「ッ──!!!」
ガタン、と身を揺らした八神が勢いよく跳ね起きようとして、装着していた機材に引っかかり座面に引き戻される。
一瞬何が起きたのかわからず混乱するが、すぐに自身がパルストランスミッションしていたことを思い出して大きく息を吐き出した。
「目を覚ましたか」
唐突にかけられる声。
電脳から帰還した時特有の気だるさに身動きが取れないまま、それでも何とか頭を覆うヘッドギアを外せば、そこには目の前に広がる機材の群れに似つかわしくない和装の男が八神を見下ろしていた。
「ミヤビ……ああ、ここまで運んでくれたのか。助かった」
科学省でフォルダ化した後の記憶はないが、
座席のアームレストに接続したPETを操作し、簡易的なシステムチェックを行う。……特にエラーなどは起きていない。その辺の調整も任せていたが、問題はなかったようだ。
そのまま操作を続け、視線だけをダーク・ミヤビへと向ける八神。
「依頼料は口座の方に。色々と苦労をかけた分、色は付けといたからな」
「……確かに。それで、この後はどうする」
「どう、って」
「結局、お前の目的は果たされていないだろう。あの“穴”に心当たりはあるようだが」
案外鋭いな、と八神は内心で舌打ちする。
確かに、あのバックドアの形式には見覚えがある。というか、ずっと自分
……ただ、なぜそれが今ここで使われて、どうしてそこに繋がっていたのか。その理由までは分からないのだが。
「……どっちにしろ、これ以上は今回の依頼の範疇からは外れるだろ。お前たちへの依頼はあくまで“科学省キャッシュサーバーへの襲撃と俺の護衛”だからな」
「……それもそうか。ならばこれ以上深入りすることもあるまい。失礼する」
その答えに、ミヤビはひとつかぶりを振ってそのまま踵を返す。
足音も立てず消えたその姿を見送って、八神はまた大きく息を吐いて座面へ体重を預けるのだった。
「……シャドーマン」
『言われずとも、既に“伝言”は残している。……しかしミヤビ。ここまでサービスするとはお前らしくもないな』
「なに、奴は気難しくはあるが金払いのいい上客、それに情報屋としても信の置ける相手だ。ならば多少恩を売っておいても損は無いだろう」
『フッ、成程な』
一方その頃、科学省では。
「なー、そろそろ話した方がいいんじゃないかー?」
「だっからオレは知らねぇっつってあだだだだだ関節! 関節やめろって!」
「ふむ、これでも話す気は無いか。ならば……」
「待てライカ、それ以上はニホンではアウトだ」
「ニホンじゃなくてもアウトだよ!?」
……逃げそびれた火野が、ライカに関節をキメられていた。
聴取、もとい拷問から開放されてやれやれと肩を回す火野。
その様子を見ていた熱斗が、一時的に押収していたPETを返しながら純粋に疑問を口にする。
「ヒノケン、ホントーに八神さんから詳しく聞いてないの?」
「ああ、アイツからは“クソ親父の遺産ぶっ壊しに行くから手伝え”って言われただけでな……実際、アレが何だったかまでは全く教えちゃくれなかったよ」
「八神和正博士の遺産かぁ……こちらとしては大いに興味を惹かれるね」
うーん、と残念そうに呟く祐一朗に、どういうこと? と視線が集まった。
それを受けた彼はああ、とモニターから振り返り、眼鏡を光らせる。
「かつて科学省にいたとされる、光正、Dr.ワイリーに並ぶ天才科学者。親父やワイリーとは別ベクトルからのアプローチにより、科学の発展に貢献したとされる人物。彼らよりも早く表舞台からは姿を消してしまったけれど、その頭脳は間違いなく本物だった……そんな人が遺したものなんて、我々研究者にとっては垂涎物だからね!」
「へ、へー……」
「……とはいえ、それはさっき持ち去られてしまったんだけれど。名人、そちらはどうだい?」
「……ダメですね、残留データも残っていません。炎山君たちが持ち込んだデータ片も無くなってしまったし、アレの詳細は分からずじまいです」
首を振る名人に残念そうに肩を落として、再びモニターを見上げる祐一朗。
そこに映されているのは、無惨にも荒れ果てたキャッシュサーバーの残骸。
戦闘の影響で損壊した上、“塔”ごと引き剥がされ転送されたそれらはもう使い物にならないだろう。
それでも、何か繋がるものはないか、とナビたちはその場に残り調査を続けていた。
