どうぞ、お楽しみください。
高下聖は避けられていた。相手はもちろん……隣を歩く喜多郁代だ。一週間ほど前から付き合うフリをしてきた二人だったが、昨夜の一件からその関係性は歪なものになっていた。
「あの……郁代?」
「……そんな人知りません」
「喜多さん?」
無視だ。ガン無視だ。今までの甘酸っぱいやり取りはなんだったのか。彼女の乙女心に傷がついてしまったことにより、ボクは機嫌が悪い女の子と登校することになってしまった。理由を聞こうとスマホを開いてもメッセージに既読が付いても返信なし。お手上げだ。
「……どうして、今日一緒に登校しようと思ったの」
一週間前からではない。幼いころから家が近い郁代とは登下校する関係だった。高校に上がってからは彼女の同性の友達と通うことが多くなり、徐々に疎遠になっていた。そりゃ当然とも言える。ボクと喜多さんの席は隣同士なのだから、変な噂が立っても仕方ないことだった。
「……」
黙ったままだ。そもそも、本当に気まずいのだとしたらボクを待たずに登校するのではないか。そんな甘い考えが頭を埋め尽くしていく。無言のままの彼女を人気のない場所まで連れていく。登校中の、それも同じ学校の人に見られたら一大事だからだ。
「別れよう」
口から出た言葉は、ボク自身が想像している言葉よりも軽い響きを持っていた。彼女とボクが繋がっていた仮初の恋人という線を断ち切るために……ボクは言葉を紡ぎ出す。彼女が何も言わないなら……いっそのこと今の気持ちと反対のことを言ってしまおう。
「そもそも、ボクは喜多さんのことが苦手だった。出会った時から眩しくて仕方なかったんだ」
隣にいる彼女が息を呑んだことが分かる。ボクの心は軋みながら悲鳴をあげている。それでも続けた。
「結束バンドのみんなも、僕よりも喜多さんの方が気にかけているのは知ってたし、ボクはずっと一人がお似合いだったわけ」
――パンッ!
最初に感じたのは左の頬が熱いような感覚だった。少し遅れて痛みがやってくる。そこまでしてやっと理解した。喜多さん……いや、郁代が右手を振り上げてボクを頬を張ったことが分かった。
「……まだ」
「まだ?」
辛うじて声は出た。不甲斐ない自分がどう声を出したのか分からないけれど。
「……付き合ってるもの」
彼女の目には涙が浮かんでいた。それも悲しいから出てくるような生易しいモノではなく、その目は確かに怒りの色が滲みでてくるような切羽詰まった涙だ。
「私、嘘ついてたみたい。聖くんのこと、好きなはずないって。私となんか……釣り合うわけないって。思っていた、思っていたから……」
最後は言葉にすらならず、右手を抑えながらその場に泣き崩れてしまう。ボクは最低なことをした。それは分かりきっていた筈なのに、体が動かない。意気地なしでどうしようもない自分が悔しかった。この場から逃げ出したくもなった……そんな時、ポケットに入っているウォークマンがカチャリと音を立てた。秀華祭の時に惚れ直したはずの彼女が涙を流して蹲っている。
――こんな姿を見たかったのか?
違う、絶対に間違っている。
「郁代……お願いだから、目を閉じたままで」
口を塞いだ。幼馴染から別のナニカに変化して今までの関係性がどうしようもなく崩れていくのを感じた。破滅かもしれないし、これから郁代の隣を歩くことが出来ないかも知れない。こんなことをしてしまうボクは最低の人間かも知れない。それでも……。
それでも、彼女を愛おしいと思ったことは本当だから。
「わ、私のファーストキスが……!」
ガッツリ目を開けられた上に情緒もへったくれもない言葉がボクに返ってきていた。
―――――
―――
―
「えー今日はライブの日ですが……その前にみんなに発表があります!」
虹夏ちゃんは得意げにバンドパーカーをメンバーの面々に見せる。勿論、全員分持ってきているのでボクがそれぞれに配り歩く。パーカーを受け取ったぼっちちゃんはすぐさまフードを深く被るとそのまま丸くなる。……なんか安心しているように見える。人の視線とか未だに気にしてるのかな。
「ひとりちゃんがカタツムリみたいに……!」
「バカつむりだ」
途端に騒ぎ出す郁代とリョウさん。その中にボクも混じる。
「塩はかけちゃダメだからね」
「むしろバカつむりは動き出しそう」
「死にますよ!」
ちょっと嬉しそうにしながらも物騒なこと言った郁代は楽しそうだ。こういう風に騒いでいると楽しい。そう感じていた時、ライブハウスのドアが開け放たれる。
「ばんらぼってバンド批評サイトで記事書いているものですが~」
めちゃくちゃ痛々しい恰好をした女性が入ってきた。ぽいずん♡やみとか名乗りながら14歳を自称しているのが最高にキツイ。恰好もこういうのが可愛いでしょと主張強めだ。……当然、静寂が訪れる。
「アポとっていらっしゃいますか?」
「ごめんなさ~い、とってないですぅ」
PAさんが取り持ってくれたから何とかなったけど、どうやらまた一癖も二癖もある人に目を付けられてしまったらしい。取材を受けることになった結束バンドの面々を見て、ボクは彼女らから離れていく。
「あれ、どうしたの~。聖くんも結束バンドのメンバーでしょ」
「メンバーというより……裏方?」
「ちょっとリョウ先輩、仲間ですよ!」
「あの……せめて一緒に居てくれると助かるというか……」
痛々しい記者が何コイツみたいな目で見てくるが、呼ばれたなら行かなくちゃな。ただの友達って訳じゃないし。
「どうも、結束バンドのマネージャーやってます。高下聖です」
微塵も結束感の無い結束バンドを支え、彼女たちの力になれるように日々精神を削って生きている……は言い過ぎかもしれないけれど、せめて郁代が笑い続けられるようなお手伝いが出来ればいいと思っている。
「……なにこれ。三角、いや五角関係ってこと!?」
「断じて違うから!」
色恋沙汰に反応したのか騒ぎ出す記者を全員で止めることになる。……心の底から楽しいと思える日が来るなんて思わなかったな。
あの時、憧れ恋焦がれた星座は……はっきりのその姿を見ることが出来る。今ではすぐ手に取れるとすら思える。現に、こっそりと手を握ってきた郁代の顔は、どんな星よりも綺麗に見えたのだから。結束バンドを遠くから眺めて、そこに繋がった郁代が星座の一部になった姿が眩しくも……美しいと思っていた。けれど、その観測した気持ちは間違っていた。
ボクはキミと集まって星座になりたかったんだ。
そのことに気が付けたボク達はきっとこれからも、大丈夫なのだと……そんな風に思えた。
こんばんは、赤瀬紅夜です。
久しぶりの週一投稿は身体に堪えました。何故か喜多ちゃんの小説を書いていたし、結局メイド服が着せられなかったことのみが後悔してもし足りないです。割と見切り発車が多かったので、読者が付いていけているのか……それだけが心配です。
本作の憧れを星座に繋げてはゴールデンウイーク辺りを目途に本の形になる予定です。その時に色々と加筆しようかなと思ったり思わなかったり。
では今回はこの辺で、感想などお待ちしております!