パパ活を辞めたい先生と、それをさせない生徒達 作:ベロベロベ
「せ、先生! お待たせしました!」
「ヒフミ。大丈夫、今来たところだからね」
D.U地区の中心にある巨大な遊園地。その入り口の前で
一方の先生の表情は柔らかくもどこかぎこちない。決して目の前のヒフミが嫌いという訳ではないし、遊園地が嫌いという訳でもない。むしろ好きだ。日々の仕事に忙殺され、学生時代に浮いた話など1つも無かった彼からすれば、この様な愛らしい少女と楽しく遊べるなんて機会は貴重という言葉では言い表せない程だ。喜びこそすれ、嫌がる理由などどこにもない。──本来は。
そんな彼を知ってか知らずか、ヒフミは先生の手を取り駆け出した。まずはジェットコースターに乗りましょう! とまるで向日葵の様な笑顔を見せている。
駆け抜ける中に広がる煌びやかな景色。夕陽によって彩られた風景は幻想的であり、そんな中で2人きりになれる観覧車内というものはやはり不思議な気分を感じるものだ。
「えへへ······。こういうのを、ロマンチックって言うんでしょうか?」
「そうかもね」
「あはは······、緊張しちゃいますよね·····」
朱色の明かりが小さな中を照らし、向かい合う2人の影をつくる。いつの日か見た恋愛映画の様で、ヒフミの頬は紅色に染まった。
「先生! すごく楽しかったですね!」
「うん。また行きたいな」
日も暮れ、空の色が落ちていく中で2人は仲良く歩いている。両手の指を絡み合わせ、密着して歩くその様は誰がどう見ても恋人であった。
「じゃあ、ご飯に行きましょうか」
入ったのは近くのファミリーレストラン。メニューを手に取り、思い思いの料理を注文し、楽しみながら談笑に耽る。
どのアトラクションが一番楽しかったのかであったり、閉園間際のパレードの迫力であったり、買い揃えた限定グッズの魅力であったり、ヒフミはそれらを熱く語り、先生は柔らかな笑顔でそれに相槌を打っている。当初のぎこちなさは抜け落ちていき、いつもの人当たりの良い顔へと戻っている。
ヒフミはその様子を見て、ホッと胸を撫で下ろした。良かった、自分の立てたデートプランで楽しんでくれた。遊園地という余りにも捻りの無い平凡な場所に加えて万人に理解されがたい自身の趣味を多分に含んでいたために不安だったが、杞憂であった様で何よりだ。余計なトラブルも無く、順当に事を進められている。
食器を置く音が響き、2人は席を立った。支払いを済ませて店を出る。ロボット型の店員が怪訝な顔をしていた。
街灯に照らされた夜道を2人は並んで歩いている。間に言葉は無く、俯いて歩いているせいで何度も転びそうになった。
向かう先は『寝る』場所。しかしそれは自宅という訳ではない。
2人は手を繋いで、遊園地とはまた異なる煌びやかさを持つ繁華街。多数の店が建ち並ぶ中の更にその先に、2人の──正確にはヒフミの──目的地は存在していた。
目の前に建っている巨大なビル。自動ドアが開く音が妙に大きい。1歩1歩を踏み締めるにつれて大きくなる心臓の鼓動。段々と先生の歩幅が狭くなっていくが、ヒフミが彼の腕を引いて歩いていく。向かう先は受付。ファミレスと全く同じに見えるロボットがそこに佇んでいる。
「───いらっしゃいませ、ホテルPAPAKATUへ。2名様で宜しいですか?」
ホテル。そう、ここはホテルだ。通常は旅行など、遠出した人々の寝食の場として機能するこの場所だが、2人きりの男女が訪れた場合においては別の顔が現れる。
しかしヒフミと先生の組み合わせは『そういった場所』として利用される事に違和感を抱かせるものだ。2人の関係は『生徒』と『先生』。フィクションならばともかく、現実でそれ以上の関係性であるはずがないし、そもそもあってはならない。生徒に手を出す先生など真っ先に不祥事として取り上げれるべきもののはずだからだ。
「────んっ······」
しかし今この状況に対して異議を唱える者は1人としていなかった。ヒフミも受付も、何もおかしな事は無いかの様に手続きを行っている。
唯一先生のみが、この場から離れようと思案しているという状況であった。しかしヒフミの手が逃亡を許さない。最初に掴んでいたはずの腕の拘束はとうに解けている。今掴まれているのは、
視線を気にする事も出来ないくらい興奮しているのか、はたまた見せつけているのか。何にせよ、受付がそれを気にする事はない。熱に浮かされたヒフミの口角がじんわりと上がっていく。
