避難所から歩くこと数日。
途中いくつかの集落を経由して、八神はようやく話に聞いていた沿岸の街アミータへとたどり着いた。
温泉街特有の鼻をくすぐる硫黄の匂いと、土産物を売っているらしい出店の呼び込みの声。
思っていた以上に活気ある人々が行き交い賑わう街中に、この荒廃した世界でなお逞しく生きるかれらに感心しながら八神は自身の目的のためPETを取り出して街中へと繰り出していく。
そう、聞きこみである。
顔写真を手に聞き込みを続けてしばらく。……途中、空に何かが飛んでいくのが見えた気がするが、たぶん気のせいだろうとスルーしておく。
そして声をかけた人数が二桁へ至ったあたりで、ようやく有力な情報を得ることとなる。
「ん……ああ、このふたりなら見覚えがあるよ」
「本当ですか?」
指し示されたのはライカとディンゴの顔写真。なんでも、この街一番の湯屋で無銭入湯をして〆られていたところを見たらしい。
内心で何をやっているんだ……と呆れながらも礼を言い、八神はその湯屋へと向かうのだった。
デッキブラシを手に、大浴場の清掃をさせられているライカとディンゴ。
怪しげな老人に言いくるめられ流されてしまったとはいえ、やってしまったことは事実なのでぶちぶちと老人へ対する悪態をつきながらも、真面目に作業を続けるかれらへ不意に従業員から声がかけられる。
「おい、お前ら! もういいぞ、上がれ」
「はぁ……?」
「お前らの“保護者”から支払いを受けたんだよ。だからもう終わりでいい」
「保護者ァ?」
“保護者”を名乗る相手に心当たりがなくはて、と首を傾げたふたり。
それに痺れを切らした従業員は彼らの襟首を猫のように掴み、脱衣所の方にぺいっと放り投げた。
床に投げ出され、打ち付けた身体を擦る彼らの視界に映る黒衣の脚。
「やあ、ふたりとも、お元気そうで何よりです」
「「や……八神さん(牧師)!?」」
そうして彼らは、唐突な再会を果たしたのだった。
ふたりが作務衣から着替えている間、互いに情報共有を行う。……さすがに食事処でも同じようなことをやらかしたと聞いた時には何やってんだと真顔になってしまったが。
「ディンゴ少年ならともかく、ライカ殿にしてはらしくないやらかしだな。行きずりの老人を信じるなんて……」
「ぐっ……申し開きもない」
「オレならともかくってなんだよ!?」
「しかし八神牧師、どうやってここの支払いを? 我々の世界とこちらでは通貨が異なっているはずでは……」
吠えるディンゴをどうどうと宥めながら、ふと思い出したようにライカが問う。
通貨が異なっていたからこそ自分たちはこうなっていたわけだし、他に
その視線を受けた八神はひとつ瞬きをして、にやりと笑う。
「そりゃ、まあ……どんな世界であっても“人間の生活”と“冠婚葬祭”と“宗教屋”は切っても切り離せないもんだからな」
「カンコン……?」
「あー……結婚式とか葬式とか、そういうのをニホンではまとめてそう言うんだ。そういうのを執り行えるやつはこっちの世界でも一定の需要がある、ってこと」
「なるほど……ん? まさか……」
「……もしかして八神さん、祝儀泥棒 「してねぇから!!! ちゃんとお相手方から謝礼として渡されてるクリーンな金だから!!!!!」
まさかの冤罪疑惑に、お前ら俺の事そんな風に思ってたのか!? と思わず大声を上げながら詰め寄ってしまう八神。
冗談だってと笑うディンゴの頬をこね伸ばしながら、八神はひっそりと息を吐き出した。
それは、一部とはいえ子供たちの無事を確認できたことへの安堵の息だった。
──バゴン、と何かが壊される音と悲鳴が響く。
「な、なんだぁ!?」
「獣化ウイルス!? こんなところにまで侵入してくるのか!」
慌てて飛び出した先にいたのは壁を壊し建物内に侵入した獣化ウイルスの群れ。
街中にまで侵入してきたウイルスに人々は浮き足立ち逃げ回ることしかできない。……獣化ウイルスの侵入にしては、人的被害が出ていないような気がするが気のせいだろうか。
「ん、ん~? ……いや、アレほんとに獣化ウイルスか……?」
視界に収まるウイルスから感じた僅かな違和感に目を細める八神だが、今はそんなことを考えている暇は無さそうだ。
上げた声に反応したウイルスたちが一斉にこちらを向く。その視線がライカとディンゴを捉えた瞬間、今までの無秩序な動きから一転して我先にと襲いかかってきた。
「おわぁっ!?」
「こっちに来るぞ!」
