アイドルをこえたナニか -伝説の配信-   作:音夢 利泰

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彼女ならそのままいけるところまでいけたんじゃないか、ということで。




彼は追い詰められた

「大好きだって気付いたから!愛してるから!愛されたいから!」

 

 目の前で宣言する彼女に、彼は追い詰められていた。

 

 

「意味がわからない」

 彼は中学校を卒業した。

 裕福な家庭、仲のいい家族、恵まれた勝ち組への道筋。

 春から入学する高校での新しい生活へ向けて、期待に胸を膨らませていた。

 そんなときにふと頭の中に湧いてきた、わけのわからない知識。

 その知識が訴えかける、視界の片隅に映る半透明な四角形。

「これって、やっぱり……」

 その半透明な板を直観的に操作する、操作できてしまう。

 多くの文字が一覧になっているところを意識して、重ねるようにとあるマークを思い浮かべる。

 三角形を横にした、誰もが知っているおなじみの記号。

 思い浮かべただけで、自分は何も身体を動かしていないのに、脳内に響き始める楽器の音。

 

「音楽プレーヤーじゃねえか!!!!」

 

 そう言った途端、転生者である天成(あまなり) 詩音(しおん)は気絶した。

 

 彼の前世はとても普通なものだった。

 どこにでもあるような学生生活を送り、恋愛をして、働き、子孫を残して死んでいった。いいことも、悪いことも、うれしいことも、悲しいことも、それなりにある人生だった。

 そんな彼の人生で普通ではなかったこと。

 

 世界中のありとあらゆる楽曲を聴こうとした。多種多様な楽器を弾こうとした。

 生活に必要なお金以外はおおよそ音楽のために使われた。

 とある場所でしか聴けない歌のために、仕事を休んで旅行へ出た。

 彼の妻も音楽が好きでなければ破局していただろう。

 子供たちが巣立ち、妻と二人きりの老後はそれでも賑やかだった。

 様々な曲を聴き、楽器を弾き、歌う。

 

 そして眠るように死んだ。

 

 今世の彼は前世の記憶をあまり覚えていない。なのに音楽だけは魂にひどく染みついていた。

 弦を弾く指先の感触も、透き通った声の振るわせ方も、鍵盤を叩くリズムも、楽譜も、歌も、律動も、表現も。

 

「嫌です」

「嫌っていわれてもですね」

 その行き過ぎた音楽への情動は、死んだ後に何者かに噛みついた。

「嫌だ」

「そこをなんとか」

 記憶を奪ったはずなのに奪えていない。魂を消したはずなのに消えていない。

「嫌」

「……こいつなんで抵抗できてるんだろ」

 

 どうしようもなかったので、認めるしかなかった。

 

「っしゃ!」

「ガッツポーズとかやめて」

 消え去っていくだけだったはずの魂が、ただただ音楽への愛で認めさせた例外中の例外。

「さっさと行って。しがみつかれるなんて最悪」

「奪おうとするのが悪い」

「はいはい、もういいから」

 

 そんな魂が

「俺だけが知っているなんてもったいない」

 

 音楽の化け物が目覚めた。

 

 目覚めた彼は、まず自分の持つ能力をできる限り把握しようとした。

 今世の記憶、天成詩音として生きた記憶の欠損は無く、前世は名前も含めていまいち思い出せないのに、音楽に関わることだけは完璧だった。

 脳内にあふれる楽曲の再生はもちろん、楽譜の読み取りや演奏。

 前世でできたことは今世でもできた。

 楽器店で片っ端から弾いていく少年を周囲は異様な目で見ていたが、彼は気にしない。

「身体能力がやべえ……」

 しっかりと確認するため、山の中で体を動かした。

 ダンスは歌に必要な一部なのか、身体能力がおかしいくらいに上がっていた。

 なんとなく前世でもここまでは踊れなかった感覚があるのに、あっさりと踊れてしまう。

 歌に必要なためか肺活量も異常。

 木から木へ軽々と飛び移り、木の側面を駆け上がったときにはため息を吐いた。

「え?ここまでいる?無駄じゃん」

 どこからか声が聞こえた気がした。

 

「魂に染みついているんだから当然でしょ?」

 

 周りを見渡しても誰もいない。

 どこかで聞き覚えのあったような、そんな声の主を探そうとして彼は止まる。

「困ることもないし別にいいか」

 さらに高度な動きを、精密な身体操作を黙々とこなす少年を、近くの木の枝の上から烏が呆れたように眺めていた。

 

