こんにちは。こっちの方でも投稿してみます。
「……え?」
閑散とした理事長室にて、俺の間抜けな声が響く。
「先程言った通りです。貴方の担当しているウマ娘さん達が、貴方のことを無視するいたずらをしかけようとしているようなんです」
そんな俺に淡々と繰り返し伝えてくれた彼女は、駿川たづなさん。どのような仕事でもあっという間に終わらせ、そしてその内容も完璧とかいう、トレセン学園きっての超人だ。
「…えーっと、まず聞きたいことが2つ程あるんですが、いいですか?」
「はい、私にお答えできることなら」
「それなら、まず1つ目です。なぜ、それを知っているんですか?」
「はい、…あれは昨日の朝方のことでしたね」
「ふぅ、私としたことがまさか書類を理事長室に忘れてしまうなんて…急いで取りに帰らないと」
朝の学園内、春を迎えたとはいえ、未だ肌寒い気温が続く中、私は学園内を駆けていた。
吐く息がほのかに白く輝いており、否が応でも寒さを実感してしまう。その時ふと、誰かの会話が聞こえてきた。
「……で、トレーナーの……して……ね…」
普段であれば特に気にせずそのまま走り去っているような至極些細な会話だ。けれど、その会話の中に聞き逃せなかった単語があり、私は足を止めた。
「…トレーナーさん?」
目を向けた先は、トレーナーさんの所有している部室棟だった。あの人は今日、休みのはずでは?何か用があり、学園に足を運んだのだろうか。それならせっかくだし挨拶でもしていこうと考え、私は部室棟の扉に手をかけた。すると。
「きっとすごい慌てると思うんだ〜!それで十分に僕たちのありがたみを分かってきたらネタバラシしてあげるの!そしたら絶対今よりトレーナーは僕たちのことを大切に思うはずだよ!」
部屋の中からは活発で、よく響く声が聞こえてきた。トウカイテイオーさんだ。しかし、会話の内容を聞く限り、中にトレーナーさんはいないようだ。となると、ここにいる必要も無くなった。人の会話を盗み聞く趣味はないので、その場をさろうとしたが。
「で、でも…だからといって、そんなひどいことはダメじゃないかしら…?トレーナーさんを無視するなんて…」
次に落ち着いた、儚さを感じるような声が聞こえる。おそらくサイレンススズカさんだろう。
「…無視、ですか」
こういった職場で働いている以上、事務的なことだけではなく、学生達の間で起こる問題にも常日頃から目を光らせ、時には注意しなければならない。
その問題とは、無視や物を隠すといった行為、果てには肉体的、精神的暴力といったもの、つまりはいじめだ。このような行為をさせない為にも、私たちはいる。
「だって最近のトレーナーそっけないんだもん!ボクが一緒にハチミー飲みに行こうって誘っても断るしさ〜…。1回ボクたちの大事さを分からせなきゃダメだよ!」
「ですが、だからといって無視をするというのはスズカさんの言う通り、度が過ぎた行動かと。他のアプローチを進めます」
「そ、そうだよ…。無視なんてされたらきっとすごい悲しむよ…ライス、そんなことしたくないよ…」
…なるほど。会話を聞く限り、決してトレーナーさんに対して嫌悪感がある故の行動ではないようです。どちらかといえば好意がある故の行動…ですね。
ひとまずは安心しましたが、例えどれほどの好意を持っていても、その行動は皆さんが言っているように、問題しかありませんよ、トウカイテイオーさん。
「確かに最近は、私たちが誘っても断られることは多いです。ですがそれは、私たちの今後のレースやトレーニングの組み立てを行なってくれているからでしょう?私たちのことを考えて下さっている方に対して、そのような卑劣な行動は許しませんわ」
どうやら中にいるのは、トレーナーさんの担当ウマ娘さんたちのようだ。全員がいるわけではないというのを見ると、偶然学園内にいた子達が集まったのでしょうか。
しかし、どうやらトウカイテイオーさん以外は乗り気ではない様子。この様子なら私が口を出さなくても失敗に終わりそうですね。
そう判断し、その場を後にしようとしたが。
「ふ〜ん、じゃあいいよ!ボクだけでやっちゃうもんね!きっとトレーナー、ボクがいないと生きられない体になっちゃうだろうな〜。今から楽しみだな〜」
「「「「…………トレーナーさんが私なしじゃ生きられない体に………」」」」
…なにやら、不穏な流れになってきたようです。どうやら、もう少し話を聞く必要がありますね。
「だってさ〜、今まで一緒にいて当然だと思ってた相手から突然無視されるんだよ?ってなったら当然不安に思うし、その相手に必死に話しかけるじゃん?それで限界まで引っ張ってから優しく抱きしめてあげたりなんかしたら…もうトレーナーはその人なしじゃ生きられないほど依存するはずだよ!」
確かに、トレーナーさんのような優しい方であれば、無視されたとしても自分に原因があると思い込み、相手に許してもらえるよう必死に謝るでしょう…。
ですがトウカイテイオーさん、それはあまりにもわがままな行動ですよ。
