【ゴブリン・ロード】~人に焦がれて~(完結) 作:GR/フィルン
『もう背に腹は変えられナイ』
『そウダナ……。子分達も随分殺されタシナ。やるしかナイナ』
静かにギギスとグーギの二人は決意を固めていく。
『ギギス。具体的にはどウスル?』
『人と同じ手ダ。奇襲をかケル』
恐ろしい者、恐怖すべき相手、逃げていれば隠れていれば脅かされまいと願っていた死の運び手。冒険者。
彼らはゴブリン達の休みを狙って襲い掛かり、地形を利用して罠にはめ、隙をついては突然襲いかかって来ていた。
ギギスはもちろん「冒険者の居場所を探る魔法」を用いて冒険者達のいない場所へ出来るだけ逃げようと努めてはいた。
だが、休んでいる時というのはギギスも休みたい時だ。
子分達の警戒だけでは足りないのだということをここまで追い詰められた中でようやく理解でき始めていた。
『さっきは比較的強めに追い払う事が出来タ。今頃は奴らも休んでいる頃だロウ。そこを今から襲ウ』
『体力は大丈夫ナノカ。子分達は疲れてイルゾ』
『関係ナイ。どうせ待っていたら死ぬだケダ』
『それもソウダナ。場所は分かルノカ?』
『少し待テ』
手短に、そして即決で方針を決めたギギスとグーギ。
そしてギギスは冒険者達のいるであろう方角を向くと瞳を閉じて深く集中し、杖を高く持ち上げると、床に垂直に振り下ろした。
「ギィア!」
足元の岩と杖がぶつかり合い、カーン、という甲高い音が鳴る。
同時にギギスは這いつくばるようにして地面に倒れ込むと、今杖を打ちつけたばかりの岩に、自身の片側無事に残った右耳を当て、目を閉じて耳を澄ませる。
少しして、ギギスは小さく頷くと立ち上がってある一方を指差した。
『分かッタ。やはりあちら側ダ。距離は走って少しぐライ、数は8ダナ。多分それで全部ダ』
『オオ、さすがギギス兄。とコロデ、ソレはどうやってルンダ? 俺には今いち分カラン』
『これハナ。街道から人を見ていた時に覚えたンダ』
弟グーギの疑問にギギスは思い出すようにして簡単に答える。
それは彼が街道沿いの茂みに潜みながら人を眺めていた時の事。
そこは馬車の行き来もそれなりにある木々がそこそこ立ち並ぶ街道で、彼は必然見つからぬように頻繁に隠れる必要があった。
そんな中で、ある時ギリギリまで馬車の接近に気付かずあわや見つかりそうになって繁みに飛び込んだ際、地についた耳が馬車がゴトゴトと走っていく音を普段以上にハッキリと聞いたのだ。
馬車が去っていく間もギギスは地から響く音に耳を澄ませ続け、街道とはいえ彼がある程度身を隠しやすい程度の木々から馬車が見えなくなるほど遠ざかっても音が聞こえ続けたことで、 地は音がよく聞こえるのだと気付いたのだ。
そこからいかにして相手の接近に気付くかということに腐心しているうちに、ある時薄く広がる魔力を打ち出してその反響を得る方法にたどり着いた。
これが彼の使う「冒険者の居場所が分かる魔法」であった。
身を隠す為に覚えた魔法であって、人間を攻める為に使うのは実際初めてであったが、どうやら上手くいきそうだった。
『では、行クカ』
『アア』
二人は頷きあった後、休んでいた子分達を招集した。
「ギーギャッ! ギャウッ! ギャギッ、グギャ!!」
「グギャー!!」
二十匹のゴブリンが手に持った武器を掲げ疲れ切った身体に激励の鞭を与えるようにして威勢の良い声を上げる。
先頭に立つのはゴブリンロードとゴブリンジェネラル。
動きの素早い二人が「人から見つかり難くなる魔法」で先行し、強襲。
