【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
冒険者に助けられて安全を得たセアラ達とは違い、この後のギギス達に訪れた苦難はあまりにも厳しいものだった。
ギギスとセアラ達が谷底を出て、西の麓まで到達するのに実に十日ほどが掛かっていた。
ただしこれはセアラ達の足を考慮してのものなので、ギギス達山脈に慣れたゴブリン達だけであれば七日もあれば拠点に帰れる、はずだったのだ。
だが、その道を追い立てられるように戻ろうとしつつも、冒険者達の追撃の手は厳しく、拠点へ戻るのを妨害するかのようないやらしさに満ちたものだった。
ギギスは恐ろしい冒険者達からなんとか逃げようとしたがその執拗さに幾度もの応戦を強いられ、だが、彼やグーギの魔法や武器が冒険者を捉える前に一方的な被害だけを与えて冒険者達はすぐに逃げてしまう。
戦いともなれば冒険者が恐ろしいなどと怯えていることも出来ず、全力で相手をしようとするもいざ魔法を奮う前には逃げられてしまういやらしさはギギスを相当に苛立たせていた。
今も奇襲を受け数匹のゴブリンの犠牲と引き換えに追い返し、多少安全が確保された洞窟の中で小休憩を取っているところだった。
「ギギッ!! グギャア!!」
「ギギス! ギャギ、ギャ!」
「ギギィ……」
弟のグーギがそんな荒れるギギスを宥めるように声をかけ、それでギギスは僅かに大人しくなる。
既に連れてきた精鋭ゴブリンの数は20まで減っていた。
拠点までの行程は順調に進んでもまだ三日分は残っている上にここ一日二日の進行の遅さはひどいものだった。
ジリ貧である。
敵の数は10人には満たないまでも、さりとて4,5人というほど少なくも無く、
このままでいけば人数差さえ覆されてしまいそうだった。
「グギィ……! グギャ!」
「ギ?」
「ゲ……ッ。ギィ」
「ギ?」
しばし考えた後に結論を出したギギスは一度何か言おうとした後に口を閉じる。
その様子にグーギが首を傾げる。
それを見てギギスは暫しの沈黙の後に口を開いた。
『ギギ。グーギ。俺は決めタゾ。そレト、気づいた事がアル』
『どうしタンダ、ギギス兄。突然人間の言葉デ』
『俺達の言葉は細かく詳細な情報を伝えるノニ、向いてイナイ』
『そうイエバ、人間の言葉で話スト、分かり易イナ』
『お前もそう思ウカ』
状況は逼迫している最中であったが、それまでのゴブリン語ではなく、彼らがセアラ達から学んだ言葉で突然喋り出すギギスとグーギ。
子分達は精鋭とはいえ戦うことに向いた子分達であった為に、二人の話す人の言葉は分からず揃って首を傾げている。
だが、二人がそれに構うことはなかった。
ギギスとグーギの間でさえ通じれば今は十分だ。
そしてギギスがセアラもいないのに人の言葉で話し始めた理由。
それはゴブリン語の稚拙さにあった。
基本的にはギャーギャーグギャグギャと感情に沿って叫んでいるだけ。
語彙と呼べるものも本当に数えるばかりで、支配格のみとはいえ名前をつけるという感覚があったことさえ不思議なほどに貧相で不自由な言語こそが彼らのものであった。
ニ年も共に過ごしていたセアラが習得出来なかったのも無理はない。
その時その場面でのゴブリン達の状況や感情によってまるで意味が変わるのだ。
ハタから聞いている分にはいつも同じような叫び声をあげているのとそう大差はない。
実質的にゴブリンとしての感性が、それらを言語としてなんとなく用いてるように見せかけているだけに過ぎないのであった。
系統だてた言語を構築した人間では、ほとんど野生と変わらないゴブリンの叫び声に法則性を見出して運用することはとても出来るようなものではなかったのだ。
このゴブリン語の稚拙さというのは、なにも人間が習得することを阻むだけではない。
ゴブリン達自身にも実は不利益をもたらしていた。
彼らの言葉は常に曖昧だ。
「敵いる」(どこに?)
「たくさん」(数は?)
「倒した」(何を?)
「死んだ」(誰が?)
「食い物」(どんな食べ物?)
