「……地図で見る限り、海峡まではこの船で行けそうだな」
「おっしゃ、じゃあ飛ばしていくぞ!」
「飛ばすな、燃料を考えろ」
負傷したバレルを村の医者に預け、借りた船で先行した熱斗たちを追う3人……炎山、ディンゴ、そして八神。
研究所のサーバーからPETへ落とした地図データを囲みつつ、時折海中から現れる(おそらくは)野良の獣化ウイルスを処理しながら彼らは海路を進み、合流を急ぐ。
……そうして無事合流した彼らは今、砂漠と化した道をひたすらに歩き続けていた。
ジリジリと身を焼くような太陽を見上げ、やっぱり日が落ちてから動くように進言する方が良かったか、と八神が若干後悔している中。
皆もこの暑さに参っているのか、この先にある街で一度休憩を取ろうという話になるのは当然の流れだろう。
歩みを進めた彼らの前に現れたのは、破壊され廃墟と化した都市の姿だった。
「これは……」
「痕跡を見るに、グレイガ軍とファルザー軍の戦闘が起きたようだが……」
転がる瓦礫に割れた地面。上がる煙の濃さから、襲撃を受けてそれほど経っていないように見える。
それでも多少は休める場所があるだろうかと周囲を捜索する彼らの耳に届く無数の足音。規律正しく揃えられた、明らかに民間人のものではないそれに彼らは慌てて瓦礫の陰へと身を隠した。
「(ゾアノ兵! あんなにたくさん……)」
「(エンブレムは……グレイガか。この辺りは連中の勢力圏にされたっぽいな……)」
物陰から様子を伺えば、そこにいるのは行進するゾアノ兵の一団。
どうやら連中は駐留軍のようだ。あまり長居していては見つかりかねない、と隠れながら街を抜けようとする彼らの目の前で、突然ビルの残骸が崩れ落ちた。
轟音と砂煙の中、現れたのは。
「見つけたぞ……シンクロナイザー!」
彼らの前に再び立ち塞がるゾアノカーネル。
引き連れた数多のゾアノ兵、その上グレイガまで姿を現したことで戦況は圧倒的に不利に傾いていた。
ロックマンとロール、サーチマンの3体……ロックマンは
ブルースとトマホークマンはゾアノカーネルの足止めで手一杯、戦闘音を聞きつけたのか街に散開していたらしいゾアノ兵が続々と現れるのをヒートマンがギリギリで抑えてはいるが、気を抜けばすぐにでもこの均衡は崩されかねない。
3連プログラムアドバンスすら無傷で耐えきり、足止めに崩されたビルの残骸を咆哮ひとつで薙ぎ払っていくその巨体。
その音圧で吹き飛ばされ降り注ぐ瓦礫の雨を前に、八神は咄嗟にチップをPETへと叩き込んだ。
「ッ、〈リフレクメット〉、スロットイン!」
「チッ……お前ら動くなよ!」
周囲の残党ゾアノ兵の相手をしていたヒートマンが踵を返して割り込めば、無防備なオペレーターたちを守るように現れた巨大なヘルメットが瓦礫を弾いていく。
ガン、ゴン! と硬質な音が響くたび周囲に反射された衝撃が波となって襲いかかるが……巻き込まれているゾアノ兵たちはともかく、グレイガ自身は当たったところが少し痒そうに身を捩るだけで大したダメージにはなっていなさそうだ。メット嵌めなんてデータ上の仕様でしかないのである。
幸い、足元を気にしないグレイガのおかげでゾアノ兵は一掃されている。止められるか分からないグレイガを相手にするよりは、まだゾアノカーネルを阻止するか熱斗たちとの合流を急ぐ方が有意義だろうか……
一瞬の逡巡ののち、八神はヒートマンと共にゾアノカーネルを追うのだった。
足止めにもならない攻防に飽きたのか、ひとつ吠えたグレイガがおもむろに前脚を振り上げ……まるで“お手”でもするように振り下ろされたそれが、周囲の建物ごと自身の周りを飛び回る鬱陶しい
ガラガラと崩れ落ちる瓦礫と悲鳴を背景に、グレイガが街の外……
ゾアノカーネルを追い先行していた炎山が、それを見てPETを掴み声を張り上げる。
「まずい! ブルース、グレイガをトリルに近付けるな!」
「バトルチップ〈クラックアウト〉、スロットイン! 足元だ!」
それと同時に八神もまたPETへとチップを叩き込み、ヒートマンへと指示を飛ばした。
下ろされたグレイガの足元にぽっかりと開く大穴。バランスを崩した巨体が傾ぎ、建物へと突っ込むのを横目に彼らは街の外……砂漠へと駆け出していく。
眼前に広がる砂原の上、相対するのはアイリスとゾアノカーネル。