後からゴブリン達がなだれ込むというとてもシンプルな作戦だ。
この動きに攻められる側となった冒険者達は全く反応出来なかった。
冒険者達は油断しきっていたのだ。
もう6日も7日も時間自体はかかってしまっているが、逃げるゴブリン達の帰還を遅らせるように少しずつ削っていくだけの仕事だ。
群れを率いているゴブリンロードとジェネラルの存在は彼らの手に余る脅威だった為、当初は慎重に慎重を重ねていたが、どれだけ攻めても反撃はあれど彼らは拠点へと逃げようとするばかりで、逃げて離れてしまえばそれ以上向こうから来ることはない。
それは手強いケモノを狩るような狩りとそう大差のない感覚を冒険者達にすぐに与えた。
逃げれば安全という安心感は、本来払うべき注意力を少しずつ慢心させていき、順調にゴブリンの数を減らせていったことも、相手に対する警戒心を薄れさせていっていた。
そんな彼らの油断を突く形となったのが、ギギス達の報復襲撃であった。
見張りについていたレンジャー二人が出せた警告は叩き潰される時に上がった僅かな悲鳴だけだった。
残りの休息を取っていた六人の中級冒険者達も手元の獲物を引き寄せ構えるまでが精一杯だった。
あっけなく、それまでのギギスの葛藤を嗤うかのように八人の中級冒険者達は物言わぬ骸と化していた。
子分達など不要なほどにギギスとグーギの力は圧倒的であり、そして不意打ちの効果はてきめんであった。
『俺達が苦しんでいたのは、この程度の相手だった、ノカ……?』
『ギギス兄の命だけは守ると覚悟していタノニ……』
拍子抜けであった。
彼らが絶対に勝てないと思って怯えていた冒険者達は明らかに自分達より格下だったのだ。
ギギスは決死の思いで、グーギは兄だけは死なせまいと決意して、後ろに控えた20匹のゴブリンの力があれば、生き残れる道もあるかもしれない、などと思っていたはずが蓋を開けてみれば幻覚かと疑いそうになるほどの楽勝さであった。
無論子分たるゴブリン達との実力差は分かっていたが、それが冒険者にも適用出来るなどとは夢にも思わなかったのだ。
彼らは徹底的に冒険者を避けていた為、ここまで気付く機会がなかったが、五千匹のゴブリンの頂点に立つゴブリンロードとゴブリンジェネラルというのは既に中級冒険者などものともしない程の暴威たる象徴であった。
国家が全力をかけて戦うに値する災厄と呼ばれるレベルである。
それらを冒険者に対する恐怖という無形の縛りによって山深くに押し込めることに成功していたのは、ある意味で幼いギギスとグーギを害した冒険者たちの功績と言えなくもなかったが、それは裏を返せば、討伐を免れて彼らを成長させてしまった罪過とも言えた。
今自ら人目を避け閉じこもっていた災厄は自分達の持つ力を知ってしまったのであった。
『そウカ……。冒険者も倒せるのダナ』
『全クダ。ダガ、こいつらが初心者級の雑魚だった可能性モアル。慢心は危ナイ』
『オォ、そうダナ。セアラも言っていタナ。<君子危うきに近寄ラズ>ト』
『ウム。とりあえずは助かったことを良しとシヨウ』
『ウム』
結果的に子分達は30匹も殺されてしまったが、冒険者8人と引き換えと思えば安いものだった。
子分はまた増やせばいいのだ。
それよりも自分達の実力の一端を測れたのは大きかった。
二羽の小鳥が冒険者達のカバンから這い出てきてそれぞれ飛び立っていく。
反射的に捕まえようと手を伸ばしたが小鳥たちは存外素早く離れてしまった、まぁいいかとそれを見送ってギギス達は冒険者の身包みを剥いでいく。