「これは……お前ら、そのまま外に走れ! こいつら、お前らふたりを狙ってる!」
ウイルスたちの標的がふたりであることに気付いた八神が指示を飛ばす。それに従い走り出した彼らを追ってぞろぞろとウイルスたちが移動を始めた。
あくまで誘い出しを目的とした逃走。完全に振り切ることがないように……というか、
そうやって街外れまでウイルスたちを誘導することに成功した3人ではあったが、土地勘のない彼らではそれにも限界があった。
行く先にそびえ立つ岩壁。逃げ場のない袋小路に追い詰められた彼らの前に、ふたつの人影……厳密には1人と人型ナビが一体現れる。
「山下日出の助!」「ナルシー・ヒデよ!!!」
「あ、あぁ~……なるほど、ウイルスの違和感、これか……ビデオマンの、〈ロクガサイセイ〉……」
「……八神牧師、大丈夫ですか」
ぜえぜえと荒い息を吐きながら、先程感じた違和感の正体に気付いて思わず呟いた八神。つまりこのウイルスたちはビデオマンの能力でコピーされた獣化ウイルスなのだろう。通りで獣化因子の気配が薄いと思った。
……それはそれとしてめちゃくちゃにへばっているのでライカに気遣わしげな視線を向けられるが、ひらひらと手を振り問題ないと示す。
ぞろりと並ぶウイルス……獣化スカラビアが迫る中、サーチマンとトマホークマンを実体化させ戦闘が始まった。少し遅れて八神もヒートマンを実体化させるが、実質無限湧きのウイルスにジリジリと追い詰められていく。
そんな中、姿を現したのはひとりの老人。どうやらライカとディンゴを振り回していた件の人物らしい。
やいやいと声を荒らげるディンゴを一笑し屋根の上からこちらを見下ろす老人は、「風の声を聞け」と語るばかりで。
刹那、吹き抜けていく風に乗って運ばれてきた“それ”に、ライカが気付いた。
「サーチマン、この崖を熱分析! 一番温度の高い場所を撃て!」
周囲を囲む敵すらも無視して唐突にそんなことを言い始めたライカに、指示を受けたサーチマン以外が戸惑う中。
それに少し遅れて気付いた八神が小さくああ、と呟く。
「なるほど? ふたりとも、少し下がれ。……そこ、巻き込まれるぞ」
ハァ? とヒートマンが声を上げるのと同時、弾丸を撃ち込まれた岩壁にビキリと大きな亀裂が走り、そこから大量の水……温泉が溢れ出した。
「「うおぉあぁっ!?」」
〈ツナミホール〉もかくやと言わんばかりの水流がウイルスたちを襲い、一気に押し流していく。……巻き込まれかけたトマホークマンはヒートマンを抱えて慌てて退避。ギリギリ間に合ったそれに息を荒らげながら、トマホークマンたちはキッとサーチマンを睨んだ。
「おっ……お前なぁ! やるならやるって先に言えよ!!!」
「そーだそーだ! 炎ナビに水は厳禁だって習ってねぇのか!?」
「む、すまない。だがこれでウイルスは一掃できただろう?」
ぎゃいぎゃいと(一方的に)言い合うナビたちは置いておいて、これで数による不利はなくなった。
だが、ムキィーッとスカーフを噛むナルシーを前にビデオマンが奥の手と言わんばかりに腕のテープを引き伸ばす。
目の前に現れるのは〈ロクガサイセイ〉で生成されたコピーのサーチマン、トマホークマン、ヒートマンの三体。
3対4という絶妙な戦力差にさてどうするかと身構えた彼らの間に、一体のナビが実体化された。
……テングマン、と呼ばれたそのナビの一撃によりビデオマンはコピーナビごと打ち倒される。
その勢いのまま吹っ飛んでいくナルシーを見上げながら、身構えていた八神はえぇー……と気の抜けたような声を漏らすのだった。
その後、街を救った礼を受ける老人……風天老師とそのお供扱いとしておこぼれをいただいた彼らは、そのまま老師が示した連絡船へと乗り込み出航していく。
言われるがままに乗ってしまったが、はたしてこれはどこへ向かうのだろうか。
……たどり着いた先で彼らが求めるものとの再会を果たすことになるのは、もう少しだけ先の話。
▽おまけ
「風天老師のアレってたぶん俺のと同類だと思うんだよな……」
「同類?」
「ああ、電脳共感覚……」
「そうそう。俺が電子空間から情報を知覚してるのと同じで、老師は風から読み取ってんじゃないかって」
「なるほどー」
「まあ実際どうかは知らんけど」
というわけで合流回でした。本編部分はBEAST編そのものが結構サクサク進むのであっさりめになりがち。しかたないね。
tips:テングマンと牧師さんのCV(イメージCV)は同じ浜田賢二さん。