 高校生活が始まって、彼は精力的に動き始めた。

 バイトを始め、得た給料を楽器に使う。

 ストリートで演奏して自分の技術を確かめていたらスタジオに誘われた。演奏を絶賛されながら、契約を結ぶ。

 スタジオと繋がりが出来たことで彼の活動は加速する。

 突然に楽曲を発表したかと思うと、連続で次から次に発表し続け、手に入る利益は必要な楽器や環境へと使われていく。

 彼は普通にしているつもりだったが、周囲は音楽のためだけに動く怪物として認識し始めた。

「彼はどうやって作曲してるんだ?」

「前世がどうたら言ってましたよ」

「…………そういうぶっ飛んだ奴が世界を動かすのかもな」

 ジャンルも楽器も言語も関係なく、無差別に広げられる楽曲たち。

 インターネットを利用し世界中へ楽曲を広めるようになると、さらにその循環は加速する。

 あまりにも短い期間でジャンルを問わず発表されることに業界は震えた。

「これでジャンルも国も問わずやれるのは周知できた。あとはやりすぎないようにしないと」

 彼は別に今世の音楽業界を壊滅させたいと思っていない。ただ自分の活動を限定されたくないだけで、多様なジャンルへ少し挨拶した程度の考えだったのだ。

 

 ここで彼は初めて気がつく。

「この数、無理だよな?」

 頭の中の楽曲数は多すぎた。人生すべてを費やしても、どう考えても無理である。

 収録には時間がかかるのだから当たり前のことで、活動を始める前にほんの少しでも考えていれば気づいたこと。

 しかもまだ歌に手を付けていない。

 彼の世間からの認識は演奏家・作曲家であり、歌手でも作詞家でもなかった。ダンスも披露していない。

音楽の関わることで天才となった彼だが、前世のときから問題があった。

 思いついたら即行動。

 音楽が関わらないところでは普通な彼は、音楽が関わると馬鹿だった。前世はそこまでの才能もなく仕事をする必要もあり、退職してからは体力が続かなかったから表面化しなかった問題点。

 

 今世では常に音楽のために行動していたのだから、常に馬鹿だった。

 

 ここで立ち止まれたのが奇跡。そう感じて冷や汗を掻きながらどうすべきか悩んでいたとき、さらに気づく。

「この世界の音楽を知らない」

 中学生までに聴いてきた今世の楽曲。だがそれ以降は自分が発表することに熱中しすぎ、まったく聴いていなかった。

 音楽を愛し、魂に刻まれていたのにこの有様。

 現状に気絶しそうになりながら必死に考えたところ、ある考えが浮かぶ。ペースを落としながらも発表はやめず、それでもこの世界の音楽のためにできること。

 彼は今世の音楽業界発展のために動くことを決めた。

 決めてしまった。

 

 どんなに考えようと音楽が関われば馬鹿なのに。

 

 活動方針を決めた彼は、前世の音楽を広げ、得た利益を音楽業界へ適確に還元していく。

「必要なものがあれば作ればいい、そのための資金はいくらでも稼ぐ!」

 インターネットを通して素早く国際的な活動のできる彼は、その音楽愛ゆえに理解していなかった。

 発表の間隔をあけたとしても、前世というひとつの世界で生まれた数多のアーティストによる名作が生み出す利益、それを今世というひとつの世界で短期間にぶち込む恐ろしさを。

 

「この歌は俺の声だとダメだな。イメージに合う声を探そう」

「もっと演奏者が増えて欲しいんだよな」

「探すだけじゃダメだ、育てないと」

「楽団作ろう」

「劇中曲なのに曲だけあってもどうしようもない。……劇団か」

「ダンススクールも作ろう」

「歌に踊りに楽器、古典にも目を向けるべきか」

「アニメの曲はアニメ無しで語っていいものじゃない」

「ひとまとめに面倒を見るなら…………芸能だな」

 

十年後

 

 国内だけでなく、世界へ向けて様々な楽曲を広めた。

 望む声を見つけるために芸能プロダクションを作った。

 楽団も劇団も作った。

 なんなら芸能のための学校も作った。

 資金はすべて前世の楽曲で賄った。

 (ばか)は音楽家として羨望や尊敬を集め、芸能界への影響力も凄まじく、海外のある国では自国の大統領より有名とまでいわれている。

 

