パパ活を辞めたい先生と、それをさせない生徒達 作:ベロベロベ
先生の一日は積み上げられた書類の整理から始まる。ここキヴォトスでは銃火器の携帯が許可されているためにトラブルが頻発する。彼が最初に取り掛かるのはその様な案件の整理だ。各学園の保有する治安維持組織でどうにかなるものならば良いのだが、実際はそうもいかない事が多い。キヴォトスの犯罪率は以前と比べれば落ち着いたものの、まだまだ被害が大きいというのが現状だ。その様な中で様々な事情でそれに対抗出来ない学園も存在する。そういった場所に救援を送るのも、彼が顧問という形で勤務するシャーレの役割だった。
「先生、お疲れ様です」
「あ、ユウカ……」
自動ドアが開き、奥から1人の少女が姿を見せる。腰まで伸ばした菫色の髪の一部をツーサイドアップに纏め、手にはサブマシンガンを手にしている。制服である白いシャツとその上から着ている黒いブレザーは一見すれば生徒には見えないものではあるが、更に上から羽織っているジャケットが良い意味でミスマッチである。
しかし先生の視線は更にその下、彼女の太ももへと吸いこまれていく。いつにも増して露出の多い彼女のそれは彼にとっては目に毒が過ぎる代物だった。彼はさっと目を反らして書類作業に集中する。今はユウカの挨拶に対しての返答を返すよりも、如何に彼女を視界にいれないかを重視しなければならない。
今日の朝に、生徒とはもうああいう事はしないと決意したばかりだ。たった数時間でそれが破られるなど笑えない。今日は昼から外回りがある。周辺のパトロールや懇意になっている店への挨拶回りが主な業務であるが、同時に生徒から対価として支払われたお金を返すための時間でもある。
ゲヘナやトリニティ、ミレニアムや山海経など様々な学校に寄らなければならない。一日で全て返すのは不可能だがそれでも人数の多い学校から回っていくつもりであった。
つまりは残り2時間程。ユウカの煽情的な恰好を2時間耐え抜けば今日はクリアしたも同然だ。
先生は気合を入れて書類に向き合う。横から妖しい視線を送るユウカに気がついてはいなかった。
■
「先生がパパ活を辞めたがっている」
早瀬ユウカがその噂を聞いたのはほんの数日前だった。
ユウカのシャーレの先生に対する第一印象は放っておけない大人、というものだった。
あの連邦生徒会長が選んだ存在だというのだから能力を疑う訳ではなかったが、どことなく自信無さげな態度が彼を頼っても良いものなのかを悩ませる要素だった。
しかし今彼女が来ているここ、サンクトゥムタワーの占拠事件を終息させた後は彼に対する評価は右肩上がりだった。レシートをため込む、高価なオモチャを買った挙句に食費が無くなるといった心配になる要素こそあったものの、ユウカにとってはそれらはマイナスではなく寧ろプラスになるものであり、敵対した相手でもある自身に対して常に好意的に接してくれる彼に対して好意を抱くようになるのは時間の問題であったといえるだろう。
「先生は私がついていなければ駄目だ、先生を支えてあげられるのは私しかいない」とそんな事を常々考えてしまう程には入れ込んでいたのだ。
だからこそ、先生のあの噂を聞いた時にはショックが大きかった。
先生は金さえ貰えば誰にでも股を開く大人である。最初は根も葉もないとんでもない噂だと断じ、誰がそんな噂を流したのかと憤ったものだ。
しかし同時に膨れ上がった疑念と好奇心を、ユウカは止められなかった。先生の潔白を証明するのだという大義名分を掲げ、ゲヘナの便利屋に依頼を出した。
数日後、便利屋の浅黄ムツキから返ってきた『気持ちよかったよ♡』というふざけた答えを聞いた時、彼女の目の前は真っ暗になった。
何でも便利屋に依頼を出した時点でムツキが先生に対して仕掛けていたらしい。彼女から手渡されたのは全身を剥かれて大人の玩具で弄り倒された先生の姿が収められた写真。
それを見た瞬間、ユウカは脳がぐちゃぐちゃに掻き回されたかの様な感覚に陥った。次いで感じたのはとめどなく湧き出るマグマの様な怒り。
先生の事を信じていたのに。先生と最初に会話したのは私なのに。私が最初に好きだったのに!!!
