みこの羽化   作:xor

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居残り

「じゃあ宿題集めるぞ。国語からな。後ろの奴、悪いけど回収して持ってきてくれ」

 

 私はカバンの中から薄っぺらい国語のワークを取り出して、立ち上がって、私の列の人の宿題を回収していく。私は一番後ろの席だから、今日は少し大変だ。

 

「忘れた人は後で一気に確認するから、とりあえずそのまま待っとけよ~」

 

 なるほど、後で、宿題忘れた人は手を挙げさせられるのだろう。

 

 国、数、理、社、英、と進んで、作文プリントやらも回収された。美術の制作課題は回収されなかった。美術の授業で回収するらしい。わざわざ持ってきたのに。

 

 私は教卓と自分の机を行ったり来たりして、ようやく最後の宿題を回収し終わって、席に着く。でも、私はここからが本番だ。気が気じゃない。数学はよりもよって担任の科目だし、なんか問い詰められるかもな…、と覚悟しておく。

 

 先生は何やらメモを取る構えをしながら、宿題を忘れた人に手を挙げさせ始めた。

 

「じゃ、国語の宿題提出してない人は手を挙げて。…、山根、なんで忘れたんだ」

 

「持ってくるの忘れました…」

 

「…気をつけろ。明日必ず持ってくるように」

 

 次は数学か。私が手を挙げなきゃ。

 

「次、数学出してない人」

 

 私はうつむいてゆっくり手を挙げる。お、私の他に遠くの席の男子が手を挙げた。私だけじゃないと思うと、少し気が楽になった。

 

「佐々木、理由は?」

 

「俺も、家に忘れました」

 

「明日持って来いよ。内見は?」

 

 いよいよ私の番だ。ウカに言われた通り、正直に、怠けましたって言わないと。終わってないって言わないと。

 

 ずっと自分にそう言い聞かせてきたのに、いざ口を開こうとすると頭が真っ白になって、何を言えばいいのか分からなくなった。半ば無意識に、私は前の人たちと同じ理由を言う。

 

「私も、家です…」

 

 私が宿題終わってないことを知ってる隣の男子がジト目で私を見る。お願いだから、私を報告しないで…。

 

 そんな風に祈っていると、なぜか数秒沈黙の時間が流れた。

 

 先生、どうしてそんなに私の方を見つめてるの、おかしいよ。山根さんと佐々木君のときはサラっと流したじゃん。

 

「内見、机の上のそれ、数学問題集だろ」

 

 あ、やば。

 

「あっ、あっ、あっ、こ、これはですね…、あれ? 誰のだろう…?」

 

「思いっきり内見って書いてあるように見えるが」

 

「…!」

 

 机の上を見ると、確かに問題集に内見みこって書いてある。なんで机の上に置きっぱなしにしたんだ、私のバカ。教室中がクスクス私を笑っている。

 

 私が弁明を思いつく前に、先生が指示を出す。

 

「内見、お前、後で教室に残れ」

 

「え!?」

 

「え、じゃない。…次、理科出してない人」

 

 もうやだ。私は居残りの絶望感やら、クラスメイトの注目の的になった恥ずかしさやらで、頭がごちゃごちゃだ。わざわざ居残りさせるのだから、それはもう詰めに詰められるんだろう。

 

 普段怒られなれてる人からしたらどうってことないんだろうけど、私は今まで宿題とか忘れず出してきたし、夏休みの宿題も数学以外に関してはまじめに全部終わらせたのだ。普段から先生に注意されることが無いから、私は居残りのことについて世界の終わりみたいに感じていた。

 

 全ての宿題の提出チェックが終わり、先生は今日の締めの挨拶をする。

 

「明日から普通の授業だけど、夏休み気分が残りすぎて遅刻とかしないように。メリハリのある生活を送ってくれ」

 

 そして、「内見は、このあと残れよ」と付け足した。そんな皆の前でリマインドしないで欲しい。恥ずかしいから。

 

 礼をして解散した後、私は自分の席に座ったまま、みんなが教室を去るのを待った。しばらく教室に残っておしゃべりしている人たちも居る。クラスメイトの八割くらいが教室から出た頃、私は席を立って先生に近づいた。

 

 先生は、恐い顔をしていた。

 

「それで、何で嘘ついたんだ? どうせお前、宿題終わってないんだろ」

 

「すみません…」

 

「理由を言え理由を」

 

 私が俯いて口をつぐんでいると、先生が「はぁ…、叱られるのが嫌だからって、嘘つくなよ。終わってないなら正直に言え」と呆れたように言った。私は小さく「はい…」と返すほかなかった。

 