横槍のように飛び出したバレルとパクチー、スラッシュマンを軽くあしらったゾアノカーネルがその剣をアイリスへと振り下ろした。
バチリ、と障壁ごと弾き飛ばされ、斬撃を防ぎきれなかったアイリスが倒れ込む。
「おねえちゃん!」
「ダメだ、トリル!」
駆け出したトリルがアイリスの手をとる。しかし、破損したコピーロイドとそれに伴うダメージで動くことは出来そうにない。
動けないかれらへゾアノカーネルが迫り、トリルへと手を伸ばす。
「う、うぅ……うあああぁぁああっ!!!!!」
トリルの叫びに共鳴するように、その身に宿した
暴走同然で発せられたシンクロナイザーとしての力が、アイリスとカーネル、ふたつに分かたれた
がしゃん、とはじき出されるようにコピーロイドが地に投げ出される。それに遅れてぽてりと落ちるトリルの身体。
そうして光が収まった時、そこに残されていたのはカーネルただひとりであった。
突然のことに足を止めてしまった彼らを置いて、一足先にグレイガが飛び出していく。
そのまま真っ直ぐに
「あれは……ファルザーよ!」
「どうしてここに……シンクロナイザーの力を感知したのか!?」
「だが好都合だ、あいつらが戦っている間に……?」
互いに睨み合い、威嚇を繰り返すグレイガとファルザー。動きが止まっている今がチャンスだ、と向き直った先で見えたそれに一瞬目を瞬かせる。
……それは、砂漠には似つかわしくない潜望鏡だった。
「捕まえたのであーる」
「お前は……ダイブマン!」
ざざ、と砂原を割り現れたのはいつか見た潜水艦型のナビ。ダイブマンはその手に掴んだトリルを自身の中へ放り込み、再び砂の中へと潜っていってしまう。
「これでDr.ワイリー様もお喜びになるのであーる」
それだけ言い残し逃げ去るダイブマン。
逃げられたことに苛立ったようにひとつ鳴いて、再び向かい合うグレイガとファルザー。
そしてその獣化因子の昂りに触発されたのか、気付けばどこからともなく湧き出してきた獣化ウイルスたちに周囲を取り囲まれていた。
幸いと言っていいのかそれらは互いに敵軍を狙い進軍しているようだが……その両軍の間に挟まれていては、巻き込まれてしまうのは仕方の無いことだろう。
ナビたちは先程の戦闘で少なくないダメージを負っているし、実体化させるエネルギーの充填も足りていない。今は逃げるしかないと、バレルの先導のもと包囲の薄い一角を目指して走り出した。
ごう、と炎が頭上を掠めていく。
目の前に広がる炎の海と、背後から迫る獣化ウイルス。
最後の手段である捨て身のクロスフュージョンで飛び出していった3人を前に、八神は1枚のサブチップを取り出す。
それは、以前会遇したビヨンダードの火野から、別れ際に渡されたものだった。
──コイツは餞別だ、受け取ってくれ。
──〈フルエネルギー〉? ……じゃ、ないな。なんだ、これ?
──オレが研究してた炎のプログラム、その集大成だ。……オレが持ったまま腐らせてるより、お前らが持ってる方がいいだろ。
──……そうか。わかった。
……ドォン、と周囲から響き渡る衝撃に、はっと顔を上げる。
プログラムアドバンスの一撃が獣化ウイルスの群れ、その一角を吹き飛ばしたようだ。……だが、そこまでだった。
ついに力尽き、崩れ落ちる3人。獣化ウイルスたちはまだ健在で、動けない彼らにジリジリと迫っている。
「……迷ってる余裕はないか。ヒートマン、少し無茶させるぞ」
『チッ……仕方ねぇな、早くしろ』
相変わらずの物言いに苦笑して、手にした〈フルエネルギー・改〉をPETへと挿入した。
急速に回復していくHP。じり、とPETが熱を持つのを無視して、八神はそれを構える。
「……ヒートマン.exe、トランスミッション!」
「……ッ、オオオォォォアァ!!!!!」
ピシュン、と放たれる赤外線ライン。実体化したヒートマンが、その勢いのまま炎の弾丸となって戦場を飛び回った。
目で追うのも厳しい速度の赤がすれ違うだけで獣化ウイルスを薙ぎ払っていくのを横目に、八神はPETへと視線を落とす。
……画面に表示されるHPゲージがジリジリと削れていく。いつかのエキストラコードによる
