みこの羽化   作:xor

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言い訳

 正午になり、一階へ降りて昼食を待つ。今日は母が作ってくれている。母との食事では、多少会話を交わした。案の定、「あんた、もうすぐ夏休み終わるけど、宿題とか大丈夫なの」って聞かれた。私は「うん。あと数学がちょっと残ってるだけだよ」と返した。34ページをちょっとと言っていいのかはさておき。

 

 母が家にいるとはいえ、一日の過ごし方はいつもとたいして変わらない。私はほぼ部屋に籠りっきり。いつもと違うのは、食事中に多少の会話があることと、母が料理を作ってくれることくらい。

 

 皮肉なことに、神社にいるときよりも家の方が宿題の進みは早かった。雨音がいいBGMになって割と集中できた。でも、ノルマの12ページには届かず、今日は合計で8ページだけ進んだ。残りは28ページだから、明日からは一日あたり14ページだ。今日は疲れたから早寝しよう。

 

 

 

 

 次の日も、雨だった。神社にはいかず、ずっと部屋に籠っていた。じめじめして、ちょっとだけ頭も痛くて、宿題には集中できなかった。6ページやって、残り22ページ。この時点で、私は半分諦めていた。明日5時くらいに起きてやったら、もしかしたら間に合うかも。

 

 

 

 

 夏休み、最終日。昨日より強い雨。朝起きたら8時だった。

 

 私は問題集をカバンに詰めて、ドタドタ一階に降りる。親が二人とも仕事へ行ったことを確認し、私も出かける準備をする。水筒にお茶を入れてカバンへ入れ、玄関へとスタスタ歩く。傘をさし、私は神社へと向かった。

 

 

「おはよー、みこちゃん。宿題は順調?」

 

 ウカが明るい声で迎えてくれる。私は昨日、何も言わずに神社に行かなかったことが申し訳なくて、「あの…昨日、行けませんでした。ごめんなさい」と返した。ウカは何も気にしていない様子だった。

 

「いいよいいよ。それで、宿題は?」

 

「残り22ページです…」

 

「え! やばいじゃん! 神社来てる場合じゃないでしょ!」

 

 ウカはそんなことを言っておきながら、割と楽しそうにしている。神様だから夏休みの宿題とかやったことなくて、他人事なのだろう。割と本気でうらやましい。

 

「神社は結構雨で濡れちゃってるから、宿題するスペースないよ。どうする?」

 

 一昨日と昨日で進んだページ数は合計で14ページ。そして、今の残りページ数はそれの倍近く。どう考えても終わる気がしなくて、私は決心した。

 

「もう、終わらすのは諦めることにします…」

 

 ウカは「そっか」と返事して、遠くの空を見た。

 

「宿題って、終わらなかったらどうなるの?」

 

「先生に怒られます」

 

「なんで先生が怒るの?」

 

「へ? うーん…、やっぱり、やるべきことをやらなかったから…」

 

「ふーん?」

 

 ウカは、あまり納得がいっていないような感じだった。たしかに、宿題が終わらなかったからと言って先生に迷惑かけるわけではないし、やるべきことっていうのも、やらなきゃ自分が損するだけで、別に先生には関係ない。じゃあ、何で怒るのかな。

 多分、怒るのは仕事だから。先生の仕事は指導だし。

 

 なんにせよ怒られるのに変わりはない。だから…

 

「言い訳、考えるの手伝ってくれませんか?」

 

 私がそういうと、ウカは私の方を向いた。口角は下がっていて、視線はまっすぐ私の瞳に刺さった。

 

 一瞬間をおいて、ウカが冷たい声で言う。

 

「良くないよ。そういうの」

 

 ウカの言葉がぐさりと胸に刺さった。初めてウカが私の考えをはっきりと否定した瞬間だった。私は動揺して、心は少し痛んだ。でも、ウカの声が真剣だったから、私はウカの言うことを聞かなくちゃ、と思った。

 

「…なんで、ですか」

 

「うーん、うまく言えないけど、自分の気持ちは絶対正直に話した方がいいと思う」

 

 ウカの返事は全然答えになってないなくて、私は納得できないけど、ウカの表情は真剣なまま。

 

「だ、だとしても、面倒くさくてできませんでした、なんて言えないです」

 

「いや、もしそれが本心ならそう言うべきだよ」

 

「…」

 

 そんなこと言ったら余計に怒られるだけだから絶対嫌だ。でも、ウカの本気の言葉を無下にするのも嫌だった。私は、神社から帰った後も、ずっともやもやした気持ちのままの一日を過ごした。

 

 

 

 

 次の日の朝、私は久しぶりにセーラー服を着た。今日は始業式だ。いつものバッグには昨日のうちに夏休みの宿題達や筆記用具を入れておいた。制作課題とかは別の紙袋に入れて持っていく。私は外に出て、久しぶりに通学路を歩いた。日差しが熱い。中学校まで、歩いて20分ほど。

 

 廊下には生徒たちが行き交って、教室からは話し声や笑い声がガヤガヤ聞こえる。私はトボトボ歩き、1年B組の扉をガララっと開けて、教室の最後列にある自分の席に座る。

 

 今はホームルーム開始の10分前。クラスの半分くらいは教室に集まっていた。私は机の木目を眺めながら、チャイムを待つ。頭の中で、先生に言い訳した場合と、正直に話した場合をシミュレートして比べていた。どっちも怒られる未来しか見えない。

 

「はぁ…」とため息をつきながら、数学の問題集をパラパラめくる。半分よりちょい後ろに差し掛かると、途端にまっさらになる。結局、昨日は1ページも進めなかった。隣の席の男子が私の行動を見ていたようで、「え? 終わってないの? やばくね?」と言っていた。私はボソッと「うん…」と返事して、パタンと机に問題集を置いた。

 

 しばらくして、チャイムが鳴り、担任の橘先生が入ってくる。橘先生は30代くらいの男の先生で、数学担当だ。

 

 号令がかかり、礼をした後、出席が取られる。私は久しぶりに返事をするのに緊張したけど、変な声を出さずに済んだ。出席のあと、先生は今日の予定を説明してくれた。今日は皆で並んで体育館に行って、校長先生とかの話を聞いた後、教室にまた戻って宿題の回収とかプリント配布とかをしてから、解散するらしい。午前中解散ばんざい。

 

 その後は、私はクラスの中で空気になることに勤めていた。列の中でそつなく「小さく前にならえ」したり、校長先生の話を聞いてるふりしたり、体育館で前の人の背中についているカナブンに気づかない振りしたりした。

 

 そしてやってくる地獄の時間、教室での宿題回収。私の鼓動はドクドクと早くなっていた。

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