 先生がまた怒り口調で話す。

 

「で、どんくらい残ってるんだ?」

 

「22ページです…」

 

「なんでそんなに残ってるんだよ」

 

 まぁ、ここまで来たらどのみち怒られるから、もう開き直って正直に話そう。私は、勇気を出して口を開く。

 

「面倒くさくて、数学に手を付けるのが遅くなって…。あと、問題集開いても、全然集中できなくて、結局終わりませんでした」

 

「集中できなくて? なんか悩みでもあったのか」

 

 悩み…。家族の不仲には悩んでるけど、宿題には関係ないし、深刻ってわけではないから、言わないでおく。

 

「いえ、私が怠けてるだけです…。その、宿題始めても、ついインターネットとか見ちゃったりして…気づいたら、夜になってた、みたいな」

 

 教室の後ろで溜まってるグループが、私と先生の会話を聞いていたみたいで、「わかるわぁ、私もこの前~」とおしゃべりしていた。共感してくれたのは少し嬉しかった。先生が恐いっていう感情の方が勝ってるけど。

 

「お前な、社会に出たらそんなの許されないからな。怠け癖あるなら直せよ。

 それで宿題だが、来週の月曜日まで猶予をやるから、それまでに終わらせて提出しろ」

 

「…わかりました。すみませんでした」

 

「もう帰っていい。次はちゃんとやれよ」

 

 私は自分の机に戻って、問題集をカバンに入れ、帰る準備をする。先生が、教室に残っていたグループに「もう鍵閉めるから、お前らもそろそろ出て行ってくれ」と声をかけている。グループが教室から出て行って、私もその後ろについていって教室を出る。

 

 なんか、意外とあまり怒られなかった。でも、私の気持ちはどっと暗くなった。ウカに言い訳はダメだって言われたのに、怒られるのが怖くて一度嘘をついてしまった。私はウカに甘えてばっかりなのに、ウカの忠告の一つも守れやしない奴なんだな。

 

 宿題も猶予はもらえたけど、終わらせられる自信は無かった。一週間あるけど、夏休みみたいに一日中できるわけじゃないし。次できなかったら、今度こそこっぴどく怒られるだろう。

 

 ふと廊下の窓の外を見る。サッカー部がグラウンドで練習しているのが見えた。一所懸命スポーツに打ち込む姿は、輝いて見えた。

 

「あーあ、私って、何の価値もないな」

 

 無意識にそう呟くと、自然と涙が出てきた。袖で目を拭う。すると、後ろに橘先生が立っていた。

 

「お前…」

 

「あっ、あっ、その…」

 

 先生は鋭い目つきで私を見下ろす。

 

「やっぱり何か悩みでもあるんじゃないのか」

 

「…」

 

 家族のこと、ウカのこと、どちらも先生には話したくなかった。家族のことをいったら大げさに捉えられて面倒くさそうだし、ウカについて話すには、うまくウカが神様であることをぼかして話さなければならない。

 

 しかし、先生も私が何か言わないと帰してくれなさそうな感じだった。私はしばらく悩んだ後、宿題を終わらせる自信が無いことを先生に話してみることにした。

 

「先生、やっぱり、私、宿題終わらせられないと思います。たった1ページやるのに1時間と掛かったりしちゃうんです。私、バカだから…」

 

「いや、内見そこまで数学苦手な方じゃなかっただろ。あの問題集も基礎問ばっかりだし」

 

「…、そうなんですけど、どうしてもボーっとしちゃうというか、別のこと考え始めてしまうというか…」

 

 こんなこと言っても何の意味もないな、と言ってから気づく。ボーっとしちゃうとか、私が根性で解決するべき問題じゃないか。先生にこんなこと言って、何がしたいんだろう、私。

 

 先生は腕を組んで考えている。気まずい沈黙が流れる。先生が何かを思い出したかのように私に訊く。

 

「お前、そういえば、部活とかやってなかったよな」

 

「は、はい、やってないです」

 

「それなら、明日から居残りして宿題やったらどうだ。その間俺も教室で見とくから」

 

 私は先生の提案を聞いて、素直にありがたいなと思う。教室で監視されながらなら集中できそうだ。ネットの誘惑もないし、神社と違って机と椅子がある。

 

「その、迷惑じゃないですか…?」

 

「気にするな。まぁ、教室でも事務作業できるからな」

 

「…ありがとうございます」

 

 私がお辞儀をすると、先生は「それじゃ」と言ってスタスタ職員室へ行った。私も、階段を下りて昇降口へ向かう。少しだけ、心が軽くなったような気がする。宿題は三日ぐらいで終わらせられる気がしてきた。

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