「サーチマン、どうだ」
『……奴の言う通り、バックドア接続ログの痕跡を発見しました。現在アクセスポイントを解析中……』
「よし、それであの“塔”がどこへ転送されたか判るな!」
『………解析完了』
ヴン、とライカのPETから3Dモニターが展開され、いくつかのウインドウが開かれる。
そこを文字列が流れていき、やがてひとつの座標データが表示された。
『現実空間に存在する物理サーバーのようです。座標に一致する地点のマップを表示します』
そうして表示される衛星画像とマップデータを見た火野が、ガタリと身を乗り出す。
「こいつは……!」
「ひ、ヒノケン? 知ってるの?」
「ああ……知ってるも何も、ここは……」
見間違えではないかと何度も座標の文字列を追い、衛星画像を食い入るように見るが、どれだけ見直してもそれは変わることは無い。
間違いなく、そこは自身の知る場所だった。
「……ここは、俺と八神が生まれ育った街だ」
………………
…………
……
そんなことがあったのが数日前。
“塔”を持ち去った“穴”の接続先を突き止めた科学省は、ニホン某所にある教会跡へとネットセイバーを派遣した。
かつて駐車場だったであろう空き地に大型のバンが停車し、後部座席から
ぐいと大きく伸びをして、長時間の移動で凝り固まった背筋を伸ばした熱斗が、運転席を振り返った。
「……で、ここにいるのは間違いないんだよな、ヒノケン」
「ああ。少なくとも八神のPETの反応は確実にここにある。だろ? ヒートマン」
『間違いねぇよ。八神のPETはこの建物の中……しかも、どっかにアクセス中になってやがる。急いだ方がいいんじゃねぇか』
そこから出てきた火野は手元のPETに視線を下ろす。
以前適応されたリンクゲートシステムにより、ヒートマンにはいまだ“八神のナビ”としてそのPETとの接続が残っていた。
その接続を利用し八神のPET位置を捕捉、所在を掴むため、火野は彼らに同行しこの場所まで訪れたのだ。
ヒートマンに急かされるまま、彼らは廃教会の奥……ロックの解除された隠し扉を押し開いた。
隠し扉の先にあったのは、教会には似つかわしくない……秋原町の教会地下にあるそれよりもさらに大掛かりな地下サーバー施設だった。
部屋を埋め尽くす機材とモニター類、その隙間を埋めるようにコードや配管が走り、狭い通路をさらに狭めている。
足元にも無数にのたくるコードに気をつけながら先へ進む彼らの前に、やがてひとつの扉が現れた。
扉にはオートロックがかかっていたものの、ここにいる面子にとっては大した苦労もなく解錠される。
その扉をくぐった先は、ここまでの乱雑な設備空間とは異なる様相を呈していた。
それなりに広い室内には、ここまでに見た機材や配線などはほとんど見当たらない。
入口から見て左右の壁には一面を覆うモニターが設置され、そこには無数のウインドウに様々なグラフやデータが表示されている。
そして入って正面、向かいの壁と天井を半分ほど覆い尽くすように、部屋の上辺から生える巨大な球状の機械。その中心に埋め込まれたコアが、まるで瞳のように彼らを見下ろしていた。
コアから下部へと伸びるラインは壁を伝い、木の根のように枝分かれして床へ……そこにいくつか配置された、半球状の座席へと繋がっている。
……そして、その白い座席のひとつに黒い何かを認めた火野が、反射的に駆け出した。
「八神ッ!!!」
座席に着き、頭部の半分ほどを覆うカバーの下に見える八神の目は閉ざされたまま、なんの反応も示さない。
頭上の機械は微かに低く唸りを上げており、そのコアと座席を繋ぐラインは静かに、ゆっくりと明滅を繰り返している。
「……どうやら、既にパルストランスミッションを行使してしまったようだな」
「や、八神さん一人で!? それってヤバいんじゃ……!」
「ああ、今の八神牧師はナビフレームも持っていないだろう。俺たちも急いで後を追わないと……」
『でも熱斗くん! この部屋、プラグインできる場所がないよ!』
ロックマンの言う通り、この部屋の機器にはプラグイン端子や有線アダプターを接続できるような場所は見当たらない。徹底的に接続ポートを排除したそれは、外部からの干渉を排除しようという意思に他ならなかった。
