バイトルで短期バイトを見つけたという郁代の言葉がキッカケでピンチに陥っていた。
高下聖は重い足を引きずりながら帰路に就いていた。東京の一角にあるカフェ……そこが聖の実家だった。
「ただいま……」
郁代との関係は何も進展しないまま一週間が過ぎ去ろうとしていた。その間、バンドをする為の資金が足りないと嘆いていた結束バンドは、聖の助けとアルバイト自体を増やすことで何とか成り立っていた。
「聖~、お店手伝って」
「おかえりなさい!聖くん」
母さんと郁代に出迎えられる始末。事の発端はアルバイトを増やそうとする中で、郁代が短期バイトに応募した結果……近い場所に住んでいるウチのカフェのキッチンで働くことになっていた。
「ホール出るから、母さんはしばらく休んでいて」
「は~い」
母さんは恋人として紹介した郁代がこのカフェで働くことに大賛成だった。親父は何か言いたげだったが、採用したあたり邪魔には思ってないのだろう。実際、キッチンの仕事を教えている時は楽しそうだった。
学校の制服からカフェの制服……執事服に近いデザインに着替えてホールに向かう。そこまで広くない店内だが、連日にわたって賑わいを見せるくらいには人気店だ。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」
そう言いながら対応している聖の姿を、郁代はキッチンから眺めていた。その目線はただのクラスメイトを見るモノではなかったのを、彼女自身はまだ知らない。それから閉店の時間まで郁代はキッチンで、聖はホールで働き続けた。
時計はもうすぐ六時を指す頃……二人は並んで歩いていた。夜空には満天の星……しかし、二人は気まずさで上を見る余裕すらなかった。街灯に照らされる二人の姿を見た人はむず痒くなるような焦ったさを覚えるだろう。それほどに二人は初々しい雰囲気を纏っていた。
「ちょっと恥ずかしくて……やっぱり慣れないかも」
「う、うん。カフェのバイトの後は、毎回喜多さんの家まで送ることになっちゃったし」
短期バイトとして働くことになった彼女を見て、両親は家まで送るように命じた。それはきっと恋人同士の二人の時間を取れるようにと配慮した結果なのだろうが……完全に裏目に出ている。
「喜多さんじゃなくて、郁代……でしょ?」
「わかった……そこまで言うなら、いいんだよね」
聖は郁代の影を踏める距離まで近づく。そのまま彼女の手を取り、小さな肩を引き寄せた。小柄な身体は成す術なく聖に囚われてしまった。
「ひゃ……」
郁代の身体は声とも付かぬ声を発した後、微動だにしない。街灯に照らされた二人の影は重なり合っていた。聖の大胆な行動に郁代は顔を真っ赤にして固まってしまう。彼女の脳の処理は追いつかない。
「……ごめん、悪ふざけし過ぎた」
「そ、そうよね」
お互いに謝りつつも、その場から動けないでいた。郁代は沈黙に耐えかねて空を見上げる……すると、星がその瞳に映った。思わず綺麗と呟く。普段の郁代ならスマホを取り出して写真を撮るところだが、この日は違っていた。聖にもこの景色を共有したいと、そんな考えに至った。
「聖くん。その……星、とっても綺麗」
「本当だ」
「こうして見るのも久しぶりな気がしてるのよね」
「確かに……」
そうあれはまだ高校に入る前の頃。郁代が友達と一緒に進めていた冬休みの自由研究。テーマとしては冬の星座と称して決まった時間に夜空を観察して星座を見つけるというモノだった。
「……中学の時に自由研究やったよね」
「そうね。あの時はごめんなさい」
「謝るようなことあったかな……?」
よく考えなくてもあったような気がする。あれは確か中学二年生の時の冬休み。ウォークマンで曲を聞きながら何をするわけでもなく家でのんびりとしていた。冬休みの宿題は後回しで、だらだらと過ごす時間が好きだったからだ。そんな時に、家の裏口にあるインターホンが響いた。
「お店は休みの筈なんだけどな」
カフェもお休みで両親も出掛けている。外は寒いしどこかに出かける気力さえ起きなかったが、物珍しさにドアを開けることにした。そこには幼馴染ともいえる喜多郁代の姿があった。目には涙を貯め込み今にも決壊しそうな雰囲気に、当時のボクは困惑していた。
「えっと……何か用事と」
「助けて、高下くん!」
冷たい風と共に現れた彼女に押し倒された……というかそのまま倒れ込んでしまった。恐る恐る額に手を当てるとかなり熱い。開け放たれたドアから先の景色は珍しく白く染まっていた。
