【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
ゴブリンロードであるギギス、ゴブリンジェネラルであるグーギ、そして彼らの部下50匹ほど。
ギギスのセアラ一行を失うつもりのない本気が窺える編成であった。
手に手に人から奪った武器や、木刀・竹槍・石斧などで武装したゴブリン達の一段と、それに囲まれた人間達の集団ははっきりと危険で怪しげであったが、結果の産物であるためそこに文句を唱える者は一行の中にはいなかった。
だが、結果だけで言えばこの送迎はギギスにとっては致命的であった。
まさに命を失うに等しい失態だった。
彼が人や冒険者を恐れていたことは正しかった。
本に対する強すぎる欲求がその安全第一な方針を鈍らせてしまったのだ。
とはいえ、万難を排したつもりのギギスの編成は目下のところ安定したもので、ゴブリンの支配域を出れば襲い掛かってくる少なくない数の魔物達もゴブリンの力の前に蹴散らされていった。
『順調ダナ』
『思った以上に強いんですね』
ギギスのゴブリン魔法にグーギの剣、子分達の数の暴力は味方として見ていれば中々に頼もしいものだった。
セアラは素直にその力に関心してしまう。
だが、グーギは多少複雑なようだった。
『当然ダ。力が無ければ死ヌ。人間は知恵があれば弱くても生きてイケル。お前のヨウニ。羨ましいコトダ』
『……まぁ、今の私達が守られている現状からしても確かにそうですね』
『ゴブリンニモ、そういう日が来ればいいんダガナ』
嘆息気味に吐くギギスの言葉はゴブリンロードとしての種族全体まで憂いた広いものだった。
群れないゴブリンは弱い。だから群れる。それが力になる。
それ以外の生き方は無い。そういう生き物が彼らだった。
『私からは何とも言えませんが、人間と敵対しない道があるといいですね』
『フン。人間は羨ましイガ、人間には冒険者がいるカラ、ダメダ。アイツらは許セン』
『根深いですね』
『それだけの事はあっタト、思ってイル。俺の耳モ、弟の腕モ、家族モ、仲間モ、全部冒険者ダ』
『……すいません』
ギギスが持つ根深い冒険者嫌悪は、セアラの心に僅かに浮かんだ人間とゴブリンが手を取り合うという未来を幻想だと簡単に打ち払えるものだった。
冒険者にやられたゴブリンの話しは谷底で暮らした終盤、結構な頻度で聞こえていた。
それはセアラ一行に万が一救出されるのではないかという淡い希望をもたらすこともあったが、その頃にはギギスと解放の段取りがついていた為、冒険者に殺されたゴブリンが出るたびに機嫌の悪くなるギギスとグーギの相手を考えると冒険者達にはいっそそっとしておいてほしいぐらいだった。
数度に至っては谷底にまで侵入してきたことすらあり、すぐに追い返すことが出来たが、多少の損害も出てしまうなど散々であった。
最もよくある理由としては見かけただけという理由ですらも確かにゴブリン達は襲われていた。人からすれば当然ではあるが。
ギギスから言い含められた子分達は冒険者との争いを出来るだけ避けることが多かった。
それでも襲われるのだから応戦するしかない。
運良く勝てればいいが大半は殺される。
そんな間柄で冒険者擁する人間と仲良くなるなどまず人間側からしてもありえないだろうというのは、同じ人間としてセアラにも分かり易過ぎる程はっきりとしていた。
もっともセアラがそんな風に呑気な考えを持てるのも、自身や仲間達がこの二年間の間に一度も害されることが無かったという体験が大きい。
世間を深くは知らぬまま夢だけを胸に旅に出て、その道中でゴブリン達に捕まり二年を過ごしたのだ。
一般的な価値観と比べてセアラのゴブリンに対する嫌悪感が少ないのもある意味当然の話しであった。
百聞は一見にしかずというが、その一見が例外であれば常識も自然と歪んでしまう。
ゴブリンとしては変わり者のギギスが支配していたからこそ、セアラ達は綺麗で無事のままだったのだ。
とはいえ、変わり者だからこそ人目を避け大集団へと成長でき、セアラ達と接触することにもなったのだから、セアラがこのような考えに至るのは、ある意味の偶然で、ある意味では必然とも言えた。