「カミキ君、どうにかならない?」

「無理ですよ」

 そんな音楽の怪物は、自ら作ったネット配信番組で追い詰められていた。

「どうしてこうなった」

「彼女の思考回路も独特ですからね」

「カミキ君がそれを言うか」

 

 前世の楽曲を広めるために作った配信チャンネル。

 そのチャンネルは自社の複数の企画番組を配信するようになり、さまざまな企画が形になった。

 自社に所属する芸能人を赤裸々に紹介したり、芸能人たちによる真剣トークをしてみたり、本来なら見られないだろう彼らの素や本音こそ面白いと思って作った番組。

 とあるバンドメンバーの喧嘩から始まった殴り合いや、アイドル自身の悩み相談、俳優の恋愛観語り、作詞家が曲に込めた思いを語れば作曲家はお気に入りのラーメンを熱弁する。

 生放送では同時接続数が一万を優に超え、自社チャンネルの中でも特に人気のある企画。

 普通ならNGが出るようなことも、本人さえOKなら社長の権力で素通りになってしまう恐ろしさ。

 自分が作った会社で融通が利くのだから、本人さえOKなら何でもアリが面白いと思ったのだ。

 社長に文句を言いたい、納得できなかったらハリセンでぶっ叩きたいと言われ、笑いながら許可して「番組内で遠慮する必要はない」と言ってしまった。

 本人がOKならば、犯罪以外は社長にだって遠慮するなというゴールデンルール。

 

「アイドルの自覚とか、どうなんだろう」

「自覚はあるはずですよ?ただそういう柵とか、ぶっ壊してますよね?僕も応援する側ですよ」

 

 さまざまな企画の中で、ひとりのアイドルが生い立ちや動機を含めて、デビュー前の練習や会議の様子など、アイドルの本当の姿をさらけ出した。

 デビュー後も連続企画として、アイドルグループの大喧嘩も仲直りも配信した。

 真実のない彼女はありのまま放送することで、その身にまとった嘘を本当に組み替えた。

 そんな夢を売るアイドルの真実は、不思議な人気を生み出したのだ。

 

「あー、うん、そうだね」

「僕も彼女も社長の企画に助けられてますし、これでも感謝してますから」

「だったら俺をいま助けて!」

 

 愛したい、愛されたい、愛を知りたい、だから嘘が本当になるまでみんなに伝える、嘘を嘘のまま本気の嘘で。

 そんな致命的な暴露をデビュー前に行い、本気で嘘を吐き続けた彼女はトップアイドルへ駆け上がった。

 本当がわからないから真剣に嘘をつく、そんな彼女をファンは応援した。

 すべてが嘘なのに、配信でそれがわかっているのに、どこまでも本気の嘘で魅了した。

 嘘しかないけど騙されたい、そんなキャッチコピーが有名だったアイドル。

 

 今、彼女はカメラに向かってまた配信している。

 

「社長が大好きだって気付いたから!愛してるから!愛されたいから!」

 

「現在進行形でどうやって助けろと?」

「せめて、お願いだからさ……」

「なんです?」

 

「家族になりたい!結婚したい!子供が欲しい!」

 

「ロープぐらい解いてほしい」

「アイちゃんからOKが出てるので」

「俺のOKは!?」

 彼自身が作ったゴールデンルールが牙をむいていた。

 

「なんなら今すぐキスしてみたい!私の部屋まで持ち帰りたい!」

 

 配信用の部屋の中、アイドルが言っていけないことを連発する少女。

 その後ろで彼は椅子に縛られている。

 

 涙を流しながら、それでも笑いながら、彼女はファンへ伝える。

 

「私は愛に気付いたから、これからもみんな応援してね!」

 

 トップアイドルなのに、彼女にしたくないランキング常連。

 理由はヤバいやつだから。

 彼女にしたくないのに、幸せになってほしいランキングも常連。

 理由は彼女の幸せな姿が見たいから。

 

「一番は社長だけど、みんなのことも愛してる!」

 

 幸せそうな彼女にファン達はまた脳を焼かれた。

 

「もう我慢しなくていいよね?」

 

 星野アイが伝説になった熱烈な愛の告白配信。

 その五回目だ。

 第一回の告白配信後から、星野アイのキャッチコピーは「アイドルをこえたナニか」である。





都合のいい馬鹿を一人突っ込んだらこうなった。
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