「ト、トレーナーさんが私に依存…でもライス、やっぱり無視なんてひどいこと…できないよ…」
「…ライスさん、テイオーさんの言うことにも一理あるかもしれません」
「…え!?ブルボンさん!?」
「確かに無視という行為は非常に幼稚、かつ許されないことです。ですが、その結果がより一層の信頼の獲得なのであれば、私としても断る道理はありません」
…これは、ミホノブルボンさんの悪いクセですね。
あの子はあくまでも、結果に重点を置くタイプです。過程が少々間違っていても、終わりさえよければ気にしないところが問題点だと、以前トレーナーさんから聞いたことがあります。ここでその問題点が露呈してしまいましたか。
「信頼…確かに今以上にトレーナーさんから信頼されるのなら…」
「…で、ですが仮にもメジロ家のものがそのような行いを…う、ううぅ」
初めは否定的だった子達もミホノブルボンさんの言葉を聞いて、頭を抱え出しました。これは良くない流れですね。
「大丈夫だって!トレーナーは優しいから後で謝れば許してくれるよ!それじゃボクは他の子達にも連絡するね〜!」
許してくれる…ですか。流石にこれは見過ごすわけにはいきません。といっても、どうしたらいいのでしょうか…。
ここで私が中に入り、その行為がどれほどひどいことなのかを説明するのは簡単です。でも、それはきっと問題の先延ばしでしかないでしょう。なにが間違っていたのかを本人達に判断してもらわなければ、必ず同じようなことを繰り返してしまいます。
「ここは、トレーナーさんに頑張ってもらうしかないかもしれませんね…」
今度こそ部室棟の扉から手を離し、私はその場を後にする。きっとあの様子では皆、やがてはトウカイテイオーさんの言葉に乗ってしまう。であれば、これ以上この場に留まる必要性もない。
「少し酷ですが、間違ったことをしっかりと教えるのも指導者としての責任ですからね…」
私は巻き込んでしまうトレーナーさんに謝罪しながら、携帯を取り出した。
「ということが先日あり、今日はお呼びしました」
たずなさんから聞かされた話を俺は黙って聞いていた。そして話が終わると、俺も口を開く。
「…なるほど、そういった理由での呼び出しだったんですね。少し安心しました」
「安心、ですか?なぜでしょう」
不思議そうに小首を傾げるたづなさん。美人は例え可愛い系のことをしても絵になるんだなぁとしみじみ考えながら、俺はここまでに来る時の気持ちを素直に吐露した。
「いえ、いきなり理事長室に来てくださいって言われたら流石に身構えますよ。何かしたんじゃないかと必死に思い出そうとしながら来ましたから。ですので、そういった話じゃなかったことに、安心したんです」
「あぁ、そういうことですか。…ごめんなさい、お早めに耳に入れて欲しかったので、言葉が足りませんでしたね」
恭しく頭を下げるたづなさんを見て、俺は慌てて両手を振る。
「いやいや!謝らないでください!俺の為にしてくれたことなんですから。むしろ頭を下げるのはこっちの方ですよ!」
「ですが、要らぬ心配をかけさせてしまったの事実ですから…」
それでも自分に非があると譲らないたづなさん。この人は本当に優しい人だ。どんな時でも相手のことを第1に考える。だからこそ、俺も彼女には敬意を払うし、秋川理事長も信頼できる人物として側に置いているのだろう。
「わ、分かりました。ではお互いに悪かったということで、この話は終わりにしましょう」
「トレーナーさんの悪い点が見つからないのですが…。分かりました。今はそんなことで時間を取るわけにはいきませんから」
やっと頭を上げてくれたたづなさんの目はいつもよりも据わっているように感じた。普段の優しさを鳴りを潜め、まるで差し込む直前のウマ娘のような、恐ろしさを感じる。
「えっと、それで2つ目なんですが、なぜそれをこのような形で?もちろん、俺の担当バのことですから知らせる必要があるのは分かるんですが、呼び出しをするほどの、大袈裟なことではないと思うんですが…」
この目を見ていると、なんだか吸い込まれてしまいそうだ。少し無理やり、俺は2つ目の疑問を聞いた。
「トレーナーさんは、この件を聞き、どのように感じましたか?」
「…そうですね。確かに最近はテイオーの言う通り、あいつらに時間を使ってやれていないのは事実です。ですので、あいつらがそういうことをしてきても、全て俺の責任だと思います。ですので、今後はなんとか時間を作るから、許してもらえるように今から謝りに行くべきかな、と」
実際、テイオーの言うことはもっともではある。トレーナーとして、ウマ娘には最大限に接してやらなければならない。
しかも相手は中高生という多感な時期だ。ふとしたことがきっかけで、今までの関係に亀裂が入ったりすることも多くあると聞く。それだけは避けなければならない。
「許してもらえるように…。そう、ですか。トレーナーさん、私は今から少し厳しいことを言います。気を悪くしたら申し訳ありません」
「え、わ、分かりました」