全身を搔き毟るかのような嫉妬に身を任せ、気がついたらそんな事を叫びながら先生を抱いていた。
特大の愛憎からなる暴力の様なセックスを終えた後、ユウカは少しばかり冷静になった頭でふと気がついた。
「先生ってこんなに弱いんだ……………………♡」
全身に薄紅色の跡をつけ、気絶する様に眠る先生を見つめユウカはほくそ笑んだ。今まで感じた快楽の中でこれに勝るものはない。愛する人を思い通りにする事がこんなに愉しく、気持ちの良いものだったなんて。高い金を払う者の気持ちが理解出来た瞬間だった。
「金を払う」という行為は都合の良い免罪符なのだ。自分は金を払っているのだから受け取った先生はそれに応えるべき。自分は悪くない。これは当然の対価である。倫理を彼方に吹き飛ばしたかの様な思考回路だが、ユウカはそれを否定する気にはなれなかった。
もとより力の差は圧倒的。無理矢理しないだけ寧ろ有情。私はこんなにも傷ついたのだから、先生も多少痛い目を見るべきだ。
──────だから許しませんよ先生。私達は今のままでいるべきです。
ユウカは先生に対して舐める様な視線を向け、ほくそ笑んだ。
パパ活の順序は決まっている。シャーレの当番になった生徒、それが先生に対して行動を起こせる者だという事は随分前に連邦生徒会によって決められていた。つまり今回はユウカのターン。辞められるなど冗談ではなかった。
「先生、お加減はどうですか?」
「え? …………ああ、おかげさまで絶好調だよ」
「本当ですか? またお金をつかいこんで食費を削ったりしていませんか?」
「…………………………………………………………勿論」
「そうですか……。ところでこの領収書なんですけど」
先生がしまったという顔をするのを見て、一瞬彼女はほくそ笑んだ。レシートに書かれているのは某特撮ヒーローの変身グッズ。どうやら大人向けとして随分と凝ったものであるらしく、軽く5万を超える値段が印刷されている。
やはり彼はどこか抜けている。当番の生徒が使う机の中にこの様な物を置きっぱなしにしておくなんて、気がつかれないとでも思っているのだろうか?
以前までならば激怒していたはずのその存在も、今のユウカにとっては都合の良いものに他ならなかった。彼に対して
ユウカは先生に近づき、彼の視線を強制的に自身に合わせる。そして困った様な笑みを浮かべて告げる。
「仕方ありませんね……。今日は私とお昼を食べに行きましょう。勿論私が奢ってあげます。最近この近くに良いお店が出来たんですよ」
「………………ねえユウカ、気持ちはありがたいんだけど……、お、私にはまだ余裕があるからさ……」
「本当ですか? そんな事言って、変な気を使って誤魔化してませんか? ちゃんと、
「う、それはその…………、水着キャラの復刻が無ければ……」
先生の呟きを聞いたユウカは自身の機嫌が悪くなっていくのを感じていた。この大人は自分という存在がありながら未だに2次元の女の尻を追いかけているというのか。ベッドの上での説教がまた1つ増えたなと思いながら、ユウカは咳払いして彼の机に書類を置いた。
「とにかく! 今日こそ先生にはちゃんとしたものを食べてもらいますからね!」
「いや一応昨日はヒフミとファミレスに…………」
「うるさいです」
ユウカはすっかり先生が他の女の話をしていると怒りを感じる様になってしまった。2人きりなのに、今先生は私のものなのに。胸中に渦巻くドロドロとした感情を隠そうともせず、ユウカはにっこりと笑顔で告げた。
「先生、私にお時間頂けますよね?」
凄まじい圧力を放つユウカはただ屈するという一択のみを、先生に突きつけた。
■
ユウカは優秀で頼りになる生徒だと、先生は自信を持って紹介出来る。いつも至らない自分の生活面を含めて支えてくれる存在。頻繁に小言を言われもするが、それも全ては自身を想う感情からくるものだと自覚していたからこそ、彼女と打ち解けるのは早かった。もしかすると最初に出会った生徒の1人であるという事も影響していたかもしれない。
あの日までは、ユウカと先生は真っ当に仲が良かったと断言出来る関係だった。
それが崩れたのはミレニアムへの用事が終わり、帰ろうとしていた矢先にユウカに頬を思い切りひっぱたかれ、銃を突き付けられた時だ。渇いた大きな音が周囲に響き渡り、彼は何事かとユウカに視線を向けた。ただただ驚愕する事しか出来なかった。少なくとも彼女を怒らせる様な事などした覚えが無かった。