「雪の中やって来たら風邪引くよ……」
そのままというわけにもいかないから、何とか起こしてソファまで連れていく。喜多さんの家に電話をしようにも番号も知らなければどう説明すればいいのかも分からなかった。苦しそうにしている彼女に対して出来るだけのことをしてあげる。風邪の看病なんてしたことが無いから、冷えピタを探すのに手間取ったりと焦って仕方が無かった。
「ごめん……なさい」
「もう話さなくていいから」
「うん……」
どこか安心する。そう言って眠り始めた彼女を不安そうに見つめていたのが当時のボクだった。それから両親が帰ってくる頃には熱が引いており、すっかり元気になった彼女を家まで送ることになった。両親は車で送ろうとしていたけれど、話があるからとボクが同行することになった。
「その……私、迷惑ばかり掛けててごめんなさい」
「元気そうでよかった……あ、そういえば用事ってなに?」
「そう!」
思い出したという風にその場で手を叩く。そして方が当たるほどの距離まで近づいたかと思うと、おもむろに空を指さした。
「冬休みの自由研究で、星を見たくて……私の友達と二人でやってたんだけど、その子が違うのをやりたいって言い始めちゃって」
話を詳しく聞いてみると、星座に詳しい友人と二人でやろうと話していた自由研究が急遽取りやめになってしまったらしい。一人でやるには星座に詳しくないし、調べるのも乗り気ではなかった彼女は偶然ボクのことを思い出したらしい。
「でも、ボク以外の人に声かければよかったんじゃ」
「そうかもしれないけど……何となく?」
「それで倒れられたら困るから」
それから冬休みが終わるまで、一週間ごとに見える星座を記録していって二人で夜空を見上げることが多くなっていた。好きな星座をそれぞれ調べあったり、オリジナルで星を繋げてみたりと何処か心地いい時間を過ごしていた。志望校が同じ高校に設定したのも、恋心よりも彼女と一緒に楽しい時間を過ごしたいと願ってからのことからだったかも知れない。
「……あの時みたいに、一緒に星座を見上げるのもいいかもしれないわね」
「それってどういう意味?」
「またこうして二人で過ごす時間があってもいいかもって」
彼女のどこか憂いにも似た表情に吸い込まれそうになる。明るくてどこか抜けていて、それでも自分のやりたいことは曲げない。そんな彼女に惹かれていた自分を自覚して、何も言葉を発することが出来ない。
「私、その……聖くんと付き合っているフリをするの申し訳なかったの」
「申し訳ないってボクは別に」
「甘えていたの。彼氏がいるんだなんて嘘を吐いてから……今日まで」
それは結束バンドのことだろうか。それとも、今までの郁代がしてきたボクへの態度のことなのだろうか。ボクには分からない。
「この一週間ぐらい考えてて……やっぱりおかしいもの!」
「……うん」
「どうせこのまま、勇気が出せなくて躊躇うくらいなら……」
顔を真っ赤にして涙を貯めて、ボクの肩を両手で掴んだ彼女はゆっくりと顔を近づけてくる。
「私、聖のことが……」
このまま彼女を受け入れていいのだろうか。流されてしまいそうな自分をどこか遠くから見つめている自分がいる。こんなに彼女を苦しませてしまうなら、せめてボクからと顔を近づけようとしたまさにその時。
――――ピリリリリッ
電話が鳴った。スマホが振動し、甘い空間にいた二人の距離を一気に現実へと戻す。
「わ、私なんてことを……」
「……また日を改める、とか」
「そそそ、それがいいかも」
二人で曖昧なやり取りをして、ぎこちないまま……郁代の家に辿り着いた。どういう顔をして別れればいいのか分からないまま、挨拶だけして逃げるようにその場を去った。どうしようもなくヘタレな自分が情けなくなった。ちなみに電話の相手は、リョウさんだった。中身のない話を繰り広げていて、半分切れながら切った記憶がある。
……これ、ボクから気持ちを伝えなきゃな。
このままだとマズイという焦燥感は全身を駆け巡った。雲の隙間で君と集まったはずの運命は、どこか遠くに転がっていきそうな気がした。ボクはそのまま家まで走り始めた。
どうも、赤瀬紅夜です。
憧れを星座に繋げての第三話いかがだったでしょうか。
今回は喜多郁代と高下聖の二人に焦点を当ててみました。
次回にて最終回になりますが、反響があるようだったらまた続きを書いてみてもいいかもな~なんて思います。
さて、聖君はどう決断をするのか。また、彼が憧れた星座に手が届くのか。乞うご期待です。
ではでは