「······はい。ありがとうございます。それでは
「──行きましょう? 先生、ね?」
「う、ん。そうだね······」
2人は目の前に開くエレベーターの扉を潜っていき、辿り着いた場所は当然個室。真っ白なシーツが丁寧に敷かれたキングサイズのベッドが鎮座しているその場所はお世辞にも生徒が立ち入る場所ではない。
「ねえ、ヒフミ······。本当に、するの?」
先生はヒフミに問いかける。その口調は弱々しく、滲み出るのは遠慮と恐怖。とても子供に向かい合う大人とは思えないほどに怖じ気づいているその様子に、彼女の瞳からハイライトが消え去る。
「当然じゃないですか。先生わかってます? 私、お金払ってるんですよ? あれだけ貢がせておいてやっぱり無しです、なんて通じると思ってるんですか?」
ヒフミの言葉に先生は顔を歪めて俯いた。実のところ彼女と遊びに行ったのは今回が初めてではない。映画やショッピング、アスレチック等彼女とは様々な時間を共有してきた。それらが通常のものと唯一異なる点、金銭のやり取りである。
この様な交流を行う場合、ヒフミの様な立場の者が金を払うという事は滅多にない。というより皆無だ。彼女は少女であり、年下であり、生徒。性別の問題はともかくとして明確に現状の社会的立場は先生の方が優れているはずであり、奢るべき立場にあるのは彼のはずなのだ。
しかし実際に行われてきたのはそんな常識とは真逆の事実。つまり今行われているのはそんな真っ当な付き合いとは乖離したある種の爛れた行為である事を意味していた。
――――――パパ活。それは成人男性が若い少女に金を渡し、食事やデートに誘う事を指す。
世間一般では払う側も払われる側も非難される行いであり、どんな事情があるにせよやはり咎められる行いでもある。
しかし同時にどれだけ世間から忌避されようとも永久に残り続ける文化でもある。人間には性欲がある。食欲、睡眠欲と同様に満たさねば気が済まない欲求。だがそれを真の意味で満たす事は容易ではない。
例えば食欲。空腹をただ満たすだけであれば何も考慮する事などない。しかし実際問題、満たせれば何でも良いという者は少ないだろう。『見た目』・『味』・『素材』。これらの要素は満足するにおいて決して外せない。
性欲も同じだ。『好きな人』や『見た目の優れている人』と共に一夜を過ごしたいと考える事は極めて自然な事である。
しかしどれだけ望もうともそれを果たせない者達がいる。例えば相手の立場と自身の立場に開きがある場合であったり、容姿等を理由に求めている相手から見向きをされなかったりとその要因は様々だ。
では無理だからと諦められるのだろうか。そういう人間もいるかもしれなし、寧ろその方が将来的には絶対に良いに違いない。だが、そうでない人間も必ず存在する。阿慈谷ヒフミもその内の一人だった。
性別が逆転しようともパパ活は成り立つ。ただ頭に『逆』の一文字がつくだけで中身は何も変わりはしない。お金を払って相手を抱く。それだけだ。
「先生…………っ!」
ベッドの上で、影と影が重なった。己の心の内を情欲に変換し、まるで獣の如く貪る少女の表情は恍惚に満ちている。先生と生徒の膂力には大きな開きがある。だから先生はただ受け入れる。生徒の意志を尊重する、そんな言い訳を頭の中で反芻しながら、ただひたすら夜明けを待っていた。
■
彼は愛の無い家庭で育った。父は過剰に結果のみを求める性格で、母は子供を自らを着飾る宝石と認識している存在だった。学校では常に満点を求められ、試験では常にトップを求められ、部活動でも頂点を取る事を求められる場所であったが故に、彼は常に息苦しさを感じる日々。教師は生徒に無関心。同級生も日々研鑽に追われて付き合いの悪い人間など相手にしない。
求められる結果を常に出せれば、まだ良かったのかもしれない。しかし現実はそうはいかなかった。彼はお世辞にも要領が良い人間とは言えず、まず最初に失敗をする人間だった。それは決して悪ではない。誰しも失敗はするものであり、それはそれに対する経験が少ない程発生しやすい。それが普通であったのだが、残念ながら彼の家庭は異常だった。成績表を見て父は暴力を振るい、母は泣き崩れる。「どうして出来ない」、「どうしてそんな子に育ってしまったの」。そんな言葉がいつだって彼を苛ませた。
それは次第にただの口頭での怒りに変わり、いつしか何も言われなくなった。優しくなったのではない、無関心になったのだ。
