みこの羽化   作:xor

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賽銭箱

 ウカになだめられて、しばらくして私は泣き終わった。先が短いといっても、あと2年はほどあるのだ。泣いて過ごすよりも、ウカと楽しい思い出をたくさん作った方がいいに決まっている。

 

 のどが渇いて、水筒からお茶を飲む。今は午前7時くらいかな。今日もお昼まで神社で過ごそう。どうせ家に帰ってもやることないしね。

 

「みこちゃんは不思議だよね。なんでこのボロ神社に入り浸るの?」

 

「雰囲気がいいから…」

 

「それだけなの?」

 

「まあ、たぶん…はい。すごく神聖って感じがします」

 

 ウカは「ふーん」と返事して、遠くの木か何かを眺めていた。お昼まで、ウカとどう過ごすか考える。ウカとおしゃべりするのもいいし、いつものように縁側で寝っ転がるのもいいけど、どうせなら何か特別なことをしたい。そういえば、神社でやってみたかったけどまだできていないことがあった。

 

「ウカさん、私、ずっとやってみたかったことがあるんですけど」

 

「何?」

 

「賽銭箱、漁ってもいいですか」

 

「!?」

 

 私がずっとやってみたかったけど、最後の良心で踏みとどまっていたこと。もし神様から許可がもらえれば、心置きなくできる。私がわくわくしながら返事を待つ。

 

「いや、罰当たりにもほどがあるでしょ…。さっき神聖とか言ってたのはなんだったの…」

 

「ウカさんは私に罰なんて与えないですよね?」

 

「まぁ、うん」

 

「じゃあ罰当たりじゃないです」

 

「」

 

 ウカは困ったような呆れたような顔をして、「いや、普通に犯罪だしね…」と私を諭そうとしてきた。

 

「でも、ばれなきゃ犯罪じゃないってインターネットに書いてありましたよ」

 

「…もうみこちゃんはネット禁止ね」

 

「じょ、冗談ですって!」

 

 っていうか、インターネットのこと知ってるんだ。それはさておき、折角の提案をウカに拒否されて私は落ち込んだ。あからさまに「はぁ…」とため息をついて、残念な顔をしてみる。そしたら、ウカが少し態度を変えた。

 

「まぁ、どうせ誰も来ないし、私がお金持ってても仕方がないから、特別に許可しちゃおうかな」

 

「やった!」

 

「うわぁ凄く嬉しそう。私は手伝わないからね」

 

「私、頑張ります…!」

 

 改めて賽銭箱の中を覗き込む。賽銭箱の蓋は格子になっているが、私の手ならぎりぎり入りそうだ。しかし、蓋の下が底という訳ではなく、斜めの板が二枚組み合わさって、銭に手が届かないようになっている。困った。

 

 私は神社の周りからよくしなる木の枝をいくつか持ってきて、賽銭箱の隙間にそーっと突っ込んでみる。箱の底の感触が枝から伝わってきた。枝を左右に振ってみるが、枝は箱の底や壁面を撫でるだけで、硬貨が入っているような気配はなかった。ウカも、興味津々でのぞき込んでいた。手伝わないとか言ってたくせに。

 

「何も入ってないみたいですね…」

 

「そう? もうちょっと粘ってみたら?」

 

 ウカがニコニコしながら私の奮闘を見ている。ウカがもっと探すように勧めてきたのは、ウカがこの賽銭箱の中身にお金が入っていることを知っているからかもしれない。そう思うとまたやる気が湧いてくる。箱の底を探っていると、枝が紙をはじくような感触がした。

 

「ちょ、これ、お札が入ってますよ! 最低千円確定じゃないですか!」

 

「あはは、よかったじゃん。取れそう?」

 

 やっぱり、ウカは中身のことをしっていたような様子だった。私は左手に二本目の枝を取り、慎重にお札を挟もうとする。手の感触だけが頼りだ。手汗が出てくるのが分かる。お、たぶん挟めた…。

 

 慎重にお札を持ち上げる。焦っちゃだめだ。壁に押し付けながら、ゆっくり引き上げていく。ウカも唾をのみながらのぞき込んでいる。私はお札を挟んだままこっち側に引き寄せようとした。そのとき、手元がくるった。パシャっという乾いた音とともに、枝にお札は弾かれ、もう二度と見つけられなくなってしまった。

 

「見失っちゃいました…」

 

「惜しかったね」

 

 ウカはまたのんきに笑っていた。私は悔しくてそのあと15分くらいお札を探したが、枝が再びお札に触れることはなかった。

 

 私がついに諦めて枝を捨てた時、ウカが口を開いた。

 

「みこちゃん、ここ、見てみて」

 

「何ですか?」

 

 ウカは賽銭箱の後ろ側の、下の方を指さしていた。

 

「ここ、引っ張ってみなよ」

 

「え、あ、はい」

 

 ウカの指すところをまじまじと見てみると、どうやら賽銭箱の下半分は引き出しになっているようだった。鍵もかかっていないみたい。なるほど、ここから賽銭を取り出すのか。私は大喜びで引き出しを開けて中身を確認した。中には、千円札が一枚、十円玉が一枚入っていた。あと、蝉の死骸。

 

「うわぁ、すごい! ウカさん、ありがとうございます!」

 

「喜んでもらえて何よりだよ」

 

 私は十円玉をポケットに入れて、千円札は手に持って太陽にかざしてみた。浮かび上がってくる野口さんが美しい。私は蝉の死骸が入ったままの引き出しを賽銭箱に戻した。ウカが「あ、セミ…」ってつぶやいてた。

 

「っていうか、引き出しのこと知ってるなら最初から言ってくださいよ」

 

「あはは、ごめんごめん」

 

 私の苦労は何だったのだろう。でも、楽しかったからよしとする。

 

「この千円、いつ入れられたものなんですか?」

 

「確か、十数年前だったかな。若いカップルみたいな感じだった。たぶん、気まぐれで森に入って、神社を見つけたんだろうね。その後は来てないよ」

 

「へぇ…」

 

 私がここに来始めたのは去年だから、それよりだいぶん前だ。賽銭がこれだけだったことを考えると、本当に誰も来ない神社なんだな、と改めて思う。

 

 再び千円札を観察してみる。裏返してみると、右下の余白に小さく「Happy Forever ♡ Love」と書かれていた。私は顔をしかめる。

 

「きっと、馬鹿そうなカップルだったんですよね」

 

「口悪すぎない!?」

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