しかし彼女の目尻には涙が溜められており、何も無いというのはありえないと彼の第六感が告げていた。
「えっと、ユウカ…………?」
「………………ですか」
ユウカの声は小さく聞き取り辛い。しかし彼女の声が怒りで震えているのだという事だけは理解出来た。そして直後、ユウカから怒声が放たれる。
「これは! 一体どういう事ですか!!!!!」
そう怒鳴ってユウカは1枚の写真を先生に叩きつける。それを見た時、彼は卒倒しそうな感覚に陥った。ついこの間ムツキにヤラれた時の写真。どうして彼女が持っているのか。そもそも写真を撮られていたのか。先生の脳は今にも機能を停止しかけていた。
しかし頬に残った痛みが辛うじて彼の意識をつないでいた。正直、あそこで気絶出来ていればまた違った未来があったのかもしれない。…………そんな事もないかもしれない。
とにかく怒り狂うユウカを何とか宥めようと説得の言葉を探す。しかしすぐには出てこない。当然だ。何と言って説明するのか。まさかムツキ相手にお金を貰ってあれやこれやと体を許したと説明するのか。そんな事出来る訳がなかった。
改めて先生は写真を確認する。写っているのはムツキに玩具で遊ばれているあられもない自身の姿。言い訳のしようも無い程にR18な自分を見て彼は頭を抱えた。本当にどうしてこんな事になっているのか。
悩みに悩んだ末に先生が繰り出したには、大人が持ちうる最大の武器。
「ユウカ………………………………、ごめん!!!」
土下座である。ここが公共の場である事を差し引いても今は人気のない時間帯であるため、そこまで人目につく事はない。それにユウカなら土下座すれば許してくれるだろうという一切根拠の無い確信が何故かあった事も後押しに繋がった。背中にユウカの視線を感じながら、彼はただその姿勢を取り続ける。数十秒が経過した後、未だ震える声が響いた。
「……否定しないんですね」
「…………うん」
「本当にヤッたんですね……。こんないかがわしい事を、生徒の模範となるべき教育者のあなたが……」
「…………はい」
「…………………………頭を上げてください」
ユウカの声色は先程と比べれば幾分落ち着いていた。だが、それは怒りが収められたという事を意味しない。ゆっくりと視線をあげると、ひたすらに虚無の表情をしたユウカがいた。代わりに彼女の瞳の中には怨念の様な感情が渦巻いている。
「先生、ちょっとお時間頂きますね?」
「え、ちょっと、ユウカ…………?」
ユウカは先生の腕を引っ掴んだ後、大股でズンズンと歩き出す。痛みすら感じる程に強く掴まれた先生は困惑の声を漏らすも彼女はそれに答える事はなく、ただひたすら歩いていた。
そして目の前にギラギラとした光の街が見えた時、先生は察した。まさか、やる気なのか? 今から?
制止しようにも彼女は止まらなかった。コンビニで買う物を買って、ホテルに入り、そして彼はベッドに叩きつけられた。
「あの、ユウカ………………?」
「うるさい」
ユウカは泣いていた。悲しみと怒りと失望とそれでもなお朽ちない愛。それらを全てを無理矢理纏め上げたかのような顔の彼女に、先生もまた泣かされた。
痛みと苦しみと快楽。彼女が先生に会うまでに感じた全ての感覚を強制的に流しこまれた。幾ら懇願してもそれは止まらず、ついに彼は意識を放り投げた。
翌日以降、ユウカは変わった。先生の情欲を煽るように露出が増え、彼に対してのスキンシップが増えていった。いつもよりも念入りに彼の懐事情を観察し、少しでも隙があれば嬉々と舌なめずりをしながら彼女はお金を渡す様になった。
「何か思い出しましたか? 先生」
深夜のホテルの中、彼女の横で先生は寝ている。結局彼はユウカを撥ね退ける事が出来なかった。
相も変わらずのだらしない寝顔に、ユウカは溜め息を吐いて、そして嗤う。
「やめさせませんよ。私は変わらず、あなたを愛し続けます。ですから先生も私の事をずっと刻んでいてくださいね……」
だってあなたのせいで、私は狂ってしまったんですから。
「それに先生だって、望んでいないでしょう……?」
少しだけ口角の上がった先生の顔を見つめながら、ユウカはそっと呟いた。