「腹減った」(そうだね)
おおよそこんな、聞いてる側が思わず疑問で返したくなるような単語だけで喋っているようなものなのだ。
果たしてこの程度の言語で細かい戦術の打ち合わせや、ギギスがやってきたような文明の端緒と言えるものを自らの力で興すことが出来るだろうか。
答えはもちろん、否だ。
彼らを抑えつけていたのはなにも人間ばかりではない。
彼ら自身が用いている言語さえも、彼らの足を引っ張っていたのであった。
その事にギギスはセアラと別れた後の、この追い詰められた局面でついに気付いたのであった。
なにより一度人間の言葉を学んでしまえば、なにを伝えるにも曖昧で中途半端なゴブリン語などゴブリン自身であるギギスでさえ使うのに不便を感じ始めてしまう始末であった。
自然ギギスが次の結論に至るのも無理からぬことであった。
『俺は決めタゾ』
『何ヲダ?』
『今後は、人間の言葉が我等の公用語ダ』
『分カッタ。ダガ、全員がついてくる事が出来ルカ?』
『知ラン。ついてこれん奴は下に扱えばいいだケダ。ああそウダ、喋れん奴らは戦闘専門に鍛えてもいイナ。それが嫌なら人の言葉を覚えればいいノダ』
『セアラが言ってイタナ。分業カ』
『ウム。これも人の知恵ダナ。やはり人間は凄イ』
『ウム』
二人してうむうむと頷くギギスとグーギ。
人の知恵に憧れ、それを得ようとしたことは間違いで無かったとこんな小さなとこでも実感を得る。
だがそこでギギスは深いため息を吐く。
話しが逸れてしまっていたが、今の状況を思い出したのだ。
『ハァ……。全くそれだけに忌々シイ』
『人間カ』
『そウダ。結局俺達を苦しめているのも人間ダ。アイツらは何故俺達を襲ウ。俺達が何をシタ』
『分カラン。ダガマァ、俺達も人間を襲った事はあるダロウ』
『お互い様というわケカ……』
『切っ掛けなど知らンガナ』
『フム。まあイイ。とりあえズハ、今ダ』
『アア』
つまらぬ愚痴を終え、ギギスが顔を上げる。
彼は既にこの後どうするかを決めていた。
『逃げるのは止メダ。冒険者達を襲ッテ、殺ス』
『本気かギギス。危険ダ。殺されるかもしれナイゾ』
『だがこのままでは徐々に不利になるばかリダ。それに策はアル』
『聞コウ』
『俺の魔法ダ』
ギギスの策。
それは自身が習得しているゴブリン魔法を駆使するというものだった。
先にゴブリン魔法と、ギギスの使おうとしている魔法について簡単に説明しよう。
ゴブリン魔法は非常に簡素な魔法だ。
彼らは基本的に詠唱も魔法陣も触媒も必要としない。
世界に漂うマナにゴブリン語で呼びかける事で魔法を発現させることが出来る。
通常人間が使うような詠唱によってマナや精霊やそれらの量、形、場所などを一々定義する必要などない。
望めば望んだ形で己の持つ魔力に応じて魔法を起こせる。
それは彼らがより原初の存在に近いからだとも、魔に連なる魂をもつからだとも言われているが、はっきりしたことは誰にもわかってはいない。
だが望むだけで叶えられる魔法というのは決して便利なものでもない。
大きなデメリットが分かりやすく二つある。
一つは、イメージだけで唱える為非常におおざっぱになってしまうということだ。
正確な場所で発現させることや、必要な量に調節することなどはほとんど不可能に近い。
自分のイメージを形にするのを助けてくれる便利な誰かなどいないのだから。
その為、火矢、魔力弾といったシンプルな魔法はいいが、誰かを助けたり阻んだりする補助魔法や、指定や威力の細かな調節を要求される大魔法といったゴブリン魔法を使えるものは絶無に等しかった。
またもう一つは、想像力の欠如だ。
ギギスが人から必死になって学んだことが今の彼のほとんど全てであるように、ゴブリンの想像力は乏しい。
また、狭い地域に暮らし他者他種族との交流もあるわけがないので見識が狭い。
知らないこと想像もつかないようなことをイメージし、魔法として具現することはとても困難だ。
大嵐に会えばそこから風の魔法を使えるようになることもあるが、石壁を作る魔法や空を飛ぶ魔法など過程や自分がそうであるとイメージすることの難しい魔法をゴブリン魔法で唱えられるものなど全くといっていいほどいないのであった。
結果としてゴブリン魔法として使われるのは、シンプルな攻撃魔法をその個体の魔力に応じて強くしていくだけといったものが大半となっていた。
そんな中、ギギスの使える魔法は少し変わっていた。
勿論通常の攻撃魔法も使えるが、人を観察するために忍ぶということにかなりの尽力を注いだ彼はいくつかの補助魔法と呼べる繊細な技術を会得していた。
「冒険者の居場所を探る魔法」や「人から見つかりにくくなる魔法」などといったものだ。
これは五千を超える彼の部族の中でも彼だけしか扱うことはできない。
他の者に試しに教えてみようとしたが、さっぱり理解がついてこれず誰も習得できなかったのだ。
今までギギスはこれらを逃げる為に使っていた。
冒険者がいない場所を探す為や、出来るだけ見つからずに逃げるなどといった利用法だ。
しかし彼は考えた。
人間の居場所が分かる事も、人間に見つかり難いことも、攻撃に使えるのではないかと。
これまでのギギスであれば絶対に思いつかないであろう利用法。
だが、追い詰められ先が細っていく中で逃げるだけでは自らの命を守れないと理解した時、自らの命が運命の天秤の上に落されたのを悟った時、彼は自分から積極的に立ち向かっていくことを決意したのだった。
(つづく)
今日も読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。