突然のたづなさんの告白に驚く。彼女は、自分の考えをしっかりと相手に伝える人だ。けれどこのように面と向かって自分の意思を、それも厳しいことを言うと直接的に告げられたことは初めてだった。
「貴方は、優しすぎます。優しいというのは、無論長所です。ですが、度が過ぎると単なるお人好しでしかないんです」
「…お人好し、ですか、」
「怒らないのと怒れないのは似ているようでその実、まったく違います。私はあの子達を大切に想っていますが、悪いことをしたら必ず怒ります」
「………………」
たづなさんの言葉をじっと聞く。なんとなく、彼女の言いたいことは分かってきた。
「怒るというのは、相手に間違った行動をしていると認識させる為です。私は、あの子達をちゃんとした大人にする為なら、嫌われようと構いません。ですが、トレーナーさん。貴方はあの子達のことを本気で怒れますか?」
「………無理、ですね」
「…はい、それが貴方の最大の長所でもあり、そして短所です。こんなこと、私なんかに言われなくてもきっと貴方なら分かっているとは思いますけれど」
「いえ、今言われて、改めて自覚しました。たづなさんの言う通りです。たづなさんに言われなければ、気付けませんでしたよ。俺はあいつらのことをちゃんと見ていなかった。優しさとかいう不確定なものを盾にしていました」
「…トレーナーさん」
「ですが、こんなの…ただの逃げですよね。あいつらのことを大事に想うのであれば、時には心を鬼にすることも必要。そのことから、俺は目を背けていました」
「…はい。もし、貴方にとって私の言葉がよい発破になったのならとても嬉しいです」
たづなさんのおかげで目が覚めた。そうだよな、あいつらのトレーナーであるのなら、いつまでも優しいだけじゃいられない。悪いことは悪いことだと、たとえ嫌われても教えなきゃいけない。
それもトレーナーとして大事なことだったんだ。そんな当たり前のことから逃げていたなんて、俺はなんて傲慢なんだ。教えてくれたたづなさんには本当に感謝しか
「それじゃトレーナーさん!怒りましょう!ブチギレましょう!」
「…………は?ブチ…え?」
そしてまた閑散としている理事長室に、俺の間抜けな声が響いた。
「今回、この話をしたのは、トレーナーさんにあの子達をしっかりと叱って欲しかったからなんです。相手の気を引きたいからといって、相手を傷付けるような行為は間違っています」
「まぁ、その通りですね」
先程のにっこりと笑った顔はスンと変わり、落ち着いた顔つきに戻ったたづなさん。正直、砕けた言葉遣いのたづなさんはかなり可愛かった。
「ですが、いきなり叱っても、何故怒られているのかあの子達は分からないでしょう。ですので今回は、あの子達の行動を逆手に取ります」
「行動というと、先程言ってた俺を無視するとかいうやつですか?」
「その通りです。あくまでも怒られる火種を作ったのは自分、そしてトレーナーさんはそれに対して怒っている。どう捉えても悪いのは自分であるということを自覚しなければ、何に対して反省しなければいけないのか分かりませんからね」
「そうですね。じゃあ、あいつらが俺のことを無視した時に怒ればいいんですね」
「…いえ、無視された瞬間に怒るというのは、材料としては弱いかもしれません。ギリギリまで粘り、あの子達がトレーナーさんに対して、罪悪感なりを感じて話しかけようとしてきた時、逆にトレーナーさんから突っぱねるような態度をとれば、自分の行いを深く鑑みることができるはずです」
「な、中々えげつないこと考えますね」
つまり、あいつらが俺を無視しても、ずっと話しかけ、あいつらがその罪悪感で俺に話しかけようとした時に怒る、といった感じだろうか。…まぁ、かなり効果的ではあるけど、少しやり過ぎではないだろうか。
「いえ、突っぱねるというのも些か足りませんね。相手によっては自分が何をしたのかを強く理解させる為に、しばらくは口を聞かなかったり、普段決して声を荒げることのないトレーナーさんが大きな声を出すほど怒らせてしまったということを理解させるのも大事でしょうか…」
なんかとんでもないこと言ってないか、この人。
「あ、あのたづなさん?流石にそれは少しやり過ぎなんじゃ」
「……トレーナーさん、初めに言っておきますが、私は今回の件であの子達に少しばかり腹を立てています」
「え?」
「トレーナーさんは普段、自分のことを2の次にあの子達のことを考えています。あの子達もそれは理解しているはず。なのにこのようなことを考え、そして行動に移すというのは、ある意味トレーナーさんに対する裏切りでもあります」
「裏切り…ですか」
……いや考えすぎじゃない?絶対そんな本気で考えてないですよあいつら。
「中途半端に叱るというのか1番良くありません。やるからには徹底的に、完璧にやり遂げなければなりません」
そう言うと、またなにやらおっかないことを口にし始めるたづなさん。あれ、この人…こういう人だったっけ…?え、やだ、怖い。