息を飲んだ。
悪い目付きを誤魔化すような眼鏡とスーツには見覚えがない。
だが、その背に揺れる、燃える炎のようにうねる赤の長髪は。その姿は紛れもなく。
「……ひ、の……?」
零れた声に気が付いたのか向けられる視線。
なにか思うところがあるような、不信感に近い色を含んだ……八神としてはあまり向けられたことの無い鋭いそれに僅かに肩が跳ねた。
チッ、と舌打ちを漏らした火野が懐から1枚のチップを取りだし、八神へと放る。
手に取ったそれに見覚えはない。顔を上げれば、顎をしゃくってPETを指し示された。……入れろ、ということだろうか。
上着などと共にベッドのサイドボードに置かれたPETを手に取って、チップを差し込みヒートマンへ視線を向ける。中身を軽く検分したヒートマンが八神を見上げた。
『……害のあるもんじゃねぇな。こいつは……言語データか?』
「!」
『こいつを入れれば翻訳機能も使えそうだ。インストールするぞ』
頷いて許可を出せば、すぐにインストーラーが起動しデータの読み込みが始まった。
画面に映るゲージが溜まり、ピピ、と完了を知らせる電子音が鳴る。
「……それで通じるようになっただろ」
「ん? ああ! そうか、申し訳ない! 言葉が通じていなかったのか!」
からからと笑う赤ジャージの男に苦笑いをしつつ取り出したチップを返却するために差し出せば、火野に奪い取るように回収された。……まだ警戒されているようだ。
こちらからも礼を言おうと八神は口を開いて、枯れた喉が痛み酷く咳き込んでしまう。
「おっといけない! 彼は砂漠で干からびかけていたんだった、まずはコレを飲みなさい。ただし、一気に飲んではいけないぞ」
差し出されたボトルを受け取り、口を付ける。
……舌先に感じる塩味と甘み。ただの水ではなく、経口補水液のようなものらしい。
足りていなかったものが水分とともに染み渡っていくような感覚。何口か飲み込んで、はあと息をつく。
「麻波特性スポーツドリンク! 脱水にはこれが一番効くんだ!」
「ええ……助かりました。重ね重ね、ありがとうございます」
「なに、困った時はお互い様。それに貴方を拾ったのはこのヒノケンくんですからな! 礼なら彼に言うといい!」
バンバンと思い切り背を叩かれ迷惑そうな顔を向ける火野。
ひとしきり笑ったあと、ああ、と思い出したような顔で再び八神へと向き直った赤ジャージの男が口を開く。
「そうだ、自己紹介が遅れてしまった。私は麻波剛、燃える熱血ナイスガイ! そしてこちらが火野ケンイチくん。ここに流れ着く前は研究者だったそうだが、今では立派な我々の一員だ!」
作者はビヨンダードの才葉学園教師陣を見たかったと供述しており……
あと初見の相手がいるので珍しく猫かぶり牧師さん。