みこの羽化   作:xor

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夏休みの宿題

 しばらくウカと雑談していたら、お昼ごろになったので、私は自宅へ帰った。石階段を下りたところの道路を渡って少し歩き、自宅のドアを開ける。玄関を見ると、お父さんの革靴がまだ残っていた。今日って何曜日だっけ。仕事は無いのだろうか。

 

 私は恐る恐るリビングに入ると、ソファーに座っている父親と目が合った。父はいつも厳しい表情をしていて、少し怖いが、怒鳴られたりしたことは無い。私が「ただいま」と静かに言うと、「えらく長い散歩だったな」と嫌味っぽい返事が返ってきた。

 

 私は父のこういう嫌味っぽいところが苦手だ。思い返すと、父が何かを心の底から褒めたり、好きだと言ったりするところを見たことが無い気がする。自分の心を素直に表現することができないのだろうか。

 

 ただ、家族のことを愛していないってわけではないみたい。たまに私の将来を心配することを言ったりするし。ほとんどの場合嫌味っぽい言い方だけど。私にノートパソコンをくれたのも父だ。捨てるくらいなら私にあげたほうが有意義だと言っていた。父曰く、パソコンくらい使えないと将来社会のお荷物になってしまうらしい。

 

 私が昼食を作ろうと台所に入ると、父が声をかけてきた。

 

「みこ、弁当買ってくるけど、お前もいるか」

 

「あ、欲しい」

 

「何がいい」

 

 暑い中料理するのが面倒だったので、ありがたい申し出だ。いつもの弁当屋のメニューを思い出そうとするけど、考えるのが面倒になって、「お父さんと同じでいいよ」と言う。

 

「またそれか。じゃあ、行ってくるから」

 

「うん…」

 

 父の、冷たい「またそれか」が頭の中でこだまする。父は、私のことを自分の意思が無い子だと思っているのかな。それでちょっといら立たせてしまったのかもしれない。いや、こんなこと考えても仕方が無い。父が嫌味っぽいのなんて今に始まったことじゃない。父の言葉なんて深く受け取らなくていいんだ…。そう自分に言い聞かせながら、ソファーに座り込む。おなかがグゥ、と鳴った。

 

 結局私は、親の金で生きる寄生虫。私が自立したら、親と対等に話せるのかな。

 

 

 

 しばらくして、父が帰ってきた。弁当は四つ買ってきた。二つは晩御飯の分らしい。晩も料理しなくていいのは、ありがたいことだ。私が「ありがとう」とお礼を言うと、父は何も言わずに袋から弁当を二つ取り出して、テーブルの上に置いた。

 

 父と一緒にいるのが気まずいから、自分の部屋に持って行って食べようかと一瞬考えたが、わざわざ父から逃げるような行動を取る方がもっと気まずい。私はしぶしぶ父と同じテーブルにつき、弁当を食べ始めた。少し量は多いが、美味しい。父も黙々と食べていた。

 

 食事を終えて自室に戻る。ポケットから千円札と十円玉を取り出して、机の引き出しに入れる。今日の神社での出来事を思い浮かべると、自然と顔が綻んだ。よし、夏休みの宿題でもやるか。

 

 3ページだけ進めた数学の問題集を取り出す。まぁ、これ以外の宿題はほとんど終わってるようなものだから気は楽である。カレンダーの日付を確認して、夏休みの残り日数を数える。もう再来週の火曜日には始業式か。憂鬱。宿題、頑張らなきゃ。先生にみんなの前で怒られるの嫌だし。

 

 そう思って机に向かったけど、今日も宿題には集中できなかった。作業用BGM用の動画とか探してたら関係ない動画見始めちゃって、結局宿題を始めるのは夕方になった。そこからも晩御飯で中断したりするから、集中力が切れてまただらけちゃうし。食後にも机に向かったけど、私は「お風呂に入る」とか「歯磨きしなきゃ」とか、「あと動画一本だけ…」とか自分に言い訳して、結局ろくに問題集を進めずにベッドに入った。

 

 

 

 それからの日々、私は午前中は神社に行って、家に帰ってお昼ご飯を食べて、そのまま午後から宿題をやる、という生活を送っていた。ウカと毎日会って話すのは楽しかったが、宿題の方は順調じゃなかった。問題集の内容は進めば進むほど難しくなっていくのに、私は序盤からどんどんペースを落としてき、もう1日何ページやればいいのかなんて考えたくなかった。

 

 そして、夏休みも残すところあと三日。宿題は、半分以上残っている。私は早朝に目が覚めて、いつもの荷物に加えて、数学の問題集と筆箱をカバンに入れて神社へ向かった。

 

 今日ばかりはもう神社で楽しむ余裕なんてなかった。私はいつものようにウカに会い、ウカに頼み込む。

 

「ウカさん、あの、夏休みの宿題手伝ってくれませんか…」

 

「どうしたのそんなに切羽詰まって。もしかしてけっこうやばい?」

 

 私はカバンの中から問題集を取り出して、ウカにペラペラとめくって見せる。

 

「何ページ残ってるの?」

 

「36ページです…」

 

「夏休みはあと何日なの」

 

「3日…」

 

「あぁ…、うん。1日12ページだね。できそう?」

 

 これが数学じゃなかったらなんとかなったかもしれないけど、1日にそんなに、しかもそれを三日も続けるなんてできっこないと思った。どれだけ集中しても1ページに30分はかかったし、それを何時間もなんて、本当にできない。本当に助けてください…。

 

「ほんとにできないです…。その、私が左のページやるので、ウカさんは右のページやってくれませんか」

 

「いや、ごめん、私数学とか分からないから」

 

「そんな…

 ウカさんって、農業の神様ですよね。農業やるのに数学とか必要じゃないんですか?」

 

「うーん、農家さんは多少使うのかもね。でも私はそういう難しいことしないから」

 

「うぅ…そうですか」

 

 私は頭を悩ませる。もう、打つ手はないかもしれない。本当に始業式に行きたくなくなった。でも、こうなった以上、私が全力を出すしかない。

 

「じゃあ、私が全部やるんで、もし私がボーっとしてたら、叱ってくれませんか」

 

「まぁ、そのくらいならいいよ」

 

 よし、頑張る。縁側を机代わりにして、問題集を置き、私は地べたに正座する。ウカは縁側に座って、私の顔と問題集を見下ろしていた。ウカに「絶対家でやった方が集中できるでしょ」って言われた。ウカは何もわかってないと思った。家に居たら絶対ネット見ちゃうもん。

 

 こうして、私の夏休みのラストスパートが始まった。

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