ギギスは冒険者達は恐ろしいものだが、殺せないほどでは無いという事を学習し、意気揚々と拠点へと帰っていったのであった。
だがギギスは知る。
なぜあの冒険者達が、執拗に自分達を攻め立て、攻めては引き引いては攻めるという手の込んだ行動を取っていたのか。
その結果として本来なら七日で帰れた道に十日を要し、間の三日間に彼らの拠点に何が起こったか。
ギギスは身を持って思い知らされるのだ。
人間の、悪辣さを。
~ 〇 ~
ギギス達が拠点である谷底がもう間近というところまで来た時、彼らはある異変に気が付いた。
それは天へと昇りゆく幾筋もの灰色の煙であった。
『なんだあレハ?』
『分かラン。何か燃やしていルノカ? それにしては随分煙の量が多いように思ウガ』
ギギスの問い掛けにグーギが首を捻る。
普段の炊事で彼らも既に火を扱うようになっていたが、あれ程の煙が出るなどあり得ない事だった。
少しの間二人して首を捻っていたが、ほどなくしてギギスがある可能性に気が付いた。
『ハッ! まサカ……!!?』
『ギギス!?』
言葉と共に突然ギギスは走り出した。
慌ててそれを追いかけるグーギと子分達。
途中、拠点である谷底より外に出ているゴブリンの数が普段と比べて妙に多いことに嫌な確信を深めつつギギスは走る。
そして彼は目にしてしまう。
家という家、畑という畑の全てが燃やし尽くされ焼け野原となった谷底の拠点の荒れ果てた姿を。
火自体は既に治まっているようだが、残骸からはまだ煙があちこちから立ち昇っていた。
『ナッ、なンダ、こレハ……。どうシテ、俺の街ガ、燃エテ、無くなッテ、いるンダ……。何ガ、どうシテ……』
一言で言えば、ギギスが苦心して作り上げた谷底の街は、灰燼に帰していた、と言っても差支えの無い状態であった。
中央にそびえる人の遺した砦の周りに立ち並ぶ木で作った家々。
セアラと話して石を取り除き土を押し固めることで作った、食糧や物資を運ぶための主要な道路。
道路の脇には人間を見習って人間の文字で標識のようなものも作ってみたりした。
谷底の広い区画を区切り、山で採れたいくつかの植物を栽培して食糧としていた畑。
畑では、セアラが小麦があればという言葉から山脈の中をほうぼう捜索させてようやく麦の原種を見つけることが出来たので、栽培が本格的な軌道に乗り始めたばかりだった。
備蓄用の大型の倉庫も何度も崩れたりする中で苦心して頭を捻りアドバイスを受け、建てた。
植物の繊維を織った布の服を作る為の工場も、動物の皮をなめして鎧や防具にする為の工場も、簡素だが建てたのだ。
それら全てが燃え落ちた後だった。
彼がこの2年間こつこつと積み揚げてきた、憧れの人間の街を目指した何もかもは灰へと還ってしまっていた後だった。
思わず力なく膝を突き、呆然と煙の上がる拠点を見つめるギギスに、彼を見つけたのか唯一厚い防壁のお陰で無事だった砦から、留守を任せていたゴブリンメイジ達が飛び出してきた。
「ギギスッ!! ギャウッ! グギャッ! ギャーギッ! ギャギャーッ!!」
『人の言葉で話セ。分かりづライ。スゴイ強い人間? 冒険者のこトカ……?』
大慌てでまくしたてるゴブリンメイジに呆然自失のまま命じる。
指摘され、ギギスの下で十分に人の言葉を学んでいたゴブリンメイジは言葉を切り替えて話し始める。
『ギギス様。ツイ、昨日ノ事ダ。突然冒険者ガ現レテ、街ニ火ヲ放ッテイッタンダ』
『冒険者ガ、火を放ったダト……?』
『ソウダ。アイツラハ何処カラトモナク現レテ、油ト炎ノ魔法ヲ家トイウ家、畑トイウ畑ニ撒キ散ラシテイッタ』
