みこの羽化   作:xor

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依存心

 ウカに見守られながら問題を解いていく。最初の15分くらいは集中できたけど、正座していたから足がしびれてきた。今度は縁側に腰かけて、膝の上に問題集を置いて改めて問題を解き始める。次は首が苦しくなってきた。私はグーッと伸びをして空を見上げる。今日はうっすら曇り空。

 

「みこちゃん? その…、集中しなさい!」

 

 ウカが慣れない感じで叱ってくれた。なんだか申し訳なさそうだ。私は苦笑いしながら、「すみません!」と返事して、また問題集に視線を落とす。首が痛い。そうだ、賽銭箱を机代わりにしてみようか。そう思って私は賽銭箱の上に問題集を置き、その場で胡坐をかく。あぁ、この問題、面倒くさそう…。あ、消しゴムを賽銭箱の中に落としちゃった。ウカが呆れたような感じで見つめてくる。

 

「やっぱり家に帰って机でやったら?」

 

「でも…、家じゃ集中できないです」

 

「いやいや、ここでも集中できてないじゃん」

 

 私は「たしかにそうですけど…」と返事しながら、消しゴムを拾うために、賽銭箱の引き出しを引っ張り出す。蝉の死骸と目が合った。棺桶が賽銭箱というのはなかなか乙だなと思う。私は消しゴムだけ取り出して、引き出しを元に戻した。ウカが、「まって、セ…、まあ、また今度でいっか…」と独り言を言っていた。

 

 それからも、場所や姿勢を変えながら、だらだらと問題を解き続けた。時間がたつにつれ、空に雲がだんだんと増えてきた。たまにウカと雑談を挟んだりもしながら、私はようやく2ページ目を終わらせた。キリの良さを感じて、少し休憩しようとしたところ、パラパラと雨が降り出した。

 

「今日はもう帰ったら?」

 

「でも、宿題全然進んでないですけど…」

 

「雨いつやむか分からないし、これから強くなると思うよ。

 今のうちに帰っときなよ」

 

「…そうですね」

 

 私は荷物をカバンにしまって、「今日もありがとうございました」と言って立ち上がる。ウカが「また明日ね~」と言って見送ってくれた。帰り道の石階段では、木が屋根になってくれたおかげであまり濡れなかった。家までの道路だけ少し走って帰る。

 

 

 

 

 玄関のドアを開けて、ぼーっと宿題のことを考えながら、靴を脱ぐ。私が階段を上がろうとすると、後ろから声を掛けられた。

 

「ちょっとみこ! こんな長い時間どこ行ってたの!」

 

 母がリビングから顔を出して私を呼び止める。あれ、てっきり母は仕事に行っている思っていた。そういえば、今日は土曜日だから休みか。宿題のことで頭がいっぱいで、家族のことに気を回すのを忘れていた。母は黙って家を出た私に怒っているようだった。

 

「あの、ごめん。散歩いってた」

 

「散歩!? 何時間もどこほっつき回ってたのよ」

 

「…」

 

 言葉を詰まらせる私に、母はさらにイライラした態度を取った。

 

「さっさと言いなさい。ごまかしても無駄だから」

 

 正直、母親に神社のことは言いたくない。でも、私は必死にごまかしを考えたけど、考える時間が延びるほど上手く噓をつく自信がなくなっていく。もう、正直に言うしかなくなった。

 

「…そこの、神社にいてた」

 

「あんな人気のないところに、一人で?」

 

「…うん」

 

「あんたねぇ…、もう少しまともに考えられないの!? 一人で事件にでも巻き込まれたらどうするの! それから、出かけるなら私に言いなさい!」

 

「ごめんなさい…」

 

 母の言っていることは最もかもしれないが、同時に理不尽だな、と思う。普段家に居ずに私をほったらかしてるくせに、私が勝手に出かけただけで怒らないで欲しい。母が怒るのは私を心配しているからなのは分かってるけど、私は母の攻撃的な態度が気に食わなかった。あんなに感情的になるのは、私が思い通りに動かないのが嫌なだけなのではないか。ついそんなことを考えてしまう。

 

 明日は日曜日、仕事は無いと思うけど、母は家にいるのだろうか。もし母が家に居るとしたら、母は私が神社に行くのを止めると思う。神社に行けないのは嫌だな。いつもみたいにどこかに出かけてて欲しい。

 

「あの…、お母さん、明日も家に居る…?」

 

 母は一瞬考えて、「なんでそんなこと聞くのよ。あんた、また神社に行くつもり?」と冷たく言った。私はぎょっとした。母は、私が隠したいことを一瞬で見通してしまう。私が分かって欲しいことには全然気づいてくれないのに。私が「そういうわけじゃないよ…」と言うと、母は「あっそう、まぁ、明日は家に居るつもりよ。お父さんはまたどっかに出かけると思うけど」と言って、リビングへ戻っていった。

 

 私も階段を上がって、自分の部屋に入る。たぶん、明日は神社へいけないだろう。「また明日ね」と笑うウカを思い出して、胸が痛くなる。明後日はきっと行けるから、ごめんなさい。

 

 時計を見ると、午前11時。お昼ご飯を食べたら、また宿題しよう。

 

 ベッドに寝転んで、両親のことを考える。父は、感情を表に出さなくて、嫌味っぽい。母は、感情的に怒ったりするけど、思いをストレートにぶつけてくれる。父は私にあまり愛情を表現しないけど、自由は認めてくれる。母はよく私に愛情を見せてくれるけど、支配的。家にいても嫌じゃないのは父だけど、話しかけやすいのは母。そして、父と母はろくに会話しない。最後に家族で食卓を囲んだのはいつだったかな。

 

 私は両親のことを愛しているのだろうか。最近、親がどこかに出かけていたらホッとすることが多い。もし親が家にずっといなかったら、私は好きな時に神社に行けて、好きな時にお風呂に入って、好きな時間に寝られるのに。こんなこと考えるなんて、自分でも最低だなって思う。でも、こんなこと考えるくらい両親のことを鬱陶しがっていても、親がもし死んだら、たぶん私は泣くんだろうなって思う。

 

 ぼんやりと、ウカのことを考える。ウカのことは、大好き。ウカは神様なのに私と対等にしゃべってくれる。嫌味を言ったりしないし、私のことを否定したりしない。ウカは明るくて、きまぐれで、一緒にいると楽しい。ウカと一緒にいるときは、言葉を交わさなくても安心できる。でも、ウカはあと2年ほどで消えてしまうらしい。

 

 私、ウカが消えた後、生きていけるのかな。

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