その事実にハッキリとは気付かぬまま、人間の凄さも冒険者の恐ろしさも知るギギスにたしなめられ、気落ちするセアラ。
話しながら少し落ち込んだ様子のそんなセアラにギギスは気にした風もなく言葉を返す。
『イイ。それより本ダ。必ズ、本を持って来イ』
『もちろんです。商人は信用第一ですからね。必ず持ってきますよ』
『それでイイ』
気を取り直してセアラが強く請け負う。
決まったやりとり。
そこには信愛も友情も愛情も何もない。
ただお互いの渇望を元にした契約による信頼だけはあった。
そんな軽口をかわしながら下山していき、もうそろそろ麓まで到達しようという頃に事件は起こった。
『そろそろ麓ダ。後は真っ直ぐ西に行けば平原が広がってイル。小さな村と畑が点々とあったハズダ。魔物もたいしてイナイ。進めば町もあったハズダ。後は頑張レ』
『はいっ! いっぱい稼いで手早く本を買って持ってきます』
『待ってイル』
他に話す事はないのかというぐらいに一辺倒なやり取りだったが、彼らを繋ぐ線はもはやそれだけなのだ。
二年間共に過ごしたという共感は不思議と芽生えたりはしなかった。少なくとも自覚できるほどのものは無い。
そんなくどいほどの念押しの間を破るようにゴブリンの悲鳴が響いた。
「ゲギャーッ!!?」
「グギャッ!? ギギス! ギャッギャ!」
「ギャギ! ギギーッ!」
『な、なんですか!?』
喚きだすゴブリン達。
ギギスも狂ったように吠え叫んだ。
結局二年間の間でゴブリン語を習得できなかったセアラは、狼狽えて周りに何が起こっているかを聞くしかない。
『冒険者ダ!!』
『ええ!? 今更!?』
「ギギッ! グーギ!」
「ゲーギャッ! ギャガァ!」
ギギスの呼びかけに応えてグーギが飛び出していく。
あちこちからゴブリンの悲鳴が聞こえる。
突然の襲撃に戦局はかなり混乱しているようだった。
『あ、あの大丈夫なんですか!?』
『分かラン! 危険ダ! 相手は雑魚じゃナイ! 撤退スル!』
『わ、私達は!?』
『ここでお別レダ! 冒険者ならお前達の味方だロウ! 保護でもしてもラエ! ギィヤッ! これだから冒険者は嫌いなンダ!』
悪態をつきながらギギスがゴブリン達に指示を飛ばしていく。
次第にセアラ一行の周りからゴブリン達が離れていく。
その間も四方八方からの攻撃によってゴブリン達は殺されているようだった。
そして最後に残ったギギスがセアラを見下ろして別れを告げる。
『じゃアナ! 本を忘れるナヨ! 指輪は俺が持っているかラナ!』
『勿論です! 気を付けて! 冒険者に指輪取られないで下さいよ!』
『当たり前ダ! 死んでも離すもノカ!』
『じゃぁ、もし死んだら生まれ変わってもらって、死体を一緒に漁りましょうね!』
『縁起でもない事を言ウナ!! 死んでたまルカ!』
最後のセアラのちょっとずれている冗談めいた返しに怒声を飛ばしつつ、ギギスにまで魔法の矢が飛んで来たところで彼らは逃げるように去って行った。
少しして辺りが静かになった後、セアラ達一行は冒険者に救助された。
ゴブリンに捕えられた人間達を見つけたからと言って助けに来てくれた彼らは正しく冒険者の鑑であると言えた。
だが、周りに何体かのゴブリンの死体が散乱する緊迫した場面の中で、セアラ達はこの戦いが不必要であったことを知っているだけに複雑な思いを抱えたまま、冒険者とすぐに現れた兵士達に守られて人の住処へと降りていったのであった。
少しでも金になりそうな装備を身包み剥がれ、討伐証明となる耳を削がれて打ち捨てられたゴブリン達は、麓までの道中で確かにセアラ達を守ってくれていた。
彼らに対しては二年もの間捕らえられていた恨みが無いなどと言えば嘘にしかならないが、セアラはこの場で屍を晒すゴブリン達が何故死なねばならなかったのか、その理由だけは忘れまいと一人心に誓ったのだった。
(つづく)
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