みこの羽化   作:xor

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ウカの役割

 神社から自宅に帰って、私は昼食を作るために台所に立っている。

 

 冷蔵庫から豚肉やら野菜やらを取り出して、包丁で切ってからフライパンに入れる。具材を炒めている間も、ウカのことが頭に浮かぶ。

 

 ウカは自分を神様だと言って、私は最初それを相手にしなかった。でも、ウカが神様だと仮定すれば辻褄が合うことはたくさんある。初対面なのに私が神社に通っていることを知っていたり、私が神社の掃除をしていることにお礼を言ったり、なにより、あの見た目だ。時代錯誤な和服や、小麦色の長い髪。ふつうの人じゃない。

 そういえば、私は暑さでダラダラ汗を流していたのに、ウカは一滴も汗を流していなかった気がする。というか、最初ウカが現れた時、音もなく私の隣にいたような…。

 

「ウカさんってもしかして本当に…」

 

 ふと気が付いたらキャベツが焦げていた。私は急いで火を止める。

 

 料理とレンチンした米をリビングに持って行って、食事を始める。なんとなく寂しいからテレビをつけて、好きでもないニュース番組を眺めながら食べる。内容はほとんど頭に入ってこない。覚えているのは天気予報くらいだ。明日も晴れるようで嬉しい。猛暑なのは嫌だけど。

 

 昼食を食べ終えて、食器を片づけた後、二階の自室へ行く。もう夏休みも折り返し地点なのに、数学の問題集にはまだ手を付けていない。大丈夫。だってまだ16日もあるんだもん。1日4ページやれば余裕だ。

 

 そう思いながら、机の上に問題集を広げる。シャーペンで指をちくちくして遊びながら、私はまたウカのことを考え…、ないようにして、問題に取り掛かる。宿題には集中できなくて、1時間くらいで終わりそうなものを3時間かけて終わらせた。

 

「はぁ…」とため息をつき、親のお下がりの古いノートパソコンを開いて、時間をつぶす。インターネットを見ていると時間は早く流れていく。すごく楽しいわけではないけれど。何か楽しい趣味でもあればな、とか思いながら、動画サイトを眺めて時間をつぶした。

 

 私の親は二人とも仕事が忙しくて、夜遅くに帰ってくる。だから、晩御飯を食べるときも私一人だ。今日も昼食の余りをレンジで温めて食べた。

 

 いつからか分からないけど、私の両親は仲が悪い。喧嘩をするというよりは、お互い避けながら行動しているみたいだ。会話しても一言二言程度で、事務連絡するみたいな口調で話す。きっと両親もそういう生活にストレスを感じていて、そのせいか私と話すときも不機嫌なことが多い。そんな二人が少し怖くて、私もいつしか親を避けて生活するようになっていた。

 

 今日も、玄関の扉がガチャっと音を立てる前に、私は一人、ベッドに入る。早く明日が来て欲しい。ウカに会いたいな。明日ウカに会ったら何を聞こうかな。そう考えながら、私は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カーテンから漏れる陽の光で目が覚めた。枕元の目覚まし時計を見ると、時刻は午前5時40分。両親はまだ寝ている。いつもなら親が出かけるまで部屋に籠っているのだが、私はいてもたってもいられなくて、すぐに神社に向かうことにした。

 

 ノートの端をちぎって「散歩に行っていますbyみこ」と走り書きし、玄関の靴棚に置く。水筒と家の鍵を持って、靴を履き、ドアを開けた外に出た。ここの住宅街はもともと閑静だけど、今はいつにもまして静かだ。まるで私以外の人類が滅亡したみたい。テンション上がる。

 

 浅い角度で差してくる日光がまぶしいから、急ぎ目に森に入へ入った。歩き慣れたでこぼこの石階段を早歩きで登り終わって、鳥居をくぐると、ウカが賽銭箱の前に座っていた。

 

 ウカが私に気づくと、驚いたような顔でこっちを見た。

 

「えらい早起きなんだね。みこちゃん」

 

 私はウカとの再会が嬉しくて、小走りでウカの方に近づく。

 

「うん、その、ずっとウカさんのことが気になって、いてもたってもいられなくて…」

 

「なにそれ、凄くロマンチック」

 

 あはは、と冗談めかしてウカが笑う。

 

 よくよく考えると、ウカもこんな早い時間に神社に居るのはおかしい。やっぱり、ウカは本当に神様で、神社に住んでいるからこんな早い時間でもいるんじゃないだろうか。というか、昨日一日考えて、もう私の中ではウカが神様だとほとんど確信していた。