『なんという事ヲ……!』
『俺達ハ戦ウカ迷ッタガ、ギギス様ノ冒険者トハ極力戦ウナトイウ言葉モアッテ、大半ノ者ハ逃ゲタ。ダガ、統率モ取レナイ中デ戦ウ者ト逃ゲル者トガ入リ乱レテ大混乱ダッタ。冒険者達ハ恐ロシク強クテ立チ向カッタ者達ハ散々ダッタ。長ノ言葉ハ正シカッタ。ソシテ混乱ノ中デ冒険者達ハイツノマニカ何処カヘ消エテイタ』
留守を任されていたゴブリンメイジはそう言って出来るだけ簡潔に何が起こったのかを説明した。
ギギスはそれを聞いてギリギリとその鋭い歯を噛み合わせて歯軋りを鳴らす。
激しい怒りがギギスを襲っていた。
もちろん冒険者達に対するものだ。
『おノレ……』
恐ろしくも忌々しい簒奪者ども。
谷底にゴブリンの街を作るのにどれほどの労力がかかったと思っているのか。
セアラから慣れぬ言語で聞いた道具や概念を、物も分からぬゴブリン共に噛んで含んでやっとの思いで教え込み、錆びたり朽ちたりした道具をその使い方も分からぬ中で必死に練習させ、考えていたよりはゴブリン共の手先が器用だったこともあって、ようやく街と自称してしまうかなどと少なからぬ達成感を得るまでがどれほど大変だったことか。
冒険者どもはゴブリンにとってとても長い二年という歳月をかけて苦心して作り上げたその努力の結晶を僅か一日で燃やし尽くしてしまったのだ。
不幸中の幸いか、ほとんどのゴブリンはギギスの言う事をよく聞いて冒険者達が現れたと知るや砦の中に逃げ込んで守りを固めるか、蜘蛛の子を散らすようにほうぼうに逃げ散った為、人的被害は極端に少なく済んだらしい。
だが、それがなんだというのか。
ギギスにとっての宝とは価値あるものとは、彼が人に憧れて作り出したこの街そのもの以外にはないのだ。
この、彼が作った街で、汚泥を洗い落として清潔な服を着て、火の通った料理を食べる子分達を見て、自分達も人に近付けたと悦に浸るのが趣味なのだ。
それなのに。
それだというのに。
『おノレ! おノレ! おノレ!! おのれ冒険者ドモォオォオオオオオ!!!!』
無くなってしまった。
燃えてしまった。
消されたのだ。
冒険者によって。
許されざる愚か者どもによって。
ギギスの中で様々な感情が轟々と渦巻いていく。
喪ったものを嘆く悲しみと。
恨めしい冒険者への怒りと。
そして冷静な部分では、この後をどうしていくかという群れの長としての算段が既に始まっていた。
畑は立派なものとは言い難かったが、既にそれなりの食糧自給をもたらしていた。
倉庫には食べ物の備蓄がかなりの量を置いてあった。
五千匹のゴブリンの食は既に少なからずそれらに依存していた。
かつて広く感じていた谷底は既に大半が開拓されており、今から得られる食糧はほとんど無い。
山脈の中にはもちろん食べられる動植物はあるが、安定して五千匹を食わせていくには不安要素が多過ぎる。
つまりこのままではゴブリン達は飢えてしまうのだ。
五千匹のゴブリンの食糧をなんの用意も無しに揃えられる筈がない。
子分達を見捨てる事など出来るはずもない。
数は力なのだ。
失えば、弱くなる。
弱くなれば冒険者に狩られてしまう。
ならば取れる選択肢は一つしかなかった。
怖く、恐ろしいが、やるしかない。
つい三日前にやったことと同じだ。
冒険者が殺せることは分かった。
だから、やるのだ。
報復を。
ゴブリン達を害する人間に復讐を。
(つづく)
今日も読んでいただきありがとうございます。
次回投稿は明日の今頃です。