どんな家族にも愛は普遍的に存在する。しかし存在するだけで向けられるとは限らない。彼らの胸中にも確かに愛はあったのだろうが、それを向けられるに値する人間に、彼はなれなかったのだ。
しかしだからと言って欲が消える事はない。水を注がれず、野風に晒され続けた器はやがて風化し朽ちていく。そしてそれが完全に崩壊した時、漸く人は気がつくのだ。
この世界に自身の欲を満たすものは存在しないと。
気がついたら、彼は宙に身を投げ出していた。
そして次に目を開けた先に広がっていたのは、彼が住んでいた場所とは大きく異なる場所。
学園都市キヴォトス。その名の通り幾千もの学校が集まり、各々がまるで国家の様に独自の政権を振るい、その中心に統括組織があるそこに突如として『外の世界』から現れた先生として、通常ならば誰しもが有しているはずのヘイローが存在せずに弾丸一発で死に陥る事もあるひ弱な存在として彼はそこにいた。
彼が実は一度死んだ身であると知っているのは、キヴォトスにおいて数人もいない。
『死』という終わりを知っている彼は、だからこそそれを避けるでもなく、生徒のために躊躇い無く命を張り続けた。
アビドス砂漠で超巨大企業と対峙した時も、『王女の鍵』なる存在と対峙した時も、エデン条約を取り巻く闇と対峙した時も、彼は変わらずに命を賭して生徒を守った。
弾丸が体を貫いた事もある。巨大な質量に腕が潰された事もある。それでも進んで生徒を導く姿に、生徒達は多くの信頼を寄せていた。
一度倒れて入院した時、彼の周りには多くの生徒が駆け付けてきた。その光景を見て、確かに彼の心に水が注がれている感覚があった。
彼は、先生は、愛されたかったのだ。だからこそ彼は生徒達に惜しみの無い愛を注いだ。愛すれば愛するだけ、彼女達も応えてくれる。そう、それは他が為の愛ではなく、あくまで自分自身のための自慰的な自己愛に過ぎない。
それを彼は自覚せぬまま、その時はやってきた。
生徒の一人が先生を押し倒したのだ。瞳に獣欲を滾らせ、艶やかな銀髪を汗で湿らせ、今にも喰おうと涎を垂らしていた彼女はまるで狼の様だった。
口で静止しようにも彼女は止まらない。それでもどうにか止めようとして、彼女は言ったのだ。
『ん……、ならお金を出す』
『は…………?』
『私は先生とヤレて幸せ、先生は趣味に使えるお金が出来て幸せ。ん、お互いにwin-winなれる、完璧なロジック』
『いやどこが!?』
この世界の常識として、ヘイローが存在する者とそうでない者では天と地程に差が出来る。その最たるものが身体から発せられる力だった。そして良くも悪くも生徒達は皆、思い切りが強い者達ばかりであり、目的のためには強行突破も辞さない者も多い。
とにもかくにも先生は生徒の一人と関係を持ってしまったのだ。
そしてその噂は一瞬にして広まった。
お金さえ払えば先生を独占出来る。先生を抱ける。最初は馬鹿馬鹿しいと流されるであろうと高を括っていたが、存外キヴォトスはその辺りの観念が緩かったらしい。翌日には希望者が殺到していた。
長い思案が終わり、先生はベッドの上で目を覚ました。隣にはヒフミが心の底からの幸福を味わったかの様な寝顔を浮かべ、すうすうと寝息をたてている。
またやってしまった。先生は部屋からバルコニーへと場所を移し、煙草に火をつける。当初は教職者という立場もあり控えていたが、今ではニコチンに浸らなければやっていられなくなってしまった。
煙を吐き出し、彼は自己嫌悪にふける。立場を考えるなら拒むべきだ。生徒と肉体関係を持ち、あまつさへ金銭まで受け取るなんて、あってはならない。
しかし同時にそれを拒みたくない自分がいるのも事実だった。「愛されたい」、それが今の彼を構成する基本原理。生徒達はお金を払ってまで自身を求めている。自身に対して愛が無ければ出来ない事のはずだ。それを自覚して、ほくそ笑んでいる他ならぬ自分自身がいる。
「最低だよ俺…………」
生徒達と身体を重ねる中で幾度となく呟いたその言葉がまたしても自然と口から零れ落ちる。俯き、頭に手を置き搔き毟る。まるでお金こそが愛であるとでも言いたいのか。もしそうなのだとしたら屑の極みだ。先生と名乗る資格などない。
だから、今度こそ、今度こそこんな事はやめよう。
お金には手をつけていない。これを全て生徒に返して、また一からやり直そう。
目の前に輝く朝陽の前で、彼はそう決意した。
そして二日後――――、彼はまた身体を重ねた。
感想欄に思い思いに書き込んでくださいな