「クソッ、どうする、どうすれば……」
「……そんなモン、ひとつしかねぇだろ!」
そう言って八神の隣の空席に向かい、その仕組みを確認する火野。
どうやらこのアームレストにだけ、PETを接続できる端子があるようだ。それを見て躊躇いなく自身のPETを接続し、その座面へどっかりと座り込む。
「ひ、ヒノケン!? 何を……」
「八神がコレを使ってるってことは、これ以外にここにアクセスする手段はねぇってコトだ。ならやるしかねぇだろうが!」
止めようとする熱斗に一喝して、火野は作業を進める。
それを見ていた彼らもまた、覚悟を決めたように呟いた。
「……致し方ないか」
「民間人だけに任せるわけにもいくまい。俺たちも行くぞ」
「炎山、ライカ……わかった、やるぞ……!」
それぞれが空いた席に座り、PETを接続する。
互いに互いを見やり、全員の準備が整ったことを確認して、彼らは装置を起動した。
機器が低く唸りを上げて動き出す。
彼らの頭部を覆うようにヘッドレストからカバーが降り、体勢を整えるようにリクライニングが動く。
カバーの中で無数の光の線が走り、視界を埋め尽くし……
──システム良好。バイタル安定。電子変換を開始。……
──パルスイン。
端的な電子音声を最後に、彼らの意識は一度途切れた。
◆◆◆◆◆◆
……意識が覚醒する。
目の前に広がるのは、最後に見えたヘッドカバー下の闇ではなく、いつもモニター越しに見ていた電脳空間の空。
どこまでも続くように広がる空にはいくつものデータブロックが浮かび、0と1で構成されたデータが空間を走り、エリアを区切るように周囲を巡り続けている。
その光景にしばらく圧倒されていた彼らは、ハッと気を取り直して周囲を見渡し……視界に入った互いの姿に思わず声を上げた。
「え、炎山! ライカ!? な、なんでクロスフュージョンして……」
「熱斗、そういうお前もしているぞ」
「どういうことだ……? 機器にPETを接続したことと何か関係が……」
当然ながら、PETにシンクロチップを入れた記憶はない。互いに混乱しながらも状況を、特に融合状態にあるナビたちの状態を確認する。
幸い、ナビたちに大きな問題は起きていない……現実でクロスフュージョンした時とほぼ同じ状態ではあるようだ。その事に胸を撫で下ろして、ふともうひとりのことを思い出した。
「そうだ、ヒノケン……!」
「……な、」
慌てて振り返った先、そこに立っていたのは。
「『なんじゃこりゃあ~~~ッ!?!??』」
……全く想定外のことに思わず叫んでいる、
混乱する火野たちを何とか落ち着かせ、状況確認を続ける一行。
大まかな説明……主にチップデータの引き出し方を確認し、彼らは今度こそ周囲の電脳空間へ視線を向けた。
「ここが、あの機械の電脳……でいいんだよな?」
「おそらくな。そして、八神牧師もここにいるはずだ」
しかし、このエリアには自分たち以外の姿は見当たらない。もう既に先へ進んでしまったのだろうか。
先へ進む道……そこに繋がる巨大な門を見上げ、その異様さに熱斗は少しばかり身を引いた。
電脳空間に似つかわしくない、石造りの門。
両開きの扉とそれを囲う石柱に彫られた人体の彫刻は細やかでおどろおどろしく、その異質さをさらに引き上げていた。
『な、なんだかすごく怖い門だね……ほ、ほんとに行くの……?』
「び、ビビるなよロックマン……ここ以外に進める道がないんだから、行くしかないだろ……」
「そうだな……行くぞ」
覚悟を決め、その門を押し開ける。
扉の内側から漏れ出る光に目を細めて、彼らはその先へと歩みを進めた。
……門を潜る瞬間。彼らの脳裏に声が響く。
──汝、この門を潜るもの、一切の望みを棄てよ。
ギイイ……バタン、と音を立てて門が閉ざされ、電脳は静寂に包まれた。
や っ た ぜ (コロンビア)
というわけでちらちらとご要望があったCFファイアマン(もどき)です。さすがに正式な方は無理があるよなぁ……と思ったのでパルストランスミッション式逆クロスフュージョンで。
デザインは本家のファイヤーマン(頭部アーマー形状とか)とファイアソウルを参考にそれっぽく……なれーッ(ちいかわ)した結果あんな感じになりました。
地獄の門を越えた先に何があるのか。はてさて……あと1話でまとめられるんでしょうかね?()