炎属性のナビに対して作用する、一時的に限界を越えさせるプログラム。実体化時間の延長は副次効果のようだ。火野らしい研究内容だな、と呆れたように息を吐いて、この猶予時間を無駄にしないため八神はチップを手に取った。
「バトルチップ〈メテオナックル〉、スロットイン! ……これも長くは持たない。今のうちに3人を回収するぞ!」
轟音と共に空を割って降り注ぐ鋼鉄の拳の雨が獣化ウイルスを叩き潰し、その勢いを削いで怯ませる。
ヒートマンの実体化と暴れっぷりに呆けているのか動きを止めてしまった一行に激を飛ばして、八神は熱斗の元へと走り寄った。
「少年、光少年! 動けるか?」
『八神さん! 熱斗くんは……』
「……だい、じょうぶ……ちょっとしんどいだけ……」
拾い上げた青いPETを渡し、肩を貸して起き上がらせる。
周囲を見回せば、炎山とライカの方へもちゃんと誰かしらが向かっているのが確認できた。
そのまま皆と合流を、と歩き出そうとした時だった。
『危ない、後ろ!』
「ッ……!」
「うわっ……や、八神さん!」
〈メテオナックル〉の効果時間が終わり、獣化ウイルスを足止めするものが無くなったせいだろう。八つ当たり気味に飛びかかってきた獣化ラビリーの射線から外すように熱斗を突き飛ばしながら砂地へと倒れ込む。
起き上がろうと付いた手が砂に滑り、一瞬体勢が崩れた。その隙を見逃さず再び迫る獣化ラビリー。
こちらの異変に気付いたらしいヒートマンがすっ飛んでくるが、いかんせん距離が遠い。あちらが辿り着くより前に一撃は貰うことになるだろう。
身構えた八神の耳に、声が響く。
「──諦めるな、ビヨンダードの友よ!」
空から響く声にはっと顔を上げれば、太陽を背に飛ぶ三つの人影が目に飛び込んできた。
「シャークマン!」
「スカルマン!」
「ウッドマン!」
「「「トランスミッション!」」」
舞い降りる光が3体のナビへと姿を変える。
新たな乱入者に浮き足立つ獣化ウイルスたちを一掃して、彼らは堂々と戦場に立っていた。
ビヨンダードのネットエージェント組……こちらではレジスタンスを率いるリーダーらしいマサこと覆面隊長一行。
戦争を終わらせる為に集った者たちの助けを借りて、一行はワイリー研究所へと向かう。
「八神さん、ヒートマンは……」
「……さすがに無理させすぎたな。これ以上は動かせないだろう」
装甲トラックに揺られながら、八神はPETを手に息を吐く。
その画面内ではスリープモードに入ったヒートマンのステータス画面が表示されている。HPはほぼゼロに近いが、ナビの構成プログラムには影響は出ていないようだ。
まあ、そういう所は信用できる男だ。別世界であってもあいつがナビそのものを崩壊させるようなプログラムを組んだりはしないだろう。帰ったらフルメンテする必要はあるだろうが。
あちらの世界との通信を終えた熱斗が、横からPETを覗き込む。
それに大丈夫だとその頭をひとつ叩いて、八神はシートへ深く体を預けるのだった。
道中、何事もなく進んでいくように思われたトラックが急ブレーキを踏む。
その勢いに振り回され若干グロッキーになったところに響いたその声に、八神は思わず頭を抱えることになった。
「Dr.ワイリー!? 何をしに来たんだ!」
【なに、危害は加えんよ。ビヨンダードの諸君に少しばかり挨拶にな】
こちらをおちょくるように、宣戦布告とも取れる言葉を吐きながらくつくつと笑うホログラムのDr.ワイリー。
ディンゴに投げつけられたトマホークを一瞥して、その視線がすいと八神へと向けられる。
【それから……そうそう、和正の倅には言っておかねばな。……《天眼》、アレは中々に面白いオモチャじゃな。アレの中身を読み取るには時間がちぃとも足りんかったが……ワシがこの世に復活した暁には、その無限の時間をもって存分に有効活用してやるから安心するが良い】
「安心できるかクソジジイ。つーか一割も使えてねぇなら捨てちまえそんなモン」
ケッ、と吐き捨てて睨む八神に高笑いを残し、Dr.ワイリーのホログラムが消える。
しばらくその消えたあとを睨みつけて、八神はイラついたように頭を掻きむしった。
──
だいぶ駆け足ではありますが次回、BEAST編最終話。真面目な話介入する隙がないぜ!!!
一応牧師さん大勝利(ではない)話をしておくと現時点でクソ親父はちゃんと普通に寿命で死んでます。自分を電子頭脳にはしてない。