 

「ウカさんって…本当に、神様なんですよね」

 

 ウカは一瞬黙って、何を当然のことを言ってるんだ、という顔をした。

 

「最初からそう言ってるじゃん。そういえばみこちゃん、昨日は私のことを痛い子扱いしてたもんね」

 

「本当に失礼なこと言って申し訳ありませんでした!」

 

 慌てて頭を下げる。昨日はウカに神様にしては威厳が足りないとか言っちゃったし…、あれ、実際威厳は足りてな…。いや、失礼を言ったことには変わりはないから、謝らなければ。ウカが「さて、どんな祟りを与えてくれようか…」とか言ってニヤニヤしている。本当に怖い。もう神社に来られなくなっちゃう。私は膝をついて、土下座しようとする。

 

「うそうそ、もういいって! 昨日も言ったけど、私はみこちゃんに感謝してるんだから」

 

「あ、掃除のことですか…」

 

「それもそうだし、いつも来てくれてることも」

 

 ウカが「こっち座りなよ」と言って、隣に誘ってくれる。ウカの隣に座り、私はウカに聞きたいことリストを思い出そうとする。あれ、昨晩あんなに考えたのに、いざこうしてみると全然出てこないや…。とりあえず、

 

「あの…、私を億万長者にしていただけませんか」

 

「あー、いや、私そういうのできないから」

 

「そ、それなら、牛肉で冷蔵庫をいっぱいに…」

 

「そういうのも無理」

 

「じゃあ、私の家族の仲を良くしてください…」

 

「そ、それも無理……。

 ご、ごめんなさい、その、頑張って」

 

 ウカさんの目線が突然同情の眼差しに変わった。というか、ウカはどういう神様で、何ができるんだろう。

 

 私が再び口を開く前に、ウカの方から疑問に答えてくれた。

 

「ごめんね、私がしてあげられることってあんまりないんだよ。私、稲とか畑とかを育てる神様だから」

 

「農業の神様ってことですか?」

 

「うーん、まぁ、そうとも言えるかもね。作物がよく育つようにお手伝いしてあげる感じ」

 

「へぇ…」

 

 感心の声を漏らす。農家の方からしたらすごくありがたいんだろうな。でも、農業と無縁の現代っ子の私ではウカの力を実感できなさそうで、少し残念に思う。

 

「この辺って今は住宅街だけどさ。昔は田んぼやら畑やらでいっぱいだったんだよ。夏には一面緑になって、すごく綺麗だった」

 

 ウカは昔を懐かしむように、穏やかに語った。

 

「神社にもそれなりに人が訪れてね、みんなここで、今年も豊作になりますようにって祈ってたんだ。

 今じゃ農地は無くなって、神社のことも忘れられて、でも、みんなは昔より豊かな生活をしてる…。

 少し寂しい気はするけど、私はきっと、ここでの役目を終えたんだね」

 

「ウカさん…」

 

 時代の流れのせいで、誰もウカを必要としなくなってしまったのだろう。ウカは平気そうな顔をしているけど、私はウカの心情を考えると、かわいそうでならなかった。そんな状況、きっと寂しいに決まってる。

 

「そんな悲しい顔しなくていいよ。何にだって終わりはある。

 私も色んなものの終わりを見てきたし、私の番が巡ってきたってだけだよ」

 

 ウカの言葉に、じわっと不安感が胸を通った。

 

「ウカさん…、もしかして、その…、消えちゃうんですか?」

 

「すぐにってわけじゃないけど、たぶん近い将来に」

 

「ど、どのくらい生きられるんですか」

 

「生きるっていうか、現世に残れる時間は、どうだろう…、あと2年くらいかな? 

 私がそう感じてるだけだから、絶対じゃないけど」

 

「きっと、気のせいですよ…。もっと長く生きられますよ」

 

 何も根拠は無いけれど…。ウカが消えてしまうのが寂しくて、そんなことを言ってしまう。せっかく会えたのに。せっかく話し相手が、友達ができたと思ったのに。せめて私が大人になるまで一緒にいて欲しい。私が高校生になっても、それ以降も、相談相手になって欲しいのに。

 

 胸が締め付けられて、景色が滲んでくる。

 

「みこちゃん、泣かなくていいよ」

 

 そういいながら、ウカは私の背中を撫でてくれる。「たったの2日でそんなに私のこと好きになっちゃったの?」と言って、からかってきた。

 

 でも、出会ってたったの2日だけど、ウカは既に一番大切な友達だった。

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